ラグビー部リレー日記

挑戦

投稿日時:2025/12/27(土) 22:41

副将のゲントからバトンをもらいました、福元倫太郎です。ゲントは1年生からスイカを着て、常に激しいプレーでチームを引っ張り続けてくれました。ゲントがボールを持てば必ず前に出てくれるという安心感があり、とても頼りにしていました。また、僕が怪我でプレーできない期間もずっとグラウンドに立ち続け、先頭に立って戦い続けてくれました。このチームがあるのは本当にゲントのおかげだと思っています。1年間ありがとう。ラスト一戦、最高の試合にしよう。



初めて楕円級に触れたのは小学2年生の冬だった。当時幼稚園生の弟がどこでその言葉を覚えたのか、突然ラグビーをやってみたいと言い出した。そして、父に連れられて世田谷ラグビースクールの練習に参加した事がラグビーとの出会いだった。同級生がたくさんいて、みんな楽しそうに走り回っていた。それをみて心惹かれた。その後はボールを持って走ることの面白さに夢中になり、ラグビーを好きになることに時間はかからなかった。ラグビーのしんどさは知る由もなかった。

学年が上がり試合を経験するに連れて、少しずつ痛さとか、キツさとか、怖さを知った。体が小さく、足が速いわけでも、タックルがうまいわけでもない自分のチーム内での定位置は基本的にBチームだった。それでも、チームメイトやコーチ陣に恵まれ、楽しく充実した時間を過ごすことができた。

結局、小学6年生の夏の大会でもレギュラーにはなれなかった。とはいえありがたいことに、大会に参加するメンバーには選んでもらった。しかし、詳細は割愛するが、大会前日に怪我をした。当然、1試合も出られなくなってしまった。菅平の病院で絶望する僕の前で、気丈に振る舞おうとしてくれる父の姿を今でも覚えている。毎週練習に連れて行ってくれて、いつも応援してくれていた両親への申し訳なさで一杯だった。
その後の大会でチームは全勝した。ずっと負けていたチームにも勝つことが出来て、とても感動したし本当に嬉しかった。一方で、その結果に全く寄与出来ない自分が情けなかったし、悔しかった。大した努力もせずに、才能という言葉を使うのは逃げのようで嫌だが、人には得手不得手があること、向き不向きがあることは事実だと思う。ラグビーが自分にとっての「得手」でないことは小学生ながらに理解していた。

そして、中学1年生の時、ラグビースクールを辞めるという判断をした。土曜も学校があることとか、念願だった囲碁部に入部して大会に出たいから両立できないとか、色々な理由があったけれど、ラグビーが超好きで、自信があったらやめてなかったと思う。勿論、この時やめていなければ、囲碁の全国大会で優勝するという目標は達成されなかっただろうし、この判断を後悔している訳ではない。けれど、ラグビーをやめることで弱い自分とか、ダメな自分に向き合うことを放棄したことは確かだった。

結局、中3であまりの運動不足から運動部への入部を決意し、経験値があって比較的参加しやすいという理由で駒場東邦ラグビー部に入部することにした。しかし、合同チームということもあって、そこでのラグビーでは楽しくやることに終始した。そんな緩いラグビー部生活を終えて受験勉強に勤しんでいた高校3年生の冬、花園を見た。そこには、ラグビースクールの同級生がたくさん出場していた。高校から親元を離れるという覚悟をして花園出場を掴み取っている子もいた。僕の中で、ラグビーを真剣にやることは、これ以上なくしんどいことで、弱い自分とか、ダメな自分に向き合うことだと思っていた。だから、目標を達成し、花園で活躍する彼らの姿はとても眩しかった。彼らをとても尊敬したし、自分の中高時代の過ごし方は正しかったのか分からなくなった。というか、自分はそんな彼らに胸を張って会える人間ではないように感じた。


だから、浪人中から東大ラグビー部の存在は気になっていた。もう一度真剣にラグビーをやってみたい、そして中1の時ラグビーから逃げた弱い自分を清算したいと少なからず思っていた。けれど、才能がなければ、中高時代に直向きに努力したわけでもない自分が大学でラグビーをやることは烏滸がましいことのようにも感じていて、入部するかどうかはとても悩んだ。自分の中では入るからには何があっても、4年間やり通すことが必須だったし、覚悟を持つ事にも時間がかかった。結局、もう一度ラグビーに挑戦することを決意し、入部に至った。

1年生の1年間はあっという間だった。週5回の練習と、ウエイトについていくことに必死で、気づいたら1年間が終わっていた。最後の京大B戦は1秒もグラウンドに立てずに終わった。悔しい1年になったけれど、大学からSHにチャレンジし、垣内さんをはじめとした尊敬する先輩たちのもとで沢山のことを学ばせてもらった貴重な時間だった。

