ラグビー部リレー日記

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"真のエリート"

 written by 太田 一岳 投稿日時:2021/01/19(火) 19:00

矢野からバトンを受け取りました、2020年度主務/S&Cリーダーを務めた太田です。
矢野はいつもチーム最前線で闘ってくれました。試合に出ることのない私にとっては特に頼もしい存在でした。


1/10に引退してから約10日。今季最終戦となってしまった名古屋との定期戦から約1ヶ月。

悔しい。

引退するまでは前を向き続けようと無意識に目を逸らしていたが、本当に悔しい。
明学に負けた。一橋に負けた。成城に負けた。6位。屈辱である。

今までの人生でこんなにも悔しいことなどなかった。
なぜこんなにも悔しいのだろうか。

その答えは、「全力で頑張ったから」だと思う。
大学入学までは、心から悔しい/嬉しいと言えるほど頑張ったこともないしょうもない人生だった。
この部に入ってからは、本気で自分を律した。チームメイトにも厳しく要求した。使える時間はすべて部活に注ぎ込んだ。
自他共に認める異常なモチベーションの高さだった。
こんなにも何か1つのことを頑張りたいと思ったことも実際に頑張ったことも初めてだった。


なぜこんなにも東大ラグビー部での部活に夢中になったのか。

この4年間何度もモチベーションについて問われることがあった。
チームビルディングや新歓などで何度も問われた。
スタッフだから尚更よく問われた。
いつもうまく言語化できなかった。

「勝ちたいから」が原動力だと思っていた時期もある。
しっくりこない。

東大には日本トップレベルで戦える運動部が他にいくつもある。
ただ「勝ちたい」だけなら、弱いラグビー部ではなく、他の部活に入部/転部していたはずだ。

「人として成長したいから」だと思っていた時期もある。
これもしっくりこない。
当たり前のことだが、部活なんかやっていなくても成長はできる。
ましてや、ラグビー部に固執する理由にはならない。

よくわからないまま、全力で4年間を突き進んだ。
だが不思議なことに、4年間すべてをこの部に費やしたことへの後悔は全くない。


今私が考える答えは、"Tackle the Elite"である。
 
"Tackle the Elite"
泥臭い努力をしているか。
仲間を奮い立たせているか。
自分の弱さと向き合えているか。
自分より強い相手に立ち向かえているか。
ぼくらは、そんな"真のエリート"であろう。
そして世の中のエリートの概念を壊せ。

"Tackle the Elite"は、僕たちが3年生の頃に作られた、東大ラグビー部のMISSIONである。
このMISSIONは東大ラグビー部の歴史、精神などから導かれたものである。
私は単なるフレーズとしてではなく、その歴史、精神を含めて、このMISSIONを心に留めている。

本質が理解できていれば、このMISSIONの捉え方は人それぞれで構わない。
私なりの捉え方を簡単に書く。

東大ラグビー部の歴史、精神を背負って闘うこと自体に大きな価値がある。
共に闘うチームメイト、この部で闘ってきた先輩方、応援してくださるすべての人々に感動を与えるほど、ひたむきに努力を続ける。
そうすることで、人間的に大きく強く成長し、"真のエリート"となることができる。

この部の先輩には"真のエリート"がたくさんいる。
青山部長、深津HCは身近な好例である。
人間としてかっこいい。憧れの存在であり、私も本気で闘おうと心から思える。
先輩方が"真のエリート"たる所以は、間違いなく現役時代に全力でラグビーに取り組んでいたからである。


私は東大ラグビー部というチームが心から好きだ。
だからこそ、東大ラグビー部で勝ちたかったし、東大ラグビー部で先輩方のような"真のエリート"に成長したかった。
このチームのMISSIONに心から共感し、このチームでMISSIONを追い求めた。


私は4年間で"真のエリート"になれたのか。

MISSIONの達成に、勝敗は関係ない。
しかし、本気で勝負に拘らなくてはこのMISSIONは絶対に達成されない、絶対に"真のエリート"にはなれない。
絶対に負けたときの言い訳には使ってはならない。

私は4年間で"真のエリート"にはなれなかった。
全力で闘ったと胸を張って言えるが、勝負への未練が残る。この程度の成績で"真のエリート"は語れない。

私にはまだまだ長い人生が残っている。この4年間での経験を活かして"真のエリート"を探求する長い旅が始まる。
今後の人生で"真のエリート"となることが、東大ラグビー部への恩返しである。


