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野獣さ[ラグビー部リレー日記]

 written by 後藤 達哉投稿日時:2022/05/28(土) 20:02

二宮からバトンを受け取りました4年の後藤です。にのは、最近アジリティの練習で、「後藤さんのこといじめてしまってすみません」と煽られました。この借りはいつか返します。

最近まで新歓期間のため、たくさんの一年生と接する機会がありました。そして、たくさんの新入部員を迎えることができました。そこで、自分が一年生の頃何を考えてラグビーをやっていたか振り返りました。始めた   Q理由は、コンタクトスポーツをやってみたかったからという軽い気持ちでした。ラグビーをやっていくうちにラグビーにどっぷりはまっていく感覚がありました。特に初めて試合に出た時、アドレナリンが大量に出て、激しいコンタクトがあっても痛くない変な状態を味わったのを覚えています。
一年生の頃の自分が出場している試合を見たとき、ラグビーのルールすらそこまで知らないのにがむしゃらに楕円球を追いかける自分の姿に少し感動しました。今の自分と比べて、強くもないしスキルがあるわけではないけれど、野獣のような恐ろしさがありました。当時の私は、試合中、ボールを持ったら前にいるDFを吹き飛ばすことしか考えていなかったし、DFではキャリアを仰向けにすることしか考えていませんでした。逆にそれしか知らなかったです。三年間経って、ラグビーについて色々経験を重ねることで、80分出場するためにサボることを覚えてしまいました。そのせいで、私のかつての野獣さが薄れていると思います。ここで大反省します。私は、頭がおかしいと相手に怖がられるような選手を目指します。人は安定や安全を好み、気がついたらそっちに流れてしまうものなので、その時は一年生の頃の自分の動画を見て、奮い立たせます。そして春シーズンはもう少しなので、絶対勝利にこだわっていきます。

次は2年の磯崎にバトンを渡します。彼は練習後に頑なにシャワーを浴びないのですが、夏場どうするのか気になります。できれば本当にお願いなので浴びて欲しいです。
 

駒場の土[ラグビー部リレー日記]

 written by 二宮 樹輝投稿日時:2022/05/26(木) 18:27

 B級レフリーを目指して強化試合で経験を重ねる同期の佐々木からバトンをいただきました、2年の二宮です。
練習前に毎日走りこんでフィットネスを鍛え、練習でもレフリングを行って過酷な仕事をこなしています。
普段から付き合い悪くてごめんなさい、こんど同期みんなで遊びましょう。


 部員が日々集う駒場グラウンド。2006年からは人工芝となりましたが、その一枚下には長い歴史が積み重なっています。

 明治17年(1884)の平面図。そこには泰西農場と呼ばれる、西洋流の混合農業を研究する畑が広がっていました。農学に関する日本初の教育・研究機関、駒場農学校は1878年に開校。ドイツ農法にならって日本近代農学の発展に貢献しました。
 ちなみにクラーク博士で有名な北海道大学の前身が、アメリカ農法を学ぶ札幌農学校です。

 東大ラグビー部が創立される1921年になっても、駒場にグラウンドはありません。
 そのころ各地の研究・教育機関は統合を進め、駒場農学校も農科大学、農学部として東大を構成しました。1923年の関東大震災で多くの学部が壊滅的な打撃を被る中、木造建築が多い農学部の被害は軽微でした。900番教室の南に残る石碑は駒場農学60年の歴史を伝えています。

 1935年には第一高等学校が農学部と用地を交換。熾烈な入試をくぐ抜けて(旧制)高等学校に入れば、帝国大学にエスカレータ式に進学できました。現在は1、2年生が前期課程を過ごす教養学部のキャンパス。一高同窓会の「一高ここにありき」碑は、ラグビー場へ向かう学生を1号館と900番教室の間から静かに見守っています。
 一高の地図を見ると「蹴球場」の文字。野球場や陸上競技場にはさまれ、駒場グラウンドの姿がありました。試合記録によると、「駒場球場」に代わって1930年から「駒場グランド」が用いられるようになります。現在のグラウンドは1930年に設置され、東大ラグビー部の90年間の活動を支えてきたと考えられます。東京大空襲で多くの建物が焼失、残ったものも後に建て替えられた中で、駒場グラウンドは一高の風景を残す一角となったのではないでしょうか。

