ラグビー部リレー日記

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僕の体験

投稿日時:2019/01/04(金) 17:49

明けましておめでとうございます。実は高校時代に一度だけ僕と試合をしたことがある吉田からバトンを受け取りました、1年の岩崎です。彼は昨年2度の手術を経ていますが、モチベーションを保ち、自らの鍛錬とラグビーの学習を継続し続ける彼の姿はとても尊敬できるものだと感じています。

 

さて、更新が遅れ申し訳ありませんでした。今回はこのリレー日記の趣旨にもあるように、高校生のみなさんにも読んでもらえるような内容を書きたいと思います。拙文にお付き合いいただけると幸いです。自分の体験的なものを綴りたいと思います。

 

 

僕は年末に静岡高校ラグビー部の恒例行事である大阪遠征にOBとして参加し、28日と30日に花園観戦に赴き、中日の29日には練習試合を行うなど充実した3日間を過ごすことができた。その中で、花園での試合を観戦していると、「やはり高校ラグビーには高校ラグビーなりの良さがあるな」と実感した。しかし、この感覚がなぜ発生するのかは説明できなかった。技術面でも高校と大学では違いがあることは明確なのだが、その違いはそこまで決定的ではない。では何が違うのだろうか。そう思い、ちょうど大阪遠征に同行していた、僕の高校同期であり高校時代のキャプテン(Sくんとする。)にどう思うか聞いてみた。

 

彼はこういった。「終わりがあるからじゃない。」と。彼はさらに、「最後の大会とかはもう技術のこと仲間のミスとか気になんなくなってくるんだよね。」とも言った。彼はこの時とてもいい表情をしていた。一方僕は、この時に高校ラグビーを6月で辞めてしまったことに後悔を改めて感じた。内輪の話になってしまって申し訳ないが、静岡高校ラグビー部では、3年生になると2つの選択肢が与えられる。春の高校総体で高校ラグビーを終えるか、秋の花園予選で高校ラグビーを終えるか、である。ほとんどの3年生が受験のため前者を選ぶのだが、僕は前者を、Sくんは後者を選んだのだった。その結果僕は、高校ラグビーの楽しさを最後まで味わうことはできなかった。その上受験に失敗しもう一年かかってしまった。

 

僕自身が後悔しているのは、春に高校ラグビーをやめるという選択肢を下したのが、自分を信じることができなかったからだ、ということである。僕はラグビーをやりながら東大に受かるのは自分には無理だろうと甘えてしまったのだ。現実はむしろ逆だった。今までの学校生活がつまらなくなってしまい、勉強に身が入らなくなってしまった。僕にとってラグビーは高校時代の支えの一つだった。それに高3の僕は気づくことができなかったのである。

 

しかし、今の僕はそれに気づくことができた。Sくんも、「そういう選択肢をしなかったら、今気づける自分がいなかったんじゃないの。」と助言してくれた。そして、何かこの体験を残しておきたいと思った。こういうわけで、僕はこのリレー日記を書くに至ったのである。

 

自分の体験を綴ったものであるため、何も参考にもならず、面白みもない文章となってしまいました。

お読みいただきありがとうございました。

次は、今では一緒にスクラムを組むとは思ってもいなかった、ルーシーこと齋藤にバトンを回したいと思います。彼も自らの鍛錬を怠らない男です。

受験生の皆さんへ

 written by 吉田 有佑 投稿日時:2019/01/01(火) 15:30

 新年明けましておめでとうございます、一年の吉田です。今年度から、この時期のリレー日記は受験生を応援するという趣旨で進めて行くということで、そのトップバッターの大役を任せていただきました。部員たちが順番に、受験時の体験談やアドバイス、大学生活や東大ラグビー部の紹介など受験生の役に立つような話をしていきます。全国の東大を志望する受験生やラグビー部の皆さんはもちろん、他の難関大学を目指す受験生の皆さんにも読んでいただけると嬉しいです!まず初回の僕からは、センター試験までラストスパートのこの時期の心構えについてアドバイスさせていただきます。



 



 Playing well is all about preparation.



