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ラグビー部リレー日記
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オワリはじまり
投稿日時:2026/10/12(月) 18:30
リレー日記も最後とのことで、我が故郷鹿児島について書いておきます。旅行の参考にでもしていただければと思います。
鹿児島に行く手段は飛行機、新幹線、車の3択です。結局車(レンタカー)で移動すると思うのですが、最初から車で行こうとすると福岡からも3時間弱かかります。ただ、飛行機も面倒です。ANAを使っても、SKYMARKを使ってもターミナルの端に鹿児島行きのゲートはあります。何なら基本的にバス移動、サテライトはようやく無くなりましたが、端に追いやられています。許せない。鹿児島空港に着いても市内へはバスかレンタカーのみなので残るは新幹線ですが、東京から8時間、博多からはトンネルまみれで電波の入らない中での1時間30分、実に遠いです。アクセスが悪すぎるので木村くんは中国と勘違いしているようですが、もう少し日本についてのお勉強を頑張って欲しいです。
さて鹿児島についたらまず桜島を見ることになります。山の上に明らかに見たことのない灰色の煙があったらそれです。日常的に噴火活動が行われ降灰の影響を受ける都市は珍しいらしいようです。噴煙が3000m超えると全国ニュースで騒がれますが、鹿児島県民からすると何も起こっていないのと同じです。ちょっと不快なぐらい。鹿児島に住んでいた時は火山灰や硫黄の匂い、桜島一周遠行のせいで嫌いでしたが、久しぶりに帰省した時にみる桜島は圧巻です。何と言っても美しい。2,3時間見ていられます。都会では忘れがちな自然への畏怖を感じます。市内から桜島フェリーで行くことが出来ますし、活火山を身近に比較的安全に見られるのでおすすめです。
曽木の滝もおすすめです。とにかくスケールがでかい。滝音を聞いていると心が安らぎます。熊本から鹿児島市内に向かう途中にあるので、車でお越しの方はぜひ立ち寄ってみるといいかも知れません。
また、知覧特攻平和記念館には必ず訪問してもらいたいです。いや日本人なら一度は訪れたほうがいいと思います。太平洋戦争中に特攻で亡くなられた方々の遺書や、特攻隊員が家族へ宛てた手紙が多数展示されています。まず驚くのが特攻隊員の文字の美しさ。楷書で希望に溢れた文字が並んでいました。また特攻で亡くなられた方の遺影も展示されています。全員希望に満ち溢れた若者、現代の若者にはない凛々しさがあります。国のために戦おうとする人からしか出ないオーラを感じます。
知林ヶ島の砂州や、韓国岳(からくにだけ)の大浪池などまだまだ観光地はありますのでぜひ行ってみて欲しいです。
次に何と言っても飯。鹿児島といえば肉、鳥刺しが有名かも知れませんが、生まれて18年間鹿児島で暮らしそろそろ22歳になろうとしている今でも僕は鳥刺しを食べたことはありません。ただスーパーの鳥刺しでも当たらないことはあるし、高級店でも当たることはあるそうなので自己責任で楽しんでください。僕は一生食べないと思います。鳥刺し以外の肉も美味いです。東京だとはるかに高くなる肉も地元だと安くて大量に食べられます。おすすめのお店は口頭でならお伝えしますので聞きに来てください。他にもさつま揚げやキビナゴ、鶏飯も有名です。キビナゴは美味しいらしいのですが、僕は嫌いです。他にもシロクマ発祥の店や、かるかん、などなど。芋焼酎も最高ですのでぜひ飲んで行ってください。
次は1年生の柴田千寛くんです。ムキムキです。
我が母校長崎東
投稿日時:2026/10/09(金) 18:40
二年の本間さんからバトンを受け取りました、一年の河野です。本間さんは、私と同じフォワードでよく一緒にロックとしてスクラムを組んでいます。過去に顔にできた傷からソルジャーと呼ばれているようですが、プレーしている姿はまさにソルジャーです。親しみやすく、尊敬している先輩です。
