ラグビー部リレー日記 2021/10

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夢は逃げない

 written by 手島 潤哉 投稿日時:2021/10/31(日) 09:51

広報セクションのミーティング中は「姉御」と呼ばれている、バリバリ仕事人の榎園さんからバトンを受け取りました、2年の手島です。一緒に仕事をする中で先輩後輩感よりお友達感の方が強くなり、タメ口で話す機会が増えたのですが、入部するまでは小学生のよくわからないノリでつけてしまったあだ名で呼んでいたので、いつもなんて呼ぶか迷っているのはここだけの話です。下の名前で呼ばれたいそうなので、これを機に今度から下の名前で呼ぼうかなと思います。



彼女のリレー日記愛には到底及びませんが、僕もリレー日記は大好きで、部内で5本の指には入ると思っています。毎日HPを訪れては更新されていないか確認し、全員分更新された日に読んでいます。書く方についても、自分の番が回ってくる1ヶ月前には何を書くか決まっており、バトンを渡された時には紹介部分以外ほとんど書き終わっています。過去3回、毎回長く書いてしまい、某同期に「手島のリレー日記は長すぎて読む気になれない」と言われてしまったこともあります。

ところが、今回は何を書くか決まらないまま、バトンを受け取ってしまいました。素直になれる、というのと近いのですが、リレー日記は自分と向き合う機会を提供してくれていると僕は考えています。今回テーマが決まらないままバトンを受け取ってしまったのは、少なくともこの1ヶ月間(おそらく実際には3~4ヶ月間)、本当の意味で自分と向き合うことから逃げていたからです。部活とは全く関係のないことを書いて、このまま自分と向き合うことから逃げ続けようかとも思いましたが、1つ前にあんなリレー日記を書かれるとそういうわけにもいかないので、更新スケジュールの不思議な作用に感謝して最近の自分と向き合ってみようと思います。


8月の中旬、体調を崩してしまい、部活を長く休んでしまいました。
はじめは本当にただの体調不良で、早く治して戻ろうと思っていました。しかし、体調は全く良くならず、休んでいる間に周りに差をつけられてしまうという焦りから余計に体調が悪くなるという悪循環に陥りました。しばらく部活のことを考えたくないと思うようになり、期限を決めずに部活を休ませていただくことにしました。

長引いた体調不良の背景には、心の不調がありました。6月に腰椎椎間板ヘルニアになり、DLに入りました。前の怪我から復帰してそれほど時間が経っていなかったこともあって、いつになったらちゃんとプレーできるのだろうととても不安になりました。同期にはどんどん差をつけられてしまい、未経験で入部した1年生にも追いつき追い越されてしまうと思うと、強い焦りを感じました。怪我ばかりの自分に、この部にいる意味はあるのか、いっそのこといない方がチームにとってプラスになるのではないかとまで考えるようになってしまいました。コーチから怪我人に対する励ましの言葉をもらっても、それを素直に受け止めることができず、何を言われてもマイナスに受け止めてしまう自分がいました。「病んでいる」という俗っぽい言葉では片付けられないほど、心に病を抱えていました。

結局、休んでいる間も部活のことを全く考えないことはできず、気づけば練習ビデオを見ていたりトレーニングをしていたりして、戻るしかないと思うようになり、3週間ほど休んだのちに部活に復帰しました。

しかし、今は活動を続けられていますが、今も心が元気かと聞かれればきっと元気でないというのが答えになります。

自分の心の弱さに悩み、強くなりたいと思うものの簡単には強くなれるはずもなく、強くなることを諦めかけていた自分ですが、どうすれば強くなれるのか、リレー日記をきっかけにいろいろと考えてみました。そんな中で気づいたことがあります。それは、諦めてしまうのはいつも自分であって、夢は逃げないということです。どうすれば強く生きられるのかの答えはまだ分かりませんが、諦めずに自分の弱さと向き合い続けていれば、いつか強くなれる気がします。ちょうど昨日安富とメンタルについて話していた時に、時には逃げて開き直ることも大事と言われましたが、僕は僕のやり方で強くなろうと思います。時間はかかるかもしれないけど、見ていてほしいです。


