ラグビー部リレー日記

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三鷹寮ガイド

 written by 齋藤 海杜 投稿日時:2020/08/02(日) 19:19

 寮の大先輩であるタクローさんからご紹介をいただきました、3年の齋藤です。僕は高校時代まではおでこを出していました。高校の友達には髪あげた方がいいと言われるのですが、ラグビー部に入ってからなぜかハゲといじられるようになってしまったので、今では前髪を伸ばしています。

 

 コロナ禍で在宅の時間が増えたので、今回は僕の住まいである三鷹寮について紹介したいと思います。ご存知の方も多いと思いますが、三鷹寮は教養学部の学生寮で、留学生なども合わせて数百人が暮らしています。三鷹寮はその辺の普通の寮とは一味違い変わった要素をたくさん持っているので、ここでちょっと紹介します。

①住環境
 寮の部屋は床面積が7畳弱で、そこに固定のベッド、クローゼット、机などが置かれているため、スペースがあまりないです。僕は室内のS&Cセッションで何度も足を机や壁にぶつけました。室内は空調が完備されており、季節ごとに冷暖房が切り替わります。壁にあるスイッチで、風の強さを選ぶことができるようになっています。
 また、三鷹寮の中でも特に有名なのがユニットバスです。スペースの関係上、トイレの便座の真上にシャワーがあるという画期的な構造になっており、年中便座がひんやり保たれるようになっています。

②アクセス
 最寄り駅まで徒歩40分という、東京では屈指のアクセスを誇ります。自転車やバスを使っても、駒場キャンパスまでだいたい40~50分くらいかかります。なぜわざわざこんな場所に寮を建てたのかよくわかりません。

③見た目
 完成直後はモダンで洗練された外観だったようです。30年ほどが経過した現在では、壁面は黒ずんでおり、さながら刑務所のような外観になっています。三鷹刑務所としょっちゅう揶揄され、寮民も自虐的にそう呼ぶことが多いです。とあるサイトではスウェーデンの刑務所との比較がなされており、外観、住環境ともに三鷹寮が完勝していました。

④コスト
 寮費がひと月11500円と、破格の経済性を誇ります。水道光熱費を合わせても月15000 円以内に収まるので、デメリットはあれど大変お得な物件になっています。「三鷹寮に住むことがバイト」という謳い文句があるのですが、実に言い得て妙だと思います。

⑤人付き合い
 完全個室で非常に閉鎖的な環境の為、積極的に行動しないと友達はできません。僕は入寮しはじめのころにパーティーとかに参加していたので幸運にも友達ができました。様々な国からの留学生がいて、求めれば国際的な人間関係を築くことができます。ただ残念ながら、僕が仲良くしていた友達はほぼ全員退寮してしまい、今はとても寂しい状況です。少し前に会ったルワンダ人の友達には「まだあんなとこ住んでるの?」と言われました。

⑥その他
 近くに手頃な飲食店とかが少なく、スーパーも微妙に遠いので生活も不便です。一応敷地内に自販がありますが、飲み物、カップ麺、お菓子くらいしかないのでほぼ使いません。良いところとしては寮には卓球台やテニスコート、ビリヤード台とかがあるので、友達と楽しく遊ぶことができます。また筋トレ用具もちょこちょこあるので、ラグビー部員としては嬉しいところです。

 

 ざっと紹介するとこんなところになります。これだけ言っておいてなんですが、三鷹寮はまあ悪くないところだとは思います。寮の事務員さんはとても優しく(先日僕が寮の手続きをしくじり、危うくホームレスになりかけていたところを救ってくださいました)、普通の一人暮らしとは違う様々な経験を得ることができます。あと一年半ある寮生活を楽しく過ごそうと、日記を書いていて改めて思ったところで締めようと思います。

 

 次はチームビルディングリーダーとしてラグビー部をまとめる松井さんです。毎週土曜にいろいろやってくれたチームビルディングの企画はどれも楽しくて、寂しい自粛期間の癒しになりました。

有言実行

 written by 川端 拓郎 投稿日時:2020/08/02(日) 12:10

 爽やかイケメンの廣瀬からバトンをもらいました、4年の川端です。スローガン「Update」をいいなと言ってもらえることは、今年のスローガンの作成に関わった1人として嬉しい気持ちです。

