ラグビー部リレー日記

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そんなにヒゲ似合わないかな

 written by 中村 智貴 投稿日時:2026/04/17(金) 03:00

2年の上からバトンを受け取りました中村です。
上くんは、中学生みたいなわんぱくさと、盛り上げ上手な声のデカさとノリの良さから、学年の中心人物になっているようです。最近は新歓イベントの司会もしているし、ボールを持つとどんなプレーが見られるのかワクワクさせるし、クセのある髪の毛だし、イケメンだし、といった感じで、とにかくすごい人です。
そういえば、去年のクリスマスイブの日の夜に、代々木付近で女の子と歩いている上らしき人を目撃したのですが、あれは本人だったのでしょうか。ぜひ、彼女の惚気話でも聞きながら部室で一緒にダラダラしたいですね。



突然ですが、この世で一番信用できないものはなんでしょうか。

そうです、女子が他の女子に対して言う「かわいい」です。


正解した皆さん、おめでとうございます。

不正解だった皆さん、クラスや学科の適当な女子の写真を、いま気になってる人などと偽りながらぜひ女子スタッフに見せてください。思ってもいない「かわいい」が聞けるはずです。もしくは、本当に反応に困ったときは、「私の好みじゃないなー」と言われます。これらの言語を意訳すると、可愛くない、になります。



では、この「女子が他の女子に対して言う「かわいい」」と同じくらい信用できないものをGeminiに聞いてみました。

「行けたら行く」

は言われてみれば当然ですが、

「今度飲みに行きましょう」
「テスト勉強全然やってない」
「怒らないから正直に言って」
「タイプは特にない。優しい人が好き」
(Geminiの注釈:※ただし、清潔感があって、話が合って、経済力があって、顔が好みであることは大前提。)

「あと1分で完了します(PCの更新)」
(Geminiの注釈:その1分で、コーヒーを淹れて飲み終わってもまだ終わっていません。)


など、ハッとさせられる回答が多く挙げられました。最近のAIの人間への理解度は目を見張るものがありますね。
ちなみに、「女子が他の女子に対して言う「かわいい」」に関しては、「あの独特の「社交辞令」」「「期待半分、疑い半分」で接すべきもの」と評していました。特にコメントはしませんが、たぶんそういうことなのでしょう。



ここで本題に入ります。
「後輩からの褒め言葉」は、これらと同様に信用できないものなのでしょうか。

上が僕の紹介で、「髭がとても似合っている中村さん」と紹介してくれました。こう言ってもらえるのは本当にとても嬉しいです。後輩たちや先輩方が直接対面でヒゲを褒めてくれることもあり、その瞬間はめっちゃ嬉しいし、心から喜んでいます。

ただ、ふと、あの褒め言葉って後輩たちの本心だったのかな、忖度だったりしないかな、え、僕って怖い先輩なのかな、と疑問に思うというか、不安になることがあります。

これは、褒め言葉を言ってくれる後輩たちが悪いということは全くなく、単に自分のヒゲに自信を持てない自分に問題があると考えるのが自然です。このように、「信用できない」と感じるその根源には、「自信が足りていない」ことが往々にしてあるのではないかと今回学びました。



なお、めっちゃ責任転嫁すると、自信を持てないのにも理由があることは述べさせていただこうと思います。
僕のヒゲをボロクソに言ってくる人が周りにめっちゃいるからです。


まず、ことねを除く女子スタッフたち。評判が最悪です。「似合ってない」「おっさん」「何歳?」「誰?」などの罵詈雑言は日常茶飯事です。


あとは、GWとの新歓試合の時に再開した高校同期。びっくりするくらい笑われました。「何浪で東大入ったの?」と聞かれました。ぼくは現役だしまだ21歳です。


あと、はらいくん。気を遣って若く見積もって27歳、などと言うのはやめてください。「2年前に卒部したOBだよ」などと、ギリ信じられそうな嘘を新歓で練習見学に来てくれた新入生に吹き込むのもやめましょう。


極め付けは、仲の良い学科同期や高校同期、そしていとしん。BeRealを投稿するたびに、

「口周りゴミついてるよ」
「かおきも」
「ひげそれ」
「1人だけおっさんいるやん」
「顔面引き返せんくなってるやん」
「マジキモだね」
「そろそろ汚い」
「ジジイ」

