ラグビー部リレー日記 2017/11

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仲間の存在

 written by 森下 幸志朗 投稿日時:2017/11/30(木) 22:09

私と同じ農学部でありながらブラック度が天地ほど違い、部員屈指のラボ畜の菅家からバトンを受け取りました、四年の森下です。菅家の言うように英語に大変苦しめられており、どうして継続的に英語を学習してこなかったのかと後悔しながら単語帳をめくる日々を送っています。

毎年、グラウンドに霜が降りるこの季節になると、四年生一人ひとりの思いを吐露した最後のリレー日記が続々と更新されていきます。私はこの最後のリレー日記を読むのがとても好きで、普段あまり話さないような先輩や、逆に笑い話ばかりしているような先輩が引退を目前にして思いの丈を正直に綴った文章を読むと心が熱くなります。月日が経つのは早いもので、ついに私もその最後のリレー日記を書く時期になったと思うと感慨深いものがあります。諸先輩方のような素晴らしいリレー日記を書けるわけではありませんが、ぜひ最後までお付き合いください。

みなさんは悩んでいることがありますか?恐らく多くの方が大なり小なり悩みを抱えているのではないでしょうか。私も例に漏れず、しばしば悩みを抱えています。年を重ねていくごとに悩みが増えることは当然だとは思いますが、私はラグビー部に入部して、悩むことが格段に増えました。むしろ、この四年間で順調に進んだことのほうが少なく、常に何か問題を抱えていました。

 諸先輩から熱心な新歓を受けラグビーという新たなスポーツに出会い、何とかなるだろうと高をくくっていたものの現実はそう甘くなく、試合に出るどころか怪我でろくすっぽプレーできなかった一年目。
 シニアに上がる際にセンターからロックにコンバートされ、その葛藤を抱えながら、激しいフィジカルに全くついていけず、ラグビーがこれほどまでにきつく、つらいものだと気づき、理想と現実の間で悩んでいた二年目。
 フォワードにも慣れてきて、Aチームとして出場できるようになったものの、早慶明などの定期戦や対抗戦などでヒットやタックルなどの基礎が不足していると痛感するとともに、勝つことの難しさを実感し、どのように勝利に貢献できるかを暗中模索していた三年目。
 ロックからエイトにまたもやコンバートされ、棚橋さんという偉大なエイトの穴を埋めるにはあまりにも心もとなく、四年らしい責任あるプレーができないまま武蔵戦の直前に骨折し、一番しんどい時期の一か月ほど離脱していたプレイヤーにはもうレギュラーの座など残っていなかった四年目。
 その他にも人間関係や勉強、進路などの問題もあり、時にはなにかに潰されそうになるくらい思い悩むこともありました。

解決できるとは限らない様々な問題に悩まされてきましたが、それと同時にそばにいる大切な仲間の存在にも気づくことができました。同期だけでなく、先輩や後輩などとも問題や悩み事について話し合い、時間を共有し、向き合っていくうちに、どんな悩みでも一筋の光明が見えてくるような気がしました。
たしかに、入学当初に思い描いていた大学生活を送れているかと言われるとそうではないし、部活の目標である入れ替え戦出場や対抗戦五勝などは四年間一度も達成することはできませんでした。選手としても、部員の誰からも信頼されるような、きっとあいつならなんとかしてくれるというような、そんなプレイヤーにはなれませんでした。

しかしながら、東京大学ラグビー部での四年間を通して、いろいろな人に出会い、大好きな仲間や家族、友達、監督やコーチの方々、OBの方々、その他様々な人に支えられて生きているのだということに気づかされました。私の足りない部分を補ってくれる人が周りにいるからこそラグビーができているのだと最近特に実感します。
支えてくださっている全ての人に感謝の気持ちを持って、残り一か月、少しでもチームの勝利に貢献できるよう、また後輩に何かを残せるように全力で駆け抜けていきたいと思います。まずは今週末に対抗戦の最終戦である成城戦があるので絶対に勝ちます。

長文・駄文となりましたが最後までお読みいただきありがとうございました。
次はJK棟での勉強中に大いびきをかきながら居眠りしていたため周りから白い目で見られた同期の河本にバトンを回します。
 

