ブログ 野村 湧さんが書いた記事

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恩返し[ラグビー部リレー日記]

 written by 野村 湧投稿日時:2017/06/18(日) 23:55

今年は未経験者が少ない中頑張っている小田君からバトンを受け取りました、2年の野村です。

このリレー日記を書いている6月18日、フロントローとロックのOBの方々に開催していただいた前5会という食事会に参加させていただきました。おいしい焼肉をごちそうしていただき、とてもおいしかったです。ありがとうございました。

このような機会などを通じて、いつも感じることがあります。それは、僕ら東大ラグビー部は本当にたくさんの方々に期待され、応援され、支援していただいているということです。応援してくれる家族、友人、忙しい中来てくださる監督、コーチ、トレーナーの方々、試合や練習に参加してくださったり様々な面で援助してくださるOBの皆様、共に目標に向かうチームメイト、数えきれないほどたくさんの人たちのおかげで僕はラグビーができています。この感謝は言葉で伝えきれるものではなく、プレーで期待に応えることで感謝の気持ちを感動で恩返ししたいと思うところでありますが、自分自身中々上手くいかないこともたくさんあり、恩返しはまだできていません。結果はすぐに出るものではないので、さらに努力し続けなければならないと思います。自分だけのために頑張ることは難しいですが、これだけたくさんの人たちに期待していただいているので、一日一日の練習に気持ちを入れて頑張りたいと思います。

最後に、特に今日は父の日なのでいつも期待しサポートしてくれる父にラグビーで結果を出して恩返しすることを誓い、明日からも頑張りたいと思います。

次は、僕ら後輩にとても優しく、頼りになる4年の竹村さんにお願いします。

新入生へ[ラグビー部リレー日記]

 written by 野村 湧投稿日時:2017/03/28(火) 22:32

 
副将としてチームを引っ張る萩原さんからバトンを受け取りました、新2年の野村です。
 
3月10日、東大では数年ぶりに合格発表の掲示が行われました。ラグビー部としてそのお手伝いをすることになり、昨年自分が合格したときを思い出したりしながらその様子を眺めていました。友達と肩を抱き合いながら喜ぶ人、本人よりも涙を流して喜ぶお父さんお母さん、孫の喜ぶ様子を温かく見守るおじいさんおばあさん。このような光景に心が温かくなるのを感じました。努力を積み重ねて、夢を叶えたその瞬間はきっと一生忘れることのない瞬間となったでしょう。
 
一生忘れることのない瞬間は人生で何度も味わえるものではないと思います。それは、妥協せずに努力し続けたした人だけが味わうことのできるものだと思います。僕はそんな瞬間に出会うために毎日ラグビーと向き合い努力する充実した日々を過ごせています。これから入学する新入生の皆さんにも、何か一つこれだけは譲れない、というものを見つけてほしいと思います。何を選ぶかは人それぞれだと思いますが、一人でも多くの人に本当に熱くなれるラグビーの素晴らしさを知ってもらい、一人でも多くの人にともに努力する仲間となってもらえればうれしいです。
 
次は、しょうみという愛称で親しまれる佐々木さんにお願いしたいと思います。
 

[ラグビー部リレー日記]

 written by 野村 湧投稿日時:2016/10/17(月) 21:09

共に復帰に向けてリハビリに取り組んでいる濃野からバトンを受け取りました、1年の野村です。このような機会はなかなかないので、これまでのラグビー人生とラグビーに懸ける想いを書かせていただこうと思います。

 

 

高校一年の春、高校入学まではラグビーをする気は全くなかったが、熱い勧誘を受けるうちに本気で花園を目指すラグビー部の一員になりたいと思いラグビー部へ入部した。そして二つの夢を打ち立てた。花園に出ること、高校日本代表になること、だった。一年生の秋は準決勝で、花園へ行った西陵に敗れた。僕はいかに花園出場が難しいかを実感させられた。冬には、愛知県選抜としてある合宿へ行った後日、顧問の先生から次の高校日本代表候補に入れるかもしれないと言われた。夢への第一歩を踏み出せた瞬間だった。しかし、それを聞いたちょうどその日の天理合宿で前十字靭帯を断裂してしまった。あまりにも残酷な現実を受け入れがたかったが、今できることをやるしかないと思い必死にウエイトに取り組んだ。結局復帰まで1年程かかり、明和が初めて手にした春の全国選抜の試合、春日丘にあと僅かで敗れた秋の準決勝、どちらも僕はピッチの外にいた。その1年間は自分の無力さしか感じなかった。主将として始動した新チームにおいてもまた膝を何度か痛め離脱することがあり、責任も果たせず結局最後のチャンスもベスト8に終わってしまった。高校ジャパンにも遠く及ばず、国体にも出場出来なかった。夢を叶えることは出来なかった。悔しいことばかりの三年間だったが、それでも全てをラグビーに懸けた三年間に後悔はないし、本当に誇れる三年間だった。

 

だから、もう一度ラグビーで新たな夢に挑戦するために、対抗戦A昇格を目標に掲げる東大でラグビーがしたいと思い、東大を目指し、一年浪人して合格し、ラグビー部に入部した。

 

入れ替え戦出場、対抗戦A 昇格という目標は過去十数年の記録、今年の対抗戦を見ても非常に高い目標であることがわかる。しかし、だからこそ4年間の全てを懸けて挑戦する価値のあるものだと思うし、その覚悟を持って東大に入った。今の自分はまだ夢からほど遠い位置にいるが、毎日の努力を積み重ねて近づいていくしかない。

 

 

最後に、膝や肘など抱えるケガも多く、不安要素は数えきれませんが、トレーナーやマネージャーの方々を信頼して全力でやっていこうと思います。そして、サポートしてくださる方々、応援や期待してくれる方々への感謝を伝えるために、成長した姿を見せられるように頑張りたいと思います。

 

まとまりのない文章ですが読んでいただきありがとうございました。次は、BKの中心として不可欠な3年の萩原さんにお願いしたいと思います。

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