ラグビー部リレー日記

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ピンチとチャンスは漢の花道

 written by 財木 一多 投稿日時:2022/12/06(火) 19:18

“漢”の代名詞でもある笹俣からバトンを貰いました、財木です。
ささは日記からも分かるくらい熱くてカッコいい漢です。
ささからスクラムの組み方、難しさ、面白さ、全部教えてもらったと思う。
スクラムの最前列でいつも身体を張ってくれてありがとう。
滅茶苦茶かっこよくて頼もしい。

去年の立教戦後、大西さんと杉浦さんに呼び出されFWの転向を伝えられたときから、今日まで丸一年近く経っている。
FW転向した当初は毎日が全部新鮮だった。
今まで指をくわえて見ているしかなかったモールディフェンスに参加できた喜びもあったし、スクラムやラインアウトでトライを取れた時の喜びは今までの何倍もあった。
フロントのカッコよさに痺れたし、少しでも力になりたいと今でも思ってる。

そんなFWとして迎える最後一年が始まるとき、「突破口」というスローガンを自分の中で掲げた。
自分のチーム内での立ち位置を考えたときに、自分からアタックで盛り上げたい、
相手のディフェンスを自分から崩したい、突破口を開きたい。
そういう想いでこのスローガンを掲げた。

春先の頃はわりと上手く行っていたように思う。
BBCとかCCとか辛い練習に比べて試合は楽しかったし、自分も活躍できてうれしかった。
主将副将が不在でも勝ててたことが自分の自信にもつながった。
自分の役割を、完璧ではないものの果たせてる実感があった。

ただ夏以降自分の中でどうしたら上手く行くのかがずっとわからない。
対抗戦中もずっと悩んでいた。
どうして上手く行かないのかわからないし、どうして上手く行っていたのかもわからなかった。
最近廣瀬とそういう話にもなったけど、上手く行ってる時は上手く行ってることに無自覚だし、思い返しても要因がよくわからない。
自分のジャーナリングと試合を見返して、次はこういう目標で試合に臨もうと自分なりに試行錯誤をしたと思う。
でも結局対抗戦7戦で自分の満足のいく試合はなかった。
がむしゃらにやればやるほど空回っていくのが空しかった。

自分自身の置かれてる状況すら突破できていない。
ムラのある選手で、首脳陣も使いづらかっただろうなとは正直思う。
23歳にもなって、こんなにも自分のプレーを反省したりするとは思わなかった。

最後のリレー日記だから華々しい4年間を振り返りたかったけど鬱屈とした文章になっちゃいました。
それでもこの4年間は嘘偽りなく楽しかったです。
できることも少しは増えたし、今まで話すこともなかったような考えの人と喋ったり。
何人かは減っちゃったけど、一番人数の多い学年で楽しかった。
多分ラグビー以外でもこういった悩みができていくんだろうなと思いつつも、そのときもまた周りの手を借りながら解決出来たらなと。

次はごたつにバトンを渡します。
浪人期からの付き合いで、いい意味でドライで淡々としているごたつには色々と相談したと思います。
いつも汗で濡れてるくせに、水に濡れることが世界一嫌いとか、
「アホじゃん」に「天才だから」と返すのは治した方がいいと思う。

ぶのぶぶん

 written by 笹俣 凌 投稿日時:2022/12/05(月) 16:16

​​​​​​ 河内から日記を引き継ぎました、4年PRの笹俣です。彼とはこうして紹介をし合うのが思わず照れ臭いと感じてしまうほどの仲で、4年間で最も多くの時間を共に過ごしました。お互い元々寡黙なタイプなので、ここでは普段はなかなか言えないようなことを言わせてもらいます。ありきたりなことばではありますが、今まで本当にありがとう。そして、これからもよろしく。


 「なぜ東大ラグビー部にいるのか」

 そもそも、高校時に東大を目指した理由は東大アメフト部(Warriors)に憧れがあったというのが大きかった。中学・高校と野球を続けていたが、部活の4つ上の先輩が2人、東大アメフト部に入部し活躍しているという話を聞いた。東大に入って未経験のスポーツに身を投じ、およそ東大生には似つかわしくない体格になって私大を相手に奮闘している姿は、自分の目にはあまりにかっこよく映った。自分も運動部に入って、先輩方のように文武両道を成し遂げたいと考えるようになった。