 駒場グラウンドはたくさんの名勝負の舞台になりました。長年にわたって続く対抗戦・定期戦、海を越えてソウル大学との試合も、この地で行われてきました。部室には、対戦校と交換したペナントや2021年の京大戦で獲得した谷村楯が並び、東大ラグビー部に刺激を与え歴史を外から支える他部の足跡が感じられます。

 ホームゲームとなると、慣れ親しんだ地で繰り返した練習を思い出し自信が湧く、と聞きます。私はこのような歴史をもつ駒場グラウンドに対して一層思いが強まります。
 駒場140年の歴史の一つになれるような試合を目指して精進してまいりますので、今後ともご声援をよろしくお願いいたします。


 次はパワーとスピードで東大XVを支える4年生のプロップ後藤さんです。フランカーで培った運動量を活かして100kgの巨体が高速で飛んできます。さらに練習でも部の最上級生としてあるべき姿を絶えず追求される、あこがれの先輩です。後藤さんのように首から脚まで太くなれるようにがんばります。

新歓[ラグビー部リレー日記]

 written by 佐々木 凜投稿日時:2022/05/23(月) 17:03

キャプテンの國枝さんからバトンを受け取りました、2年スタッフの佐々木凜です。春休み中のBBCでは國枝さんをはじめとして毎日ものすごくきつい練習に必死に取り組む選手たちの姿に刺激を受けまくって、私も走ったりレフリーとして試合にたくさん参加させてもらったり、と自分にもフォーカスを当てて取り組む原動力となっていました。今年はキャプテンとして自分だけでなく他人にも厳しくならなくてはならず、しんどいこともたくさん抱えていると思いますが、そんなところを一切見せずに強いキャプテンとして行動している國枝さんを本当に尊敬しています。

5月になり、新歓期間もようやくひと段落ついたということで、今回は私が関わってきた新歓について書きたいと思います。

新歓は高校のラグビー部に所属していた頃から最も深刻な問題だった。地方の進学校はどこでも同じような状況だと思うが、とにかく人が足りない、入らない。高校時代は部活の体験期間が1~2週間と短く、その期間にラグビーには何の興味も持っていないガリ勉だらけの新入生をどうにかしてラグビー部に引き込まなくてはならない。毎日放課後は無理やり体験練習に連れてきて、帰りにメンチカツを奢って、その子の教室までジュースを買って持って行ったりもした。そこまでしても、結局入部を決めてくれるのは4~5人だったりするからなかなかしんどいものがある。たとえ数人でも新入生が入部を決めてくれた瞬間はもちろんとてもうれしいが、新歓期は努力が実を結ばないことが多く毎年もどかしさを感じるイベントであった。

高校に比べて大学の新歓期間は非常に長い。3月末から新入生とコンタクトを取り続け、最終的に5月の頭くらいまでに大体の新入生が入部を決める。未経験者も必要としている東大ラグビー部にとって新歓の重要性は非常に大きく、この期間にできることは可能な限り手を尽くそうと思っていた。新歓イベントにはほぼすべて参加し、できる限り多くの新入生とコミュニケーションをとるように心がけてきたが、正直あまりに新歓期間が長くしんどくなった時期もあった。でも、新歓代表の杉井さんをはじめ(本当にたくさん気を回してくださりありがとうございました)、部員みんなの努力のおかげで結果的に他の部活と悩んでいた新入生も多くが入部を決めてくれた。もともとラグビーになんの関わりもなかった新入生でも、このスポーツやこの部活に魅力を感じ、4年間をささげようと決めてくれたというのは最高にうれしい瞬間で、高校の頃よりも努力が報われたな、と思えた。

新歓期間を経て、もちろん大変なこともあったが、東大ラグビー部の魅力を繰り返し言語化して伝えることで、自分の中でもよりこの部活の良さを実感することができたし、なんだかプレゼン能力も鍛えられた気がする。また、入部してくれた新入生に対して親心のようなものが芽生えつつあり、元気に部活をやっている1年生を見るとなんだかほほえましく思ってしまうが、同時に私はもう後輩という立場に甘んじていてはいけないのだという危機感も強く感じる。これからは私自身もより一層責任感をもって部活に取り組み、元気溌剌な一年生を加えたこの組織が、より強く魅力的なものになるように、一緒に努力していきたいと思う。

次は同期のニノにバトンを回します。個性派ぞろいの同期の中でも圧倒的なキャラの強さを誇っており、ニノが持ち込んでくる独特でなんともいえないけど笑ってしまう空気が大好きです。ニノがどんな遊びに興味があるのか未知ですが、今度同期の遊びを企画したら断らずにぜひ参加してほしいです。
 