 私は3歳からラグビーを始め、20年近くラグビーに関わってきたので、もちろんラグビーも好きなのですが、実はサッカーも同様に好きです。小学生の頃、休み時間はずっとサッカーをして遊んでいました。また当時、李忠成のスーパーボレーに熱狂し、安田理大への跳び蹴りファールに憤怒したこともはっきりと覚えています。
 そんな自分にとってここ最近の最も大きなサッカーニュースがリバプールの30シーズンぶりのイングランドプレミアリーグを優勝です。昨シーズンチャンピオンズリーグ(CL)の準決勝でリバプールvsバルセロナでのリバプールの逆転劇に心を掴まれてリバプールというチームを好きになり、まだまだ浅いリバプールファンなのですが、やはり好きなチームの優勝は嬉しいものです。
 昨年はCLを今年はプレミアリーグを制覇し、現在では世界最高のチームと称されるリバプールでありますが、正直言って数年前は世界のトップというほどに強いという印象は全くありませんでした。実際調べてみると、昔は強かったみたいですが、ほんの10年前はプレミアリーグの中堅のチームに沈んでおり、ここ数年で大躍進を遂げていました。
 たった10年で世界のトップに立ったという驚くほど上手くいっているチーム強化だが、その本質は極めてシンプルである。掲げた3つの公約を守るということです。3つの公約とはフットボールの向上、ファン体験の向上、グローバル売上の向上であります。ユルゲン・クロップという監督を呼びフットボールの強化、ホームスタジアムの客席を増やし、ファンゾーンを設けたり、スポンサー契約料をのばしたりと一貫して公約を守っています。

「決めたことをきちんとする」これは簡単なようで簡単でない場合は少なくありません。自分や人に対する甘さを常に持っています。自分のことを振り返ってみても、毎週3つ目標を立てそれに取り組んでいるのだが、それが達成されない場合もあります。
自分が好きなチームが示してくれている成功のための単純な方法「決めたこときちんとする」、これをここに決めて自分に甘さを残さず、これからの人生を過ごしていきます。

次はおでこが広い、3年の斎藤にバトンを回します。

主体性

 written by 廣瀬 健 投稿日時:2020/07/29(水) 19:33

リレー日記にとどまらず、練習中の会話からも頭脳明晰さが感じられる倉上さんからバトンを受け取った2年の廣瀬です。
ふと倉上さんのプロフィールを見たところ、東大ラグビー部の魅力が「主体性」と書いておられ、大変共感したのでそのことについて書きたいと思います。(倉上さんの定義が個々の主体性の高さなのか、組織としてなのかはわかりませんが。)

昨年の新歓の時、様々な部活やサークルが「うちの部は主体性があって~」「学生主体の運営~」などと謳っていましたが、いまいちその意味をわかりかねていました。

今年のラグビー部は4年生が中心となり様々なチームに分かれて活動していますが、僕が把握しているだけでも自粛期間中に以下のようなことをしていました。(大雑把過ぎて申し訳ありません)

練習:これまでの練習のまとめファイル作成や振り返りのミーティング
分析:試合のトライ分析まとめ・ミーティング
戦術:戦術テストやその解説動画の作成
S&C:トレーニングメニューの管理やzoomでのセッション、ストレッチポーズ課題や夜のストレッチ会
チームビルディング:部の交流を深めるためのレクやプレゼン発表会、東大ラグビー部のミッションについて
メディカル:活動再開のガイドラインを作成、毎日部員の体調(体温)管理
マネジメント:新しい試合前アップ用Tシャツ・セカンドジャージのデザイン
栄養:食事調査、食事についての資料作成
広報:Twitterなどで常に情報発信、OBの方への近況報告
新歓:YouTubeやTwitterの企画、オンラインコンパや新入生との座談会
レフリー(の原くん):競技規則テストや最新のルール改正の解説

全てを挙げきることができず部員の方には大変申し訳ないのですが、これら以外でも100周年記念事業の企画立案が行われるなど、どれも非常に時間をかけて準備された(ている)ものばかりです。

