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ラグビー部リレー日記 2020/7
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主体性
投稿日時:2020/07/29(水) 19:33
ふと倉上さんのプロフィールを見たところ、東大ラグビー部の魅力が「主体性」と書いておられ、大変共感したのでそのことについて書きたいと思います。(倉上さんの定義が個々の主体性の高さなのか、組織としてなのかはわかりませんが。)
昨年の新歓の時、様々な部活やサークルが「うちの部は主体性があって~」「学生主体の運営~」などと謳っていましたが、いまいちその意味をわかりかねていました。
今年のラグビー部は4年生が中心となり様々なチームに分かれて活動していますが、僕が把握しているだけでも自粛期間中に以下のようなことをしていました。(大雑把過ぎて申し訳ありません)
練習:これまでの練習のまとめファイル作成や振り返りのミーティング
分析:試合のトライ分析まとめ・ミーティング
戦術:戦術テストやその解説動画の作成
S&C:トレーニングメニューの管理やzoomでのセッション、ストレッチポーズ課題や夜のストレッチ会
チームビルディング:部の交流を深めるためのレクやプレゼン発表会、東大ラグビー部のミッションについて
メディカル:活動再開のガイドラインを作成、毎日部員の体調(体温)管理
マネジメント:新しい試合前アップ用Tシャツ・セカンドジャージのデザイン
栄養:食事調査、食事についての資料作成
広報:Twitterなどで常に情報発信、OBの方への近況報告
新歓:YouTubeやTwitterの企画、オンラインコンパや新入生との座談会
レフリー(の原くん):競技規則テストや最新のルール改正の解説
全てを挙げきることができず部員の方には大変申し訳ないのですが、これら以外でも100周年記念事業の企画立案が行われるなど、どれも非常に時間をかけて準備された(ている)ものばかりです。
コロナという未曾有の事態においてもできることをしようと、誰かに指示されたわけでもなく目標のために創造と解決をやってのける東大ラグビー部員の姿勢から真の主体性を学ぶことができ、これから自分も何らかの形でそれを発揮できるようにしなければと痛感しました。
次は、今年度のスローガン「Update」を発案された4年の拓郎さんに回します。部のために考え抜かれたであろうこのスローガンは、簡潔ながらも本質を突いておりつくづくいいなと感じます。
スポーツの論理
投稿日時:2020/07/28(火) 01:32
本人曰く「ラグビーの天賦の才能がある」財木からバトンをもらいました、4年の倉上です。財木が悩んでいたときに、僕と川端が部室前で色々と相談を聞いたのは、僕が1年生だった頃に、先輩に同じようなことをしていただいたからです。財木もいつか、後輩の相談を聞くことになるでしょう。そのときに少しでも僕らのことを思い出してくれたら嬉しいです。
(以下、一人称が「私」に変わりますが、気にせず読んでください。)
私はスポーツが好きだ。中学の頃からずっとラグビーというスポーツに触れてきて、大学でもやっているなんて、世の中の人から見たら「どんだけラグビー好きなんだ」「どんだけスポーツやるんだ」と思われると思う。
しかし私は、単なるラグビープレーヤーではない。大学に行き、多少なりとも学んでいる身である。もちろんラグビー選手としての私と、大学生としての私は、本来異なる場にいる人間であって、混同しすぎてはいけないことは分かっている。ただ、授業とトレーニングが同じ部屋で行われるような生活を、数ヶ月ずっとやってきたからであろうか、どうしても混同してしまうのである。なのでここでは、異なる論理を混同した、ちょっと突拍子もない意見を述べたいと思う。
私は今、卒論構想の佳境を迎えている。テーマはなんとなく定まり、読むべき文献もなんとなくはリストアップできてきた。熱意が足らず、まだ全然読み切れていないのだが。そしてそのテーマというのが、「生活保護受給者に対する偏見」だ。こういった部の公式な場で、社会問題について具体的に言及することが煙たがられるのは承知だが、なにせ今回のリレー日記はとにかく「混同」をしようと決めているので、あえて具体的に言わせてもらった。