といったコメントがつきます。


なぜこんなにボロクソに言われないといけないのか分からないのですが、アンチに負けず、これからも柳楽優弥や豊川悦司、笠原さんや鳥飼さん、多田さんや小澤さんなどさまざまな人に憧れながらヒゲを貫きたいなと思っています。とりあえず就活までは。みなさんぜひ応援してください。


ちなみに家族は、応援してくれるどころか、本当に触れちゃいけない話題みたいになってて、もうヒゲについて言及されることもなくなりました。


皆さん、ぜひ率直な感想を教えてください。
あまりに評判が悪ければ剃ることも前向きに検討したいと思っています。



次は2年の鎧塚くんにバトンを渡します。
よろづといえば、無類のアニメ好きとして部内でも知られています。また、その独特なキャラクターがかわいらしく、部のマスコット的な存在として女子スタッフからの人気も非常に高いようです。
そんなよろづですが、僕が友達と池袋に遊びに行ったところ、よろづが1人で池袋のラウンドワンのゲーセンをふらついているところに遭遇しました。真後ろにいた僕に気付かないほど自分の世界に入り込めていたようで、とてもよろづらしいです。ぜひずっとそのままでいてください。

 

楽しい日ってこんな感んじ

 written by 上 瑛人 投稿日時:2026/04/16(木) 11:25

雄大さんからバトンを受け取りました、2年の上です。フェイスガードは視野が狭まるのと呼吸がかなりしにくいことから結局あの一回しかつけませんでした。雄大さんも骨折した時にはいつでも貸すので言ってください。

僕は今日起きたことについて日記形式で書いてみようと思います。

朝5:30、起き上がって冷凍ごはんをチンするとこから始まった。いつものように僕はお米の半分を高菜の漬物で食べて、残りに生卵を落とし醤油をひと回ししてかき込んだ。食卓に置かれた昨日のお茶を一口飲んで家を出た。こうして今日という最高の1日が始まった。

今日の朝練は正直あまり乗れてなかった。雑なパスが目立ち、それを意識するあまり徐々にキャッチのミスも増えた。悔しかったのでアフターでパス練をした。ぎこちないが練習中よりは幾分かマシなパスを放れていた。肩の力が抜けていたからだと思う。リラックスって大事。

練習が終わっていつも通りグラウンドで寝そべりながら同期や先輩たちと話した。心地よい風が吹いてた。もう何話したかわからないくらいたわいも無い話ししかしないこの時間。ラグビー部で2番目に好きな時間だ。

2限に同期の颯志と一緒にとってる授業があるので向かった。理系生向けのオムニバス形式の授業で言って話聞くだけでいいからだいぶ楽そう。内容もかなり面白そうだったのだが、この前の試合の分析を任されていたのでそっちをやった。分析の仕事は初めてだったが、試合をタックルだけに焦点を当ててみるのは新鮮で楽しかった。また、統計的に誰がどんくらいタックルしたかをみると印象とはまた異なる結果が出て面白い。タックルの良し悪しを颯志と話してExcelにまとめてたらいつのまにか授業は終わってた。

お腹が空いたので学食に向かうと、食堂前に限らず銀杏並木の途中まで激混みしていて、食堂に入るための行列ができていた。流石に待つのは馬鹿馬鹿しかったので7号館前で売ってるチキン南蛮弁当を買い、部室で温めて食べることにした。弁当は予想を上回るうまさだった。これからもお世話になるかもしれない。ただ一つ、下に敷いてあったパスタが3本しかなかったのは悲しかった。

その時間、部室は食堂で食べることを諦めた人たちが集まっていた。その人たちと話しながら、ヨギボーを枕にダラダラとしていると、食後の眠気に襲われた。パッと目覚めた時には部室のメンツがガラッと変わっていた。部室はいろんな人間が集まる。オンデマの授業を段ボールに寝そべりながら聞く同期、自分の政治思想を語り合う先輩たち、友達から紹介された謎のバイトに応募しようとしてパソコンがウィルスに感染されるやつとか。僕はそんな部室が大好きだ。ラグビー部でダントツに一番好きな時間がこの部室でダラダラしているときである。

