VOICE:2020年
  「スタートライン」副将 甲斐豊
 
ここ数年を振り返ると、ラグビーで感情が動くことが本当に少なくなってしまっていた。ひとつひとつの試合に対して熱い意気込みを持ったり、結果に対する喜びや悔しさを感じたりしたことが何回あっただろうか。

こうなってしまっていた理由は単純明快で、結果が出なかったからという点に尽きるだろう。1年生の頃は目標としていたスイカに手が届くことがなくシーズンが終わってしまったし、2年生で初めてスイカを着させてもらって以降もほとんどの試合で負けて来た。チームが勝った試合には怪我で出場できていないことがほとんどだった。負け続きで勝つ喜びは感じることがないし、毎回悔しがっていたら自分のメンタルが持たないと、何も感じなくなることで無意識に自己防衛をするようになっていたのかもしれない。きつい練習を乗り越えた先にあるのは負けばかりで、しんどいばかりで、ラグビーを黙々とこなすだけになってしまっていた時期もあった。ラグビーは好きなはずなのに。
僕が1年生以来コーチとして携わらせていただいている、弊部OBの村田さんが運営する東京セブンズラグビースクール(TSRS)の子どもたちは、いつも僕とは対照的にラグビーが楽しくて仕方がないという様子だった。練習が始まれば無心にボールを追い、試合に勝てば本気で喜び負ければ本気で悔しがり、練習時間が終わっても自然と集まり1vs1が始まる。彼らの目をキラキラさせてラグビーに取り組む様子はコーチとしては喜ばしく、微笑ましく、同時に羨ましかった。僕も彼らと同じようにラグビーを楽しむことができたらいいのに。
僕がこの状態から脱することができたのは去年試合で良いパフォーマンスができずにいたときに大西さんにある言葉をかけていただいたことがきっかけだった。
「練習では良いパフォーマンスが出せるのに試合で活躍できないのは何故だろうか。練習と試合はそんなに違うか。そうではないだろう。頭がクリアな状態で試合に臨めばパフォーマンスは大きくかわるはずだ。」
確かにその通りだ。良いプレーをしなければいけない、ミスをしてはいけない、といらないプレッシャーを自分に与えていたのは他でもない自分だったことに気付かされた。
同時に、子どもたちのことを思い出した。ラグビーを楽しむことも同じではないだろうか。ルールや競技レベルに違いはあれど自分も子どもたちも同じラグビーをプレーしているのだ。何かが決定的に違うということはないだろう。「結果を出さなければいけない」ということに囚われて自分で自分を苦しめてしまっていたのではないか。純粋にゲームとしてのラグビーを楽しむことが罪な筈はない。
このことに気付き、僕は一度結果に拘ることをやめ、純粋にラグビーを楽しむことにした。すると、徐々に自分で納得のいくプレーが出来る場面が増えた。試合に負けて悔しい、勝って嬉しいと感じるようになった。結果を求める気持ち、勝ちたい欲求は自然と戻ってきた。
気付けば僕は名古屋戦後、部歌を歌いながら泣いていた。試合に勝てたこと。一時開催自体が危ぶまれた試合ができたこと。2020年、初めてチームで部歌が歌えたこと。嬉しかった。久しぶりにラグビーで大きく感情が動いた瞬間だった。

ラグビーが楽しくないのを結果が出ないことだけの所為にするのは間違いであることを学んだ。自分に楽しもうとする気持ちがないのなら楽しくないのは当たり前だ。しかし、楽しもうと思うだけでラグビーが楽しくなるほど現実は甘くはないのもまた事実だ。試合中自分に出来ることがなければ面白くないし、負けが続けばつまらないだろう。ラグビーを楽しみ続けるためには、きついことや辛いことも乗り越え強くなることが求められる。
僕は「自ら楽しむ心を持つ」というスタートラインに立ったにすぎないのだ。

今年はいくつの試合で勝利に心を震わせることが出来るだろうか。
1年間、どれだけラグビーを楽しむことが出来るかは自分たち次第だ。

2021年2月22日
東京大学ラグビー部副将
甲斐豊