そして、このことに気づけたのは今僕がここにいるからであり、それは紛れもなく、この部活をやめたくないと思わせてくれた同期のみんなのおかげです。

みんなにしばらく休むというメッセージを送った後、すぐに個人LINEで心配してくれた関戸
こういう時は何も言わないのが正解だと思ってあえて何も返信せず待ってくれていた安富
僕が休んでいる間も今日こんなことがあったよっていつも通りLINEをくれた池田
DL期間中たくさんの悩みを聞いてくれて、心の支えになってくれた西久保
僕と同じく腰に悩みを抱えていて、いつも心配してくれる橋野
久しぶりに部活に参加した日、電車が一緒になって笑顔で駆け寄ってくれた陸人
手島が久しぶりに部活に来たことに先輩が気づかないほど、あの日ヘアアイロンで髪を撫でつけて部活に参加して笑わせてくれた、平和の象徴の岩下
復帰した後、変に気を遣うわけでもなくいつも通り接してくれた前川


みんなの一人ひとり違った優しさにいつも助けられています。本当にありがとう。
強くなるのにあわせて、優しくもなりたいです。たぶんみんなと一緒なら優しくもなれる気がします。


書き始める前より、少しだけ前向きになれました。やっぱりリレー日記は自分と向き合う機会を提供してくれる素敵なものです。逃げずにちゃんと向き合って良かったです。そして更新スケジュールの不思議な作用には感謝しかないです。

いつものごとく長くなりましたが、ここで終わろうと思います。長くなってしまって、そしていつもと違って少し慌てて書いた文章で申し訳ないけれど、同期の全員、特に文中何度か登場している安富が最後まで読んでくれることを願います。



次は、1年生にしてウエイト部内トップクラスの強さを誇る本多にバトンを渡します。僕にどこか似ているみたいですが、僕の方が一回りサイズが小さいため、時々、池田や前川が僕のことを「リトル本多」と言ってきます。後ろにつくのが本多とはいえ、池田に「リトル」と言われるのはどうも納得できないので、ご本人様、どうか非公認にしてください。笑
 

リレー日記

 written by 榎園 琴音 投稿日時:2021/10/27(水) 14:13

主将の杉浦さんからバトンを受け取りました、3年スタッフの榎園琴音です。わたしが今年の代のことが大大大好きな、数ある理由の大きなひとつが杉浦さんです。当たり前ですが杉浦さんへの信頼は大きく、わたしが責任者をしている広報関連で杉浦さんがメディア露出する時にも、わたしは基本何もせず本人に全部お任せしています笑
杉浦さんの強さと優しさにいつも助けられております。
—————
タイトルの通り、今回のリレー日記ではリレー日記について書かせていただきます。

おそらくこの部でリレー日記にいちばん強い感情を抱いているのはわたしです。新歓期にラグビー部の先輩から勧められて読み始めたリレー日記が、その瞬間から今に至るまで本当に大好きです。書くのも読むのも同じぐらい好きです。

リレー日記の執筆には人一倍のエネルギーを費やしてきました。皆から聞いた話によると、一般的にリレー日記を書き始めるのは早くて締め切りの1週間前、中には当日になってから慌てて着手する人もいるようですが、わたしは遅くとも1ヶ月前には書き始めます。テーマに至っては、更新を終えた瞬間に、さて次は何を書こうかと考えています。1年生で1回、2、3年生で2回、4年生では2回+最後のリレー日記1回と、4年間で計8回書くリレー日記に、「ネタ切れ」「もう書きたくない」と文句を言う人は多いのですが、わたしは入部時から「たったの8回しか書けないの?」と思っていました。1回1回が貴重なので、毎度悪戦苦闘しつつも、自分の中で100%納得のいくものを書いているつもりです。そのせいかわたしのリレー日記は往々にして長く、先日母から「読んでいて疲弊した」と言われてしまいました。

嬉しいことに、そうやって気合いを入れて更新したリレー日記を、部の人や友達からよかったと言ってもらえることがちらほらあります。確かにわたしは元々文章を書くことが好きですし、口で話すと自分でもよくわからなくなりしどろもどろになってしまうような事柄でも、文章だと誤解を生まずに綺麗に伝えられるような気がします。しかしながら、正直リレー日記に関してはかけている労力が人とだいぶ違うので、完成度が高いのはある意味当然とも言えます。