そんなこんなで色々話しているとウェイト場が開く時間になったので先輩と人が減ってきた学食で腹ごなしをしてから筋トレをした。筋トレのレスト中に周りと喋りながら、終わった頃には2時間が経過していた。部室に戻ってシャワーを浴びていると先輩が「カタン」というボードゲームをやろうと言い出したので次の日が朝練だというのに陣地と資源の奪い合いが始まっていた。僕はどうも初手をミスってしまったようで、その上、同期の泉澤に活路を絶たれていつのまにかどうしようもない状況になっていた。何か恨まれるようなことをしたのだろうか。ただそんな泉澤くんにも最後は天罰がくだったのでオールOK。終わった頃には2時間経っていてみんな急いで帰った。夜ご飯を爆速で食って、部屋に戻り即寝たが結局11時半になっていた。広常さん、ごめんなさい。

なんの計画性もなくただ流れに身を任せて過ごしていましたが、意外と充実していました。こう振り返ってみると朝から夜までずっとラグビー部のひとと一緒にいた一日でした。ラグビー部のこんな暖かい雰囲気はこれからも引き継がなくてはならないものだなと感じました。

最後に長い間リレー日記の更新を滞納していて申し訳ありませんでした。

次は髭がとても似合っている中村さんにバトンを渡します。中村さんはシゴデキで、いつも忙しそうなのでいつか一緒に部室のベッドでごろごろしながら雑談でもしましょう。


 

人生のスタンプラリー

 written by 小川 雄大 投稿日時:2026/03/29(日) 16:04

新4年の伊藤さんからバトンを受け取りました、新3年の小川です。山中湖での一件ではご迷惑をおかけしました。僕も火の通り加減には注意するようにするので、今年のBBQも楽しみましょう!!

 

突然ですが皆さんは「人生のスタンプラリー」をしているでしょうか。これは「空気階段の踊り場」というラジオの1コーナーとして取り上げられていたもので、一生のうちに一度でもやりたいことを挙げていき、達成するたびにスタンプを押していくというものです。ラジオでは「秋田できりたんぽを食べる」や「北京で北京ダックを食べる」などが挙げられていました。それを聞くうちに自分でも作りたくなってきました。ただ、作ったところで共有するところがないと寂しいのでここでさせてください。

 

①香川で讃岐うどん

これは2月の同期旅行で達成してきました!!以前から「○亀製麺は讃岐うどんじゃない」や、「讃岐うどんは別格」と言う声を耳にしいました。そんな中で迎えた香川旅行、まず驚いたのはその安さ。そしてボリューム。並盛りで注文したはずが関東での大盛りくらいのサイズで出てきました。何よりも感動したのが天かすのクオリティ。本当に無料でいいのか!?というレベルの美味しさで、東京に戻ってから1ヶ月は丸○製麺にはいきたくないと思うほど最高の味でした。そしてつい最近ガーデンシアターに行った際に、香川で食べたお店の系列店をフードコートで見つけました。あの味をもう一度東京で味わえる!とルンルンで注文したものの、値段も味も東京仕様になっていました。残念……

 

②朝の山手通り

2つ目は歌詞の再現から。椎名林檎の「罪と罰」の冒頭の歌詞、「頬を刺す朝の山手通り 煙草の空き箱を捨てる」。高音で歌い上げられるこの一節をな何度も聴いてきた身からすると、ドライブ中に爆音で聴きながら再現したいところです。椎名林檎といえば、JR新宿駅の東口を出たり、19万も持って居ないで御茶ノ水に行ったりなど再現しやすい歌詞もあり、感動を味わいやすい一面もあります。ただ、「罪と罰」に関しては煙草は吸わないし、その上免許もない自分には到底実現できなそうです。直後の歌詞に出てくる「孤独を甘やかす」ような「足の踏み場はない小部屋」は、意識せずとも自ずと出来上がる現状はどうにかして欲しいものです。

 

③ベース

3つ目はバンドを組んでベース兼コーラスをやって歓声を浴びてみたいです。高校時代、友達がバンドを組んで流行りのJ-POPを気持ちよさそうに演奏していました。当時の僕は彼らが後夜祭などのステージに立つのをただ見るだけ。「部活に夢中だから」や「音楽センスがないから」などと言って楽器を持たなかった自分にガツンと言ってやりたいです。基本的には出しゃばらずに比較的縁の下の力持ち要素が強いベースが、ソロパートで音を掻き鳴らしたり、ギターと向かい合って演奏したりするときのかっこよさと言ったらたまったもんじゃないです。ステージの前面まで出て、「キャー!!かっこいい♡」とフロアを沸かせたいです最近よくライブハウスに行くようになると、後悔の念がどんどん募っていきます。今からだと遅いですかね……

