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ラグビー部リレー日記
挫折、そして超克
投稿日時:2022/12/09(金) 15:30
かわはるからバトンをもらいました、4年スタッフの鵜飼です。かわはるが2年前のお正月に家に来てくれて、家族共々とても楽しい時間を過ごさせてもらいました。はしゃいだ私がかわはるを連れ回して疲れさせてしまい、親に怒られたのもいい思い出です。また、私が院試でつらいときには、かわはるの優しさと気遣いに本当に救われました。ぜひ卒部してもたくさん遊んでください。
さて、この最後のリレー日記において何を書こうか非常に迷いましたが、やはり最後は私のラグビー部での4年間を振り返ろうと思います。
1年生。
大学に入学し、アットホームな雰囲気とラグビーというスポーツの面白さに惹かれてラグビー部に入部した。最初は朝練に間に合うように3時台に起きることで精一杯で、練習中はただ突っ立っているだけの指示待ち人間だった。また、1年生の終わりには、スタッフ全体の仕事(=ジェネラル)と対になる、専門性の高い仕事(=セクション)として、マネジメントと分析を選択した。学年内の仕事のバランスを考えてのことだった。
2年生。
相変わらずあまり仕事に気付けないままで、同期との差を感じ始めていたが、できるようになったこともあった。それが、この年の防衛大戦から試合ビデオに追加された「引き寄りビデオ」を撮ることだった。最初はぶっつけ本番であったためにあまり上手に撮ることができなかったが、分析のために勉強していたラグビーの知識も活かしながら、自分なりに様々な工夫をしつつ練習を重ねた結果、見やすい映像を残すことができるようになった。ここで初めて、自分は部に貢献できているかもしれないと思えた。
しかし、ビデオがうまく撮れるようになって少しずつ自分の存在価値を見いだせるようになった一方で、同時に、チームからの疎外感とスタッフからの疎外感という、二重の疎外感も感じるようになった。ビデオは、グラウンド全体を映す必要があることから、グラウンドから物理的に離れたところで撮るものだが、この物理的な距離によって、グラウンドにいるチームのみんなとの精神的な距離を感じるようになった。換言すれば、チームの一員であるという気持ちを感じることができなくなってしまった。さらに、ビデオというのはスタッフの仕事の中では、ジェネラルに分類される、専門性の高くない仕事である。試合中はビデオ以外にもたくさんの仕事があり、その中にはメディカルなど専門性が高く特定のスタッフしかできない仕事もある。スタッフの人員が限られている以上、ビデオの優先順位は低く、引き寄り以外のビデオ(全体を俯瞰する「引き」、個々のプレーに着目する「寄り」)は、プレーヤーが撮ることも多かった。また、スタッフ内で、ビデオはプレーヤーに撮ってもらい、別のところにスタッフを配置する方がいいのではないかという話になったこともあった。それはスタッフの人数が有限であることから生じる“仕方のないこと”であり、それを私も理解しているつもりだったが、やっと自分が部に貢献できていると思える仕事を見つけたのに、それはプレーヤーでもできるような、あるいはプレーヤーがやったほうがいいような優先順位の低い仕事なのであって、やはり自分はスタッフとして存在価値がないのだと思うようになった。ビデオはプレーヤーがやればいいという話のときは、私がやっていることは無価値だと言われているように感じた。それでも私はメディカルセクションに所属していないし、試合中は他に何か専門性の高い仕事ができるわけでもないため、基本的にビデオを撮ることが続いた。その結果ビデオは上手くなったが、疎外感や劣等感も増大していった。
3年生。
スタッフの先輩方が卒部され、自分たちはスタッフの最高学年となった。それにより、2年生の終わりからはマネジメントの仕事が増えるようになった。マネジメントの仕事では、OB財務やOB名簿の仕事を中心に行っており、その他に会報会計の仕事やスコア管理・会報掲載スコア作成なども行っていた。これらの仕事については、練習中に行うような種類のものではなかったため、基本的に家で部活外の時間で行っていたが、それにより、私はなんの仕事をしているのかよくわからない人になった。当然、なんの仕事をしているかもあまり伝わらない以上、特に評価されることもなく、時には本当に仕事をしているのかという疑念をぶつけられることもあった。