 1年の浪人を経て、無事東大に合格した。高3で10キロ増やし、浪人時には週2~3で24時間ジムに通いながらさらに10キロ増量した。そのため、入学当時は既に90キロあり(今思えばあまりよろしくない太り方ではあったが)、新歓ではアメフト部や柔道部など、「大きな」人が活躍できるような運動部から多く声をかけていただいた。同クラに現主将の國枝、また上クラにルーシーさん、イシケンさんがおり、ありがたいことにラグビー部からも熱烈に勧誘いただいた。しかし、アメフト部の例の先輩2人にもお会いし、良くも悪くも自分の決意は揺らぐことはなく、かなり早い段階でアメフト部への入部を決意した。

 しかし、入部して早々、病んでしまった。東大生に多いいわゆる五月病で、原因は受験のストレスと大学という新しい環境への変化だった。一応断っておくが、アメフト部が原因では全くない。おかけで3ヶ月近く体調を崩してしまい、授業にも部活にも行けなくなってしまった。8月の頭から部活に復帰したものの、周りの1年生は既に身体的にも技術的にも成長しており、仲の良いグループもあるような感じだった。自分だけ取り残されている気持ちがあり辛かったが、まだまだ選手としては挽回できると思った。しかし同時に、理由がどうであれ、3ヶ月も休んでしまったことで失った仲間への信頼はどうやっても取り返せないと思った。苦渋の選択ではあったが、これ以上は部に迷惑をかけれないと思い、退部を決意した。

 しかし、文武両道を体現したいという夢はまだ消えていなかった。できることならどこかでスポーツを続けたい。そこですぐに思い浮かんだのがラグビー部だった。今考えれば身近に3人もラグビー部員がいるなど、縁がありすぎたのだ。8月末、すぐに練習を見学させていただいた。一人一人が熱い思いを持っている魅力的な集団だった。ルーシーさんがニヤニヤしながら言った。「お前は戻って来ると思ってたよ」。まさにその通りだった。

 「東大ラグビー部で何を学んだのか」

 未経験で、しかも途中入部。経験者との実力の差に焦りを感じつつも、逆にこれでレギュラーを獲れたら見返せる、という気持ちが常に自分の中にあった。毎練習後に教えてもらったこと、気付いたことをノートに書き留めた。技巧派でも頭脳派でもなかったので、身体と気持ちでとにかくがむしゃらにプレーすることを心がけた。1年生のシーズン末は急激な増量が祟って脛の骨を疲労骨折してしまった。おかげで半年近くのDL生活を余儀なくされた。

 しかし、2年生の前半はコロナ禍真っ只中で部活も自粛期間だったので、幸いにも他の選手との差を離されずに済んだ。2年生の秋、大きな転機が訪れた。同期の1人が部を辞めてしまったことがきっかけでLOからPRへコンバートしたのだ。スクラムはもちろん相手によって組み方は変わるが、それ以上にいかに基本に忠実に組めるかが大切だった。不器用な自分でも武器になると思った。その年はたまたまリザーブ入りすることはできたが、明らかに実力不足だった。他の選手の陰に隠れて試合を終えることがほとんどだった。

 3年生になって、またしても思いがけず、3番PRが自分1人しかいなくなってしまった。この頃からチームを代表して戦うことの責任を考えるようになった。スクラムは強力なバックファイブのおかげもあり、少しづつ形になっていった。リーグ戦績は目標には届かなかったが、相手をドミネーションする大西さんのラグビーを少なからず体現できた、個人的にも実りの多いシーズンだった。特に創部100周年を記念した秩父宮での京大戦の記憶は一生忘れないだろう。

 ラストイヤーはフロントパートリーダーをやらせていただき、至らない部分も多々あったと思うがなんとかやり遂げることができそうでひと安心だ。スクラムやモールで相手を圧倒する場面が増え、個人としてもフィールドプレーで少しづつ存在感を示せるようになった。対抗戦全勝というチーム目標は叶わなかったものの、全体で3位というあと一歩の成績を残せた。

 初めの話に戻るが、文武両道を成し遂げられたかどうか(ここでは「『武』の部分」)の答えは、引退までまだ1ヶ月弱あるので持ち越しておきたい。それに自信を持ってイエスと答えられるように、残りの期間はラグビーに全身全霊で取り組みたい。名大戦・京大戦で自分が今までやってきたことの証明をしなければならない。