 

こんな風に形だけを意識して行動しているのも、思考が浅いだとかステータスのためだとかあれこれ言われる原因になっているのでしょうが、このような一つ一つを達成していくのもなかなかに楽しいものです。これは良いというおすすめのスタンプカードがあればぜひ教えてください。

 

次は新2年の上にバトンを渡します。この前練習で鼻を守るためにつけていたフェイスガードが、かつての鳥谷みたいでかっこよかったです。練習で鼻を強打した経験のあるもの同士、強く生きよう。

丸と円のちがいのように

 written by 伊藤 佑樹 投稿日時:2026/03/26(木) 18:34

新2年の川口一彰君からリレー日記のバトンを受け取りました,新4年の伊藤佑樹です。先日のごはんの件お誘いいただきありがとうございました。おかげさまで何とかやれています。そろそろお風呂のことはできるようになってほしいと思います。またお話ししましょう。
 
さて,もう2週間ほどたちますが,3月14日は円周率の日でした(ほかにもいろいろあるとは思いますが)。これに際しラグビーのボールについて考えたことでも記したいと思います。特に,よく楕円球などと言われることに異議を唱えたいと思います。
英語で競技規則を見ますと,ovalというのが書かれています。
楕円というのは平面で2点からの距離の和が等しい点の集合,楕円体は空間で2点からの距離の和が等しい点の集合です。これらはそれぞれellipse, ellipsoidといわれます。
ではovalというのは何かといえば,ざっくり言えばもうちょっと緩い言葉です。あるいは,いわゆるラグビーボールそれ自体のような形を指すことにも使われます。
少なくとも私の調べる限りでは,日本語においてはovalに対応する言葉というのはありません。
とはいえ,ラグビーボールはちゃんと膨らました時には4枚張りでもそれなりに楕円体に近い形になります。
ほかの球技で見られるような丸いボールも決して真の球ではないですし,そのような球は実際には存在しないわけですが,そもそもラグビーボールは楕円体を目指して作られているわけでは競技規則上はないとも解釈できます。
実はボールの比べられることの多いアメリカンフットボールNFLではspheroidとして楕円を軸方向に回転させた回転楕円体であることが指示されています。しかし,実際のボールを見ればラグビーの方が楕円体に近いでしょう。
楕円を意識しているのかどうかというのは関係のない言葉として受け止めることはできますが,ちょっともやもやとする訳です。
なんとなくこうして英語と日本語とを行き来していると1年生のころラグビー部内で翻訳を行っていた時期を思い出します。なかなか自分の仕事というのが定まらない中ようやく仕事ができたようにも思っていました。
ちょうどそのころから行っていたほかのことが運動会総務部での活動です。もともと入学時にもサークルオリエンテーションなど行ってみようかなと思いつつ結局入らなかったところですが,ラグビー部派遣の総務委員として1年生の10月ごろから活動しています。ラグビー部でも先輩とちょっと関係が悪くなっていた時期だったというところもあって,私にとってラグビー部以外のもう一つの軸となっていきました。ラグビー部の活動に役立てたいという下心はありつつ,総務部自体の活動が何のために行われているのかというのは実に難しい問題です。
総務部の活動を通して感じるに,一般財団法人東京大学運動会の法人の在り方というのは間違っているところも多いと思いますが,それぞれの運動部があって,その集まりとしてある運動会というのは大切な存在だと思います。総務委員会(総務部は旧称ですが慣用されています)というのは東京大学運動会において実質唯一収入の大半を担う学生の視点で活動できる組織ですから,そのような意味で総務委員であることの重みと誇りがあります。
 