自分で選択したセクションの仕事にこそもっとやりがいを感じられなければならないと思う一方、マネジメント系の仕事はコツコツ積み重ねて円滑に部活が運営できることに意味があるのであり、うまくいっていればいっているほど外部に仕事の様子は伝わりづらいため、そこに自分の価値を見出すのは難しいとも感じていた。私はマネジメントの仕事を嫌いだと思ったことはないが、他の同期スタッフと自分を比較しては劣等感を感じるということを繰り返した。このような精神状態であったことで、体調も崩しがちになり、私生活では勉強もすることができなくなり、まさに“どん底”と呼ぶにふさわしい状態だった。22年間の人生でこれほどすべてがうまく行かなかったことは後にも先にもなかった。
4年生。
4年生になってやっと、他人と自分を比べることの無意味さに気づいた。私は私のやるべきことをやっているのだし、ビデオだってやってきたからこそ上達もしたのだと前向きに捉えられるようになった。また、ビデオに関しては、試合中継に対するコメントで評価していただいたり、部内でも見やすいと言ってくれる人たちの意見に耳を傾けられるようになった。いかに自分が卑屈だったかを実感し、反省し、改めて残りの1年間はやれることを全力でやろうと決意した。やるべきことをやることで、少しは部に貢献できるはずだと思えるようになって、どん底からは脱出することができた。櫓の上からビデオを撮っていても、自分がチームの一員ではないと疎外感を感じることもなくなり、やっとグラウンドにいるみんなと同じ気持ちでいられるようになった。チームとしてやりたいラグビーができて試合に勝ったら感動し、やりたいことができずに負ければ悔し涙が溢れた。
ここまで4年間を振り返ってきて、楽しいこともつらいこともたくさんあったが、もし私がもう一度大学入学時に戻れるとしても、また必ずラグビー部に入ると思う。ラグビー部に入るという私の選択は、決して間違っていなかったし、この部活に入って、先輩や後輩、そして同期に出会えて、本当によかったと心から思う。
私はマネジメントの仕事や会報の仕事などを通じて、たくさんのOB・OGの皆様と関わらせていただきました。未熟故にご迷惑をおかけすることも多々ありましたが、皆様のお力添えで、無事に役目を果たすことができました。本当にありがとうございました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。
また、大学に入ったら勉強すると言っていたにも関わらず運動部に入った私をずっと応援してくれた両親にも改めて感謝したいです。朝早くまた夜遅くに送り迎えをしてくれたり、試合の応援をリアルタイムでしてくれたり、両親の協力や励ましがなければ4年間部活を続けることはできなかったと思います。本当にありがとうございました。
そして、後輩のみんなへ。
私はそんなに優秀な先輩ではなく、スタッフをはじめ、みんなにたくさん迷惑をかけたと思います。それでもついてきてくれて、一緒に部活をしてくれて、本当にありがとうございました。私は、この4年間を通して、コミュニケーションをとることがとても大事だということを学びました。ラグビーというスポーツ自体も、部活を運営するにあたっても、コミュニケーションは欠かせません。同じタイミングでラグビー部にいる仲間たちと、たくさんコミュニケーションをとって、お互いの考えを伝えあって支え合ってほしいと思います。コミュニケーションを円滑にするには、相手と自分はあくまで違う人間なんだということを理解して、柔軟な思考をすると良いのではないかなと思います。また、変えられるのは自分だけです。考えをすべて変える必要はもちろんありませんが、物事の捉え方を少し変えるだけで、見えてくるものがたくさんあると思います。もし何かうまくいかないことがあったら、視点を少しだけ変えてみるといいかもしれません。これからみんながもっと東大ラグビー部を良くしていってくれるのを楽しみにしています。
最後に同期へ。
私たちの学年は人数も多く、意見の方向性が合わなかったり、衝突したりもしたけど、いろんな人がいて毎日面白かったし、たくさんの思い出を作ることができました。みんなと出会えたことは私にとって一生の財産です。本当にこの学年でよかった。協調性に欠ける私を受け入れてくれてありがとう。
長文となりましたが、最後までお読み下さり、ありがとうございました。
次は、玉代勢にバトンを回します。