先行研究に目を通していると、生活保護などをはじめとする社会保障を受けて生活をされている方に対して、「自己責任」という言葉を投げかける世論があることを、とても痛感する(もちろんケースバイケースではあるが)。この自己責任論は果たして正しいのだろうかと、私は引っかかるところがあるのだが、中には割と引っかからずに、「まあ自己責任だよなぁ」と納得する人もいると思う。おそらくそう思う人は、やる気と能力さえあれば、人は何にだってなれる、何だってできるんだ、と考えている部分が、多少なりともあるのではないだろうか。
少々乱暴な議論かもしれないが、上記のように、頑張れば夢は叶う!という論理は、スポーツにおいて多いように思う。このこと自体を私は否定したいわけではない。というかむしろ、そういう論理が、スポーツのレベルを上げていくし、スポーツを面白くしていくと思う。たとえば人よりも筋肉がつきにくいとか、人よりも運動神経が悪いとか、そういうことを言い訳にしていてはスポーツは面白くない。そういった逆境や、苦難や、どうにもならなそうなことから逃げず、自分にベクトルを向け続けていくことが、アスリートには求められる。「できないんじゃない。やるんだ。」と熱意を持って取り組むこと、これがスポーツをやる上で最も重要なメンタリティだろう。
さらにスポーツでは、勝つことは正しい。なぜなら勝利とは、正しい努力の結果だからだ。勝てなければ何が悪かったのか反省するし、皆勝利を目指して日々取り組む。何ら不思議のないことだ。
でもふと考える。スポーツをひとたび離れたところ、たとえば私がこれから研究対象にしていくであろう貧困問題の世界などでも、それは正義だろうか。とんでもない議論の飛躍であることは百も承知だが、ふと考えてしまう。言い訳せずに日々戦い続けろ、そして勝利を目指せ。負けたのなら、何が悪かったのか考えろ。自分にベクトルを向け、向上心を持って改善に努めろ。こういった論理がもしスポーツの世界を飛び出して、世の中一般の正義として捉えられるようになったらどうだろうか。
そのようなスポーツの論理の中で青春の多くの時間を過ごしてきた私は、おそらく社会に出ても、「ラグビーやってた人」だとか、「体育会系」というレッテルを多少なりとも貼られて生きていくだろう。でもだからといって、まるでスポーツの試合のように勝ち負けがハッキリしていているような世界を生きたいとは、私は絶対に思わない。勝ちでも負けでもないようなことがこれから何度も何度も起きて、自分にベクトルを向けるだけじゃ乗り越えられないようなことが何度も何度も起きると思う。そんなときでも、アスリートのように困難に立ち向かう強さを求められるのだとすれば、何だかとても生きづらいなと思う。
だから結局、スポーツはスポーツなのだ(自分で「混同します」と言っておきながら、結局「混同しちゃいけない」という結論になってしまった)。スポーツが世の中に与える影響は、本当に大きいと思う。アスリートはこれまでも、そしてこれからも、勇気を与え続ける存在だろう。でも誰もが彼らのように強くはないし、もっと言えば彼らも、私たちが思うほど強くはないと思う。私たちラグビー部は、今「強くなろう」としている。でも「強くなろうとする」ということと、「強くなくてはいけない」ということは、全く違う。弱いから、強くなろうとするのだ(そもそも東大ラグビー部は弱い)。根底には弱さがある。そしてその弱さが露呈することもある。それはスポーツの面だけではなく、世の中一般に言えることではないかと思う。だから弱さを認められなかったり、弱いものを否定したりする人間であっては、絶対にいけないと思う。勝者と敗者がいるのなら、敗者への最大限のリスペクトを。自らをエリートだと思うのなら、そうでない人への最大限のリスペクトを。分かっていても、なかなかできないことだ。
ここまでなんだか、スポーツを否定するようなことを書いてきてしまったが、そんな意図は全くない。私はやっぱりスポーツが好きだし、ラグビーが好きだ。それは多分、ラグビーが楽しいからだと思う。ラグビーは、勝っても負けても楽しいと思う。ただ、何もせずとも負けることはできるが、何かしないと勝つことはできない。せっかくやるのなら、何かしたい。だから私は、勝ちたい。
