ラグビー部リレー日記

いざ仰げこの金字塔

投稿日時:2026/06/04(木) 10:16

同期の立花からバトンを受け取りました。4年の百瀬です。僕はクラシックの中ではバッハが好きです。立花は生粋の男子校(駒東)出身者で、東大ラグビー部の女子スタッフ以外の女子とは喋ったことがないそうです。1年生の頃、彼からは「女性蔑視」的な思想を感じたので、本人に尋ねてみたところ『女性「別」視』らしいです。そんな立花も来年(部活引退後)、「彼女をつくる努力」をするそうです。彼がどのような努力をするのか、そしてどのような女の子を好きになるのか、非常に興味深いです。1年くらい前に好みを探ってみたらダークな感じの女の子が好きっぽかったです。彼の今後の動向は必見です。


 

 


 

 


 

去年度に引き続き今年度も新歓代表を務めさせていただきました。この場を借りて、多大なるご支援をいただいた東大ラグビー倶楽部、強化委員の皆様に感謝を申し上げます、ありがとうございました。おかげさまで、今年度は目標にしていた「プレイヤー20名以上、スタッフ5名以上の入部」を達成しました。まだ人数は確定しておりませんが、現時点では「プレイヤー24名、スタッフ5名」の新入生が入部届を書いてくれています。入ってくれた新入生、そして今年の新歓を頑張ってくれた部員のみんなにも感謝しています。ありがとう。特に副代表を引き受けてくれた三上と星には何度も助けられました。去年(なぜか)ほぼ1人で抱えていた仕事を、3人で分担できたのは非常に助かりました。僕の新歓代表としての仕事は終わりかけていますが、秋新歓、そして入ってくれた新入生が部活を続けやすい環境づくりに貢献できればと思っています。来年度も倶楽部の皆様には、引き続きご支援のほどよろしくおねがいします。僕も来年度以降、2年分の新歓代表としての経験を活かして新歓をサポートできればと思っています。


 

長くなりましたがここからが本文です。


 

 


 

去年のこの時期の僕を語る上で、欠かせなかったのは、「新歓」と「胃の不良」だったと思う。今年はその2つに「政治」が加わるのではないかと予想する。部の中で後輩や若手のOBと話していると、度々政治の話題になり、「将来は何になりたいのか」、「なぜこんなことをやっているのか」などさまざまなことをきかれる。今まで僕をいじる時のワードといえば「ガッツ」だったが、それももはや薄まっている気がする。(ガッツについての詳細はここでは省略する。)そこで今回のリレー日記は「政治」について書こうと思うが、ただ僕が「政治」について書いても普段の政治SNS投稿となんら変わらないので、少し違った切り口で書いてみようと思う。




 


 

僕が知ってる初対面で話してはいけない3大話題としてあげられるのは「宗教」、「野球」、そして「政治」だ。この3つに共通しているのは何か。僕の文章は結論が先にないから、読みずらいと言われるので結論から先に書くと



「価値観が露出しやすく、かつ対立が起きやすいこと」だと思う。


わかりやすくいうとアイデンティティに直結することであると言える。政治・宗教・野球(特に贔屓球団)は、単なる「好み」じゃなくて

・自分はどういう社会が良いと思うか(政治)

・何を信じて生きるか(宗教)

・どこに帰属しているか(野球・スポーツ)

みたいな、自己そのものに近い部分に触れる側面がある。

 

宗教はわかりやすい。わかりやすくキリスト教と仏教を取り上げるとその差は歴然だろう。キリスト教は唯一神を信じるが、仏教はそういう考え方ではない。信じるものが違うというのは、科学が発展した現代においても、やはり生活の大きなところを根本から変えるだろう。日本では「ご冥福をお祈りします」という言葉がよく使われるが、敬虔なクリスチャンの中にはこの言葉を使われるのが嫌な人もいるらしい。

言ってしまえば、この3つは「否定されると「意見」じゃなくて「自分」が否定された感覚になる」のだろう。



また、この3つに共通するのは「正解がない上に、信じている人は絶対的だと思っていること」だろう。

・政治 → 正解が一つじゃない

・宗教 → 本人にとっては絶対的な真理

・野球 → 感情で応援してる


つまり、論理で解決しづらい=議論が「勝ち負け」になりやすいという構図になるのだ。

 