今回のリレー日記では、気になっている方も多いと思うので、私、河野と2年森保を東大ラグビー部に輩出した長崎県立長崎東高校(以下、長崎東)を紹介していこうと思います。
立地
長崎東は、長崎県長崎市の立山の標高約180メートルにある学校です。長崎市は山に囲まれており、山の斜面に家が乱立するくらい土地に困っているので、長崎の学校の多くは山の上を切り開いて作られています。山にあるだけあって景色がよく、教室によっては長崎の街並みと海を一望することができます。
歴史
1948年に開校し、私は77回生でした。公立ではありますが、実は2004年に中学が併設されたことで中高一貫になり、私と森保も中学から長崎東に通っています。公立なのに中高一貫なの!?といつも驚かれます。
校訓はない
長崎東は校訓がないのですが(なぜか校訓を持たないことを誇りに思っている節がある)、我が校の先輩である文芸評論家、山本健吉先生の言葉の一節
「ともに生き 倶に學び 偕によき世を創ることの 大いなる歓びに あふれ 今日もまた 明日もまた」
これをを大切にしています。各教室に、「偕によき世を創る」と書かれた紙が額縁に入れられてかかげられています。長崎東の生徒は皆、この素晴らしい言葉を胸に志高く学校生活を送っているはずです。
輩出した有名人
東大ラグビー部の河野太智、森保敬(奇跡の世代)
芸能人で言えば、バンド掛け持ちで有名のミュージシャン、川谷絵音、最近ドラマに引っ張りだこの俳優、前原瑞樹、などなど様々な有名人が輩出されています。
ドラマに出演
実は長崎東がドラマに出演したことがあります。それは、2024年に放送された「君が心をくれたから」というドラマで、主演は永野芽郁でした。永野芽郁演じる逢原雨が高校生活を送るシーンは我が母校で撮影されていました。放送されている当時私は高校二年生で、毎週先生も混じって考察を盛んに行なったものです。永野芽郁と共演の山田裕貴が我が母校に挨拶に来てくれた時は、学校全体がかなり盛り上がりました。
献身的な指導
長崎には大手予備校がほとんどありません。だから、受験の際には本当に高校の先生方にはお世話になりました。高三当時、東大志望だった私と森保は、最難関講座という、同志10人弱のためだけに開講された授業を受けていました。科目によっては、プライベートそっちのけで毎日のように添削をしていただき、本当に苦労かけたと思います。お世話になった先生方のおかげで今があると考えると、感謝してもしきれません。
以上母校紹介でした。
次は鵜木さんにバトンを渡します。私は高校時代センターをしていて大学でもセンターとして頑張ろうと思っていましたが、鵜木さんからフォワードへの熱烈な勧誘があり、今ではプロップとしてスクラムを組めるようになってきました。鵜木さんには、スクラムを基礎の基礎から教えていただきました。フォワードの楽しさを知れて、鵜木さんには感謝しています。
日常の余白~何もしない時間も悪くないSP~
投稿日時:2026/10/09(金) 11:08
一年の宮本君からバトンを受け取りました。二年の本間です。宮本君は新歓期から積極的に部に参加している期待のスタッフです。真剣にレフリーを学ぼうとしている姿は感心です。また会うといつも挨拶をしてくれて、僕の学部が決まった時は一緒に喜んでくれました。
今回はとある一日を日記形式で残してみます。いつか忘れましたが同期のてつが一行日記的なことをしていると聞き、素敵だなと思って断片的に取り組んでみましたがなにげない一日を振り返る良い機会なのでおすすめです。
10/3
早稲田との合同練があるため気合を入れて出発。電車にいる人を何気なく見てみる。眠い目をこすりながら参考書を見る学生、くたびれたスーツの社会人、何かのフェス?に心を躍らせている女性たちなど多様だ。私は肩幅広くて邪魔くらい思われているのかなと思いながら大学へ。