 ただ一つ確かなのは、病んでいなかったら僕はおそらく東大ラグビー部にはいなかっただろう。しかしこの転機は結果として、他では代えられないような経験をもたらしてくれた。かけがえのない仲間。1人のラガーマンとして、それ以前に1人の人間として、いかに困難に立ち向かうのか。勝負に勝つということ。負けるということ。ラグビー部では、あまりにも多くのことを学ばせていただいた。この4年間を経て、性格が変わった、と度々言われることがある。冗談抜きで、人間的にも一回りも二回りも大きくなれたのだと思う。今まさに転換期にある東大ラグビー部には間違いなくその環境がある。

 書きたいことを書こうと詰め込んだら冗長なリレー日記になってしまったことをお許しください。最後にお世話になった方々にお礼を伝えてこのリレー日記を締めようと思います。

 同期。思い出すと恥ずかしくなるほどイキっていた途中入部の俺を温かく受け入れてくれたこと、本当に感謝しています。人数が多いために、ややまとまりのない代ではあったかもしれませんが、23人一人一人が自分の目標・やりたいことに向かって突き進む姿はとても刺激になりました。

 家族。部活が忙しいことを理由に家の手伝いをサボるなど、多くの迷惑をかけました。それでも日頃から応援をし、試合にも足を運んでくれてありがとう。家族の支えのおかげで部活を続けることができました。

 多種多様な先輩・後輩とは濃い時間を過ごせました。大西さん・青山先生をはじめとするコーチ陣の方々からの教えは深く心に刻まれました。OB・OGの方々の強力なバックアップのおかげで恵まれた環境でラグビーをすることができました。彼女は自分を最も応援してくれた存在で、試合を観に来てくれるたび力がみなぎりました。皆々様、4年間本当にお世話になりました。ありがとうございました。


 次はラストイヤーでFWに転向した財木に日記を引き継ぎます。僕が個人的にチームで1番のトライゲッターだと思っている財木ですが、彼なりの苦悩も多々あったことでしょう。彼は僕がラグビー部に転部してすぐ、右も左もわからないときに、特に声をかけて力になってくれたのを覚えています。困っているときの財木の存在は頼もしいの一言です。

感情の財産

 written by 河内 拓仁 投稿日時:2022/12/04(日) 19:00

いつの間にか現役部員で唯一の同郷となってしまった彬からバトンを受け取りました、河内です。
確かに最近、彬君の家で観葉植物に囲まれながら漫画を読み非常にリラックスした時間を過ごさせてもらっており、悔しいですが負けを認めざるを得ません。
今年はS&Cセクションのリーダーとして色々任せっきりにしてすいませんでした。部活が終わったらまた一年生の時みたいに一緒にウエイト行きましょう。

中一の春に、ラグビー部に興味を持っていました。偶々地元の中学校にはラグビー部があったのですが、入学してどの部活に入ろうかという時に、小学校までやっていたサッカー部と、何となくやりたかったラグビー部とで迷いました。担任の先生がラグビー部の顧問で、よく「One for all, All for one」がどうのという話もしていたのでそれもあるかもしれません。一週間の体験入部期間があり、両方の部活を体験しようと思っていたのですが、何となく先にサッカー部の体験に行きました。すると先輩に丸め込まれそれから毎日通わされ、結局一度もラグビー部の体験に行くことなくサッカー部に入部してしまいました。グラウンドの反対側で泥まみれになりながら楽しそうに楕円球を追いかけている集団のことが若干気になりつつ、中学を卒業しました。

高校では部活にしばらく経って行かなくなってしまい、他に特に力を入れる活動があるわけでもなく単調な日々を送りました。このこともあり、大学に入学して様々なサークルの新歓を見ていると中学時代の充実した生活や部活を通してできた仲間との絆などが恋しくなり、運動部に入ることを考えました。ラグビー部の新歓パンフレットを読むとラグビー未経験で入部する人も多いとも書いてあり、中学の時は行けなかったラグビー部の体験に行ってみようと思いました。ラグビー場に着くと、意味がわからないくらいデカい人ばかりでした。先輩はともかく新入生も経験者や高校でバリバリ部活をしていた人が多く、高校でろくに運動していなかった自分がやっていくのは無理に思えました。しかし、ラグビーをやってみたかったのと、一見無理に思えるからこそ4年間努力してどこまでいけるのか試してみたい気持ちもあり、入部しました。