2年生になりリレー日記の更新マネジメントの業務を行うようになってからは、精神的にも物理的にもリレー日記に最も近い存在になったと自負しています。

リレー日記の更新順序と日程を決めているのはわたしです。数ヶ月ごとに部員全員に順番が回るように、誰がいつ更新するのかを決めて部内に共有しています。
この仕事は単純なようで、意外と時間がかかります。前の更新から日が浅いと書きづらいので、全員一定の期間を置いて書けるようにしたり、4年生の就活がいちばん忙しい時期や、院試がある時期にはなるべく更新日が被らないようにしたり、過去に前後になった人が再び前後にならないようにしたりと、色々調整していると意外と縛りが多く、順番のパターンが限られてきたりします。

自分が決めた更新スケジュールが、不思議な作用をもたらすことがあります。今シーズンのリレー日記で、怪我をした直後や、メンタルが絶不調の時に更新が回ってきたと書いている人が何人もいました。廣瀨が前十字靭帯断裂を診断された翌日が彼の更新締切で、その次の更新者が、2回にわたる前十字靭帯断裂からの復帰が間近に迫っていた魚住さんだった時は、胸にずしんと重く来るものがありました。リレー日記をお涙頂戴のコンテンツとして見ているわけでは全くありませんし、その順番やタイミングに何か特別な意義をみいだすつもりもありません。しかしながら、とても難しいタイミングで更新を迎えたにも関わらず、自分に立ちはだかっている壁に真正面から向き合い率直な思いを綴った彼らの文章に心を動かされたことは1度や2度ではなく、与えられた順番を投げ出さず書いてくれてありがとう、と毎度心の中で手を合わせています。

リレー日記にまつわる業務は日程決めだけではなくて、部員はリレー日記を更新するとわたしに連絡を入れることになっています。更新期限を過ぎても更新がされず、連絡もくれない人にはわたしから進捗を確認しています。
普通の人なら、たまにラグビー部のHPを覗いたり、微妙な時差でわたしがSNSにリレー日記更新を投稿するのを見たりして新たな更新を知るところですが、わたしには本人から直接更新通知が来るということになります。
大好きで、いつも読むのを楽しみにしているリレー日記の更新を誰よりも早く、しかも便利に知ることができるのはとても嬉しいことです。ラインの通知に気づくと必ず、その時やっていることを投げ出してHPに読みに行っています。リレー日記に関する仕事をしているからこそのわたしの特権です。

こんな風に、リレー日記との大きな関わりの中で日々過ごしているわたしですが、リレー日記そのものについて深く考えたことは今まであまりありませんでした。

けれど、どうも3年生になってから部活のあれこれについて考えることが増えてきたようで、リレー日記を何故書くのか、そもそもわたしはなぜリレー日記が好きなのかということについても数回熟考する機会を持ちました。

まず好きなところについて。好きなものの好きなところを言語化するのはとても難しく、何が好きなのかと改めて考えてみると咄嗟には出てこなかったのですが、その魅力は大きく分けて2つあると思っています。

①皆素直になれる
ラグビー部の人たちは、わたしが今まで交流してきた人たちに比べて、自分の率直な感情を日頃あまり口にしないように思います。シャイな人が多いのでしょうか。「この人のこういうところが好きで、尊敬している」「部活のこういうところが問題だと思うのでこのように変えていきたい」などと、日常生活の中で真面目な話題を真剣に話すよりは、なんやかんやといじりや冗談で誤魔化す傾向がある気がします。
ただ、リレー日記を読んでいると「この人、こんなに真面目に色々なことを考えていたんだ」「本当はこんなに熱いものを胸に秘めていたんだ」と意外に思うことがよくあります。自分と向き合いながら不特定多数の人に向けた文章を書く作業を行うとき、人は素直になれるのかもしれません。どんなことも笑いに変える日頃の皆も好きですが、いつになく真っ直ぐに自分の本心を綴ったリレー日記を読むとなんだか毎回とても嬉しく、この部にリレー日記があってよかったな、と思います。
これはわたしにも言えることで、リレー日記に書くことは普段あまり人に話さないことも多いです。リレー日記はさまざまな人にとって自己開示の良いきっかけになるのでしょう。