 これは、元ラグビー日本代表ヘッドコーチ、エディー・ジョーンズ氏が大一番の試合を間近に控えていた高校ラグビー部に向けて贈った言葉です。この言葉はラグビーだけではなく、受験にも置き換えて考えることができます。僕自身、受験生の頃はこの言葉を特に大切にしていました。



 本番が間近に迫ったこの時期で重要なことは、自分の力を伸ばすことより、自分の100%の力を本番で出せるような準備(preparation)に注力することです。一番後悔するのは、自分の力が「足りなかった」ことより「出せなかった」ことです。僕は去年のこの時期に、時計を二個揃えたり無地の服(本番では英数字や地図などの入った服は着られないので)を買いに行ったりしました。また、試験が終わって自分の力が十分に発揮でき、会場で小さくガッツポーズをする自分の姿を想像するイメトレもしました。多くの受験生は、自分の力を伸ばすことにしか注力しませんが、この準備の周到さこそが合格不合格を分けます。周到な準備があれば、当日は他の誰よりも安心した心持ちで受験会場に行けるはずです。(実際僕も当日は必要以上の緊張をせずに試験を受けられました。)



 そして、これを読んでいる受験生の皆さんはもしかしたらラグビー部に所属していたかもしれませんが、もしそうだとしたら楕円球を追った日々、辛かった練習の記憶に思いを馳せてみましょう。当日、万が一予期せぬことが起こっても大丈夫です、楕円球の神様は必ず頑張るあなたの味方になってくれることでしょう!安心して勝利への準備をラストスパートで頑張ってください!!



 



 次は東大に来ても成績優秀、静岡の生んだ努力の天才、同期の岩崎にバトンを回します。受験生の皆さん、是非これからも勉強の合間の息抜きにこのリレー日記を読んでみてください!

命題「強いチーム⇒良いチーム」

 written by 石川 悠太 投稿日時:2018/12/22(土) 17:41

 今年グラウンドで誰よりも体を張ったプレーをした副将の宮原よりバトンを受けました、主将の石川です。試合の流れを変えてくれたのはいつも彼だったと個人的に思っています。



 まず今年の東大ラグビー部が活動できたことについて、OBの方々、応援してくださった方々など、関係者の皆様にこの場を借りて感謝したいと思います。皆様の支援無しには我々はこれほど充実した部活動をすることはできませんでした。ありがとうございました。







 スポーツではよく「強いチーム」と「良いチーム」という言葉が取り上げられます。今年の東大ラグビー部でも例に漏れず使わせていただきました。では、果たして強いチームとは何でしょうか、良いチームとは何でしょうか?



 「強いチーム」は簡単です。勝つチームです。競争相手に対して勝てば強いと言えます。今の東大ラグビー部においては、対抗戦Bグループや定期戦で勝てば強いチームだったと言ってもらえます。つまりここで言う「強い」とは相対的な評価のことで、何らかの記録に残ったり、他人から評価してもらえる指標となります。

 それに比べると「良いチーム」を定義するのは難しいです。そもそもここで言う「良い」とは酷く曖昧で、宙ぶらりんな概念です。ただ誰しも「良い」に対する基準をなんとなく持っていて、心の奥底ではそこを目指していると思います。そこで前段に倣って「良い」を説明するならこれは主観的評価のことで、記録に残ったりはしないけれど、各人がそのチームに対して心に想うものとなります。



 それでは、この2つにはどんな関係があるでしょうか。僕が1年間考えて出した結論が、命題「強いチーム⇒良いチーム」です。このままだと誤解が生まれる可能性がありますので、対偶を取って説明しようと思います。対偶は「良いチームでない⇒弱いチーム」となります。自分達がやっていることが正しいと思えない、適切な積み重ねをしていない、自分達でさえ主観的にチームを「良い」と評価できない、そんなチームになってしまうと間違いなく弱いチームが出来上がってしまいます。これは各人の感覚ともマッチすると思います。さらにこの命題から分かることは、「良いチーム」は「強いチーム」の十分条件にはならず、必要条件にしか過ぎないということです。自分達は正しいことをやった、意識高く適切な積み重ねを続けたといくら思ったところで、どんな理由があったにせよ勝負に負けたら強いチームではなかったということになります。強さを求めるとは、実はそれだけ不確かなことであると言えます。

 よってこの命題を分かりやすく言い換えるなら、「良いチームなら必ず強いチームになれるとは限らないが、強いチームならば良いチームである」となります。



 前置きが長くなりすぎました。ここからが本題です。



 この命題を踏まえて僕は、目標を達成するために、東大ラグビー部を良いチームにすることこそが主将としての自分の役目だと自覚して1年間を過ごしてきました。良いチームになる、それこそが強いチームになるためにはまず、そして絶対に必要なことだからです。