俺らは今なんだよ!![ラグビー部リレー日記]

 written by 國枝 健投稿日時:2022/05/21(土) 20:02

田村からバトンを受けとりました。4年の國枝です。
怪我をしても、大好きなラグビーのために前向きにトレーニングに励む田村に、DL期間中、僕の方こそ何度も救われました。ありがとう。今シーズン残り半年間、辛いこともたくさんあると思うけど、これからも一緒に頑張ろう。

 

シーズンが始まってから気がつけばもう4ヶ月近く経つ。本当にあっという間だった。だから、対抗戦初戦まで残り4ヶ月しかないと思うと少し怖くなる。本当に一日一日が無駄にできない。

 

最近、正直なところ、焦りを覚えている。焦りというか歯痒さだろうか。

春休みの2ヶ月間は個のフィジカルとコンタクトにフォーカスをあててみっちりと練習を重ねた。ハードな全体練習のあとも全体アフター→ユニット→ポジショナルスキル練という流れで、ユニットや個人単位で積極的に自主練を行う姿がよくみられ、確実に実りある日々を過ごしている実感があった。

 

しかし、4月からは今までオンラインだった授業が対面となったことで、なかなか全員が集まって練習する時間が取れなくなった。火水の練習に人が集まらず、アフターも人が少なく、思うように練習できないというもどかしい日々が続いている。

全部オンライン授業に戻らないかなとか、何かの手違いで駒場にラグビー部の寮が建たないかな、とか、本気で思ったりする。

そんなことを言っても仕方がないのはわかっているのだが。
 

この状況で出来ることは限られている。

当たり前のことだが、一回一回の練習で死ぬ気で成長するしかない。そして、全体練習後の時間も自分の成長のために1秒も無駄にしないことだ。

 

もっとメリハリつけようぜ。と最近はアフターの時間、みんな対して思う。自分のやるべき練習を全て終えるまでは、もっと自分にフォーカスしよう、集中しようよ、と。去年の垣内さんみたいに責任と覚悟をもって個人練習を重ねるやつが1人でも2人でも出てきたら、絶対に試合の結果は変わってくるはずだ。逆に、自分のすべきことをほったらかしにしておしゃべりに勤んでるような奴が試合にでてるようなチームは絶対に勝てない。

全ての練習が終わったら、スイッチをオフにして仲間と楽しく喋ればいい。それまでは、スイッチをオンにし続けよう。プレイヤーとしての自分の時間をもっと大切にしよう。俺は今後、絶対にそういう選手であり続ける。そして、みんなにもそれを要求する。

 

あとは、勝とう。勝つしかない。

まずは都立大学。

死ぬ気で勝ちに行くしかない。

俺は練習から100でいく。

 

4年生、本当にここで変わろう。

ここが本当に最後のチャンスだと思う。

練習から一人一人がぶちあげよう。

4年の意地を見せよう。

 

 

次はりんちゃんにバトンを渡したいと思います。練習が終わった後、5号館でラグビーの試合を1人で黙々と分析しているりんちゃんをみると本当に身の引き締まる思いがします。こんなに純粋にラグビーを好きでいてくれて、チームのために貢献してくれるスタッフがいることは本当に幸せです。りんちゃんのためにも次の試合は絶対勝ちます。

166cmの巨人[ラグビー部リレー日記]

 written by 田村 洋大投稿日時:2022/05/18(水) 15:14

才能とも言えるように裏の裏の裏をかいて僕たちの予想を上回る行動をする同期の倉橋からバトンを受けとりました、2年の田村です。「逆張り」なんてよく言われている彼ですが、なんだかんだ素直な面があったりで面白いやつです。気遣ってくれてありがとう。こういう人たちばかりだから僕はラグビー部が大好きなんです。

 

実はこの1ヶ月ほど部活を休ませていただいています。4月初めに肩を脱臼して手術を受けたので、これから5ヶ月間のリハビリを迎えるにあたって安静期間である1ヶ月間はラグビーから離れたいと思い、僕のわがままを受け入れていただきました。ありがとうございます。この間何をしていたかとか怪我についてはまた今度書こうと思います。

 

僕はこのホームページのプロフィールの尊敬する人のところに両親と並んである人の名前を書いている。廣川翔也選手だ。正直、知っている人は少ないと思う。ただ、廣川選手は僕の憧れの存在だ。

 