2年生の1年間は本当に不甲斐ない1年間だった。春先期待してもらい、大西さんにチャンスを頂いたのにも関わらず、疲労骨折をして離脱した。チームには全く貢献できずに、1年間を終えた。

3年生の1年間はとても濃かった。個人としても今年こそは出たいと思って、オフ中も毎日一人で公園に行ってパス練をした。そして、春シーズンからコンスタントにメンバーに選んで貰うことが出来た。この年のチームは、フィジカルで圧倒するラグビーという目標を掲げており、その目標に恥じない過去最強のフィジカルを持った選手達が揃っていた。また、5年生として西久保さんも復帰してくれて最も入替戦に近いチームだと感じていた。対抗戦でも最初の4戦を危なげなく勝ち続けた。そして、強い希望をもって成蹊、明学の試合に臨んだ。しかし、完敗した。特に明学戦は何も通用せず、後半途中からは思い返したくもないほどコテンパンにやられた。来年のチームはこの年のメンバーのほとんどが抜ける上、戦術の要であった西久保さんが抜ける。そうなった時、ここまでの3年間の延長線上にあるチームでは入れ替え戦には到底辿り着かないだろうということはすぐに分かった。自分達は変わらなければならないと感じた。

幸い変わることができる様に見えるところはたくさんあった。生活面では、規律正しくすること。時間を守ることや、道具を大切にすること。他にも、日々の練習への取り組み方のも改善の余地はありそうだった。練習中のムードとか、アップへの取り組みとか。ラグビー的にも、フィジカルだけでなく、フィットネスも重視することとか、基本的なボールの扱いが上手になること。DFで前に出ること。上げ出したらキリがなかった。だから、最後の1年間はあらゆる変化を全て受け入れて、取り組むことが重要だと考えていた。

そんなことを考えながら、望んだ1年前の名古屋戦、翌年の主将を努めることが決まってからの最初の試合であり、自分にとっては明学以来の復帰戦。プレーで周囲からの信頼を得ようと決意して臨んだ試合だった。しかし、キックチェイスに行ってタックルした瞬間、左肩がどこかにいったような感覚が襲った。自分でも何が起きたかわからなかった。完全に脱臼していて、手術が必要。復帰までは半年。受け入れられなかった。絶望しすぎて、涙も出なかった。
そして京大戦、手術を終え聖路加から帰る道中、一人で配信を見ていた。シーズン通して自分を信じて使ってくれたチームが、中学からの付き合いの寿太郎が主将のチームが京大にボコボコにされていた。来年の主将である自分がそこにいることすらできない情けなさと、東大ラグビー部の実力を突きつけられた絶望でぐちゃぐちゃの感情だった。

でも、チームとしても個人としても前を見て進むしかなかった。だから、片桐が考えてくれたone by oneというスローガンが僕はとても気にいった。明学に73-0で負けて、京都に76-12で負けたチームが、対抗戦全勝するためには止まっていられる時間は無かった。

最後の一年はあらゆる変化を受け入れることを心に決めた。実際、一聡さんがBBBという新たな練習を取り入れてくれたり、中垣さんが来て体の使い方を一から教えてくれたり、新しいことだらけだった。BBBでは基礎的なハンドリングにも着手し、夏からは、やるラグビーも大きく変化した。個人としても、一聡さんと鳥飼さんにたくさんのことを教えてもらい、どんどんラグビーが楽しくなったし、今まで見えていなかったことや気にしていなかったことにも気がつくようになった。

一方で、それと同時に自分の足りないところにもどんどん気がつくようになった。3年生の時は試合に出て、なんとかプレーすることで手一杯だったけれど、今年はダメな自分とか、弱い自分、出来ない自分をこれ以上ないほどに突きつけられた。Mの3人に素晴らしいスクラムを組んでもらって、辻に完璧スローを投げてもらって、ゲントにめちゃめちゃ体を張ってトライを取ってもらって試合をしている事に気づいていた。毎週のmtgで自分は主将として冷静に、客観的に現状を分析して、課題をクリアにしなければならない。これはこれでやらねばならない。

でも心の中の自分が「偉そうに課題指摘しているけど、お前はできてんのかよ」と自分に問いかけてくる。その自己矛盾みたいなものに自分は気づいていた。これ以上ないほどにダメな自分を自分自身に突きつけられ続けた。
ラグビーはダメな自分とか、弱い自分を教えてくれた。グラウンドの上では東大の肩書きは無力だし、力のないものは仲間を助けるどころか邪魔にしかならない。弱い自分や、ダメな自分を清算すべく大学でもラグビーを続ける覚悟をしたけれど、またダメな自分を突きつけられた。とても悔しいことであるし、未熟な自分を恥じなければならない。でも、これが現時点での自分なのだから、そこに向き合うよりないし、受け入れるよりない。今後の人生の糧にして成長するしかない。