お前はスポーツ選手だろ、そんなことは勝ってから言え、と思われるかもしれない。しかし少なくとも東大ラグビー部は、「勝った者にしか発言権がない」組織ではない。私はそう思っている。だからこういうことが言える。素晴らしいことだと思う。
次は、センターパートで唯一清潔感のある廣瀬にバトンを回します。廣瀬とリモートで会うとき、毎回同じ服で、毎回同じ背景のような気がして、もしかしたら同じ動画をずっと流し続けているだけなのでは?と疑ったことがあります。
幸せについて
投稿日時:2020/07/26(日) 00:36
西久保との公式戦は高三の時の一試合だけだったので、彼が東大に合格したときは凄く嬉しかったのを今でも覚えています。
彼には高校時代、右足でしかステップを切らないことを見抜かれたので左での練習もしてきました。笑
この一年間は多少できないことがあってもまだ一年だからと言い訳をしてきましたが、これからは西久保を含めた後輩に負けないように頑張らないと、という気持ちでいっぱいです。
早いものでコロナウイルスにより部活ができなくなってから4か月が経ち、気づけば怪我からは一年が経っていました。
このコロナ期間、自分にとっての「幸せ」とは何なのか考えることが多かったので、今回はそれについて書いてみようと思います。
僕はタナトフォビアです。
タナトフォビアというのは死恐怖症のことで、恐らく多くの人が一度は死を怖いと思った経験があると思います。
僕はそれよりもほんの少しだけ恐怖を感じやすい、というものであって、高所恐怖症とか集合体恐怖症とかと系統としては同じ様なものと思っていただけるとわかりやすいと思います。
この症状は物心がついたときからあり、夜寝る前に自分の心音を聞くだけで死が連想され、パニックに陥ってしまい、飛び起きて母親に泣きじゃくるということがよくありました。
死を連想してしまうため歴史を学ぶことが嫌で理系を選んだということもあるので、どういった症状なのかはおおよそわかっていただけると思います。
そんな「死」という漢字の部首が「いちたへん」なのはなんとも皮肉なものですよね笑
そんな僕にとっての「幸せ」というのは「死について考える暇がないほど充実している」ことです。
どんなに毎日が忙しくても終わってしまえば、あのときは充実してたな、と思えるので、なるべく辛い選択をするようにしています。
たとえ辛くても、充実してないが為に起こる発作で眠れないことより辛いことは無い気がします。
友達にドイツ語と運動会だけは大変だから止めておけと言われた僕がその両方を選んだのはこれが理由です。
彼には心から感謝しています笑
そもそも幸せというのは相対的判断でしかないとも思います。
コロナ期間つまんないな、不幸だなと思うのは夢中になるものがない(=暇である)のに加えて、今までの幸せだった「普通」の生活を送れていないから、相対的に不幸に思えてしまうのだと思います。
以前、部で行っていたUpDate日記はコロナ期間を普通の生活の延長として捉えるうえで助かるもので、幾分かやる気を出すことができたように思います。
僕の周りにはタナトフォビアを抱えている人が数人います。
双極性障害に悩む友達や自分が性的マイノリティであることを悩む友達、睡眠障害に悩む友達や他の言語を話せるようになればなるほどアイデンティティがわからなくなったと頭を抱える友達もいます。
僕を含めたその人たち全員が「普通」に憧れています。
時折、イギリスに行くことなく地元の中学に進学し、高校・大学と無理のない程度の努力で進学して「普通の生活」を送れていたらと思うことがあります。
僕の今の交友関係は開成時代の友達、駿台の友達、そして東大の友達で、所謂高学歴と呼ばれる層でのみ僕の「世間」が形成されています。
お陰様で東大だからと褒められることも無く、自分が優れていると自覚できるどころか、むしろ劣等感を抱くことの方が多いです。
最近も高校同期と会いましたが、ESだのガクチカだのと就活の話を色々と聞きました。