コロナという未曾有の事態においてもできることをしようと、誰かに指示されたわけでもなく目標のために創造と解決をやってのける東大ラグビー部員の姿勢から真の主体性を学ぶことができ、これから自分も何らかの形でそれを発揮できるようにしなければと痛感しました。


次は、今年度のスローガン「Update」を発案された4年の拓郎さんに回します。部のために考え抜かれたであろうこのスローガンは、簡潔ながらも本質を突いておりつくづくいいなと感じます。

スポーツの論理

 written by 倉上 僚太郎 投稿日時:2020/07/28(火) 01:32

本人曰く「ラグビーの天賦の才能がある」財木からバトンをもらいました、4年の倉上です。財木が悩んでいたときに、僕と川端が部室前で色々と相談を聞いたのは、僕が1年生だった頃に、先輩に同じようなことをしていただいたからです。財木もいつか、後輩の相談を聞くことになるでしょう。そのときに少しでも僕らのことを思い出してくれたら嬉しいです。


 

(以下、一人称が「私」に変わりますが、気にせず読んでください。)


 

私はスポーツが好きだ。中学の頃からずっとラグビーというスポーツに触れてきて、大学でもやっているなんて、世の中の人から見たら「どんだけラグビー好きなんだ」「どんだけスポーツやるんだ」と思われると思う。


 

しかし私は、単なるラグビープレーヤーではない。大学に行き、多少なりとも学んでいる身である。もちろんラグビー選手としての私と、大学生としての私は、本来異なる場にいる人間であって、混同しすぎてはいけないことは分かっている。ただ、授業とトレーニングが同じ部屋で行われるような生活を、数ヶ月ずっとやってきたからであろうか、どうしても混同してしまうのである。なのでここでは、異なる論理を混同した、ちょっと突拍子もない意見を述べたいと思う。


 

私は今、卒論構想の佳境を迎えている。テーマはなんとなく定まり、読むべき文献もなんとなくはリストアップできてきた。熱意が足らず、まだ全然読み切れていないのだが。そしてそのテーマというのが、「生活保護受給者に対する偏見」だ。こういった部の公式な場で、社会問題について具体的に言及することが煙たがられるのは承知だが、なにせ今回のリレー日記はとにかく「混同」をしようと決めているので、あえて具体的に言わせてもらった。


 

先行研究に目を通していると、生活保護などをはじめとする社会保障を受けて生活をされている方に対して、「自己責任」という言葉を投げかける世論があることを、とても痛感する(もちろんケースバイケースではあるが)。この自己責任論は果たして正しいのだろうかと、私は引っかかるところがあるのだが、中には割と引っかからずに、「まあ自己責任だよなぁ」と納得する人もいると思う。おそらくそう思う人は、やる気と能力さえあれば、人は何にだってなれる、何だってできるんだ、と考えている部分が、多少なりともあるのではないだろうか。


 

少々乱暴な議論かもしれないが、上記のように、頑張れば夢は叶う!という論理は、スポーツにおいて多いように思う。このこと自体を私は否定したいわけではない。というかむしろ、そういう論理が、スポーツのレベルを上げていくし、スポーツを面白くしていくと思う。たとえば人よりも筋肉がつきにくいとか、人よりも運動神経が悪いとか、そういうことを言い訳にしていてはスポーツは面白くない。そういった逆境や、苦難や、どうにもならなそうなことから逃げず、自分にベクトルを向け続けていくことが、アスリートには求められる。「できないんじゃない。やるんだ。」と熱意を持って取り組むこと、これがスポーツをやる上で最も重要なメンタリティだろう。


 

さらにスポーツでは、勝つことは正しい。なぜなら勝利とは、正しい努力の結果だからだ。勝てなければ何が悪かったのか反省するし、皆勝利を目指して日々取り組む。何ら不思議のないことだ。


 

でもふと考える。スポーツをひとたび離れたところ、たとえば私がこれから研究対象にしていくであろう貧困問題の世界などでも、それは正義だろうか。とんでもない議論の飛躍であることは百も承知だが、ふと考えてしまう。言い訳せずに日々戦い続けろ、そして勝利を目指せ。負けたのなら、何が悪かったのか考えろ。自分にベクトルを向け、向上心を持って改善に努めろ。こういった論理がもしスポーツの世界を飛び出して、世の中一般の正義として捉えられるようになったらどうだろうか。