練習では活を入れられながらバッグにぶつかった。合同練は違いを見せつけられ改めてスポーツ界の天井の高さを知った。
少し萎えながら学食へ。ネギトロドン大ができたのはちいさな喜びだが、何となく逆張りしてやめた。学食に行けば当たり前のように同期がいてあーでもないこーでもない話をした。高校でもそうだったけどこういうのが部活で一番楽しかったりする。その中で森保が新宿御苑に行こうと提案していた。確かに東京では久々の晴れだし、亡くなった祖母がよく行っていた場所なので気分転換に行きたくなった。
新宿駅で降りる。やっぱり臭い。しかし御苑は想像以上に気持ちがよかった。おすすめの場所に行き芝生の上に寝転がる、陽光が雲間から差し込むとやや暑く感じるが、秋の訪れを感じさせるさわやかな風が心地よい。様々な物思いに沈みながら一時間が過ぎていた。老後みたいなことをしいていると思われそうだが、やっぱりこういうゆっくりした時間も必要に感じた。
シフトが減っていたため一コマだけ塾アルバイトに行き、お買い物をしに行った。高2からマラソンも共にしたランニングシューズが壊れてしまったためだ。高校生の時よく行ったサッカー専門店へ無事買えたが、店員さんに駐車券のご利用は大丈夫ですかと初めて言われ、ふと大人になったことを実感した。そして帰宅し最近はまっている大河ドラマを家族で見た。
明日はチェイサーズ戦でその後彼女に会う。楽しみだ。
次は一年の河野にバトンを渡します。長崎で健やかに育った彼は体重100kgで強靭なフィジカルを持ちB戦でたくさんの活躍を見せています。またちいかわのウサギのモノマネをするなど人懐っこい性格でよく話す後輩の一人です。
呼び名
投稿日時:2026/10/08(木) 16:26
古瀬さんからバトンを受け取りました、1年スタッフの宮本です。
古瀬さんは入部したての頃から何かと親切にしてくださっている優しい先輩です。
長い間DLにいましたが、ついに来月復帰される(予定)とのことです!
試合で活躍する古瀬さんを見れるの楽しみにしています!
さて、入部当初から気になっていることがあります。
それは、僕のあだ名というか呼ばれ方が人によってバラバラだということです。
ということで今回はこれまでの呼び名を紹介します。
・みやゆう
みやもとゆうま略してみやゆうです。中高時代の同期からの呼ばれ方です。同期にもう一人宮本がいたので、このあだ名になりました。個人的にはゴロが良く、一番気に入っています。新歓期に広めたいと思って胸の名札にもみやゆうと書いてはいましたが、新歓期にラグビー部の他、応援部や漕艇部をふらふら行き来していてラグビー場にあまり行ってなかった僕はあんまりこのあだ名で覚えられなかったみたいですね。
・宮本くん
なんとなく先輩からはこの名前で呼ばれがちな気がします。「くん」とついているところを見るになんとなくおとなしいやつだと思われてそうですね。全然そんなことないのですが、これはこれで気に入っています。なお広常さんだけは入部当初から宮本と呼んできます。
・番外編:少年
中高の部活の先輩後輩に呼ばれてた名前です。入部時(中学一年生)に身長150cm以下のどチビだったことからこのあだ名がつけられ、次第に後輩にも広がりました。完全になめられてますね。この間母校の文化祭に行ったら久々にこのあだ名で呼ばれて少しなつかしい気持ちになりました。
呼び方を統一して欲しいという気持ちもありつつも、結局呼び方がバラバラである現状に慣れてしましました。
一番下以外だったらなんでもいいので、呼び慣れている呼び方で呼んでくださればと思います!
次は見事、文科二類から経済学部へ進学なされた本間さんにバトンを渡します。
本間さんはソルジャーというかっこいいあだ名をお持ちのようです。
あだ名に似合った力強いタックルで、チームを引っ張っていってください!!