②紹介
リレー日記の醍醐味が、順番が前後の人の紹介文です。「△△な○○からバトンを受け取りました」「次は□□な〇〇にバトンを渡します」などと繋がれていくバトンが、リレー日記の「リレー」たる所以でもあります。
普段週5のペースで会っている人でも、いざその特徴を書き起こして紹介するとなると難しく、場合によっては本文を書くよりも考え込んでしまったりします。締め切りが目前に迫っている人が「○○の紹介が思いつかない」「紹介文、これで良いと思う?」などと慌てふためいている光景もよく見かけます。
そんな大変な紹介文ですが、その人と自分の関わりや、皆に紹介できるような個性的なエピソードを丁寧に振り返る時間が書くたびに生まれており、その時間がとてもいいなと思います。ありきたりな紹介文になったら申し訳ないので毎度一生懸命考えます。反対に自分の紹介も、その人ならではの内容だとつい嬉しくなるものです。
ちなみにわたしは自分の権利を乱用しており、自分の前後には紹介したい人・紹介しやすい人を毎度配置しています。私利私欲に走っていて大変申し訳ないので、この人を紹介したいという現役の皆さんからの希望があれば受け付けます。言ってください。

以上の2点に共通するのは「部員に対する理解が深まる」ということです。そしてこれはそのまま、リレー日記を書く意義にも繋がっているように思います。東大ラグビー部は「多様性」や「部員の仲の良さ」「雰囲気の良さ」を魅力の一つとして掲げており、チームビルディング活動にも力を入れています。それらを助長し、さらにはその様子を外部に発信する契機ともなっているのがリレー日記なのではないでしょうか。

こうして考えると、東大ラグビー部にリレー日記が存在することには必然性があるようにも思います。逆に、もしリレー日記がラグビー部にあってもなくても良いものだったら、どこかで消えてなくなったかもしれません。

ラグビー部HPにて更新されるリレー日記の最初の記事は、2011年2月に遡ります。かといってそれがリレー日記の起源というわけではなく、いつからか更新が始まったものが2006年に途絶え、その後再開されたのが2011年だったようです。(正確な起源をご存知の方は教えてください。)1年ごとに体制が大きく変わることも珍しくない大学の部活組織の中で、一度は中断しつつも息を吹き返し、そこから今日まで10年間続いてきたのだということを考えると、これは一つの立派な文化なのだと断定せずにはいられません。

リレー日記のことを書くので今回「リレー日記」というタイトルをつけましたが、2011年初めのリレー日記を読んでいると、複数の人が話題に関わらず「リレー日記」というタイトルで更新をしていて驚きました。今やリレー日記のタイトルは、とあるツイッターアカウントのIDだったり、歌の歌詞だったり、何かの呪文だったりと、かなりの多様性を確立しています。文化って変容していくのですね。数年後リレー日記はどうなっているのでしょうか。先日のリレー日記では同期の杉井くんが「これからのリレー日記」というタイトルで、新たなリレー日記時代の幕開けを予感させるような文章を書いてくれました。どんな形になったとしても、ラグビー部に数ある素敵な文化の一つとして、この先ずっとリレー日記が続いていってほしいと思います。そして、現在は厄介ごとと捉えられがちで、たくさんの部員の心を曇らせているリレー日記が、皆こぞって何度も書きたがるような大人気の文化に変わってくれたら、こんなに嬉しいことはありません

これを更新したことで、残されたリレー日記は3回になってしまいました。最後のリレー日記はおそらく4年間の振り返りになるので、テーマを自由に選んで書けるのはあと2回です。今後も、誰にも負けないような愛情と執念を胸に、リレー日記を書き続けようと思います。そして、何があろうとも締切日【19時】の期限に遅れることなく更新される、皆のリレー日記を読むのを楽しみにし続けようと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。
—————
次は、小学生の頃からのお友達であるてしまにバトンを渡します。出会って9年ほど経った今は縁あって先輩をやっていますが、入部時のなんかぎこちない感じに比べるとタメ口の割合が増えてきて嬉しい限りです。一緒に所属している広報セクションでは、持ち前の繊細なセンスと細部へのこだわりを存分に発揮してくれている、重宝すべき人材です。コロナが落ち着いたらまた四谷大塚遊びに行きましょう。
 

