ラグビー部リレー日記

スイカ

投稿日時:2019/10/19(土) 14:43

アメフト部から先日転部?してきた笹俣よりバトンを受け取りました、4年の高橋です。
明日は武蔵戦ですが、自分は残念ながら出場できないので、この2週間武蔵戦に向けて考えてきたことを綴ります。


10月6日、成城戦当日。この日はやけに頭がスッキリしていた。それは試合前のアップの時にも、円陣の時にも変わらず、過度な緊張もなければ、滾り過ぎていることもなく、極めて集中できていた。今日は行ける、良いプレーができる、そういった不思議な感覚があった。しかし、試合開始から1分半後、膝下にタックルに入られ、そのまま明らかに嫌な音がした。何とか試合はそのまま出れたが、試合後には怪我が判明した。その結果、今節の武蔵戦には出場できないことになり、後輩にスイカの3番を譲ることとなった。

今、私は焦っている。悲しみや悔しさも最高潮ではあるが、それよりも焦りが強い。絶対にこのままスイカを譲っている訳には行かない。ただスイカのスタメンは怪我から復帰して簡単に着られるようなものではないのもまた現実である。2年生の時にも、3年生の時にも、怪我で対抗戦の途中に離脱し、その後復帰したもののスタメンに簡単には戻れなかった4年生もこれまで見てきた。部員数が少ないだとか、怪我人が多いだとか、そんなことが言われはするが、やはりスイカの重みは決して軽いものではない。対抗戦シーズンであれば、それは尚更だ。


思い返せば、初めてスイカジャージに袖を通して試合に出場したのは1年生の時の名古屋戦だった。当時の2、3年生のFRの先輩方に怪我が多く、15分程度試合に出してもらった。ただ、当時の実感としても、今振り返ってみても、「スイカを着ることを認められた」というよりは「ただスイカを着ることになった」という感覚だった。

では、実際に「スイカに認められた」のはいつだろうか。チームからどう見られていたかは分からないが、自分の実感としては3年生の武蔵戦でようやく、だと思っている。後半10分頃に当時の4年生の3番の選手が怪我をし、出場機会を頂いた。その時にそこまではやや負け気味だったスクラムを抑えることができた。この時にようやくスイカに認められ、自分がスイカを着ることに対して自信を抱けるようになった。また、京大戦で試合に出る機会をもらえたのもそのお陰だと思っている。


今年のチームは昨年度4年生が11人も出ていたのに比べ、1~4年生が幅広く出ており、非常に若いチームである。ただ、先ほども書いた通り殊更に対抗戦においてはスイカの重みは決して軽いものではない。その言葉通り実際に試合に1年生で出場している3人も学年など関係ないと言わんばかりだ。三方はSCとLOの安定に一役買っているし、松元もFLとしての運動量と持ち前のスピードを活かしたプレーを何度も見せている。そして、タマヨセもSOとしてチームを動かし、今ではスタメンの座を硬いものとしている。

今節グラウンドに立てない自分には偉そうなことは言えないし、言われなくても分かっていると思うが、スイカに認められた戦士である皆にはその自負と覚悟を持って戦ってきてほしい。23人全員、その権利のある選手が揃っていると思う。怪我をして試合に出れない俺だけど、なんの不安もない。グラウンドに立つ同期たち、後輩たちならば大丈夫。そして何より、試合に出場する人には同時に誰よりもそのスイカを楽しんでほしい。全力で、誰よりも。そして、一週間後最高の状態で明学戦に向かっていこう。

最後に、殊更に僕の代わりに3番を着る岩崎には最高のプレーをしてきてほしい。今後自分が復帰する時にその最高の状態の3番のジャージを自分のできる全ての努力を尽くして、取り返させてもらうためにも。


拙い文章ですが、最後までお読み頂きありがとうございます。
生粋のアイドルオタクで、Twitterのアイドルアカウントも部員にバレてしまった、1年生の岩下にバトンを回します。

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