 1年間を終えて今皆がどう思っているかは僕には分かりません。正直、東大ラグビー部が抱えている甘い部分から完全に脱却しきれなかったし、一人一人の意識、モチベーションを高く持っていけたかというとそんなことは無かったと反省している面もあります。ただ、ここでは多くは語りませんが、シーズン当初から「対抗戦Bグループ4勝」を目標に掲げ、何が必要でどういった方法でそれを達成するのかを考えたこと、そしてそれを踏まえて練習やフィットネス、トレーニングにmtgを部員皆が一丸となり積み重ね続けた結果、目指した場所に辿り着けた事は本当に価値のあることだったと思っています。理念として掲げた「人生を豊かにする」ことにも少しは近づけたかなと思っています。



 前置きの方が長い駄文になってしまいました。ただこれだけは言わせてください。



 皆が頑張ってくれて、目標も達成できて、掲げた理念にも近づけた。こんな「良いチーム」で主将をできて本当に幸せでした。皆ありがとう。



 余談になりますが、最近下級生が「来年は入替戦出場を目指せる、対抗戦A昇格を視野に入れてもいいんじゃないか」と言っているのを耳にします。今年が強くなかったと言うわけではないけれど、まだまだ目指せる上があることはたしかで、入替戦出場を果たしたらそれは本当に「強いチーム」になったと言えるでしょう。そこを目指そうと下級生が言っているのは、今年「良いチーム」ができて強くなる準備ができたと感じてくれているのかなと思っていて、4年冥利に尽きると感じている今日この頃です。重ねてありがとう。



 とはいえ、これを書いている今日は今年最後の試合である京大戦の前日です。最後の試合にビシッと勝って、「強くて良いチーム」で終わります。



 今後とも応援よろしくお願いいたします。





主将 石川悠太

 written by 宮原 健 投稿日時:2018/12/21(金) 23:59

 主務としてもスクラム職人としても仕事人ぶりが光った山田からバトンを受けました、副将の宮原です。

 「勝って、泣こう。」

 俺が1年生の時、新歓用の看板に刻まれていた言葉だ。この熱い言葉に惹かれて入部を決意したのを覚えている。

***

 4年生になるにあたり、目的と目標について考えた。
  
 「なぜ東大ラグビー部に所属するのか?」
  
 この問いに向き合い続けるうちに、自分なりの答えを出した。

 「自ら定めた目標を達成するという自己実現をするため」

 この自己実現こそが俺がラグビーをする目的であり、その過程で生じる熱量がラグビーの熱さであり、これを成し遂げたときに勝って泣くことができるのだと理解した。

 俺たちが入部してから一度も果たしていない対抗戦4勝を目標に定め、副将としてチームを目標に導くと誓った。俺は石川のようにチームを俯瞰してうまくマネジメントするようなことはできない。だから目の前のことに全力で取り組むことでリードするしかない。覚悟を持った。

 胸を張って言える。4年生としての1年間は、今までの人生で最も充実していた。

 試合に向けて課題を設定し、練習でそれに取り組み、試合で成果を確認し、また次の試合に向けて新たな課題を設定するというサイクルでどんどん強くなっていくのを感じることができた春シーズン。練習を考えて仕切ったり和田さんの課すハードなトレーニングをこなしたりで精一杯な日々だったが、成長を感じられたから気持ちは前向きだった。東北大・防衛大・九州大に全勝するという結果もついてきて、秋の目標に着実に近づいていると感じた。仲間が誇らしかった。

 だが、夏に大量にけが人が出てしまった。自分も菅平合宿初日に肩を怪我して一時戦線離脱した。春から積み上げてきたものが崩れ落ちていくような気がした。

 この時は一年間で最もリーダーの責任に悩んだ。今年のチームは目標に向かって本当に尊い努力をしてきたから、俺にはリーダーとしてその努力を結果に結びつける義務があった。チームを目標達成に導くことで、皆の努力の正しさを証明しなくてはいけないという使命感を持っていた。だから、大量の怪我でそれが成し遂げられないのではないかと怖くなった。

 しかし。悩みに悩んでから気づいた。悩んだって仕方ないと。変えられない条件を嘆くのではなく、今できる最大の努力をするしかない。限られたメンバーで試合に向けてベストの準備をする。肩が痛かろうがグラウンドに立ったら死ぬ気でタックルに行く。不器用だから目の前のことに必死で取り組むと決めたことを思い出した。やるしかなかった。
 