入部してすぐ、考えが甘かったことに気づきました。練習はキツくついていくのがやっとで、いつまで経っても先輩に追いつけない気がしました。自分の努力は甘く、もっと厳しい努力をしている人がいくらでもいました。身体にも限界が来て、夏の終わりには疲労骨折をしました。DLにいる間に他の同期はメキメキと力をつけ実戦経験を積み、自分は大きく遅れをとりました。試合でまともにタックルすることもできないまま1年生のシーズンが終わりました。2年生になりシニアとして上級生に混じって練習するようになると、実力不足を直に感じる日々が続きました。
口に出したことはないのですが、苦しい時にはいつも部の人たちに救われていました。毎日アドバイスをしてくれて、僕がいいプレーをすると他人事なのに喜んでくれる先輩方。お世辞でも自分のことを目標(通過点)だと言ってくれる後輩。そしていつも一緒に頑張ってきた同期達。皆さんのおかげで練習に出続けることができました。

3年生の春シーズンには初めてスイカを着ることができ、またチームの勝利に関わることができました。努力が少し実った気がして、それまでやってきてよかったと思いました。
4年生として迎えた今シーズン開始時、ロックからフロント(1番)に転向しました。増量や1年間でスクラムが組めるようになるかといったことが不安で、最初國枝に話を聞いた時ははっきりした返事ができませんでした。1番として初めてスクラムを組んだ時、相手の3番に何もできずボコボコにされどんな工夫をしても全く改善できず、対抗戦に間に合わないのではないかと焦りましたが、色々な相手と組ませてもらい修正を繰り返す中でだんだんと形になっていきました。少しずつ勝てるようになっていったのですが、相手を押し切り、後ろを振り向いてロック、バックローと共に全員で喜びを分かち合うあの瞬間がとても好きでした。最後の年にフロントというポジションに出会えて本当によかったです。
結局今シーズンの対抗戦では1番のリザーブに入り、出場時間は長くないものの多くの試合に出ることができました。一つ一つのトライ、勝利がチームの4年間の集大成として心の底から嬉しかったです。一方で負けた時には4年間が否定されたような喪失感に襲われ、結果が重くのしかかりました。

 4年前の自分は正直無理な幻想を抱いていたのかもしれません。努力を突き詰めれず、対抗戦にスタメンで出ることはできず、チームとしては入れ替え戦に出場できませんでした。努力が全てを可能にするわけではないと思います。しかし、一つ確かなことがあります。それは、今年様々な場面で味わった感情はどれもラグビー部での自分なりの努力があってのものだったということです。スクラムで勝った時やチームが勝った時、そして負けた時。心の底から震えるようなあの感情はこの4年間でなければ人生で決して味わうことのなかった財産だと思います。

最後になりますが、監督、コーチ、OB/OGはじめ関係者の皆様、4年間大変お世話になりました。またチームの皆さん、僕を受け入れてくれてありがとうございました。4年間楽しかったです。両親には感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。

次は、今年一年対面でスクラムを組み続けた笹俣にバトンを渡します。
いつも一緒にいる彼と毎練習バチバチスクラムを組むことに最初は戸惑っていましたが、むしろ仲が深まってホッとしていました。
どれだけ荒れたスクラムを組んでも練習後に一緒に振り返りをしたあの時間が好きです。
 

瀬をはやみ

 written by 佐藤 彬 投稿日時:2022/12/03(土) 19:00

五島からバトンをもらいました、佐藤です。彼は僕がお願いした学館委員の仕事を嫌な顔せず最後までやってくれるのでありがたいです。彼のことは入部するときにプレーヤーを選択していた世界線での自分だと思って応援していましたが、最近になって彼がスイーツやカフェ巡りなどが好きだという新たな一面を知って、僕の中でできていたピュアな彼の像が崩れてしまいました。

彼のためにトレーニング室で時間を使った人は他にもたくさんいると思うので、全員の時間と労力と想いを背負って頑張ってほしいと思ってます。

 