東大コンプレックス
投稿日時:2026/10/07(水) 19:18
テーピング練習に励んでいる姿が印象的なみくりちゃんからバトンを受け取りました、4年の古瀬です。みくりちゃんは天性のコミュニケーション能力の持ち主で、みくりちゃんがいる空間は不思議と雰囲気が明るくなる気がします。僕が人と話すときに意識していることは、良い聞き手になることです。
東大に入ってから、何かをするときのハードルが上がったように感じます。周囲からの期待や自分自身のプライドもあって、プレッシャーがかかります。世間では、こうした感覚が「逆学歴コンプレックス」と呼ばれることもあるらしいです。
僕自身、東大生という世間のイメージを自分の中に取り込み、それに届かない自分に引け目を感じることがあります。ある意味での「東大コンプレックス」です。10月に入って卒業まで半年を切り、東大生としての自分を振り返るタイミングが多くなってきたので、今回はそのことについて書こうと思います。
「東大コンプレックス」を最初に感じたのはいつか?元を辿ると、高3の3月、東大に合格してから割とすぐに感じていた記憶があります。よくテレビで見る東大生のような、世間で共有されている東大生像と、これから東大生となる現実の自分とのギャップがあまりに大きいものに感じられました。それまで東大生=すごい人と捉えてきただけに、自分がそのすごい人と思われるだけの能力や資格があるのか、憧れがプレッシャーという形で跳ね返ってきたのです。
入学後も、依然自分の中の東大生像と自分とのギャップは残ったままでした。3つ具体的に挙げてみます。
①東大生=教養人
文学・思想に造詣が深く、社会や時代に対する意見や批判を行っているという東大生像。なんとなく旧制高校や帝国大学のエリート学生のイメージに引っ張られてできたものだと思います。かたや自分は文学は全然わからないし、そもそも本や新聞を全くと言っていいほど読まない人間でした。背伸びをして文豪に手を出すけどリタイアするということが年に1回くらいあります。
②東大生=アカデミック
学問や真理の探究に対する情熱を持っているという東大生像。受験と研究は、知的な分野で正解(学問的な真理)を探究する活動という意味では共通する要素は多く、受験で優れたパフォーマンスをした者が、学問研究でも優れたパフォーマンスを発揮することを期待されることは往々にしてあるかと思います。少なくとも僕は学問を受験の延長線上に捉えていた節があり、(研究者になりたいわけでなかったのですが)なんとなく学問に対する自信と情熱を感じていました。しかし、実際に大学に身を置くと、周囲と比べて思っていたより自分に適性も情熱もないことに気づき、ちょっと残念な気持ちになったのを覚えています。東大生=アカデミックという枠組みに自分が漏れているかもという感覚はコンプレックスにつながりうるものでした。
③東大生=専門性
明確な自分の専門分野があり、豊富な知識や専門的なスキルを有している東大生像。例えば東大の数学科って聞くと、相手に対して「めっちゃ数学に詳しいんだろうな」と思います。東大の情報系の学科と聞くと「めっちゃプログラミングできるんだろうな」と思います(実際そうなのだと思います)。僕が東大法学部生と名乗った時、相手に与える印象と実際の僕の中身が合っている気がしません。めっちゃ法律詳しい人とか思われてたら困るなあ、全然そんなんじゃないのにと一人であれこれ考えてしまいます。また、僕は(よく言えば)広く浅くという感じで単位を取ってきたので、就活などで専攻・研究テーマといった1本の軸・ストーリーを求められるとドキっとしてしまいます(法学部は卒論がない)。150字程度で自分の専攻・研究テーマを記述する欄があったときには、埋めるのにとても苦労しました。
振り返ると、この「東大生像」は、誰かに押しつけられたものというより、他人からの評価に敏感な性格から、僕が自分の中で勝手に育ててきたもののように思います。
「東大生だから〇〇しなければ」で動き続けるのは息苦しいと思います。本当は東大生だからとか他人の目線とか関係なく「〇〇したい」で動けるのが健全なのでしょう。実際、東大生だからという理由で行動を決めている人は、周りにあまりいません。みんな、やりたいことをやった結果として、「東大生」という足跡が残っているだけです。
ただ、そう簡単に自分は変われませんし、残りは半年です。やりたいことが薄くて面倒くさがり屋な僕には、「東大生ならこうしないと」が背中を押してくれた面もあります。(例えば、文豪を読もうとした結果少し読書習慣がつきました)
東大生像に縛られすぎず、でもたまにはサボり防止のために参考にするといったような、適切な距離で付き合っていきたいものです。
次は、レフリー資格の取得に向けて頑張っている1年の宮本くんにバトンを渡します。よくホイッスルの練習をしている音が聞こえてきますが最近すごい上達しています。試合で笛を吹く宮本くんを見るのが楽しみです!
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