僕が小学生の時、父が慶応大学のラグビー部でコーチをしていたこともあり、遊びに行く感覚で毎週末慶応の日吉グラウンドに行って練習終わりの学生さん(と当時呼んでいた笑)にドロップキックやパスを教わっていた。父はバックローコーチをしていたので、フランカーである廣川選手のことを練習後に教えていたそうだ。僕には想像もできないほどしごかれたであろう後でも、いつも優しく僕と話してくれたり遊んでくれたりした。

 

廣川選手は身長が166cmしかない。(いつかのラグマガに170cmと書いてあったが。) 東福岡高校でスクラムハーフをしていたそうだが、僕にはフランカーのイメージしかない。廣川選手の凄さはなんと言ってもタックルだ。圧倒的な泥臭さと天才(練習の積み重ねだろうから秀才かもしれない)的な嗅覚でもって相手を文字通り薙ぎ倒す。シングルタックルでトンガ人を倒したあとの次のフェーズでまたタックルしてる。右端でタックルをした2フェーズ後に左端でビッグタックルをしている。タックルで敵のノックオンを誘って会場が湧く中でも、淡々とずれたヘッドキャップを直す。痺れた。相手にビッグゲインされても廣川選手が止めてくれるのではないかとどこか期待してしまっていたし、実際本当に止めてくれていた。166cm85kgがグラウンドでは誰よりも大きく見えた。

 

ラグビー日本代表の藤田慶和選手もYouTubeで最強のタックルモンスターにあげているので是非見てみてほしい。日本代表からこれほどの評価を受けるタックルは本当に見とれてしまう。

https://youtu.be/pG2O8t1aUwU?t=196

 

廣川選手のことをずっと間近で見てきた。父が練習後学生さんたちを家に連れてきてご飯をご馳走することが毎週のようにあったが、ほとんど廣川選手を呼んできていた。引越しも手伝ってくれた。大学の卒業旅行で僕が中学生当時住んでいたベトナムにも遊びに来てくれた。正直口達者とは言えず口下手で、いつも「っすーー」と頭をかしげながら喋っているのに、試合になると目が変わる。2年生の時から黒黄の6番をつけて試合に出ており、試合が終わるころには足を攣っていた。ボールに触ることはほとんどないのに誰よりも出し切るのだ。そのギャップもまた最高にカッコよかった。

 

そんな廣川選手は卒業後ヤマハ発動機ジュビロに入団した。フォワードのチームでどの選手もデカいヤマハに166cmの廣川選手が入ったのだ。170cmとサバ読みしても到底敵わない。なんだか夢を与えてくれた気がして本当に憧れた。僕はトップリーガーを目指していたわけではなかったが、ラグビーは続けたいなと思った。

 

その廣川選手が引退することになった。正直、廣川選手をテレビで見ることはあまりなかった。それでも、ツイッターで毎回メンバー発表は確認していた。僕の都合もあり、結局現地で応援はできなかった気がする。あれだけ人間離れしたタックルをしていた廣川選手でも敵わない世界があることに驚いた。それでも、やっぱりめちゃくちゃかっこよかった。ヤマハのSNSで見かけるたびにいいねしてたし活躍の有無に関わらず僕の憧れであることには変わりない。

 

どんな選手になりたいかと言われたら廣川選手みたいな人と答える。性格はだいぶ違うと思うし練習量も比べるのも恥ずかしいほど差があるから大学4年間で廣川選手に並べる人になるのは相当苦労しそうだが、ビッグタックルでチームを救える人間になりたい。そしてそれをなんということもなくなしとげてしまい、ずれたヘッドキャップを直しながら次のボールに向かって突っ込める人になりたい。

 

小さな時からあれだけ見てきて憧れてきた黒黄を着ることは人生でなかったし、今は肩を脱臼して手術を受けたばかりだからタックルなんかあと4ヶ月もできないという大学2年生の時の廣川選手とは真逆の状況だが、いつかJSPORTSで矢野武さんが廣川選手によく言っていたように、「ここでまた田村だー!」と言わせたい。

 

最後に、親しみと尊敬の念を込めて、

 

廣川くん、現役お疲れ様でした!

 

 

次は我らがキャプテン、國枝さんです。今回の僕の休みの間も頻繁に連絡をくださり、本当にありがたかったです。僕が入部してから2度の手術を経てもラグビー部をやめようと思わないのは國枝さんがいるからです。練習で全員を鼓舞して率いながらも、グラウンド外では寿太郎と恋愛論を語り合うキャプテンに惹かれないわけがありません。

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