1番最初に書いたリレー日記の題名を「木綿のハンカチーフ」にした時から、題名は曲名や歌詞から引用しようと決めました。あまりにも内容と合っていないのも、単に曲名を取っただけでも、つまらないと思っていろいろとクンカクンカしながら考えるのが楽しかったです。最初こそメジャーな曲

(「木綿のハンカチーフ」太田裕美、「だんご三兄弟」、「天体観測」BUMP OF CHICKEN)

を使っていましたが、後半になるにつれて自分の趣味が顕著に現れる選曲で説明しないと伝わんないなと思っていたので、ここで何を使ったか説明して3年前の無謀な縛りを作ってしまった自分を供養したいと思います。

「Santa Tell Me」Ariana Grande、「世界の秘密」Vaundy、「トモダチ」ケツメイシ、「House」Lucky Kilimanjaro、「earth meal feat. asmi」Rin音

 

広義で解釈すれば和歌も歌の一つになるのでしょうか。
 

瀬をはやみ 岩にせかるる 瀧川の 割れても末に 会わんとぞ思ふ
 

この歌は百人一首という平安時代ベストアルバムにも収録されています。この歌がオチに使われている落語の演目もあります。現代語訳は

「川の瀬の流れが速く、岩にせき止められた急流が2つに分かれる。しかしまた1つになるように、愛しいあの人と今は分かれても、いつかはきっと再会しようと思っている。」

恋愛の歌と解釈されますが、作者の崇徳院の悲しい人生を踏まえればこのたった十数文字に自分の人生を重ねたのではないかと歴史ファンが想像できる余地がある好きな歌です。色々書いていますが、僕は和歌はこの歌しか知りません。この歌を知っていれば和歌も、歴史も、落語も知っているような顔ができるのでコスパがいいと言えるでしょう。おすすめの歌です。

 

思い返してみると今に繋がってるなという経験がある。思い出せないくらい小さい頃、僕は地元の駅で何時間でも電車を見ているような子供だったらしい。乗るわけでもなく駅構内から電車が行き来するのを見ていたそうだ。少し大きくなって砂遊びする時、高く盛った山の上から水を流して川を作るのが好きだった。どこへ行くかもわからない水の道に、顔をギリギリまで近づけて砂がけづり取られていく様子を見ていた。兄たちはサッカーが好きだった。地元のサッカークラブが優勝を決めた瞬間のことを覚えている。バカでかいスタジアムに満杯のサポーターが入る。よく知りもしない赤の他人と一つになる瞬間の熱気、振動を全身で感じた。父は車が好きだった。ゴーカートで車の運転の仕方を教えてもらった。小5のとき、クラスのスローガンはスクラムだった。高校時代ラグビー部だったその時の担任の先生とは、休み時間にタグラグビーをした。小6のとき初めてゲームを買ったシムシティというまちづくりのゲームだった。中学の時、4年後のラグビーのワールドカップが日本であることを知った。豊田スタジアムでも試合があるらしい。今のうちからルールを覚えなくてはとたまたまテレビでやっていた日本対南アフリカの試合を見た。高校の部活の顧問は高校の時ラグビー部で物理の授業の時に必ずラグビーの話をしていた。大学に入学して初めて話た東大生がラグビー経験者だった。サッカー好きの兄たちに対抗して自分はラグビーに詳しくなろうとラグビー部を選んだ。大学の授業でシムシティのような研究している学科があることを知った。研究室を選ぶとき、研究室紹介の遊んでいる様子の写真の中にゴーカートをしている写真があって久しぶりにやりたくなって研究室を決めた。人気の研究室だったけど、噂では部室が研究室に近いという理由で僕を選んでくれたらしい。研究テーマは地中の水の道を調べることになった。まさか大学生になって土いじりをすることになるとは思わなかった。
 

将来のことを考えて行動するのが苦手で、その時やりたいこととか、好きなことを選んでやってきた。電車を見ていたこと、砂遊びをしていたこと、ゲームが好きだったこと、担任の先生の高校の時の部活、父の趣味、出会い。そういう些細なものが今の自分の伏線になっていると思う。

正直、ラグビー部での4年間は、大変だった印象が強すぎて、こういうことを学んだとか、こういう面で成長できたとか客観的にまとめると逆に嘘になっちゃうのではないかという気がしてまだできない。まだ3週間くらいあるし。でも、将来振り返ったときこの部での出来事が、今に繋がってるなって思えるときが来たらなと思います。