対抗戦B全勝を目指して駆け抜けた1年間。結局3勝4敗の4位。反省することは山ほどあるけれど、後悔はない。その瞬間その瞬間で、ベストだと思う判断をしたと胸を張って言える。4年間を振り返り、大学でラグビーをするという選択をして良かったと心から思う。これだけ、等身大の自分に向き合わせてくれる環境は他にないだろう。東大ラグビー部に入部するという決断をして本当に良かったと思う。

明日、人生最後の試合がある。1年生の頃から憧れ続けた京大戦。先輩方が築いてくれたこのチームで、スイカのジャージを着て戦わせていただく誇りを胸に、自分の持っている全てを出して戦う。



最後になりますが、この4年間関わってくださった全ての方々に深くお礼を申し上げます。皆様のサポートなしにはラグビーをやり切ることはできませんでした。本当にありがとうございました。

青山先生
初めてのA戦だった2年生の東北戦後、「お前が試合を壊している」と言われたことは今でも忘れられません。今年、首脳陣mtgを通じて青山先生に耳の痛いことを言ってもらうことで成長できました。ありがとうございました。

川手さん
下級生の頃はSHのコーチとして様々なことを教えていただきました。今年1年間は監督として、日々の練習にも来ていただきとても感謝しています。怪我している時に、温かい言葉をかけてくださったことにも、とても感謝しています。ありがとうございました。

杉浦さん
お忙しい中、ラグビー面だけでなくチーム運営面に関してもたくさんのアドバイスを頂き、とても感謝しています。杉浦さんからのアドバイスを自分なりに解釈する中で少なからず成長できたと思います。ありがとうございました。

OB・OGの皆様
主将を務めさせていただく中で、皆様の支援の上にラグビー部の活動が成り立っていることを強く実感しました。ありがとうございました。

大西さん・吉田さん
大西さんにラグビーとは何かを教えていただきました。そして、一流と言われる方の、物事への取り組みを学ばせていただきました。2年生の時、SOとして吉田さんのもとでやったラグビーはとても楽しく、貴重な経験になりました。2年間ありがとうございました。

一聡さん
今年一聡さんと一緒にラグビーができて、とても幸せでした。直接のコミュニケーションを好むと思うので、文面はそこそこにさせてもらいます。

田崎先生、工藤さん、笠原さん、上岡さん
皆さんのおかげで、何度怪我をしても復帰することができました。本当にありがとうございました。

中垣さん
怪我をしている時から、会うたびに声をかけていただき、とても励みになりました。教えていただいたストレッチ、継続しようと思います。

杉本さん
ラグビー面だけでなく、人としてどうあるべきか、杉本さんの毎週のmtgから学ばせていただくことがたくさんありました。怪我している時に誕生日を祝っていただいたこと、とても嬉しかったです。ありがとうございました。

鳥飼さん
「明るいおじさん」としてBKユニット、全体練習を常に盛り上げてくださり、ありがとうございました。春先、ムード良く練習することと、精度の高さを求めることとでどうして良いかわからなくなっていたところ、鳥飼さんがきてくださりとてもありがたかったです。

先輩の方々へ
まず、復帰していただいたあきおさん、一木さん、辻、安富さん、1年間ありがとうございました。4人なしには1年間試合をすることすらできなかったと思います。感謝しています。
今まで様々なご迷惑をお掛けしたと思います。今年たくさんの先輩方が試合を見に来てくださり、とても嬉しかったです。

後輩へ
1年間一緒に戦かってくれてありがとう。プレイヤー10人しかいない代で、グラウンド内外共に様々な場面で後輩のみんなに助けてもらって活動できた1年間でした。本当にありがとう。ずっと応援しています。

同期のみんなへ
4年間ありがとう。最後1年間、みんなにたくさん助けてもらって、やり抜くことができました。本当に感謝しています。引退してもたまには集まろうね。

世田谷ラグビースクールでお世話になった皆様へ
世田谷ラグビースクールで、ラグビーに出会うことができて本当によかったです。僕が大学生になっても変わらず応援してくださる事がとても嬉しかったです。ありがとうございました。

駒場東邦ラグビー部でお世話になった皆様へ
楽しい時間を過ごさせていただきました。また、今年はグラウンドまで足を運んでいただき応援していただいたこと、感謝しています。とても励みになりました。

家族へ
小学生の頃から、どんな時も僕のやりたいことのために協力してくれて、サポートしてくれたこと、とても感謝しています。本当にありがとうございます。

他にも、ここには書ききれないくらいたくさんの方々にお世話になりました。ありがとうございました。




いよいよ明日は京大戦。チームとしてやれることは全てやってきた。この1年間の全てを出し切って必ず勝とう。

主将 福元倫太郎

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