次は誰より同期愛の強い副将の山口にバトンを渡します。

2020シーズンはイレギュラーが非常に多く、主将藤井,副将山口,主務太田でMTGする機会がとても多かったのですが、本当にいつも楽しかったです。
それでいて、彼らは誰よりストイックで全部員の手本であり続ける強さも兼ね備えていました。
この首脳陣、この4年生だから難しいシーズンも明るく強く乗り越えられました。
山口をはじめ、共に全力で闘った仲間は、私の人生の宝物です。

後輩へのメッセージ

 written by 矢野 翔平 投稿日時:2021/01/18(月) 19:00

やまけんさんからバトンを受け取った矢野です。

他のみんなのリレー日記が思った以上に長文だったので、焦りながら今書いています。
ただ、あまり長くなっても読むのが面倒なので(自分がそうなので)、短めに後輩へのメッセージを残したいと思います。


・怪我をしない

ラグビーをうまくなるためにはやはりこれが一番大事です。継続は力なりとはよくいうものですが、その通りで、練習を積み重ねていけば成長するが、怪我をすることでそれまで積み重ねたものが一度大きく崩れてしまいます。一方、怪我をしないということは身体能力の向上という面の他にもう一つ意味があります。それは、プレイヤーとしての信頼の獲得です。試合中もし怪我をしたらだったり、また怪我をしそうだなと思われたりしてしまうと、起用する側もグラウンドに立たせることを躊躇してしまいます。しかし、怪我をしにくい人であれば、プレイヤーとしての信頼を獲得することができ、それとともに試合に出ることも増えていくと思います。
結局は、怪我をしないことが試合で活躍するための1番の近道です。ときには無理をすることはあると思いますが、それは最後の手段で、基本的には常に体を自分のコントロール下に置くようにしてください。


・全部やる

タックルを極めようとかステップを極めようとか思う人が多いと思います。ただ、自分はそれだともったいないなと考えています。どうせやるのであれば、全部できるようになる。タックルを極めたいと思っている人も、ステップの練習をしてみる、そうすればタックルの最後の部分でそのアジリティーが生きてくるかもしれません。そうやっていろいろなことに挑戦していけば、本当に全部を完璧にこなすことはできないかもしれませんが、最終的には自分ができるようになりたいと思っていたことがちゃんとできるようになり、さらにはできるはずもないと思っていたこともできるようになります。
これは、ラグビーだけの話ではありません。ラグビーをやっているからと言って学業を疎かにしていてはつまらないです。ラグビーで得ることはたくさんありますが、勉強で得られることもそれと同等にあります。自分はあまりしてきませんでしたが、遊ぶことからも様々なことが得られることでしょう。
何かを諦めて何かを取るのではなく、全てに挑戦する方が人生楽しいものになると思います。


・常に考える

ラグビーというスポーツはとても考えることが多いスポーツだと思います。プレーが止まることが少なく、常に流動的に状況が変化していきます。その中で今自分が何をすべきか、周りにどうして欲しいかなど考え実行することがラグビーの難しさであり、面白いところだと思います。ですが、これは思った以上に難しく、特に未経験者となると本当に何をすべきかがわからなくなることが多いと思います。そんな時は、自分なりに仮説を立ててそれを実行してみてください。そうすれば何が良くて何が悪かったのかがわかってきます。何も考えないまま、試合や練習をしても、うまくいかなかった原因だけでなく、うまくいった原因も分からなくなり、良いプレーのの再現性を保つことができなくなってしまいます。逆に、こうしようと決めてやったことがうまくいけば、また同じように繰り返すだけで良いプレーが生まれてきます。そうやって、仮説検証を繰り返して徐々に自分の持ち玉を増やしていけば、自然とプレーもうまくなりラグビーが面白くなってくると思います。


色々と薄い内容を書いていたら思った以上に長くなったのですが、ここらで終わりにしたいと思います。
幸いにも、もう一年大学にいることができるので伝えきれなかった部分ややり残したことは、来月からジュニアコーチとしてやっていきたいと思います。

最後に、4年生の同期の皆さん、4年間ありがとうございました。とりあえず、桃鉄で学年旅行しましょう。


次は、4年生で一番頑張っていた太田にバトンを回します。
 

自分で判断することの楽しさ

 written by 山本 健介 投稿日時:2021/01/16(土) 19:00

部活が一緒じゃなかったらおそらく僕の人生で交わることがなかったであろう、キラキラ女子大生の木下からバトンを受けとりました、4年の山本です。部活が一緒になってしまったが故に、意外と結構仲良くなりました。彼女の物事に対するエネルギッシュな姿勢と、周りへの気遣いを欠かさない繊細さは非常に尊敬しています。友達の多さにも納得です。今度分けてください。
 

