ラグビー部リレー日記

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勝利への貢献

 written by 藤永 拓也 投稿日時:2017/12/16(土) 23:31

チームが辛い時も、苦しい時も選手たちに檄を飛ばし、精神的支柱としてチームを支えてくれた学生コーチの石内からバトンをもらいました、主務・MGR長の4年の藤永です。
 
「マネージャーは勝利に貢献できるか」
私が昨年の5月に書いたリレー日記のテーマである。
3年ながらマネージャーの最高学年となり、副務として組織の運営を任されていた当時、チームを引っ張っていく楽しさを感じつつも、必ずしも努力に比例しない結果に思い悩んでいた。
 
しかし、チームの状況を時々立ち止まって振り返ってみると、マネージャーとしての活動ひとつひとつが、小さいながらチームの雰囲気に、パフォーマンスに影響を与えていることに気がつき始めた。
ターンオーバー時のチームの危機に自ら体を張ってディフェンスできるわけでも、自らの手で楕円球を掴み、グラウンドを駆け回るわけでもない。
だが、ほんのちょっとした自分の言動が、間違いなく東大ラグビー部のラグビーそのものにも影響を及ぼしている。
その気づきは、日々の練習や試合を積み重ねることで確信へと変わった。
 
だからこそ一歩でも勝利に近づけられるように、本当に多くの時間をラグビー部のために費やした。
どうすればチームがよくなるか、どうすれば勝てるようになるか、どうすれば運営がスムーズにいくか、自分なりに毎日必死になって考えた。
 
「タスクをただこなすだけでは、現状維持にしかならない。」
歴代主務の先輩方から、私が主務になりたての時にいただいた言葉だ。
私はその言葉に感銘を受け、とにかくタスクに追われるだけにならないよう意識した。
 
上級生として過ごした2年間、毎日の部活が楽しくてしょうがなかった。
成功を喜び讃え合い、失敗を反省し改善方法を模索する。
どれだけ時間を費やそうと、自分の行動がチームの勝利にちょっとでも貢献できていると思えば、決して苦ではなかった。


もちろん、全てが結果に結びつくとは限らない。
対抗戦最終戦の成城戦、成城の死力を尽くしたアタックを受け、後半の最後の最後で逆転を許した。
そして、ノーサイドのホイッスルがグラウンドに鳴り響いた。
スコアは17-19。
あと、2点。
2点足りなかった。
積み上げてきたもののために2点差まで詰め寄れた、ともとれるし、積み上げてきたものがあと2点足りなかったともとれる。
満身創痍の戦士たちの健闘を讃えながら、勝利の難しさを痛感した。
 
目の前の現実に対する悔しさが確かにそこにあり、だが、その後を追うように今までの蓄積の実感が湧き上がってきた。
それは、敗北の悔しさを紛らわせるための取り繕ったような感情ではなければ、結果は及ばなかったが今までよく頑張ったじゃないか、自分を激励する感情でもない。
プラスでもマイナスでもなく、ただ結果に対して自分もチームの一員として責任を負っている、という存在意義を確認させられる感情であった。

私の好きな歌の歌詞に「思い出はいつも綺麗だけど」というフレーズがある。
おそらく今感じている悔しさ、もどかしさ、楽しさもいずれ自分の中で美化され、全て美しいものであったとされてしまうのであろう。
だが、思い出を綺麗にするにはまだあまりにも早すぎる。
対抗戦リーグは終わったが、まだ自分たちの代の試合は2試合残っている。
まずは明日の名古屋大戦。少しでも勝利に貢献できるよう、フルスロットルで頑張りたい。

次はちょうど今日テレビ番組でも紹介された名門日比谷高校出身、小柄ながらいつも体を張りチームを引っ張ってくれた副将・BKリーダーの萩原にバトンを回します。

 

ただ、ありがとう。

 written by 石内 鴻壮 投稿日時:2017/12/14(木) 13:45

最後のリレー日記にこれ以上ない素敵な紹介をしてもらいました、4年学生コーチの石内です。
実は竹村と同じようなスタイルでこれを書こうと前々から考えていたので文体を横取りされた気分ですが、最後なので自分も素直な心境を綴ろうと思います。

竹村の紹介でコーチキャリアの方が長いといわれ、何を馬鹿な、コーチに転向したのは3年の春5月頃なのだから僅かにプレーヤーの方が長かろうとも思ったが、違う。彼女の言うとおりだ。1年生の夏7月に差し掛かるほどに自分はこの部に入ったのだから。