今までどの大学に行ったかで競っていたことが、今度はどこに就職するのか、その次には年収はいくらか、誰といつ結婚したのか、とこれから先も競争は続いていくのだと思います。
そんなときによく中学の英語の先生の言葉を思い出します。
その先生は、
「普通という単語を使うな、君の普通と僕の普通は違う」
と教えてくれました。
7年経った今でもこの言葉に救われることがあります。
こういうときの苦しさ・辛さは、ほとんどの場合「理想」と「普通」の区別ができていないからです。
つまり、普通出来るのに何で自分はできないのか、ではなく、
出来ることが理想であるのにどうして現実じゃできないのか、という理想との乖離が原因であるということです。
一見何の問題も無さそうな人でも何かしらの問題があってそれぞれの幸せがあって、それが本当の意味での「普通」なんだと思います。
今後も競争の中に身を置くことは避けられませんが、暇よりかはいいかという気持ちで進んでいこうと思います。
ゴルゴ松本という芸人が昔、
「無難な人生よりも難のある人生の方が人は幸せだ。だから人は『有難う』と言う」と言っていたように僕も難のある幸せな人生を送りたいです。
今後は今まで以上に色んな人に裏切られたり苦労をしたり、挫折も味わうと思いますが、一多の一の字のように真っすぐ誠実に自分を貫けられたら僕は幸せです。
次はセンターパートリーダーの倉上さんにバトンを渡します。
倉上さんには部活が辛くなった時に川端さんと一緒に相談に乗ってくださいました。
倉上さんの、何も考えてないような優しさの権化みたいなところが大好きです。
コロナ期間の倉上さんは徹底して自律しており最後の一年の重みがひしひしと伝わってきます。
倉上さんを含めた4年に今年はプレイで恩返しできるように今後も邁進していきます。
プロフィール
投稿日時:2020/07/21(火) 12:49
田園ラグビースクールの先輩にあたる3年の垣内さんからバトンをもらいました、1年の西久保です。田園の時は、ADで何度か戦わせてもらい、その度にコテンパンにされた苦い記憶があります。垣内さんはじめ、東大ラグビー部の先輩方に追いつけるよう、精進していこうと思います。
皆さん初めまして!改めまして新1年の西久保拓斗です。昨今のコロナ騒動により、勧誘会は開催されず、全体練習も未だ実施できない状態ではありますが、先輩方のご厚意により、無事に入部することができました。現在はミーティングやスモブラに参加して、部の雰囲気に慣れつつあると思っています。そしてこの度はリレー日記を書かせて頂くということで、テンションが上がっています。というのも、元々東大を志望すると決めた時から、ラグビー部のホームページ、そしてリレー日記は時々拝見していたので、今まではただ「読む」立場だったのが今回は「書く」立場になったんだと実感しているからです。
ですがもちろん、そこにはある程度の責任が生じます。
先日、4年のやまけんさんに「西久保ってゴー☆ジャス好きなの?」と聞かれました。どうやら僕の名前でエゴサをかけると、好きな芸能人:ゴー☆ジャスと書かれているようです。もちろんゴー☆ジャスさんのネタは好きなのですが、ファンというほどでもなく、その当時なんとなくで書いてしまった情報がネット上に漂い続け、3年以上経った今でも影響力を持っているということを示しています。このようなネットの持つ特性を考慮すると、ネット上で情報発信する際に懸念しなければならない点とは、他人に誤解を与えないように気をつけながら、自分の考えや価値観を述べる必要がある、ということだと思います。
自分のプロフィールを書くときにもこのことは頭をよぎりました。「好きなタイプは?」という質問があったのです。もしこの質問を会話の途中にされた場合には、反射的に何かしらの条件を答えるでしょうが、ネット上ではその会話の流れ、コンテクストが存在しないので、自分の回答が、そのまま自分の性格を表すものとして多くの人に認知されてしまう局面となっています。「好きなタイプは?」という質問に対してどの答えが、自分のプロフィールを読んで下さる方に対して誤解を与えないか、そして、どれほど自分の理想の女性像を表せるか、その最適解を導き出そうと考えました。