ラグビー部を引退して、もうすぐ1週間が経つ。緊急事態宣言も発令されており、引退したからといって外で遊びまわったりすることができない分、東大ラグビー部での4年間をぼんやりと振り返ることができている。
 

どの1年も印象深いものばかりだったが、その中でも特に印象に残っているのは2年生の時である。

1年間ずっとジュニアで練習してきたので、高いレベルの先輩方と一緒に練習できることは非常に光栄であったし、刺激になった。一方で、練習や試合では毎回萎縮してしまい、周りに言われるがままにプレーしていた。

当時、ラグビーをすることが全く面白くなく、ラグビーが好きで入部した僕にとっては部活にいる意義を完全に見失っていた。
 

3年生になり、上級生となったタイミングで、主体的にプレーすることを目標に掲げた。言われたままにプレーするのではなく、自分で判断することを常に心がけた。これが果たして正解かは分からなかったが、当時の僕は何かを変えなければまずいと思ったのだろう。

SHというポジション柄、判断力を試される機会には一切困らなかった。

練習で腕試しを行い、練習ビデオを見ながら自己採点と復習を行う。

受験シーズン真っ最中ということもあり、受験勉強に喩えてみるが、模試みたいなものだろう。

手応えの良かった時は、早く解答を見て、自己採点をしたくなるし、逆に悪かった時は現実から目を背けたくなるものだ。それでも、問題を解いた以上、答え合わせをして復習をしないと意味がないから、しっかりと向き合わなければならない。

2年生までもビデオは見ていたが、かける時間は何倍にも増えた。その日のビデオだけでなく、昔のビデオを遡ったりもした。これは自分でも気持ちの悪い話だが、自信がなくなった時や試合前のイメージ作りの際に何度も見返したせいで、 3年生以降の練習・試合のビデオで満足のいくプレーができたシーンは日付どころか時間までしっかり覚えてしまった。

STAFFの方々、本当に毎日毎日素早くビデオをアップロードしていただきありがとうございました。これ以外にも感謝していることは多々ありますが、僕はここに一番感謝しています。
 

こんなことを練習・試合の度に繰り返していると、判断力の精度が上がっていくこともさることながら、ラグビーが楽しいという感情を取り戻すことができた。

決して上手なプレーヤーにはなれなかったし、常に一歩先には垣内がいたが、上級生としての2年間はラグビーが楽しかったし、ラグビー部に入ってよかったなと思えた。
 

大西さんや深津さん、川出さんをはじめとして、東大ラグビー部には素晴らしいコーチの方がついてくださっている。ラグビーに関することも、ただ指示するのではなく、僕たちがわかりやすいようにロジカルに丁寧に教えていただいた。コーチ陣の方々だけでなく、部員同士でも先輩・後輩問わずアドバイスをもらえる素晴らしい環境が東大ラグビー部には確かにある。

だからこそ、判断の際に「◯◯がこう言っていたから」みたいに、他人からのメッセージをそのまま理由にするべきではないのだと思う。他人の指示に従い、他人に責任を負わせるのは簡単なことだが、失敗しても心のどこかで責任転嫁をしてしまうし、成長の最大の養分となる失敗に真正面から向き合うことができない以上、成長速度も遅くなる。そして何より、人が言っていることをただコピーして実行することは、それはそれで難しいかもしれないが、楽しくはない。

少なくとも僕は、外部から学び得たものを自分の引き出しの中にしまいこんで、全責任を自分に負わせた上で、自分で判断し続けることで、向上心もラグビーの楽しさも取り戻すことができた。

本来、僕はガチガチの受け身人間であり、今でもどちらかというと受け身寄りの人間であることには変わりはないだろう。正直、やるべきことを指示されてそれをただひたすらこなすという方がやりやすい。

それでも、東大ラグビー部での4年間を通して、自ら判断して、それを実行していくことの楽しさを知ることができた。東大ラグビー部ではあまりに多くの経験をすることができたが、その中でも特筆すべき財産の一つだと思っている。
 