Enjoy the Challenge

 written by 杉浦 育実 投稿日時:2021/10/25(月) 15:17

同期一の瞬足と圧倒的なスキルを誇る垣内からバトンを受け取りました。4年の杉浦です。
入学前に練習に参加してはじめて彼のプレーを見た時、「こんなに上手いやつと一緒にラグビーが出来るのか」とワクワクしたことをつい最近の事のように覚えています。

今シーズンも残すところ2ヶ月となりました。3歳から続く自分のラグビー人生もいよいよ大詰めです。最後まで挑戦し続けていきますので、ご声援のほどどうぞ宜しくお願い致します。

さて、リレー日記を書くのは今回含めて残り2回ということで、自分が書いてきたものを読み返してみたところ、ラグビーや部活のことしか書いていませんでした。卒業論文さえも東大ラグビー部の組織文化について書こうとしています。今回も例に漏れず、ラグビーについて書きますがご容赦ください。


現代ラグビーではキックが重要な要素を占めている。有効なキックでエリアで優位に立つことが勝敗を大きく分ける。強いチームほど戦略的にキックを使い、ゲームを有利に進めていく。

ところが、高校時代の僕はキックが苦手だった。SOを務めていながら自分のキックの飛距離に自信が持てず、パスアタックへと逃げていた。

ある時の試合で、監督に激怒された。
「キックを蹴れないことに怒っているんじゃない、チャレンジしないその姿勢に怒っているんだ。」
失敗を恐れるあまり、挑戦することから逃げてきたわけだからキックが上達するはずもない。完全に悪循環に陥っていることに気が付いた。
この言葉は僕の胸に強く突き刺さり、今でも大きな影響を与えている。

今年のスローガンはEnjoy the Challengeだ。今年のチームはこのスローガンのもと、本当に良いチャレンジができていると思う。キックから逃げてきたあの時の自分にも教えてやりたい。失敗を恐れずにチャレンジしなくては、楽しむことは出来ないと。

大学ラグビーもあと2ヶ月で終わる。悔いなく最後の最後までチャレンジし続けよう。


最後までお付き合い頂きありがとうございました。残りの試合の中で、キックパスでトライを演出したいと思います。

次は、広報リーダーとして東大ラグビー部の魅力を発信してくれているえのきにバトンを渡します。
授業も始まり大変な中でも、積極的に行動する姿はプレーヤーたちにもとてもいい刺激になっています。いつもありがとう!

タッカラプトポッポルンガプピリットパロ

 written by 垣内 太朗 投稿日時:2021/10/23(土) 00:00

3年でスタッフ長を務めているあしゃからバトンを受け取りました、垣内です。4年生スタッフがいない中で、本当にいつも完璧な働きをしてくれます。最寄駅が近く、一緒に帰ることも稀にありますが、自分のつまらない話にも付き合ってくれます。申し訳ないです、、、

ラグビー部にいる中での小さな気づきについて書きたいと思います。

ラグビー部にいると練習中の態度や姿勢はもちろんですが、練習外での行動についても目がいくものです。具体的に例をあげていきたいと思います。

・部室のゴミを定期的に捨ててくれる人
・部室で地面に自分の荷物を散らかしてしまう人
・トレーニング用具を人の分まで毎回片付ける人
・使ったものを片付けられない人
・玄関に靴を置きっぱなしにする人
・グラウンドに落ちているゴミを自主的に拾ってくれる人
・毎朝元気に挨拶する人
・挨拶せず生きているのかもわからない人
・人のものを勝手に使って壊す人、、、

そもそも自分が元々このようなことに気を使うようになったのは、1年の頃のハーフの先輩の影響です。それから、自分でも意識し、周りにも気づいたら声をかけるようにしていました。自分としても強いチームはこういう細かいことまで徹底されていると感じていたからです。しかし、本当にそうなのでしょうか。
強くなるためには部室が綺麗で、挨拶ができて、、、これらができていないといけないのでしょうか。
片付けができるからといってパスが上手くなるとも思わないですし、挨拶ができるからタックルが上手くなると思いません。

