VOICE:2026年
  「ラグビーを愛そう」 副将 佐藤琉海
   
 君は、ラグビーを愛しているか。

 紆余曲折あって高校のラグビー部に入部してみると、高校からラグビーを始めた仲間は僕を入れて3人だった。その中で僕は少しだけパスが上手くて、少しだけスタミナがあって、少しだけお勉強ができて、一番背が低かった。そして経験者ばかりのチームの中にはSHというポジションがぽっかりと空いていた。だから僕はSHになった。

 何も知らずに始めたラグビーは、思いの外楽しかった。僕の心を惹きつけたのは、美しい回転を描いて飛んでいくボールのその軌道だった。特にSHは特等席で、いつも飛んでいくボールを見上げるように眺めることができた。僕はボールが好きだったが、ボールは僕を好きではないらしく、初めのうちはパスは乱れてばかりだった。綺麗なパスを投げたくて、来る日も来る日もパスを投げ、近所の公園でも投げ、朝のグラウンドでも投げ、3年生になって初めてスタメンを取った。とにかくいいパスをSOに供給することだけを考えて出場したそのシーズンで、チームは選抜出場を決め、14年ぶりに全国に行った。こうして、僕はラグビーの虜になった。

 しかし、ラグビーに対して深く接すれば接するほど、ラグビーの心地よくない部分が見え隠れするようにもなった。高校の話を続けると、チームが選抜出場を決めた試合で僕は怪我をして、選抜大会には出られなかった。そのまま出場機会は減っていき、高校のラグビー生活は幕を閉じた。ところが、ラグビー人生はこれで終わりにしようと臨んだ高校のOB戦では何のしがらみもなくのびのびとプレーができ、久々に素直にラグビーを楽しいと思えた。もう一度ラグビーがしたいと思い、半ば後ろ髪を引かれるように東大ラグビー部に入部した。生半可な気持ちで入部した自分は心の底から本気でラグビーをしようと思えず、部のルールやスタンダードを徹底することができなかった。そんな自分が次第に嫌になり、自分は本当にラグビーが好きなのか、自分にとってラグビーとは何なのか、と自問することが増えた。そのような気持ちを完全には拭えぬまま、4年目を迎えた。

 これまでのラグビー人生を振り返り、ふとこう思った。

 僕はラグビーを愛しているだろうか。

 確かに僕はラグビーが好きだ。だけどそれは、自分にとって都合のいい部分だけを切り取って勝手に好きになり、少し嫌な面が見えたらたちまち態度を変えてしまう程度の未熟な向き合い方だったのではないか。ラグビーを好きになるだけでは甘い。勝つためには、成長するためには、ラグビーを愛さなければならない。カテゴリーを問わずトップレベルの試合を見ると、選手たちは本当にラグビーを楽しんでいるように見える。彼らの多くはラグビーを愛している。全てを突き抜けた彼らのプレーを見ていると、僕はラグビーの痛さやきつさを忘れて試合展開に夢中になる。僕もこんな風にプレーできたら、と何度思っただろうか。あと1年ではトップ選手にスキルは追いつかないかもしれないが、ラグビーを愛するということなら僕にもできるはずだ。

 ラグビーを愛するためには、勇気と覚悟が必要だ。自分の好きなことばかりできるとは限らない。かといって苦労が報われるという保証もない。それでも雨の日も風の日もひたむきにプレーするということが、ラグビーを愛するということだと思う。時々「お前はラグビーが彼女だもんな」と言われる。みんながこう言われたことがあるかは知らないが、せっかくラグビーをするならとことん愛してやろうじゃないか。

 勝利を至上とする人にとっては、これがお花畑のような文章に映るかもしれない。確かに勝つことは大事だし、勝たないといけない。それは分かっている。だけど勝敗の責任がかかった試合を全うしたことのない今の自分には、心の底から勝ちたいと思うことはできない。その代わりと言ってはなんだが、ラグビーを愛してみたいと心の底から思う。その先にはきっと勝利があると信じている。

 もしこの文章が悪くないなと思ってくれたなら、ぜひ君もラグビーを愛してほしい。

 ラグビーがまだお友達だという人は、ラグビーを好きになろう。
 ラグビーが好きだという人は、ラグビーを愛そう。

 そうして全員がラグビーを愛した時、もしかしたらラグビーも僕らを愛してくれるかもしれない。きっとそこには素晴らしい景色が広がっている。

 だから、全ては君がラグビーを愛そうとするところから始まる。
 その意味で、この言葉を掲げたい。

 Be the Change


2026年2月28日
東京大学運動会ラグビー部 副将
佐藤琉海