無事卒業することができれば、この春から社会に出ることになる。

東大ラグビー部で4年間を過ごしたことで、少しではあるが確実に大きな変化への第一歩を踏むことができた。

この4年間で培った経験を無駄にすることなく、主体的な人間へと進化を遂げることを今後の長い人生の目標としたい。
 

最後になりましたが、このようにラグビーを楽しむことができたのは沢山の方々に支えていただいたおかげに他ありません。

大学に入っても勉強そっちのけでラグビーを続けることを応援してくれた両親。

ラグビーの世界に引き込んでくださった武藤先生。

多くの活動を様々な形でご支援してくださったOBの方々。

ラグビーに限らず、多くのことを教えていただいた青山監督やコーチ陣の方々。

部活内外問わず可愛がっていただいた先輩方。

慕い、最後までついてきてくれた後輩たち。

そして、この4年間一番長い時間を過ごした同期のみんな。

この他にも沢山の方々にお世話になりましたが、本当に今までありがとうございました。今後も何らかの形でご縁が続くかと思いますので、何卒宜しくお願いいたします。
 

次は、4年間を通して一番印象の変わった矢野にバトンを渡します。1年生の時は威圧感が凄すぎて同期ながらビビっていましたが、今ではもう完全にゆるキャラです。威圧感すら可愛いです。彼は怪我が非常に少なく、強いコンタクトを武器に常に安定した仕事ぶりを発揮していたイメージがあります。

見えない何かに動かされて

 written by 木下 朋香 投稿日時:2021/01/15(金) 19:00

部内ダントツの「何でも屋」のたからからバトンを受け取りました、スタッフの木下です。倉上からの紹介文にあった「職人技」は運動神経や頭脳にとどまらず、彼の「修復技術」は私が出会った人の中で随一です。スパイクや自転車、部の備品などなんでも直していた印象があります。
「その節」とは1年生の頃真夏の外でのすれ違いざまにマクローリン展開がわからないと騒いでいたら、試験前にも関わらず丁寧に教えてくれた時のことでしょうか。その節は大変助かりました、ありがとうございます。




たくさんの観客に見守られ、ノーサイド間近のトライに大歓声が上がる。
グラウンドに立つ15人とベンチの選手やスタッフだけでなく、逆サイドにいる観客全員が歓喜に満ち溢れる。

 

この光景が見たかった。最後の年に実現させたかった。


 
言うまでもなく2020年度シーズン、最初の1ヶ月を除きいつでも真っ先に出てきた懸念点は感染症対策だった。
今まで当たり前にできていた試合にも開催のハードルがあり、観客を入れるなんてもってのほかだった。


2018年2月、2年生として新シーズンが始まり、私はやりたいと思っていたことの1つである広報活動を始めることになった。それまで最低限の報告のみがスタッフの業務としてあったが、ファンを集めるため、たくさんの人に応援してもらうべく動き出した。日常の更新だけでなく、新歓活動にもこだわりを持ち、数年使い続けていた立て看板を刷新、駒場祭での集客のためにビラづくりを行なったり、SNSのビジュアル化を試みたりして様々なコンテンツを作成した。その効果はすぐに数値で表れ、試したことが結果で返ってくることにものすごくワクワクした。


2019年秋、私たちが翌年の最上級生として部の組織全体を作るにあたり「広報セクション」をきちんと確立した。それまで2年間ワンオペで主導してきた広報活動も、ついに人を集めてセクションとして活動するようになった。一人ですることには限界があるけれど融通が効きやすく思いつきが反映しやすい分楽である。組織化したことでできることも増えたがどうしていいのか戸惑うことも多かった。
12月冷え込んだ部室で初めての広報セクションMTGを行い、観客動員数を伸ばすことを目標に、そのためのイベントやグッズ作成、SNSの更新などの戦略を立てた。



広報は部にとって「最悪なくてもいい」
マネジメントは部の基礎部分だしコアチーム(戦術、分析、練習)は言わずもがな必要である。メディカルもS&Cもラグビーを行うには不可欠だし、チームビルディングは組織をまとめるには避けては通れない。

だが、広報はしなくてもラグビーはできる。試合にも出れる。勝つこともできる。それでも、もっともっとやりたかった。
私たちの部の活動を、世の中に知ってもらって応援してもらいたいという思いがあった。


そんな思いに共感してセクションにコミットしてくれた後輩達の活躍ぶりは輝かしかった。
私がずっと口だけだったグッズ作りと販売、HPの改良、外部向けイベントの企画、OB会への広報、動画編集。
今まで見えなかった世界が見えて、嬉しかった。


自粛期間に入ると、むしろオンラインの広報の重要性が上がった。部を上げてyoutubeチャンネルを作り、セクションに関係なく部全体でSNSの広報に全員が何らかの形で関わった。練習ができないことは悔しかったけれど、新しい可能性にワクワクした。