二足の草鞋

 written by 菅家 卓哉 投稿日時:2017/11/28(火) 20:46

今年のクリスマスは一味違うと豪語している同期の石川からバトンをもらいました菅家です。

 


部活も研究も妥協しないと決めて始まった部活最後の一年間も残り1ヶ月を切った。中々にハードな日々を過ごして来たが、最近は卒論に追われ今まで以上に追い詰められている。

 


そんな中、東大ラグビー部以外のコミュニティに属する事で気づかされた事がある。それは至極当然のことかもしれないが、「殆どの人は東大ラグビー部に興味がない」ということだ。敗戦の悔しさに苛まれた日も、勝利し歓喜の涙を流した日も東大ラグビー部と関係がない人からしたら同じ日曜日なのだ。



 


それでも部活に身を投じる理由は何だろうか。その答えは十人十色だろう。私の一番の理由は感謝である。

 


ラグビーのルールさえ知らなかった大学一年生の私を指導して下さったJr.コーチ。部活を一年間離れたにも関わらず、復帰を認めてくれた先輩、同期、後輩。試合に勝つために尽力して下さる監督、コーチ、トレーナー、OBの方々。サポートしてくれる家族。挙げればきりがないほど多くの人たちのお陰で今ここにいる。

 


プレーヤーである私がその恩返しとして出来る唯一の事はチームの勝利への貢献だ。今のチームに尽くすのは当然のこととして、来年度、再来年度の勝利につながるものを後輩たちに残さなければならないと思っている。引退まで一ヶ月弱。口だけでなく行動で感謝を伝えられるよう、気持ちを引き締め筆を置こうと思う。

 


まとまりの無い文書となってしまいましたが、読んでいただきありがとうございました。次回は、ここに来て英語に苦しめられている同期の森下にバトンを回したいと思います。

うれしい、たのしい、ありがとう

 written by 石川 貴之 投稿日時:2017/11/27(月) 11:04

マネージャーの壇辻よりバトンを受け取りました、4年の石川貴です。

先日、ラグビー日本代表はテストマッチで強豪フランス代表と対戦し、大健闘の末に引き分けで試合を終えました。私を含め、多くのラグビーファンが日本チームの健闘を称え、また2年後のワールドカップでの活躍に期待を寄せていると思います。

卒部まであと1か月となり、4年間を振り返ることもありますが、皆さんご存知の通りこの4年で日本ラグビーは途轍もない飛躍を遂げました。その影響もあってかあらずか、対抗戦Bでも一橋大が入替戦に出場し、成蹊大が対抗戦Aに昇格するというブレイクスルーを起こしました。

ただ、世間の人はそうした日本ラグビーの急成長についてニュースでは見聞きしていても、いまひとつラグビーに興味のない人がほとんどだと思います。ラグビー部同期と合コンに行っても、いまだにラグビーとアメフトの違いを聞かれるし、結局誰も「収穫」のないまま解散してしまうのはそのせいだと思っています。

しかし逆に言えば、ラグビーの魅力は、実際にラグビーをやってみて初めて気付けるものなのではないかと思います。私も下手なりに4年間ラグビーをしてきましたが、よく言われる「ノーサイドの精神」も含め、ラグビー独特の雰囲気、精神性はやはりラグビーに携わる者しか経験できない魅力だと感じています。

こうして4年間私なりにラグビーに携われたことには本当に感謝しています。そして何よりも、ラグビーの魅力を教えてくれた、こんな私でも温かく受け入れてくれた東大ラグビー部には本当に感謝の思いで一杯です。

東大ラグビー部で出会い様々なことを教えてくれた先輩方、後輩は勿論のこと、東大ラグビー部員を日頃から支えて頂いている近所の定食屋さんとゴールドジムのスタッフ、そして何より「松永組」として1年間同じ目標に向かって苦悶しながら走ってきた同期17人に感謝し、残り1か月さらに邁進したいと思います。