結論を言ってしまうと、今の自分の考えとしては、これらは「秩序」だと思います。

部室にもグラウンドにも個人にも秩序があり、それがチームとして一致していることが大切なのではないかと思います。これは個性を合わせるなどということではなく、一致した秩序があるからこそその中で個性が活かされるものだと考えています。
そういう考えでは、部室もグラウンドも個人も全て、上であげたようなことができない秩序で一致しているチームは、ラグビーにおいてもその秩序がまかり通るチームになってしまうと考えています。

個性は秩序の中で生きてくるものです。逆に言えば、どんなに素晴らしい秩序があろうともその中で個性が伸びなければ強くはなれません。

いかに良い秩序を形成し、その中でどれだけ成長するのか。

強くなるための基本であると考えています。


ここまで書いてきたことは振り返るといたってわざわざ言語化する必要もないほど普通のことばかりです。しかし、自分にとって東京大学ラグビー部で過ごした4年間はこんなことばかり考えていたような気がします。

これ以上書くと、最後のリレー日記に書くことがなくなってしまいそうなので、ここまでとしたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございます。

次は、我らが主将、杉浦にバトンを渡したいと思います。彼と初めて会ったのはまだ入学前の314日、当時は駒場グラウンドが改修中で、本郷での練習でした。あれから4年も経ってしまったと思うと本当にあっという間でした。もう最後の対抗戦になってしまいましたが、明日の一橋戦では彼からのオフロードパスでトライを取りたいと思います。

ひかりふる路

 written by 谷田 朝香 投稿日時:2021/10/21(木) 17:54

 
 大きなくまさんというイメージがぴったりな吉田さんからバトンを受け取りました、3年スタッフの谷田です。思い返せば吉田さんとは、1年生の頃食堂の前でラグビー部に入るよう熱心に勧めていただいたのが初めの印象で、その時から大きなくまさんというイメージはずっと変わりません。吉田さんにはラグビー部に入部するきっかけをいただいただけでなく、コロナ前は遊びに連れて行ってもらったことも多く、いろんな点において感謝でいっぱいです。


 今回は、何について書くか決まっていない状態で筆を執っています。4年生の引退前に回ってくる最後のリレー日記なので、4年生について書きたいとは思いつつ、なんせシーズン真最中であまり締めくくるような文を書くのもなあ…という感じでうだうだしていたら締め切り期限が迫ってきてしまいました。4年生一人ひとりにメッセージを書くのもいいのですが冗長になってしまいそうなので、今回は本題とは別に、4年生全体に感謝の気持ちを述べるに留めたいと思います。
 同期と同じ3年という時間を共に過ごし、入部した頃はやりたい放題という印象の強い学年でしたが、全員が責任感の強いかっこいい4年生になったことがとても感慨深いです(どの目線やねんという感じですが)。それだけに、最近は4年生が引退するまであとたったの2ヶ月…全員留年すればいいのにという寂しい気持ちになっています。同期同然の存在で、ついつい舐めた態度をとってしまうことも多くなっていますが、それでも楽しく部活を運営してくださる4年生の皆さんにいつも感謝しています。スタッフの視点では、4年生にスタッフがいないからこそ、たくさんお気遣いをいただいています。ありがとうございます。あと2ヶ月、一緒に頑張りましょう。
 