2020年10月、対抗戦を目前にモチベーションムービーを作ることにした。その参考にすべく、これまでのPVを見返していた。


見返して、悲しくなって、悔しくて、涙が止まらなかった。


そこで見たものはトライの瞬間、一斉に上がる歓喜の声、グラウンドの一体感。
私が広報活動を行った2年間で観客は確実に増えていた自覚はあった。最後の年、どんなにたくさんの人に足を運んでもらえるか、後輩が作ってくれたグッズの緑色で観客席がいっぱいになるのかを見るのを楽しみにしてセクションを幕開けした10ヶ月前を思い出した。グラウンドで全員が沸き立つ瞬間が見たくて広報を始め、続けていたことを思い出した。

今年、この光景は見られない。試合ができるだけでもありがたい。頭ではわかっていても、でも観客を入れた試合がしたかった。OBが口々に現役に檄を飛ばす様子、親御さんの歓声、通りかかった小さい子が目を輝かせて試合を見ている姿、陰から見ている部員の彼女。
老若男女問わず、ルールも複雑なラグビーに見入って、声をあげて応援している様子が見たかった。


それでもできることは行った。オンラインの中継の宣伝も行い、実際試合を追うごとにより多くの人が見てくれていることが実感できた。


当初設定した目標は早々に実現不可能であることがわかった。私に東大ラグビー部員としての来年はない。
これまで、最後の年の歓声を聞くのが楽しみで頑張ってきたけれど、その光景はもう見ることができない。
それでもラグビー部のファンがどうやったら増えるのか、考え続けた。
目標を失っても頑張ることができる理由は何か、


私にとってそれは「東大ラグビー部」の一員としてのプライドや使命感だったのかもしれない。


広報以外の活動にも言える。
寒い夜に氷を作り、練習から離れて漏れた灯油をふき続け、無限に出てくるゴムチップを掃除する。
どれも「なんでそんなこと」思われるかもしれないが、やらなきゃいけないと思うのは東大ラグビー部をよくしていきたいという使命感だったのだろう。

私だけじゃない。入替戦出場という目標を失っても来る対抗戦に本気で臨み、京都大学戦があるかわからなくても年末年始に分析のビデオ集めに奔走し、トレーニングを行う。
東大ラグビー部の一員であるという自覚が、私たちをUpdateさせてくれてたのではないか。


少なくとも私は、恥ずかしながらこの意識が芽生えたのは4年生になってからだった。3年生までは自分がこれをした、自分のおかげで成果が残せたという自己肯定感を探してでしか生きていなかった。そんな私でも、目の前のことに必死で食らいついてできることを探し続けたことで東大ラグビー部としての使命感やプライドでここまで動けるようになった。
だから、今年観客が入らなくても、今年こうやってコツコツファンを集めて、来年以降に繋がれば万々歳だと思えてここまで進むことができた。


今年、シーズン終了決定から最終日までは丸1日しかなかった。正直どういう気持ちでいればいいのかわからなかったけれど最後に広報の後輩たちが主導して作ってくれた17分にわたる超大作のビデオを見て、4年間やってきたことが報われたような気がした。今年の数々の思い出深い試合映像、そして4年生の保護者の皆さんからのメッセージ。グラウンドでは見られなくても、最後にこうして1番身近で応援してくれている人たちの姿を見せてもらえた。私が秋に感じた悔しさは違う形で晴らされて、笑顔で卒部することができた。本当にありがとう。
こんな頼もしい後輩たちが、ラグビー部が、来年以降、ここからさらにどんなに発展していくのかを見るのを楽しみにしています。



そして、どうしても書きたかったスタッフに関しても一言書かせてください。
3人の4年生と8人の2年生、総勢11人と私の入部以来、そして今年のパートの中でも1番の大きな組織になった。
人数が多くてもスタッフは一人一人、埋もれることなく、東大ラグビー部のスタッフとして誇れる個性を持っている。
完璧に物事をこなし得たあつい信頼、1つ1つの仕事にこだわりを持ってできる熱意、勉強熱心で一人一人に寄り添った対応、黙々と先回りできる気配り高いリサーチ力と行動力、細かい仕事の正確さ、明るいながらも切り替えた時に発揮するリーダーシップ、強い責任感を持った人望の厚さ、流す情報への感度の高さ、新しくやりたいことを自ら貫く力、隠れて泥臭く努力できる力。
私は適当で楽観的で、至らない点も多かったかもしれないけれどこの11人のスタッフ組織のスタッフ長をできたことを心から誇りに思います。

来年以降、不安に思うことなく、もっともっとUpdateし続けて部を引っ張るスタッフ組織を期待しています。


 