瀬をはやみ 岩にせかるる 瀧川の 割れても末に 会わんとぞ思ふ

歌の解釈は人それぞれなので「いろんな出会いや経験が、いろんな分野への興味がいずれ将来の自分につながっていて欲しいな」と解釈することもできるのではないでしょうか。さすがにできなそうです。


最後になりますが、部活に関わってくださっている関係者の皆さん本当にありがとうございます。1年生の頃から3年間S&Cコーチとしてご指導いただいた林さんには、多くのことを教えていただきました。一番影響を受けている僕たちの学年が今シーズンいい試合ができたのは全部林さんのおかげだと思ってます。太田さんには、4年間常に道を示していただきました。太田さんがいなければ適当に部活をして、こんなに辛い思いをしなかったのかなと思っちゃう時もありますが、楽しさを知ることもなかったのかと思います。足元にも及ばない無能な後輩でしたが、僕なりに頑張っていたので許してください。飯奢ってください。両親には、年末帰ったときに直接ありがとうをいいます。大学生の私生活に保護者が関わってくるんじゃないよと思って碌に説明もせず、いろんなことを理由にバイトをせず生活費を稼ぐこともせず、ひどい息子ですが、何も言わずに援助してくれました。将来お金が貯まったら、インテリアのこと詳しくなりつつあるので、家のリフォーム監修します。同期や後輩のみんな、特にS&Cセクションの人たちには迷惑をおかけしました。すぐに機嫌が悪くなるし、仕事は遅いし、とてもリーダー向きな人格ではなかったのは自覚しています。自分たちで課題を見つけて解決していくことの面白さを忘れずに頑張ってほしいなと思います。


 

次は東大ラグビー部の特徴として挙げられる、ラグビー未経験者の枠、代表格、河内にバトンを渡します。地元も近いし、家も近いし、最初から仲良くさせてもらいました。1年の時からウエイトを真面目にサボらずやっていて、今では最強になってほんとにすげえなって思ってます。

1年の時、「家に観葉植物置きたいんだよね」と僕が言ったら、「あきらの家は汚すぎるからダメだよ」と言ったのを覚えているでしょうか。今は、僕の家は綺麗になりました。観葉植物も置いています。河内は漫画を読みにうちに来ますが、これは僕の勝ちってことでいいですか?

皆さんへ

 written by 五島 隆真 投稿日時:2022/12/02(金) 18:52

ラグビー部で唯一同い年のノブからバトンを受け取りました、五島隆真です。コロナ禍で部活がない時に僕のlineスタンプを作ってくれたことが懐かしいです。いつかお礼します。僕のネタはそろそろみんな見飽きていると思うので、今度二人でショートコントでもしましょう。ネタは僕が作っておきます。皆さんお楽しみに!



今サッカーの興奮さめやらぬままリレー日記を書いています。日本代表の三笘選手と田中碧選手は川崎市の鷺沼出身で、僕の家の近所です。同じ出身の同世代の人が世界で活躍しているのを見て大きな刺激をもらっています。次戦以降も活躍期待しています。