 そうして必死に戦っているうちに、対抗戦は終わった。4勝3敗。チームは当初の目標を達成した。自ら立てた目標を達成するという自己実現の喜び、目前だった5勝目を掴めなかった悔しさ。決して忘れない。
 
 これからの人生も、熱を持って生きていく。

 目標を設定して、必死で取り組んで、何度失敗しても立ち上がって、達成するために執念を持って勝負し続ける。そうやって生きていく。東大ラグビー部で学んだ生き方だ。そこには熱がある。

 だが、ラグビーを通じて目標に取り組めるのはこれが最後だ。

 京大戦、勝って泣こう。

 次は目標達成へとチームを導いてくれた主将の石川に回します。お前がキャプテンで本当に良かったよ。ありがとう。

回顧

 written by 山田 允 投稿日時:2018/12/20(木) 08:29

僕の主務の仕事をとても気に掛けてくれていた、頼れるバックローの望月からバトンを受け取りました山田です。

 

まず初めに、平素より多大なご支援・ご声援くださっている皆様に厚く御礼申し上げます。皆様のお蔭で、今シーズンも無事に終わりを迎えようとしております。今後とも引き続きのご支援・ご声援を賜れましたら幸いでございます。

 

最後のリレー日記ということで何を書くか迷った。主務としての回顧をすることも考えたが、やはり1プレーヤーとして今までのことを振り返ることにした。

 

崩れたモールに足が巻き込まれ、ブチッといういやな音がした。高校最後の大会の半月前、リスフラン靭帯の断裂だった。鎮痛剤と装具で何とかごまかし最後の試合には出たものの、当然ながら納得できるパフォーマンスではなかった。

だからだろうか。高校引退時は、もうラグビーはしないでいい、と思っていたのに、浪人を経てみたら、ラグビーをしたくなっていた。勧誘を受け、またラグビー部に入っていた。

当然ながら、大学のラグビー部というものは高校のころとは様相が違った。東大ラグビー部には人がいた。場所があった。環境があった。同期にも恵まれた。練習はしんどかったが、充実した日々を送れた。しかし、同時に悔しさの連続でもあった。

 

1年。ジュニアとして桜井コーチのもとで頑張った。一番印象に残っているのはBCマッチだろうか。残念ながら負けてしまいはしたが、Cチーム全員が一体となって戦った。

2年。初の対抗戦。1番としてスタートで起用していただいた。とても緊張したが、怪我で出れていなかった先輩の分も頑張ろうと思った。やっと手に入れた成城戦での勝利は忘れられないものとなった。だが、最後の武蔵戦。開始10分で怪我をした。足が折れていた。

3年、怪我の多い年だった。年始は前年の足の骨折のため、ギブスをつけてスタートした。足が治ったと思ったら、顔の骨を折った。初めての手術だった。合宿では指を怪我した。ただの突き指だと思っていたら、腱が切れていた。対抗戦は指にテーピングをして過ごした。対抗戦が終わってすぐにまた手術だった。年末は手に固定具をつけて迎えた。怪我で始まり怪我で終わった年だった。

4年、最高学年として、主務としてチームを引っ張る立場になった。同期の皆と考え、悩み、様々な変革を起こした。主務として、変化しつつあるチームの役に立てているか、常に考え続けた一年だった。プレーヤーとしては、手に怪我を抱えてシーズンをスタートし、春には肉離れをした。結局、東北大学、防衛大学校、明治大学との定期戦には一度も出場できなかった。しかし、昨年に比べたら圧倒的に怪我を少なく過ごせた。そして迎えた対抗戦。結果としては4勝という目標を達成したものの、最終戦の成城戦など、後悔が残ることも多々あった。そして先日の名古屋大学戦。ノータイム2点リードで迎えた名古屋大のペナルティーキック。交代してベンチに下がっていた自分は、Hポールに吸い込まれていくキックをただ見つめることしか出来なかった。

 

今週末の京都大学戦。4年間の東大ラグビー部としての最後の試合として、延いては10年間の及ぶ自分のラグビー人生の節目となる試合として、全力で挑もう。自分の出来る全てを尽くして、自分が今までに感じた悔しさを全て注いで、今年のチームを象徴とする試合にしよう。これまでで一番の喜びを手に入れよう。

 

拙文ではありましたが、最後までお読みいただきましてありがとうございました。残り少なくはありますが、今シーズン最後までぜひご声援いただけましたら幸いです。

次はFWリーダーとして最前線で体を張り、チームを引っ張り続けてくれた副将の宮原にバトンを回したいと思います。

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