しかし、考えても考えても、適切な答えは思いつきません。そもそも、好きという感情こそが先天的なものであるという考えを採用してしまえば、〇〇と××の条件を持った人がタイプです、といった主張は全て筋違いになってしまうかもしれません。また、綺麗事を言うようではありますが、人を好きになる基準を一意に決定することで、その観点でからしか人間を見ていないのだと、他の人に解釈されてしまうことは、自分にとっては不本意なことです。少し話はズレますが、英語の要約問題でも、並列された主張の適切なまとめ方は、高得点を狙うために重要な技術であり、ここで恣意的に主張の一つだけを切り取って具体的に説明しても、得点はあまり期待できない、ということは最近まで学んでいました。
こういったゴールの見えない考えを引き伸ばし続け、時間だけを無駄に費やしてしまいました。しかし、ここで裏を取って「嫌いなタイプは?」という質問に置き換えて考えると、答えは瞬く間に浮かんできました。それも自分の嫌いという感情とバッチリ適合し、ラグビー部員のプロフィールとしても相応しいような答えが。
そしてこの問いに対する最終的な答えに辿り着くまで、小1時間を費やし、見事自分のプロフィールは完成しました。このプロフィールは自問自答の繰り返しで出来た結晶だと思います。ぜひ読んでみてください。
さて、ここまで散々自分の恋愛観を垂れ流しましたが、所詮は彼女なし、中学高校6年間男子校だったこじらせ人間の小言です。誰か救ってくださる方がいれば幸いです。
次は垣内さんと同じく、スモブラでお世話になっている2年の財木さんにバトンを回します。財木さんも自分と同じ高校出身のはずですが、恋愛こじらせの雰囲気が全くないのが不思議な限りであります。
私とコロナとラグビーと
投稿日時:2020/07/19(日) 20:20
1月に新型コロナウイルスの国内感染が発覚しました。最初は他人事であったウイルスですがそうではなくなってしまいました。それでもすぐに収束すると楽観視していた人も多いのではないかと思います。しかし、今となっては早くも半年が経ち、元通りの生活はまだまだ遠いように感じます。新型コロナウイルスは社会に大きな変化をもたらしました。部活は完全に禁止、授業はオンラインに移行、そして緊急事態宣言。これまでの考えが全く通じなくなる中、考えさせることがありましたので紹介させていただこうと思います。
それは東大で開催されたwithコロナ、afterコロナを考える会での出来事でした。この会はその名の通りコロナと向き合い、どのように社会や生活を変えていくことが良いのかを考える会です。皆さんはこのようなお題が与えられた際、どのような提案をするでしょうか。自分はソーシャルディスタンスを保つシステムや衛生産業への投資などその発想の容易さはもちろん、どうやってコロナを避けていくのか、少し社会に負担をかけてでも逃げる術を考え続けます。しかし、実際にこの会で提案された多くがそのようなネガティブな考えではなく、コロナという時代の転換期に画期的なイノベーションを起こそうとするものでした。その中ではコロナは悪いものではないのではないかと思ってしまうほど、前向きに考えた提案でした。彼らにとってコロナとはピンチではなく、絶好チャンスなのです。
普段から好成績、ハイパフォーマンスを継続できる人間は一流です。しかし、逆境を自らの力に変えてしまう人間は超一流であることを痛感させられました。
ラグビーでもそうです。コロナによって日本中のチームの練習計画は完全に白紙状態になりました。長い間全体練習はできません。しかし、それだからこそ本当のチーム力が問われ、普段以上に沈むことも浮き上がることもできます。このコロナの状況を練習が減ってしまうピンチと捉えるかこれまで以上に差をつけられるチャンスと捉えるのか、東大は後者であると秋に証明できるように精進していこうと思います。
最後までお読みいただきありがとうございます。
次は待望の新一年生である西久保にバトンを渡したいと思います。個人的には田園ラグビースクールの後輩が東大ラグビー部に入ったということで嬉しい限りです。
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