最後のリレー日記では、皆さんに感謝の気持ちを込めて一人ずつ簡単にメッセージを送らせていただきます。



まずは、来年から最上級生としてチームを引っ張っていく三年生へ。

池田 朝早く来てコンタクト練しているのを見ていつも刺激をもらっています。

岩下り DLからの復帰楽しみにしています。

鈴木 またスモブラしましょう。

関戸 いつも元気に挨拶してくれてありがとう。

手島 めっちゃ重いプロテイン運んでくれてありがとう。

西久保 強すぎてびびっています。

橋野 超能力持ってそう。

前川 ディベートやったら勝てる気がしません。

安富 声一番出して練習引っ張ってくれてありがとう。



次に、来年のチームの中核を担っていくであろう二年生へ。

池上 背中でかくてかっこいい。

磯崎り 普通に清潔感ある気がするのに変なレッテル貼られてかわいそう。

一木 笑顔がチャーミング。

稲村 イギリスでも瞬足活かして頑張ってね。

奥山 ロッカー近くてよかった。

小野 ランのセンスえぐい。復帰楽しみです。

倉橋 ちょっとダミアンマッケンジーに似ている気がする。

桑田 一年の時からすごいと思ってました。来年以降B3を引っ張っていってください。

佐々木 いつも走り回って笛吹いてくれてありがとう。

塩谷 スポーツなんでも出来そう。身長ちょっと分けてほしい。

清和 リレー日記でたくさん俺のこと書いてくれてありがとう。

田村 FLとSHの二刀流すごい。

辻し つじつじ ラグビーの知識詳しすぎる。

デイビス 仲良くしてくれてありがとう。

デル 日本に戻ってくるのが楽しみ。カナダでも頑張ってね。

二宮 ユーモアの塊。天才だと思う。

本多 黙々とトレーニングに励んでいてかっこいい。応援しています。

美浦 いつもスモブラ開催してくれてありがとう。

森田 医進すごい、おめでとう。

雪竹 荷物たくさん運んでくれてありがとう。

吉村 ラグビー未経験者の星として応援しています。



大きなポテンシャルを秘めている一年生へ。

石澤 色んなポジション出来てすごい。

石割 走行量多くてすごい。

磯崎ゆ トッポギ美味しかった。ありがとう。

片桐 未経験なのにセンスすごい。

工藤 リレー日記面白かった。

齋藤 キャラ濃いし、面白い。

猿渡 一緒に山中湖入ったのはいい思い出。

辻き 明るくて元気でいいね。

永安 BBCもウエイトもめっちゃ頑張っててすごい。

福元 俺も駒東の囲碁部入ればよかった。

細谷 下の名前かっこいい。

宮田 まつげんみたいになりそう。

領木 逸材。

鷲頭 4年生のアルバム作成ありがとう。

渡辺 身体能力高くて羨ましい。すごい選手になりそう。



M1の垣内さん これからは(も?)同期としてよろしくお願いします。





最後に、一番長い時間を共に過ごした同期へ。



伊藤 いつもドリンク運んでくれてありがとう。食事調査もお世話になりました。

岩下ひ 常にハードワークしていて尊敬してます。

鵜飼 ビデオいっぱい撮ってくれてありがとう。

榎園 SNSの投稿いつもありがとう。

大山 プレーがかっこいい。

河内 常に刺激をもらってた。尊敬してます。

河野 シンスプのテーピングしてくれてありがとう。

國枝 いつもチームのことを考えてくれてありがとう。

後藤 またいつか勝負しよう。

財木 後輩に慕われてて羨ましい。

佐川 今度飲みに行こう。

笹俣 敬語からタメ口になってくれてよかった。

佐藤 一年の時、一緒にウエイトしてたのが懐かしい。

杉井 5454 山梨合宿の後一緒に荷物探しにきてくれてすごく嬉しかった。

谷田 ストレッチ会で体柔らかくなりました。ありがとう。

玉代勢 また服買いに行きましょう。

内藤 サンウルブズ見に行ったの懐かしい。

中村 就活のやつ教えてくれてありがとう。

原 もしまた定期戦があったらよろしくお願いします。

平岡 人気すぎて嫉妬してました。

廣瀬 また一緒に因数分解しましょう。

松元 研究室毎日行ってて部活も早く来てて尊敬してます。

三方 FWをまとめ上げてて頼もしかったです。



以上、部員69名へのメッセージでした。何回か確認しましたが、万が一誰か抜け落ちていたらごめんなさい。



OB、OGの皆様 ご支援、応援誠にありがとうございました。今後の東大ラグビー部もどうぞよろしくお願い申し上げします。



振り返ってみると4年間のラグビー部はあっという間でした。ラグビー部を4年間楽しく続けてこれたのは、ラグビーというスポーツの素晴らしさ、そして何よりみんなのおかげです。ラグビーというスポーツに巡り合い、かけがえのない仲間に出会えたこと、本当によかったです。ありがとうございました。ついに引退まで残り3週間。できることは全てやり尽くして最後の京大戦に臨みます。



次は、S&Cやマネジメントなどで献身的に部のために頑張ってくれたあきらにバトンを渡します。授業のない時間にはわざわざトレーニング室に来てウエイトのフォームをたくさん見てくれました。トレーニング室で一緒に過ごした時間は彼が一番多いかもしれません。

 
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ぶのぶぶん
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感情の財産
2022/12/03(土) 19:00
瀬をはやみ
2022/12/02(金) 18:52
皆さんへ
2022/12/01(木) 15:11
おつかれさま

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