 

そのようなスポーツの論理の中で青春の多くの時間を過ごしてきた私は、おそらく社会に出ても、「ラグビーやってた人」だとか、「体育会系」というレッテルを多少なりとも貼られて生きていくだろう。でもだからといって、まるでスポーツの試合のように勝ち負けがハッキリしていているような世界を生きたいとは、私は絶対に思わない。勝ちでも負けでもないようなことがこれから何度も何度も起きて、自分にベクトルを向けるだけじゃ乗り越えられないようなことが何度も何度も起きると思う。そんなときでも、アスリートのように困難に立ち向かう強さを求められるのだとすれば、何だかとても生きづらいなと思う。


 

だから結局、スポーツはスポーツなのだ(自分で「混同します」と言っておきながら、結局「混同しちゃいけない」という結論になってしまった)。スポーツが世の中に与える影響は、本当に大きいと思う。アスリートはこれまでも、そしてこれからも、勇気を与え続ける存在だろう。でも誰もが彼らのように強くはないし、もっと言えば彼らも、私たちが思うほど強くはないと思う。私たちラグビー部は、今「強くなろう」としている。でも「強くなろうとする」ということと、「強くなくてはいけない」ということは、全く違う。弱いから、強くなろうとするのだ(そもそも東大ラグビー部は弱い)。根底には弱さがある。そしてその弱さが露呈することもある。それはスポーツの面だけではなく、世の中一般に言えることではないかと思う。だから弱さを認められなかったり、弱いものを否定したりする人間であっては、絶対にいけないと思う。勝者と敗者がいるのなら、敗者への最大限のリスペクトを。自らをエリートだと思うのなら、そうでない人への最大限のリスペクトを。分かっていても、なかなかできないことだ。

 


ここまでなんだか、スポーツを否定するようなことを書いてきてしまったが、そんな意図は全くない。私はやっぱりスポーツが好きだし、ラグビーが好きだ。それは多分、ラグビーが楽しいからだと思う。ラグビーは、勝っても負けても楽しいと思う。ただ、何もせずとも負けることはできるが、何かしないと勝つことはできない。せっかくやるのなら、何かしたい。だから私は、勝ちたい。

 

お前はスポーツ選手だろ、そんなことは勝ってから言え、と思われるかもしれない。しかし少なくとも東大ラグビー部は、「勝った者にしか発言権がない」組織ではない。私はそう思っている。だからこういうことが言える。素晴らしいことだと思う。


 

次は、センターパートで唯一清潔感のある廣瀬にバトンを回します。廣瀬とリモートで会うとき、毎回同じ服で、毎回同じ背景のような気がして、もしかしたら同じ動画をずっと流し続けているだけなのでは?と疑ったことがあります。

幸せについて

 written by 財木 一多 投稿日時:2020/07/26(日) 00:36

高校の後輩にあたる西久保からバトンを受け取りました財木一多です。
西久保との公式戦は高三の時の一試合だけだったので、彼が東大に合格したときは凄く嬉しかったのを今でも覚えています。
彼には高校時代、右足でしかステップを切らないことを見抜かれたので左での練習もしてきました。笑
この一年間は多少できないことがあってもまだ一年だからと言い訳をしてきましたが、これからは西久保を含めた後輩に負けないように頑張らないと、という気持ちでいっぱいです。

早いものでコロナウイルスにより部活ができなくなってから4か月が経ち、気づけば怪我からは一年が経っていました。
このコロナ期間、自分にとっての「幸せ」とは何なのか考えることが多かったので、今回はそれについて書いてみようと思います。