玉代勢は、その穏やかで優しい性格から、みんなに好かれている人気者で、誰とでも仲良くできる、私たちの学年に欠かせない存在です。また、ラグビーにおいても、1年生からスイカを着て4年間チームを引っ張り続けてくれました。パスフェイクがうますぎて、ビデオを撮っている私も騙されかけたことがあります。
さて、この最後のリレー日記において何を書こうか非常に迷いましたが、やはり最後は私のラグビー部での4年間を振り返ろうと思います。
1年生。
大学に入学し、アットホームな雰囲気とラグビーというスポーツの面白さに惹かれてラグビー部に入部した。最初は朝練に間に合うように3時台に起きることで精一杯で、練習中はただ突っ立っているだけの指示待ち人間だった。また、1年生の終わりには、スタッフ全体の仕事(=ジェネラル)と対になる、専門性の高い仕事(=セクション)として、マネジメントと分析を選択した。学年内の仕事のバランスを考えてのことだった。
2年生。
相変わらずあまり仕事に気付けないままで、同期との差を感じ始めていたが、できるようになったこともあった。それが、この年の防衛大戦から試合ビデオに追加された「引き寄りビデオ」を撮ることだった。最初はぶっつけ本番であったためにあまり上手に撮ることができなかったが、分析のために勉強していたラグビーの知識も活かしながら、自分なりに様々な工夫をしつつ練習を重ねた結果、見やすい映像を残すことができるようになった。ここで初めて、自分は部に貢献できているかもしれないと思えた。
しかし、ビデオがうまく撮れるようになって少しずつ自分の存在価値を見いだせるようになった一方で、同時に、チームからの疎外感とスタッフからの疎外感という、二重の疎外感も感じるようになった。ビデオは、グラウンド全体を映す必要があることから、グラウンドから物理的に離れたところで撮るものだが、この物理的な距離によって、グラウンドにいるチームのみんなとの精神的な距離を感じるようになった。換言すれば、チームの一員であるという気持ちを感じることができなくなってしまった。さらに、ビデオというのはスタッフの仕事の中では、ジェネラルに分類される、専門性の高くない仕事である。試合中はビデオ以外にもたくさんの仕事があり、その中にはメディカルなど専門性が高く特定のスタッフしかできない仕事もある。スタッフの人員が限られている以上、ビデオの優先順位は低く、引き寄り以外のビデオ(全体を俯瞰する「引き」、個々のプレーに着目する「寄り」)は、プレーヤーが撮ることも多かった。また、スタッフ内で、ビデオはプレーヤーに撮ってもらい、別のところにスタッフを配置する方がいいのではないかという話になったこともあった。それはスタッフの人数が有限であることから生じる“仕方のないこと”であり、それを私も理解しているつもりだったが、やっと自分が部に貢献できていると思える仕事を見つけたのに、それはプレーヤーでもできるような、あるいはプレーヤーがやったほうがいいような優先順位の低い仕事なのであって、やはり自分はスタッフとして存在価値がないのだと思うようになった。ビデオはプレーヤーがやればいいという話のときは、私がやっていることは無価値だと言われているように感じた。それでも私はメディカルセクションに所属していないし、試合中は他に何か専門性の高い仕事ができるわけでもないため、基本的にビデオを撮ることが続いた。その結果ビデオは上手くなったが、疎外感や劣等感も増大していった。
3年生。
スタッフの先輩方が卒部され、自分たちはスタッフの最高学年となった。それにより、2年生の終わりからはマネジメントの仕事が増えるようになった。マネジメントの仕事では、OB財務やOB名簿の仕事を中心に行っており、その他に会報会計の仕事やスコア管理・会報掲載スコア作成なども行っていた。これらの仕事については、練習中に行うような種類のものではなかったため、基本的に家で部活外の時間で行っていたが、それにより、私はなんの仕事をしているのかよくわからない人になった。当然、なんの仕事をしているかもあまり伝わらない以上、特に評価されることもなく、時には本当に仕事をしているのかという疑念をぶつけられることもあった。自分で選択したセクションの仕事にこそもっとやりがいを感じられなければならないと思う一方、マネジメント系の仕事はコツコツ積み重ねて円滑に部活が運営できることに意味があるのであり、うまくいっていればいっているほど外部に仕事の様子は伝わりづらいため、そこに自分の価値を見出すのは難しいとも感じていた。私はマネジメントの仕事を嫌いだと思ったことはないが、他の同期スタッフと自分を比較しては劣等感を感じるということを繰り返した。このような精神状態であったことで、体調も崩しがちになり、私生活では勉強もすることができなくなり、まさに“どん底”と呼ぶにふさわしい状態だった。22年間の人生でこれほどすべてがうまく行かなかったことは後にも先にもなかった。