 


 

さらにいうとこの3つはすぐに対立構造が生まれる

・政治:右か左か

・宗教:信じるか信じないか

・野球:どのチームか

つまり話した瞬間に「陣営分け」が起きるのだ。



話す瞬間から対立が起きる話題なんてそりゃ初対面で話すべきではないだろう。


 

政治の話に戻るが、これらの理由から人が政治を語る時、本気になるし、だから熱くなる。そして突然キレ出すのだ。政治の話をしていると人はしばしば攻撃的になる。それは正義感からか、不安からなのか、はたまた承認欲求からなのか。



 



橋本龍太郎元首相の言葉を借りる。


 

「だから難しいんだよ」


 

とはいえ僕はみてもらえばわかるように、「扱いづらい話題」である政治に真正面から近づいている。むしろだからこそ向き合う価値があるのではないかと感じている。初対面で避けられる話題というのは、言い換えれば「人の深い部分に触れる話題」でもある。それを避け続けるということは、ある意味でお互いの表面的な部分でしか関係を築かない、ということにもなりかねない。(もちろん、いきなり踏み込むべきではないし、相手との距離感やタイミングは大事だと思う。)


 

しかし昨今若者の間だけなのかわからないが、少しでも政治の話をすると「思想が強い」と言われる風潮があるように感じる。僕に言わせれば「思想が強い」と思うということはそれなりに別の思想を持っているわけでむしろそっちの方が「思想が強い」か、「思想が浅い」だろうと思うのだが、まあそれは一旦置いておいて。

みんな「ノンポリ」だからだろうか。「ノンポリ」という言葉は東大紛争・日大紛争が始まった1968年の流行語として挙げられる。元は日本の学生運動に参加しなかった学生を指す用語であるが、現在では広く「無党派」という意味と同義で使われている気がする。実際若者の投票率は低い。いや若者に限った話ではなく、全体的に投票率は低い傾向があるように思える。なんで投票率が低いのか、逆に投票率が高い国はどういう国なのか、分析したいところだが、それをここでしても面白くないのでやめておく。




 


 

せっかくラグビー部のリレー日記という場を借りているので、少しは「ラグビー」と絡めたいと思う。

ラグビーをやっているとよくわかるが、あまりラグビーを知らない人が試合を見ると人気なのは、目立っているトライを決めるバックスだったり、派手なプレーだったりする。2019ワールドカップではWTBの福岡堅樹選手や松島幸太郎選手が人気だった。しかし実際には、その前段階でフォワードが地道に体を当て続け、ボールを前に運び、泥臭い仕事を積み重ねているからこそトライが生まれる。どちらが欠けても勝てないのに、どうしても一般人の目に見える結果の方ばかりが評価されがちだ。

政治も同じ側面があるのではないかと思う。

テレビやSNSで取り上げられるのは、わかりやすい政策や、強い言葉を使う政治家、あるいは対立の構図そのものだったりする。しかしその裏には、制度を整えたり、細かい調整をしたり、目立たない形で社会を支えている人たちがいる。

そして、そういう「見えない部分」は評価されにくい。ラグビーでも、フォワードの仕事の価値は実際にやってみないとわからないと言われる。スクラムなんてフロントローとして組んでみなきゃ本質はわからないのではないか、とも思う。政治も同じで、外から見ているだけではわからないことが多いからこそ、単純な善悪や勝ち負けで語られてしまうのかもしれない。



一つ留意して欲しいことがある。別に僕はラグビーと政治が似ているとは全く思っていない。あくまで無理やりくっつけてみたらこうなる、というだけだ。以前に東京新聞の取材を受けた時に「ラグビーと政治って似てますか」ときかれた。内心「似てるわけないだろ馬鹿野郎」と思ってしまった。そもそも「ラグビーという素晴らしいスポーツが、政治なんかと似ていてたまるか」と思う。(でもラグビーやってた政治家は多い気がする。)



ここまで書いていて、もう一つ思うことがある。政治の話が敬遠される理由は、「恋愛」にも少し似ているのではないか、ということだ。

恋愛でも、まだ距離が近くない段階でいきなり踏み込みすぎると、相手は引いてしまう。例えば、出会って間もないのに将来の話をしたり、価値観の深い部分にいきなり触れたりすると、「ちょっと重い」と思われることがある。