最近ラグビー部では「運動部はサークルとは違う」といった言説をよく聞きます。こうした発言をしている人は必ずしも運動部が何たるかを理解していないことが多いように思います。東京大学というのは何か学生の団体を公認することはしない大学です。例えば届出学生団体というのがありますが,これは公認というのとは異なりますし,本郷キャンパスにおいて各学部が管理する施設以外の施設を利用しやすくなるというのがその実際のところと私は認識しています。届出をしていない団体が多いというのは事実ですが,それはそうした団体が駒場キャンパスを中心に活動しているからであって,その団体がちゃんとしていないというわけではありません。駒場キャンパスでは東京大学教養学部学友会への加盟が実質この届出の代わりを果たしています。事実上公認されているのは学生自治会や学園祭実行委員会のような類の団体のみであります。
運動会運動部というのが特別であるという点については疑いはないところかと思いますが,運動部とは何なのか,その目的を一概に語ることは難しいです。大会に出場しない運動部もありますし,活動の仕方も運動部ごとによってバラバラです。そうすると,実際の部員の視点としてどの運動部でも共通しているのは,青山部長のよくおっしゃる成長ということになるのかもしれません。
私は,今のラグビー部にいて,実質的には運動部ではないように感じることが良くあります。それは,東京大学を代表しているという意識が全く見られないからです。スイカジャージを着て試合に出る23人がラグビー部を代表しているというところの意識は強く根付いていると思います。そのさらに後ろには,東京大学運動会ラグビー部がラグビーという競技において東京大学を代表しているという意識があってしかるべきだと思います。そのうえでは学業も最低限必要であるというのも付け加えておきます。
ラグビー部の伝統というのはほかの運動部とは良くも悪くも異なる点があります。他の運動部とは違い淡青はセカンドジャージで,応援歌「ただ一つ」を歌う機会も年に1回か2回。実は淡青の決まった時期はラグビー部創部より前ではあるもののわずか数年ではあり,部歌は「ただ一つ」よりも約20年も前にできています。それらは,東京大学運動会の加入団体としてのラグビー部の立場を弱めてしまっているというのもまたいえるのではないでしょうか。何となく現在のラグビー部関連の動きには少し不穏な感じがありますし,ここから先数年はよいもののそこから相手にされなくなってしまうのではないかと不安になります。具体的には書きませんが,他の運動部がやっていることには,運動部の精神的なつながりのようなものがあるからできているものもあるということに注意する必要があるでしょう。
 
東大ラグビー部というのはそれ独自として価値がありますが,それと同時に,東京大学ないし東京大学運動会の運動部であるということ,大学のラグビー部であるということのそれぞれでも価値があり,これらが重なったところとして東大ラグビー部とらえなおす必要もある,というのが私の言いたいことです。駒場開催の定期戦で両大学校歌斉唱を行う,今ある縦割り組織のスモブラを中心に上級生が単位取得状況の芳しくない下級生に学修のサポートをすることなど,ちょっとしたことを行うだけでも東京大学の代表としての価値は向上させられるのではないかと思います。大学のラグビー部としてのところはおそらく読まれている皆さんのほうが詳しいでしょうし,こちらのほうは高いレベルで重要視されているのだろうと感じます。これらの2つの焦点からellipseをうまく描けるように東京大学運動会ラグビー部を変化させていくべきだろうと,無理やり最初の話につなげて締めたいと思います。
何かこのリレー日記その他ご意見などあればぜひコメントをお寄せください。
 
次は新3年の小川雄大君にバトンを渡したいと思います。個人的には昨年の合宿で私の肉の焼き方が悪く体調不良になってしまったのではないかと心配でしたが大事には至らずよかったです。健気にお肉を受け取る姿がかわいかったです。十分日頃から気をつけたいと思います。
 

やり直し

 written by 川口 一彰 投稿日時:2026/03/25(水) 14:23

 古瀬さんからバトンを受け取りました、新2年の川口です。古瀬先輩はかなり長い間DLで努力していて、去年はポジションが違うこともあってあまり関わりがなかったのですが、今年に入って一緒にDLとして練習をすることで優しく、ハードワークする先輩の性格なようやくわかってきた気がします。同じセクションであることやほぼ同時期に復帰予定であることなどから勝手にシンパシーを感じています。ぜひこれから仲良くしてください。







 さて、私は特殊な文章をこのリレー日記では書いてきたのだが、今回は少し真面目というかお固い文章でも書いてみようかと思う。







 自分の言動や選択を後悔したことはあるか。こう尋ねられたときにNOと言える人はいないだろう。人間誰しもIFを追ってしまうものだ。だが、実際にやり直しができるようになったとして果たしてどれほどの人がやり直しを選択するだろうか。
 そもそも論としてたった一回で何かが大きく変化する、いわゆるターニングポイントは人生においてほとんど存在しない。大抵のことは良くも悪くもコツコツ積み上げてきた言動によって繰り返された微修正の結果として現れる。だが極稀に、たった一回で人生を大きく変えてしまう出来事もこの世には存在する。