ただ毎日を無為に過ごす自分が情けなくて何かを変えたくてカッコイイ人間になりたくてした選択だった。自分は正しかったと思う。きっと最適な答だった。
色んなことがあった。2年目でたくさんスイカを着させてもらった。理想や期待と現実とのギャップに葛藤した。プレーヤーじゃなくなってコーチになった。右も左も分からず、己の無力さに辟易した。意気込んで高い目標を掲げた。予想よりもゴールは果てしなく遠いところにあって泣いた。
記憶の補正もあって、実際は今思い返すよりもずっと多くの辛いこと苦しいこと嫌なことがあったんだろうと思う。本当に純粋に楽しかったことなんて4年間のうちのほんの一部だけなんだろう。
それでも今僕はとても幸せだ。

僕をラグビーに関わらせてくれたすべての人に感謝します。
身体や学業との両立などを心配しながらも応援してくれた両親をはじめとする家族、ラグビーと出逢わせてくれ、今の自分の土台を形成し人生に色濃く影響を与えた高校時代の恩師や同期ら仲間たち、我々がラグビーをするため強くなるために尽力してくださった東大の監督コーチ、スタッフやOBの方々、ラグビー部の自分を温かく見守ってくれた高校大学の友人たちや地域の方々に心から感謝致します。

そして東大で一緒にラグビーをした先輩たち。託された思いを形にすることは叶いませんでした。僕らはまだまだ弱いです。今後後輩たちがそれを現実にしてくれることに期待しつつ、よかったらご飯なんかにでも行きましょう

後輩たち。僕の思い違いでなければ、君たちはまだ誰一人熊谷グラウンドに立ったことがありませんね。偉そうなことを言うようですが、あそこで観客のいるスタンドに向かって「ただ一つ」を歌う悦びは(僕の単純な性格も大いに起因するのでしょうが)一入です。是非とも来年以降その姿を見せてください。今年君たちを熊谷に連れていくことができず申し訳なく思います。責任を負うべき4年として、またコーチとして謝ります。
とはいえ、一緒にラグビーをしているときはもとより、プライベートでも、かわいい君たちと過ごす時間は本当に楽しいものでした。

何より同期たち。元々仲のいい学年でしたが、4年も一緒にいると時々言葉がなくても何を考えているのか分かるようになりましたね。だからこそあまり多くは語りません。ただ、ラグビーが楽しくなくて辞めたいとか逃げ出したいとか思った時も、いつもその存在が僕の原動力になりました。文字通り、苦楽を共にしてきた最高の仲間たちです。引退してからもよろしく。

成城戦後、勝てなくてごめんと自分に謝ってきた人達がいた。
対抗戦序盤に勝てなかった。負けが込んで雰囲気が悪くなった。自分も相当ピリピリしていた。そんな中で現状を打破しようと躍起になって奮闘したのは紛れもなく自分たち現役部員一人ひとりだった。対学習上智においては当に自分たち自身の力でもぎ取った勝利だった。成城にも結果的に敗れはしたが、あの試合には外からは決して見て取れないものが詰まっている。
だから謝る必要はない。寧ろ誇りに思う。一緒に闘ってくれてありがとう。

ひたすらに、ただ、ありがとう。

随分長くなりましたがご容赦願います。それから案の定、竹村の文体と酷似したメッセージ型になりました。繰り返しますがパクったわけではありません。自然発生的結果です。

さあ、次からはいよいよ学生首脳陣のラストランです。まずは部の渉外など常に大量のタスクに囲まれながら、一つ一つ卒なくこなし、大学院進学も実現した超ハイスペックの主務、藤永にバトンを繋ぎます。

青春の瞬き

 written by 竹村 明香里 投稿日時:2017/12/12(火) 23:12


 最後まで男子高出身感が抜けなかった平田からバトンを受け取りました、4年マネージャーの竹村です。最後のリレー日記なので何を書こうか迷いましたが、今思うことを素直に書こうと思います。纏まりのない文章になりそうですがご容赦ください。


 勝ちたい、勝たねばならない
対抗戦が終わるまで、成城戦のゲームセットの笛が鳴り響くその瞬間までそう思っていました。マネージャーとしての仕事自体に楽しみを見出すことができなかった自分にとって、勝つことだけが自分が4年間部活にかけた時間と労力に報いるものだと思っていました。勝たなければ部活を選んだことで削った学業の時間・断った友人との時間・その他数えきれないほどの「選べなかったもの」に押しつぶされると思っていました。


