ラグビー部リレー日記

コンプレックス

投稿日時:2020/04/18(土) 21:35

時々悪戯っぽい発言で私を困らせる宝さんからバトンを受け取りました、2年スタッフの中村優希です。先輩である宝さんが見せる茶目っ気のある笑顔が個人的にはとても好きです。
私ももっと先輩方と懇意になりたいのですが、指摘して頂いた通り、努力しても私は常日頃から自分をオープンにするのが苦手なようで、なかなか変わらない性格に困っています笑。

今回私は自分にとって大きな決断をすることにしました。
理由は主に3つあります。
1つ目は今この時期にリレー日記の順番が私に回ってきたということ、2つ目は少しでも部に迷惑をかけることがあるならばその理由をきちんと明確に説明すべきだということ、そして最後にこのリレー日記を自分自身を変える1つの契機にしたい、ということです。というわけで、かなり悩みましたが、前々から準備して書いていたリレー日記の下書きは置いておいて、これを書いています。

新型コロナウイルス感染者の増加により、日本全国に緊急事態宣言が出されることとなりました。そんな大変な状況の中でも、ラグビー部には新歓委員を中心に新歓活動に取り組んだり、家でも筋トレやストレッチをしたり、分析のために知識を増やしたりなど、部活が再開された時のために地道に努力を重ねる同期や先輩方がいます。そんな中で今思うように部活に貢献できていない自分をとても不甲斐なく感じています。私が3月中旬に病気で早めに帰省させていただいたことを覚えている方も多いと思います。このままでは私がこれからずっと、部活に対し引け目と申し訳なさを感じ続けてしまうのではないか、その思いもあり、今回は私が中学三年生の頃から現在に至るまで闘い続けている病気について書かせていただきたいと思います。

 

「この病気は一度発症すると生涯治ることはないんですよ。」

これは私が中学三年生の夏に入院していた時に看護師さんから言われた言葉です。この苦しみを一生味わい続けなくてはいけないのかと思うと恐怖で心が締め付けられました。もう二度と普通にご飯が食べられないのか、1日に三度も苦しい思いをし続けながら生活していかなくてはいけないのか。

私は中学三年生の6月ごろにほぼ今と同じ身長(150cmくらい)で体重は30kgを下回り、夏休み開始後から3ヶ月強ほど病院に強制的に入院させられ、行動制限・食事管理の下で体重を6kgくらい戻しました(体に管を入れられたりしてとても辛かったです)。自分でも拒食症状が始まった原因はよく分かりません。何か精神的な原因で、とにかく普通に三度の食事が食べられなくなりました。ただ、当時通っていた病院では病気の根幹である精神的な治療ではなく、体の治療、つまり体重を正常値に戻すことを最優先させられました。退院後に通院していた際も常に「体重が少ない」「体重を増やせ」と責められ続けました。病院の先生を信じるしかない親にも同じことで日々責められ、何度も全てをやめてしまいたくなりました。「食べろ」と言われてそれが可能なら、この病気で苦しむ人々はこの世に存在しないはずです。当時の私は食べること、動くこと、勉強すること、話すこと、日常生活の全てが辛く、心も体も限界でした。もし治療が遅れれば20人に1人がそのままゆっくりと死へ進む、それがこの病気です。

病気から回復し始めた契機は、私が通院をやめたことです。私が通院しなくなったことに対し両親はもちろん狂乱しました。しかし自分自身が病気と向き合い、自分で治すしかないと覚悟したその時から徐々に、苦しまなくてもすむ日々が増えていきました。高校生活は病気からの回復のための努力と受験勉強で過ぎていきました。

大学生活が始まり、私は初めて一人暮らしを始めました。一人暮らしというのは全てを自分の思い通りにできるという自由がある一方、全てを自分でしなくてはいけないという負担もあります。普段は何事もなく過ごせていても、完全に完治していたとは言えなかった私の症状が、これまでとは逆方向に悪化を始めたのは大学一年生(昨年)の夏休みの終わり頃からでした。

最初は自覚症状がなく、ただ食べ過ぎているだけだ、私がもっと我慢すればいいと自分に言い聞かせていました。しかし、そうやって一生懸命自分を制御しようともがくうちに症状は悪化の一途を辿り、冬休み明けごろからは勉強に集中できないことが増えたり、腹痛で数回部活を休んでしまうこともありました。症状が抑えられなくなると冷静な判断ができなくなります。症状が出た後の胸焼け、腹痛、軽い嘔吐、むくみ、膨満感、罪悪感、そして絶望。私は症状を制御できない恐怖と部活への申し訳なさと、病気を打ち明けるべきだろうかという葛藤で頭がいっぱいでした。症状は私が一人になった時に顕著となるので、一人で寮の自分の部屋にいることを避けようと、若菜ちゃんの家に長期間泊まらせてもらったりしました(若菜ちゃんには何も打ち明けないまま本当に迷惑をかけてしまいました、ごめんね、そして泊まらせてくれて本当にありがとう。)。