僕はタナトフォビアです。
タナトフォビアというのは死恐怖症のことで、恐らく多くの人が一度は死を怖いと思った経験があると思います。
僕はそれよりもほんの少しだけ恐怖を感じやすい、というものであって、高所恐怖症とか集合体恐怖症とかと系統としては同じ様なものと思っていただけるとわかりやすいと思います。
この症状は物心がついたときからあり、夜寝る前に自分の心音を聞くだけで死が連想され、パニックに陥ってしまい、飛び起きて母親に泣きじゃくるということがよくありました。
死を連想してしまうため歴史を学ぶことが嫌で理系を選んだということもあるので、どういった症状なのかはおおよそわかっていただけると思います。
そんな「死」という漢字の部首が「いちたへん」なのはなんとも皮肉なものですよね笑

そんな僕にとっての「幸せ」というのは「死について考える暇がないほど充実している」ことです。
どんなに毎日が忙しくても終わってしまえば、あのときは充実してたな、と思えるので、なるべく辛い選択をするようにしています。
たとえ辛くても、充実してないが為に起こる発作で眠れないことより辛いことは無い気がします。
友達にドイツ語と運動会だけは大変だから止めておけと言われた僕がその両方を選んだのはこれが理由です。
彼には心から感謝しています笑

そもそも幸せというのは相対的判断でしかないとも思います。
コロナ期間つまんないな、不幸だなと思うのは夢中になるものがない(=暇である)のに加えて、今までの幸せだった「普通」の生活を送れていないから、相対的に不幸に思えてしまうのだと思います。
以前、部で行っていたUpDate日記はコロナ期間を普通の生活の延長として捉えるうえで助かるもので、幾分かやる気を出すことができたように思います。

僕の周りにはタナトフォビアを抱えている人が数人います。
双極性障害に悩む友達や自分が性的マイノリティであることを悩む友達、睡眠障害に悩む友達や他の言語を話せるようになればなるほどアイデンティティがわからなくなったと頭を抱える友達もいます。
僕を含めたその人たち全員が「普通」に憧れています。

時折、イギリスに行くことなく地元の中学に進学し、高校・大学と無理のない程度の努力で進学して「普通の生活」を送れていたらと思うことがあります。
僕の今の交友関係は開成時代の友達、駿台の友達、そして東大の友達で、所謂高学歴と呼ばれる層でのみ僕の「世間」が形成されています。
お陰様で東大だからと褒められることも無く、自分が優れていると自覚できるどころか、むしろ劣等感を抱くことの方が多いです。
最近も高校同期と会いましたが、ESだのガクチカだのと就活の話を色々と聞きました。
今までどの大学に行ったかで競っていたことが、今度はどこに就職するのか、その次には年収はいくらか、誰といつ結婚したのか、とこれから先も競争は続いていくのだと思います。

そんなときによく中学の英語の先生の言葉を思い出します。
その先生は、
「普通という単語を使うな、君の普通と僕の普通は違う」
と教えてくれました。
7年経った今でもこの言葉に救われることがあります。
こういうときの苦しさ・辛さは、ほとんどの場合「理想」と「普通」の区別ができていないからです。
つまり、普通出来るのに何で自分はできないのか、ではなく、
出来ることが理想であるのにどうして現実じゃできないのか、という理想との乖離が原因であるということです。
一見何の問題も無さそうな人でも何かしらの問題があってそれぞれの幸せがあって、それが本当の意味での「普通」なんだと思います。

今後も競争の中に身を置くことは避けられませんが、暇よりかはいいかという気持ちで進んでいこうと思います。
ゴルゴ松本という芸人が昔、
「無難な人生よりも難のある人生の方が人は幸せだ。だから人は『有難う』と言う」と言っていたように僕も難のある幸せな人生を送りたいです。
今後は今まで以上に色んな人に裏切られたり苦労をしたり、挫折も味わうと思いますが、一多の一の字のように真っすぐ誠実に自分を貫けられたら僕は幸せです。

次はセンターパートリーダーの倉上さんにバトンを渡します。
倉上さんには部活が辛くなった時に川端さんと一緒に相談に乗ってくださいました。
倉上さんの、何も考えてないような優しさの権化みたいなところが大好きです。
コロナ期間の倉上さんは徹底して自律しており最後の一年の重みがひしひしと伝わってきます。
倉上さんを含めた4年に今年はプレイで恩返しできるように今後も邁進していきます。
 
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三鷹寮ガイド
2020/08/02(日) 12:10
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