私はこの4年間ラグビー部で得たことを胸に、引き続き「東大ラグビー部」を卒部した1人としてのプライドを持ち、また新たな場所で新しいプライドと使命感を見つけます。
グラウンドに応援に行ける日を、またそこで勝利の喜びをみんなと感じられる日を楽しみにしています。


 

最後に、
財務関連で細かいところまでお力添えいただいた橋本財務委員長、常に現役の立場になって力になっていただいた執行部会の皆様をはじめOBの皆様
現場で学生に寄り添い鼓舞していただいた青山監督、深津コーチ、大西コーチをはじめ監督コーチ陣の皆様
コロナ禍でもラグビー部の活動を応援いただいた学生支援課、守衛さんはじめ大学関係の皆様
悩んでいた私をラグビー部に強く勧誘し、卒部後も気にかけていただいた先輩方、
私の機嫌の浮き沈みも温かく受け止めて支えてくれた家族、
いつも優しく応援してくれた友人

誇れるチームを一緒に築いたチームメイト、
そしてこのチームを一緒に引っ張っていった同期。

多くの人に支えられ、この4年間を走り切ることができました。
心より感謝申し上げます。ありがとうございました。


 

次は例年とは異なる新歓活動に新歓代表として尽力し、落ち着きと風格を感じさせる存在であるやまけんにバトンを回します。
1年生の頃二郎系ラーメンの帰りにアイスまで食べさせられて(食べさせてもらって)から、財務や就活、授業などでなんだかんだお世話になり(お世話して)感謝しています。

嗚呼、素晴らしき同期達

 written by 寶島 立之助 投稿日時:2021/01/13(水) 19:00

明るい倉上からバトンを受け取りました、男の器が大きい宝島です。
私が駒場の近くに引っ越すまで彼とは一緒に帰ることが多く、そこでくだらない話をする時間は私の楽しみの一つでした。しかし、普段はそんなふざけた会話を交わす彼も場の雰囲気が真面目になればなるほど発言に抽象度が増し、内に秘めた「哲学」を披露してくれるようになります。周りの物事や発言について自分なりに解釈し、自らの考えに取り込んでいく彼の能力は目を見張るものがあり、理解度の高さや順応のスピードには毎度驚かされました。

さて、最後のリレー日記は私が4年間で一番楽しみにしていた試合の一つである京大戦に向けての意気込みを書くつもりでしたが、突如引退が決まり京大戦が無くなってしまったので困っています。何を書こうか迷いましたが、今シーズンについての振り返りは既に同期の何人かが綴っており、対抗戦でいい成績を残せず、入れ替え戦出場という掲げた目標とは程遠い結果となってしまったこと、2年前からターゲットとしていた明学戦でも大敗し、自らの内面についての弱さを痛感したことなど、感じたことは彼らとあまり大差がないので、ここでは同期のみんなに一人づつ感謝の気持ちを述べていきたいと思います。

倉上
今の自分が東大ラグビー部に所属しているのは少なからず倉上のおかげです。新歓セブンスで同じチームになった時にラグビー部に入ったらこんな奴が同期になるんだとワクワクしたのを覚えています。初対面の人間に対してそれほどまでの想いを抱かせることのできる人物にあったのは初めてで、その人柄は感服するものがありとても尊敬しています。紹介文にも書きましたが下級生の頃に住んでた家が倉上の母校のそばにあったこともあり何かと絡むことが多く、家で鍋をしたり吉祥寺で飯を食ったり、下北で急行に乗り換えると明大前で座れることを発見したりととても楽しかったです。話した内容はほとんど覚えていませんが多分くだらないことで盛り上がっていたんだと思います。

タクロー
久我山の家で鍋をする時には必ずいたのがタクローで、なんだかんだ一緒にいる時間が多かったと思います。いつもの様子を見ていると何も考えずに生きていそうな感じがするのに色々聞いてみるときちんと自分の考えを持っていて、タクローの意見で自らのことを考えさせられる瞬間が多々ありました。一緒にラグビーをできた時間は少ないですが、最後には同じバック5としてプレーすることができて本当に良かったと思います。
来年彼は彼の代名詞でもある三鷹寮を追い出されて今僕が住んでいる家の近くに引っ越してくるらしいので、その時にはまた鍋でもしましょう。