 

 

 私にとってそれは大学生活における家探しという形で現れ、そこには三つの選択肢が存在した。

 

 一つは学生寮だった。そこは愛知県出身の学生を支援する学生寮で、朝夕の食事付きで立地も良かった。総合的に考えれば破格の家賃だった。しかし、どちらのキャンパスからも三十分強かかるという点が私にとってはネックだった。

 

 残りの二つはアパートだった。駒場キャンパスから近いという条件に当てはまるものの中から二つが候補に挙がった。

 

 一つは大学から徒歩二、三分という近さで、築十年程の建物だった。値段も寮と同程度で風呂トイレ別、東向き、室内洗濯機と、とても魅力的だった。母親はこの物件を強く推していた。だが、ワンルームというのが田舎の一軒家で育った身からすると不満だった。

 

 もう一つは大学から徒歩十分強で築五十年程の物件だった。値段も他二つの一、五倍ほどで、目の前にバス停はあるとはいえ北向きかつ大通り沿いで室外洗濯機と欠点も多かった。これだけ聞くと一軒目のアパートの方が良いように思えるが、この物件には唯一無二の強烈な長所があった。同価格帯のほかの物件の二倍以上の専有面積を誇っていたのだ。東京でも広々空間で過ごせると思い、心は沸き立ったが、当初の予算をオーバーしていたため、母親には渋い顔をされた。



 

 

 最終的に私は寮や一つ目のアパートではなく最後の物件に住むことに決めた。実家に住んでいた頃の家事の免除や通学のしやすさという特権よりも家の広さを選択した。結論から言うと、この選択は思っていたほど賢い選択ではなかったようだった。

 

 大学まで徒歩圏内なため急いでいるときも自分の努力次第では挽回可能だったのは良かった。また、実は近くにあるコンビニとバス停の恩恵によくあずかった。想像通り、家の広さで不満を持つこともなかった。

 

 しかし、家の近さは時間感覚の油断のもとになった。電車通学だった高校時代から時間の活用方法が大きく変化し、対応を余儀なくされた。また、部活後同期と食事に行くときの電車移動で交通費が想像以上にかさんだ。さらに、家が広い分掃除しなければならない場所も増加し、それが日々のストレスの元になった。

 

 私は今では寮にするべきだったと非常に後悔している。私にはきっかり時間で行動を制限する電車通学のほうが向いていたと感じる上、今となっては家の広さよりも家事の少なさのほうが魅力的だ。想像以上にかさむ交際費や食費、交通費も寮なら幾分かマシだっただろう。



 

 

 しかし、私はもし決断の時に戻れるとしてもこの選択を変えることはない。今の結論は、一人暮らしをしてみたことによって得たもので、親元を離れて生活するのであれば必ず直面し、考えなくてはならない問題だったと思っている。極論、住む家が違ったら大学生活も大きく変わっていたかもしれず、むしろ私は大学生活の変化というリスクの方を恐れている。

 

 人生における後悔の中で、実際にやり直したいと言い切れるものはどれだけあるのだろう。過程の後悔に関しては、そういう運命だったと言える。恐らく、今の記憶を持ったままタイムスリップでもしない限り変化は起きないだろう。結果の後悔に関しては、神のみぞ知る類のものものだ。結果の積み重ねで今があると考えれば、現在と真っ向から対立するような結果など世界に存在し得ないだろう。ただ、こと選択の後悔に関しては、他と異なる。IFが真剣に語られうる上に、予想図も描きやすい。他とは異なり、IFがIF足りうると言える。

 

 ただ、選択の後悔に関して、やり直しを真剣に選択する人はどれほどいるのだろうか。今の人生を捨ててIFの一生を過ごすと決断できる人はどれほどいるのだろうか。私は幸いにも住居選びというある種しょうもない後悔しかない。やり直しが視野に入るような大きな選択が無かったことを誇るべきか悲しむべきかは分からない。だが、そんな私でも未来のやり直しに関してたった一つ確信していることがある。恐らく私は一生やり直しを考えることはない、ということだ。







 次は新4年の伊藤佑樹先輩にバトンを渡します。伊藤先輩とはマネジメントセクションのお風呂係でいつもとてもお世話になっています。その他にも様々な場面での献身にとても感謝しております。また砂川と3人でご飯でも食べたいな。ぜひ考えておいてください。
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