昨年、僕はありがたいことに、たくさんの女性とデートをする機会があった。大抵の場合2、3回行ってくれるのだが、2回目を断られてしまったケースがいくつかある。思い返せば、そういう人には1回目のデートにも関わらず、僕が結婚感とか将来についてベラベラ喋ってしまったという共通点がある。



政治の話も同じで、まだ関係性ができていない段階で、自分の価値観を強く出しすぎると、「思想が強い」と受け取られてしまう。



本来問題なのは「政治の話をしていること」ではなく、「距離感の取り方」なのかもしれない。


逆に言えば、関係ができてからであれば、価値観の話はむしろ避けて通れない。「ただ楽しいだけ」で付き合っているのもいいが、将来や深い価値観などのビジョンの話抜きに付き合っていても、そこに大きな意味は見出せないだろう。恋愛では最終的には、お互いが何を大事にしているのかを知らなければ続かないし、そこが合わなければどこかで無理が出る。僕は恋人とは結婚するかどうかはわからないが、常に将来を見据えられるかを重要視している。

 

政治の話も同じで、うまくいけば相手の考え方や人生観を知るきっかけになるし、うまくいかなければただの対立で終わる。そう考えると、政治が難しいのは「危険な話題だから」ではなく、「タイミングと距離感を間違えやすい話題だから」なのかもしれない。



その上で僕なりにどちらにおいても大切にすべき価値観があると思う。それは「感情」と「論理」のバランスだ。恋愛においては言わずもがな感情は大切だ。政治もある種原動力になるのは個人の感情だったりする。恋愛も政治も言い合いになる時は大抵その「感情」が原因だ。しかしどちらも感情だけで動いてはいけないと思う。恋人と喧嘩した時もいつかは途中で論理的に、自分が悪くかったこと、相手が悪かったことを考え、話し合わなければならないと思う。それができないカップルはどちらかが辛い思いをしているか、終わりが近いかどちらかだと思う。政治もそうで原動力が感情でも、どこかで論理的に考えなければならない。正解がない以上いずれは「こっちにはこういう長所短所があるが、あっちもそうだ。」と論理的に考え、その上で自分はどうするかが大切だ。未来から来た人から見れば正解があるのかもしれないが、現代を生きる我々から見ると絶対的な正解はないのだから。




ただ、ここまで偉そうに政治だラグビーだ恋愛だと書いてきたが、結局最後に自分を一番正直にしてくれるのは「胃」なのかもしれない。前のリレー日記で書いたように、僕の胃の中には「悪魔」がいる。

政治について考えすぎても胃が重くなるし、ラグビーがうまくいかなくても胃が痛くなる。恋愛で悩んでも胃にくる。つまり僕の生活において、政治もラグビーも恋愛も、最終的にはだいたい胃に集約される。

そう考えると、去年の自分を語る上で欠かせなかった「新歓」と「胃の不良」に、今年「政治」が加わったというより、もしかすると政治も恋愛も全部、胃の不良の一部なのかもしれない。

結局、難しい話題に向き合うということは、それなりに自分の内臓にも負担をかけることなのだと思う。それでも、何も感じない(=ろくに考えていない)よりは、少し胃が痛くなるくらいの方が、自分は何かにちゃんと向き合っている気がする。

 

もちろん、できれば胃は痛くない方がいい。


 

政治にも、ラグビーにも、恋愛にも、そして自分の胃にも、感情と論理のバランスを取りながら「ガッツ」を持って向き合っていきたい。来年の今頃、僕を語る上で欠かせないものが「政治」なのか、「恋愛」なのか、あるいはやっぱり「胃の不良」なのかはわからない。



ただ少なくとも、どれか一つくらいは今より少しマシに扱えるようになっていたい。


 

 


 

 


 

次は、2年のそうしにバトンを渡します。彼とは同じ都立国立高校出身で、高校時代も一緒にプレーしていました。記憶が正しければ、僕の高校の引退試合(vs久我山、3-161で大敗)では、彼はフルバックだったと思います。(ちなみに僕はフッカーでした。)高校時代からの特徴的な笑い方は今も健在でよかったです。正直言うと高校時代からあまり関わりがなく、憶測で色々書くのも良くないのでこれくらいにしておきます。

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