「お前顔おっさんやな」初対面の虎と自己紹介も交わさずに最初に言われたのはこの言葉で、率直にやばいやつと出会ってしまったと感じました。日常生活はチャランポランで先輩にタメ語で怒鳴りかけたり唾をかけてきたりしていて最初はただただ嫌いでしたが、ラグビーに対しての情熱は人一倍あり、誰よりもストイックに筋トレに励む姿や、下級生の頃から第一線で体を張っている姿は私にとって大変励みになりました。嫌いな筋トレを続けてこれたのは同期の虎が私より頑張っているのを間近で感じ、自分も負けてられないと思ったからに違いないと思います。最初は尖っていた虎も上級生になるにつれてだんだんと丸くなり、今では粋でよく一緒にご飯を食べる仲までなれたので良かったと思います。来年も粋で集まりましょう。

やまけん
やまけんと最初に仲良くなったのはバイトを紹介してもらって、一緒に夜までバイトしたところだと思います。私はやまけんに対し同期の数少ない一浪メンツとして勝手に親近感を覚えていました。彼も一緒だと嬉しいです。やまけんの緩い人柄にはとても安心感があり、絡むことも多かったですが、彼は結構ぶっ飛んだところも多く、思い出す出来事の中でここに書けることは少ないため、楽しかったとだけ書いておきます。
彼もまた怪我が多く、引退と復帰を繰り返していた人物の一人で、あまり一緒にプレーすることはなかったですが、十八番の裏キックををはじめとしてラグビーの理解度やラグビーそのものがうまいなと感じていました。今度もしラグビーできる日が訪れたらその時には踵を離して走れるようになってください。

吉村
敵を恐れずにDFや密集に突っ込んでいく姿は見ていてとても爽快である一方で絶対に敵対したくない人物の一人で、ジュニアの頃にはなるべくペアにならないようにしていたのを思い出します。途中脳震盪で長期離脱してしまい、ラグビーをする時間や日常を過ごす時間は他の同期と比べると少なかったですが、最後には彼とも同じバック5として試合に出ることができ、それをきっかけになんとなく仲が深まったのを感じ本当に良かったと思います。今は受験勉強で忙しいと思うので終わったら遊びにいきましょう。

松井
未経験者で入ってきたのにも関わらず、いつの間にか経験者と見分けがつかないくらいまで成長していて、その成長スピードには大変驚かされました。また、ラグビーに対する厳しさを持つ一方で、日常生活では私をはじめとして誰もが惹かれるその朗らかな人柄で周りを賑やかしてくれていました。この4年間が楽しかった理由の一つに彼の人柄の良さが挙げられると思います。
また下北の部室こと松井家には4年間を通して何度もお邪魔し、正太郎にも大変お世話になりました。ありがとうございます。これからも何度も行きたいと思っているのでよろしくお願いします。

矢野
矢野ほど自分の信念をしっかり持っていてそれに忠実に従って生活を送っている人物は今までにあったことがありません。今よりちょっとでかい矢野を新歓時に初めて見た時はラグビー部に入るのはやめようと思うくらい怖かったですが、今では矢野に出会えて本当に良かったと感じています。試合では一番近くで一緒にプレーでき、矢野が先陣切って体を張っている姿にとても鼓舞されました。また、入部時は「タックルの仕方がわかんねえよ」と言っていたのに最終的にはハードタックラーになっていたのは彼の人知れない努力とその継続の結果が現れているからだと思います。私の人生において一番信頼できる人物の一人で彼の言葉通り最強の人物です。
あと、次に紹介する前原とよく二人でいじりたおしてすいませんでした。

前原
同期の中でラグビー以外で関わった時間が一番長いのが前原です。日常生活で関わる中で何度も何度も笑わせていただきました。彼の類い稀なるお笑いのセンスにはただただ脱帽です。普段馬鹿みたいにふざけている彼も、芯にはしっかりと自分の意見を持ち、きちんと未来を見据えている様子をひしひしと感じ、比類なき逸材なんだと思っています。
ラグビー面に関して、彼はアタックのチャンスを見つける嗅覚が素晴らしくインパクトプレーヤーとして試合を沸かせる姿は脳裏にこびりついています。残念ながら彼の怪我が多かったこともあり一緒に試合ができる時間は少なかったですが、最後まで復帰を諦めずにトレーニングに励む姿はいろんな人の支えになったと思います。来年から社会人となる彼と関わる時間は今よりは確実に少なくなってしまうと思いますが、これからもずっと私を笑わしていただけると嬉しいです。