 しかし、すべてが終わり2勝5敗という結果を前に今思うことは、成城戦後の底の知れない悔しさから立ち直った今思うことは、4年間全力で部活をやれて本当に楽しかったということです。それは戦績がどうであれ良い思い出として昇華されたという陳腐なものではなく、自分がしようと決めたことに全力で打ち込んだからだと思っています。もう二度と、社会的には求められていない、「自分がやりたいから」という理由で選んだ何かにこれ程までに打ち込めることはありません。ラグビー部に入ったから「得たもの」と、「得られなかったもの」のどちらが大きいかなんて分かりませんが、間違いなく得たものだといえるのは、自分がいかに人に支えられて生きているのかを知ったことです。長くはなりますが、最後にどうか感謝を述べさせてください。


 4年間、特に今年1年間は多くの方にお世話になりました。監督・コーチ・トレーナーさん・ジュニアコーチの方々は私たちが勝てるようにと自分の時間を割いて尽力してくださったのに、結果で恩返しできず申し訳ありませんでした。

 立教戦後の先の見えない絶望の中、夜中の3時まで電話に付き合ってくださった先輩をはじめ応援してくださった先輩方、ありがとうございました。先輩方が気にかけてくださっていることが私たちの力になりました。

 一緒に部活をした後輩たち、チームのために体を張ってくれてありがとう。4年生の鬱々とした気持ちを晴らすような、初心を思い出させてくれるような一生懸命な姿を見せてくれてありがとう。今年の戦績は君たちと一緒に築き上げたものだと思っているので君たちには謝りません。私から言えることは、どうしたら強くなれるのか必死に考えて必死に行動していれば、部活は最高に楽しいということです。その上で、結果が振るわなかった私でさえそう思うのだからぜひ来年はさらにいい結果を残してほしい。さらなる楽しみを味わってほしい。君たちに望むことはそれだけです。

 関西の祖父母・両親、「月に一度は帰ってくるから東京に進学するわー。」といって上京したのに年に2度しか帰れない親不孝な娘でごめんなさい。学業と部活でいっぱいいっぱいだろうからと金銭面で援助してくれたり、私が帰らない分東京に会いに来てくれたこと、本当に感謝しています。将来立派になってこの恩は必ず返します。

 何よりも、首脳陣および主将松永、1年間本当にありがとう。「入れ替え戦出場」を目標に定め、その目標が100%叶わないと決まる時まで諦めるような素振りを一度も見せず皆を先導してくれたからこそ、私は今部活を続けて良かった、最高に楽しかったと言い切ることができます。平部員の私でさえも対抗戦シーズンは精神的に疲労し幾度となく眠れぬ夜を過ごしたので、責任を一身に背負い体を張り続けた首脳陣の苦労は計り知れません。最前線に立ち続けてくれてありがとう。戦績は振るわなかったけれど、君たちの代で一緒に部活をやれてよかったです。


 これでも書ききれていないのですが、長くなりすぎてしまうのでここで筆をおかせていただきます。最後までお読みいただきありがとうございました。

 次は院試も無事終わりご機嫌な石内にバトンを回します。学生コーチとしての石内のほうが長くなってしまいそうですが、私たち同期の心のなかにはプレイヤーとして輝いていた頃の石内の姿も鮮明に残っています。
 

過去になる

 written by 平田 叡佑 投稿日時:2017/12/10(日) 16:07

へたこんで毎年1年生の人気を掻っ攫う豊原からバトンを頂きました、4年の平田です。




衝突の直前、異常に狭くなる視界。

頭の中は真っ白なまま勝手に前に出る身体。

強い衝撃と軽くなって仰向けになる相手。

タックル好きなら分かるだろうがタックルが上手く決まった時の快感は他のプレーにはないものがある。



今となってはいい思い出だが、大学2年の夏に全くタックルに入れなくなった。完全にあの感覚を失ってしまった。

タックルしか得意なプレーがなかった自分にとっては致命傷でしかなく、焦りに焦った。なぜタックルに入れなくなったのか、どうやったらあの感覚を思い出せるのか、毎日考えた。練習で何度も修正しようとしたが相手が怖くて全く上手くできない。同期にも「昔の平田はどこにいった?」と言われ非常に辛かった。

こんなはずではない。もっとできるはずだ。こんな所でつまづいてるつもりはない。そうは思ってもタックルの直前どうしても気持ちが入らない。受けてしまう。なぜだ。答えが得られない。