拙文でありますが、最後までご一読下さりありがとうございます。次は、学科の先輩と付き合っていると噂の同期の菅家にバトンを回します。

変化変化

 written by 壇辻 恵見 投稿日時:2017/11/24(金) 22:49


最近はDLチームを仕切ってくれている真面目な岡本からバトンを受け取りました、4年マネージャーの壇辻です。
復帰戦、とても楽しみにしています。

さて、卒部までちょうど残り1ヶ月となりました。ありきたりになってしまいますが、最後のリレー日記は4年間を振り返ってみたいと思います。


私のラグビー部生活を振り返ると、環境の変化や心境の変化など、常に変化し続ける4年間でした。

マネージャーの人数は増減し、それに伴いマネージャー体制も大きく変化したタイミングが何度かありました。
また、季節が一つ過ぎるたび、学年が一つ上がるたびに、チーム状況も変わり、チームがマネージャーに求めるもの、チームの中での自分の立ち位置も少しずつ変わっていきました。

自分がやるべきことは何か、自分はラグビー部で何をしたいのか。
自分を取り巻く環境が変わるたびに正解を探してきましたが、結局最後まで納得のいく答えは出ず、周囲の変化に合わせて、とりあえず目の前の仕事に取り組んできました。

そんな4年間を思い返してみると、これだけは全力でやり切ったと言えるものはなく、むしろ、あの時こうしていればよかったというような後悔ばかり浮かびます。

しかし、その時々の状況や感情を詳しく思い出すと、常にその時できる最善のことや正しいと思うことをやってきて、その積み重ねの上に今があることに気付きました。

様々な壁にぶつかる度に、その時できる最善を尽くし、それでもうまくいかなかった時は反省し、何かを学び、また壁にぶつかる。

その繰り返しで過ぎた4年間だと思うと、楽しかった思い出も辛かった思い出も、全てを愛おしく感じます。


チームの戦績は、残念ながら望んでいたものにはなりませんでした。

しかし、今のこの状態がこれまでの私達の活動の末に辿り着いた必然的な結果であり、そしてこの先にしかない未来に導くために必要な現実です。

残り三試合、そしてその先の未来のために、常に今できる全力を尽くして、どんな結果になろうと最高の4年間だったと胸を張って卒部できるように頑張ります。


次は、独特なキャラと声を持つ石川貴之にバトンを回します。
皆さん、お楽しみに!

リハビリ頑張ります

 written by 岡本 祥一 投稿日時:2017/11/23(木) 20:51

 いつも猫のように気まぐれな宮原悠太からバトンを受け取りました。4年の岡本祥一です。この一年を振り返って思うことを書かせていただきます。



数少ない4年生のバックスとして試合や練習に出続け、センターらしい激しいタックルでチームを勢いづかせること。



華麗なステップで相手を抜きトライが取れるわけでもない、パスやキックでゲームメイクできるわけでもない、声でチームを盛り上げることもできない僕が、4年生として、どのような形でチームに貢献できるか、自分なりに考えてたどり着いた一つの結論だった。より具体的に言うと、僕の3つ上のセンターの先輩、ボブさんのようなタックルができるセンターになりたかった。小さい僕が体を張ることでチームを勇気付けたかった。4年生になってからは常にそう考えていた。



しかし、対抗戦も終わろうとしている今振り返ると、目指していたものとは程遠い選手だった。目標としていた一橋戦や武蔵戦ではタックルミスを繰り返し、チームに迷惑をかけた。激しいタックルでチームを勇気付けるどころか、春以降の課題であったDFライン不安定さも最後まで残してしまった。武蔵大学戦で怪我をして以降は、試合に出続けることもできなくなった。チームが一番苦しい時にグラウンドに立っていることができなかった。やはり一番大事なのは春の定期戦でも夏合宿での試合でもなく、対抗戦の結果だ。そう考えると、結局僕はチームに何も貢献できなかったのかもしれない。でも、このままで終わりたくない。残り一カ月、最後に何か遺したい。



怪我の状況を考えると、成城戦に出ることはできないだろう。だが、幸いなことに2つの定期戦がまだ残されている。対抗戦で結果を残すことはできなかったが、最後に一度でいいから、センターの後輩にとって目標となるような強烈に記憶に刻まれるタックルをしたい。



最後に、4年間の僕のラグビー生活を支えてくださった皆様、本当にありがとうございました。



まとまりのない文章になってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。次は最近、デブな食生活をやめられないという4年マネージャーの壇辻に回したいと思います。



 
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