 本題に入ろうと思います。
 今回は、少し前に三方が埼玉県、その前にかわはるが大分県について書いていたこともあり、私は宝塚市について書きたいと思います(なぜ兵庫県ではないのかというと、これは兵庫県民あるある(だと私は思っているの)ですが、兵庫県そのものについて大した思い入れはないからです。大阪府に近くアイデンティティを創出しづらいことが原因かもしれません。)
 宝塚市といえば、小林一三なしには語れません。皆さんはご存知でしょうか。親しみやすいところで言えば、かの有名な松岡修造のひいお爺さんです。そして、阪急阪神東宝グループ、宝塚歌劇団の創始者で、後に商工大臣や国務大臣などを歴任しました。現在では一般的となっている電車の中吊り広告や住宅のローン販売、電車の駅・百貨店の併設などを始めた人でもあります。恥ずかしながら、彼の宝塚歌劇団以外の経歴については東大の授業でつい最近知ったばかりです。日本の経済にここまで貢献した人だとは驚きました。すごいですよね。
 そして彼が創ってくれた宝塚市では、宝塚大劇場がある市というだけに、宝塚歌劇団がとても身近なものとしてありました。まず、宝塚歌劇団を目指す女子がとても多いです。私の周りではバレエを習っている人が大量にいましたし、かくいう私もその一員でした。私が通っていたバレエスクールは、宝塚歌劇団で振付家をされている方が主宰されていました。元男役ということもあり気品あふれるかっこいい方でした。その恩恵か発表会のメイクをタカラジェンヌにしてもらえたり、宝塚歌劇場の一部のホールで発表会をさせてもらえたり、日本各地から宝塚歌劇団を目指すお姉様方がレッスンを受けにいらっしゃったりしていました。後から聞いた話では、学校帰りに新幹線で通ってきていた人もいたようです。そんな風にして一緒にレッスンを受けていたお姉さまたちがいつの間にか宝塚歌劇団に名を連ねていた、なんてこともしばしばです。また、街中をタカラジェンヌが歩いているのをよく見かけます。彼女たちは本当にすごいのです。一般人に紛れて、私服で、髪も一般人のようにセットしているのに、一目見ただけでタカラジェンヌだとわかる動作の美しさ、スタイル、気品、オーラがあります。そんな女性になりたいものです。さらに、ほとんどの公立中学校が、校外学習として宝塚歌劇を鑑賞します。その中で宝塚歌劇にハマる人も続出していました。こんなにも身近に、宝塚歌劇団という素晴らしいものがあることをありがたく思います。
 小林一三に話を戻しますが、私が思う彼のすごいところは、その創造力と先見の明です。彼が創設した阪急電鉄の車内には、宝塚歌劇団や阪急グループが開発した住宅地の中吊り広告があります。阪急大阪梅田駅には、阪急百貨店が併設されていて、訪れた人々は、まず元気なお昼頃に最上階で食事をして、だんだん下に降りながら買い物をして、最後に阪急電車で帰っていきます (シャワー効果というらしいです)。鉄道建設に付随して、近隣の住宅地を一体的に開発するビジネスモデルは、かの有名な桃太郎電鉄のモデルでもあります。こんな感じで、彼の創り出したアイディアの全てに一貫性があり、それぞれが相乗効果を持っており、現在まで定石として受け継がれています。今思えば、私の高校生までの日常生活の大半は、彼にルーツを持つものに囲まれていたようです。私も彼のような発想力があれば、将来の生き方について悩むこともなかったのだろうなと思わずにはいられません。死ぬまでに後世に残るようなでかいアイディアを生み出したいものです。
 ちなみに、小林一家には、松岡修造だけでなく、元宝塚歌劇団員も何人かいれば、血縁ではないですがサントリー創業者の鳥井信治郎もいます。まさに華麗なる一族ですよね。余談ですが、小林一三は山梨県出身らしいです。複雑な気持ちです。

 ここまでだらだらと地元(というよりは小林一三)の紹介をしてしまいました。宝塚市には他にも良いところがいっぱいあります。例えば、手塚治虫記念館もあるし、山田哲人の母校も宝塚市です。ちょっとした古墳もあります。もちろん阪急沿線なので、大阪や京都へのアクセスもいいです。
 こんな風に紹介したからと言って宝塚市にわざわざくる人はいないので、この辺にしておこうと思います。お付き合いいただきありがとうございました。

 次はラグビー部の縁の下の力持ちの垣内さんにバトンを渡します。垣内さんは超有能プログラマーで仕事をさらっとやってのけてしまうので本当に凄いです。人見知りでたくさん話すわけではないのに私含めあらゆる方面から人気を獲得しているのも凄いなと思います。あとめちゃくちゃスタイルがいいのも凄いです。私の母が1人目に覚えたラグビー部員はおそらく、「めっちゃスタイルいいSH」の垣内さんです。ぜひ後2ヶ月でさらに仲良くなりたいです。
 
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