4年生。
4年生になってやっと、他人と自分を比べることの無意味さに気づいた。私は私のやるべきことをやっているのだし、ビデオだってやってきたからこそ上達もしたのだと前向きに捉えられるようになった。また、ビデオに関しては、試合中継に対するコメントで評価していただいたり、部内でも見やすいと言ってくれる人たちの意見に耳を傾けられるようになった。いかに自分が卑屈だったかを実感し、反省し、改めて残りの1年間はやれることを全力でやろうと決意した。やるべきことをやることで、少しは部に貢献できるはずだと思えるようになって、どん底からは脱出することができた。櫓の上からビデオを撮っていても、自分がチームの一員ではないと疎外感を感じることもなくなり、やっとグラウンドにいるみんなと同じ気持ちでいられるようになった。チームとしてやりたいラグビーができて試合に勝ったら感動し、やりたいことができずに負ければ悔し涙が溢れた。
ここまで4年間を振り返ってきて、楽しいこともつらいこともたくさんあったが、もし私がもう一度大学入学時に戻れるとしても、また必ずラグビー部に入ると思う。ラグビー部に入るという私の選択は、決して間違っていなかったし、この部活に入って、先輩や後輩、そして同期に出会えて、本当によかったと心から思う。
私はマネジメントの仕事や会報の仕事などを通じて、たくさんのOB・OGの皆様と関わらせていただきました。未熟故にご迷惑をおかけすることも多々ありましたが、皆様のお力添えで、無事に役目を果たすことができました。本当にありがとうございました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。
また、大学に入ったら勉強すると言っていたにも関わらず運動部に入った私をずっと応援してくれた両親にも改めて感謝したいです。朝早くまた夜遅くに送り迎えをしてくれたり、試合の応援をリアルタイムでしてくれたり、両親の協力や励ましがなければ4年間部活を続けることはできなかったと思います。本当にありがとうございました。
そして、後輩のみんなへ。
私はそんなに優秀な先輩ではなく、スタッフをはじめ、みんなにたくさん迷惑をかけたと思います。それでもついてきてくれて、一緒に部活をしてくれて、本当にありがとうございました。私は、この4年間を通して、コミュニケーションをとることがとても大事だということを学びました。ラグビーというスポーツ自体も、部活を運営するにあたっても、コミュニケーションは欠かせません。同じタイミングでラグビー部にいる仲間たちと、たくさんコミュニケーションをとって、お互いの考えを伝えあって支え合ってほしいと思います。コミュニケーションを円滑にするには、相手と自分はあくまで違う人間なんだということを理解して、柔軟な思考をすると良いのではないかなと思います。また、変えられるのは自分だけです。考えをすべて変える必要はもちろんありませんが、物事の捉え方を少し変えるだけで、見えてくるものがたくさんあると思います。もし何かうまくいかないことがあったら、視点を少しだけ変えてみるといいかもしれません。これからみんながもっと東大ラグビー部を良くしていってくれるのを楽しみにしています。
最後に同期へ。
私たちの学年は人数も多く、意見の方向性が合わなかったり、衝突したりもしたけど、いろんな人がいて毎日面白かったし、たくさんの思い出を作ることができました。みんなと出会えたことは私にとって一生の財産です。本当にこの学年でよかった。協調性に欠ける私を受け入れてくれてありがとう。
長文となりましたが、最後までお読み下さり、ありがとうございました。
次は、玉代勢にバトンを回します。
玉代勢は、その穏やかで優しい性格から、みんなに好かれている人気者で、誰とでも仲良くできる、私たちの学年に欠かせない存在です。また、ラグビーにおいても、1年生からスイカを着て4年間チームを引っ張り続けてくれました。パスフェイクがうますぎて、ビデオを撮っている私も騙されかけたことがあります。
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