すずね
すずねには私の大きめの怪我から些細な怪我まで気にかけてくれて感謝しています。私がその怪我の助言に関して言うことを聞かないことも何度かありとても迷惑をかけました。すいませんでした。でもなんとかここまでラグビーを続けてこれ、最後にグラウンドに立ってられたのはすずねがメディカル長として部員の怪我に対してたくさんのことを気にかけてくれたからだと感じています。さらに最終学年となり新型コロナウイルスの流行の際にはあまりやりたくない担当を進んで買って出て部のコロナ対策に尽力してくれました。京大戦は世の中の情勢的に中止となってしまいましたが、名古屋戦まで無事に活動できたのはほかでもないすずねのおかげです。本当にありがとうございました。お疲れ様です。

ともか
最初見た時絶対に東大生じゃないだろと思わせるような華やかな見た目と、その見た目に負けないくらいの明るい性格を併せ持っているともかと話す時間はとても楽しかったです。特に最後の一年ではスタッフ長としてスタッフをまとめ、部のマネジメントや広報などプレーヤーとの関わりが比較的薄く、あまり見えない部分でめちゃめちゃ働いてくれて部の運営の大きな部分を担ってくれて感謝しています。おそらく僕が気づいていないだけで部の中でともかのおかげでできるようになっていることや成り立っていることはたくさんあると思います。日常生活でも色々とお世話になりましたが、書くとキリがないのでやめておきます。
それと、その節は逆に私に感謝してください。

太田
下級生の頃からその有能っぷりを発揮していた太田との関わりがぐんと増えたのは進振りの時に同じ進学先に進んだ時だと思います。同じ授業をうけ、同じ空きコマに、同じ場所でウエイトをする。当時はそんな日々がキツかったけど今はとても懐かしいです。そもそもS&Cのトレーナーとしての活動がしたくて入部してきたのにその有能さから主務を引き受けその仕事に忙殺されるようになった彼に対して私ができたことは何があっても「太田の頼みを断らない」ということだけのような気がしています。太田が部の嫌われ役を買って出て、部員の気を引き締めてくれたおかげで部の規律が保たれ、東大ラグビー部がここまでの素晴らしいチームになれたんだと確信しています。また注意する立場として自分に一切の妥協を許さない姿もとても尊敬していて、能力だけでなく人間としての内面も素晴らしいのだと感じています。長い間お疲れ様でした。ぜひ元学科のみんなとご飯なりゲームなりしましょう。

山口
まとまりのない4FWのリーダーとして1年間頑張ってくれた山口には感謝の気持ちしかありません。自らの中には誰よりも熱い気持ちがあるのにも関わらず、不器用でそれを表に出していくことができないのをそばで見ていて、もっと彼のことを助けられていたらと後悔の念を感じています。最後まで山口には甘えっぱなしですいませんでした。試合の中でも矢野と二人でDFに突っ込んでいく姿はとても頼もしく自分も頑張らねばと思わされました。図らずも最終戦となってしまった名古屋戦の勝利をグラウンドで一緒に味わいたかったです。私は山口のことが大好きですが、引退した今でも何故か怖がられているのでそろそろ懐いてくれると嬉しいです。

藤井
成城戦で藤井が抜けた後、グラウンドに立つ4年生としてチームをまとめなければいけないと強く感じたものの、自分は何もできず自らの無力さを感じると共に藤井がいかに凄かったか、そしてどれだけのものを背負って試合に出ていたかの片鱗を味わい、今まで自分が藤井に甘えっぱなしだったのだと痛感させられました。いつかに藤井にふざけ半分でなんでそんなに活躍できるかを聞いたことがあります。私は発達した四頭筋があるからとか膝が4つあるからとかふざけた答えを期待していたのですが、彼はさらっと「みんながちょっとサボっている中でずっと100%でやっているだけ」と言っていました。藤井の凄さはこの一切妥協しない部分にあると思います。叶わなかったですがそんな素晴らしい彼と最後まで一緒に試合に出たかったです。

最後になりますが、同期の他にもこの4年間お世話になった人は大勢います。
ラグビーの技術を教えていただいただけでなく日常生活でも可愛がっていただいた先輩方や慕ってくれてついてきてくれた後輩たち、ラグビー面だけでなく精神面や人生の教訓などたくさんのことを教えてくださった青山監督や、大西さんや深津さんをはじめとするコーチ陣の方々、私たちに対して期待し多大なご支援をしてくださったOBの方々、怪我をするから大学でラグビーはするなと言っていたのにも関わらず、黙って入部した私を応援してくれた両親、その他数えきれないほど多くの方に支えられて私の活動はあったと思います。


本当に4年間ありがとうございました。多くの人そして同期のみんながいたからこそかけがえのない時間になったと思います。
これからも関わりがある人が多いので変わらず仲良くしていただけると嬉しいです。



次はともかにバトンを渡します。

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