それでも遂に東京で一人で頑張るのは無理だと限界を感じたのが3月中旬です。何度誓っても過食症状を抑えられず、毎晩親に電話しながら泣いてしまったり、眠れなかったりしました。打ち明けるかどうかとても悩んだ結果、ともかさんに事情をお話しして実家で療養させてもらうことに決めました。部員の皆さん、特にスタッフの先輩方や同期には何も話せないまま迷惑をかけてしまい申し訳なく思っています。

この病気は私の最大のコンプレックスです。自分の中の奥深くに隠して、消し去りたいコンプレックスです。病気を知った人に軽蔑されてしまうのではないか、冷笑されるのではないか、打ち明けても理解してもらえないのではないか。症状がそのまま体重や体型の変化となって現れるので人前に出るのにも恐怖を感じます。他人からの評価が気になって何もできなくなってしまいます。正直今もとても怖いです。中三の時は私は病気のことを母以外、家族にさえも打ち明けるのを拒否していました。

しかし、去年も中三の時もそうでしたが、この病気を自分だけで解決しようとすればするほど苦しくなって視野は狭まり、努力は空回りし、泥沼にはまり込みます。病気を隠したいのに、隠そうとすればするほど症状が悪化してしまうとは皮肉です。この病気を含めて私自身のことを周りにもっとオープンにすること、オープンにできる自信を持つことが病気の根本的な克服のためには大切なのではないかと思いました(私自身のためにも、部活や家族や周りの人々に迷惑をかけないためにも早く克服しなくてはいけないので)。そういった意味で、この内容のリレー日記を書くことは私にとっては大きな決断でした。

 

ここからが本題です。私などが偉そうなことは言えませんが、誰しもが誰にも言えないコンプレックスを抱えていると思います。私の場合は薬で治る病気ではないという点で厄介ですが、それでも正しい方向に努力すれば必ず克服できるコンプレックスだと思い前向きに捉えることができるようになってきています。この病気を経験したからこそ理解できる現代社会の生きづらさもあります。この病気の発症には社会的要因も大きく関与していると言われています。理想論ですが、この生きづらさを、国というスケールから取り組むことで少しでも解消できたらと思い国家公務員を目指していたりします笑。
英語本来のコンプレックスには、「複合の、合成の、複雑な」などの意味がありますが、劣等感が原因で起こる、自分をより良く見せようとしたり、失敗して傷つくのを恐れたりする心のわだかまりのことが「劣等コンプレックス」と表現されたことから、コンプレックス=劣等感というイメージが定着したのだそうです。コンプレックスという単語には本来マイナスの意味はありません。
言いたいことはつまり、心のわだかまりとしてのコンプレックスは、自分の思考方法1つで自分の武器や夢への道に変わり得るかもしれないということです。コンプレックスに悩まされ苦しんだ経験が、将来必ず実を結ぶのだと信じています。だからもし悩んでいる人がいれば、目を背けずにとことんそのコンプレックスと向き合ってあげて下さい。

 

以上がコロナウイルスの影響で自宅に籠る日々を送る中で、私が自分と向き合いつつ考えていたことです。部活ができないのはとても残念ですが、私はこの活動自粛期間を利用して病気克服に向けて前に進めるよう自身をupdateしていきます。勿論部活の仕事も勉強も今できることを頑張ります。
随分と重い内容且つ長文で、自分語りのようになってしまい反省しています。勘違いしないで欲しいのですが、感情に起伏があるのと同様症状にも起伏があります。四六時中苦しんでいるわけでも外食ができないということでもありません。ご飯には誘っていただきたいですし笑、スタッフ同期でもまたご飯にいきたいです。誰かと楽しく食事する機会は、寧ろ病気に対して前向きになるために不可欠なステップだと感じています。
この病気は経験者でなくては理解しづらい側面が大きいのは確かです。しかし私の過去を摂食障害(拒食症+過食症)という側面から凝縮して描いたこの拙い文章に、少しでも理解を示していただけるととても嬉しいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
 

次はフルコン復帰を果たしたとらさんにバトンを渡します。復帰してくださるのはとても嬉しいのですが、練習前におしゃべりしながら部室の階段上で氷を袋に詰める作業を手伝ってくださる姿がもう見られないのは寂しいです、、。

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