そんなこんなでこの状態は約2年続いた。4年の春にはなんとか克服できたことを思えばやはりいい思い出である。

部員達、あるいは部を去って行った者達の話を聞いて痛感するのは、自分達は東大ラグビー部という環境を共有していながら、それぞれ全く違う悩みや苦しみを抱えている、ということだ。東大ラグビー部にいるとだいたい皆直面するような問題でも、対応や感じ方は本当に様々だと感じた。ただそれでも、4年間積み重なったそれらの苦悩達は引退すれば過去になって消えてしまう。自分がタックルできなかった悩みなど東大ラグビー部の歴史から見ればほんの一部でしかないだろう。

引退まで残り2週間を切った。様々な人達の苦悩の上に成り立ち、支えられている今を実感しながら、みんなでラグビーを楽しみたい。



次は4年間でライザップに成功し個人的には少し寂しい、竹村にバトンを渡します。

考えて動くこと

 written by 豊原 明香 投稿日時:2017/12/08(金) 22:00

研究室がとても忙しそうで一時期体調が心配でしたが、最近は元気にラグビーしている姿を見せてくれる佐々木からバトンを受けとりました、4年マネージャーの豊原です。

余談ですが、なかなか恥ずかしい紹介をされてしまい、彼氏(と私が呼ぶ人)に見られるのではとドキドキしています。



最後のリレー日記に何を書こうかとても迷いましたが、「もっとこうすればよかった」というようなことはたくさんありすぎてとても文章にできそうになかったので、代わりに、1番大切だと思っていることを書きます。



「考えて動くこと」

それは、とても当たり前で簡単なように思えるが、本当に難しい。毎日同じように準備・練習・片付けのサイクルを繰り返していると、だいたいのことは考えずともできるようになるし、良い意味でも悪い意味でも、省エネな仕事のやりかたが身に付く。けれどそれでは、マネージャーの仕事にやりがいを感じ続けることも、チームのレベルアップに貢献することもできないと思う。

たとえば、練習中。漫然と仕事をこなすだけなら全く難しいことはないが、前のメニューがいつ終わるのか察知して次のメニューで必要なものを迅速に用意したり、最も効率よく給水できる場所を考えたりすることで、練習メニュー間の無駄な時間を減らし、選手の集中力を切らすことなく密度の濃い練習をしてもらえると私は思っている。

あるいは、テーピング。足首ならおよそこう巻くというパターンはいくつか決まっているけれど、選手によって、ポジション、走り方、怪我の具合、足の骨格、好みは多種多様である。その人のベストパフォーマンスを引き出すためには、ただパターンを覚えるだけではだめで、それぞれのパターンの特性、テーピング1本1本の効果、筋肉や靭帯の配置や動き方、その選手の性格などを理解し、どうすれば選手が求めるものを提供できるのか考えることが必要だ

そんな些細なことにマネージャーが必死になったところで、試合の勝ち負けは結局変わらないかもしれない。けれど、日々妥協を重ねた結果が良いものになるはずはないし、一瞬一瞬に最善を尽くしてこそ、試合で勝ったときに、マネージャーとして自分がチームに貢献できた、という実感を抱くことができるのだと思う。

マネージャーは試合に出られないしやりがいを感じにくいのではないか、などと言われることがある。でも、外から見ているからこそ気づけること、考えられることがたくさんあると思うし、その気づき・思考はきっとチームを強くすると信じている。



最後になりましたが、ラグビーの素晴らしさを伝えてくれた選手の皆さん、たくさんのことを教えてくださったトレーナーさん、様々な形で支援してくださったOB・OGの方々、監督、コーチ、本当にありがとうございました。

3年の秋と4年の春、つらくて部活を辞めたいと思っていた私を励ましてくれた2人の同期にも、本当に感謝しています。

マネージャーの後輩は、最近ますます成長していく姿がとても頼もしいです。2年間、上で書いたようなことを偉そうに言ってきたけれど、今年、目標に全く届かなくて、ごめんなさい。来年、再来年、もっともっと強くなれるように頑張ってね。

それから、ラグビー部に入ると言ったときにはあまり良い顔をしていなかったけれど、暗い冬の朝に駅まで送ってくれたり菅平まで試合を観に来てくれたりした両親、いつも見守ってくれてありがとう。

面と向かっては照れてしまってなかなか言えませんが、本当に本当にたくさんの人に支えられてようやく続けることができた3年半だと思っています。あと2週間、すこしでも恩を返せるようにがんばります。



長くなってしまい申し訳ありません。

次は、1年生のときからずっと変わらない優しさと安心感をくれる平田に回したいと思います。

 
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