ブログ 井上 啓太さんが書いた記事

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最後の一戦に向けて[ラグビー部リレー日記]

 written by 井上 啓太投稿日時:2016/12/05(月) 18:59


稲垣からバトンを受け取りました、4年の井上です。


先日、名古屋大学山之上グラウンドにて名古屋大学との定期戦が行われた。対抗戦が終わってから1週間しかなく、また怪我人や病人も多くチーム状況は困窮していた。
そんな中、私は本職のCTBとは異なるWTBでのスタメンとして出させていただいた。これまで今シーズンの対抗戦を戦い抜いてくれたWTBの江崎や三浦が怪我・病気で、B3の人数が足りなくなったことが原因だった。
対抗戦で1度もスタメンとして出場できなかった悔しさを爆発させるつもりで試合に臨んだ。
私は、江崎のようなキレのあるステップが切れるわけでもなく、三浦のように柔軟な発想でコールしたり自由なランができるようなプレイヤーではない。
それでもスタメンとして、4年として、今まで練習してきた自分ができることを全力でやる。ただそれだけだった。


試合の結果は数字だけ見ると38-10で大差で勝利した。しかし、後半のスコアだけ取り上げると0-5で負けてしまった。
試合前半は、相手に先制トライを取られたものの、そこから修正することができ、相手ボールのターンオーバーから、自分たちのやりたいラグビーで点を重ねることができたように思う。
しかし試合後半、うまく攻めきれず点が取れなかった。点が取れないことでチームに焦りや苛立ちの雰囲気が流れ始めた時、その空気を変えることができなかった。4年として、グラウンド全体を見渡すことができるWTBとして、的確な判断や声を出すことができなかった。

そのことが何よりも悔しかった。

今シーズンの初めに書いたリレー日記で「受動から能動への変化」を目標にすると書いたが、この試合で能動的に動くことができたかと問われると、「はい」とは答えられない。結局変わりきれていないのが現状だ。



しかし、幸いなことにまだ変われるチャンスは残っている。
最後の京大戦、4年間の集大成としてA戦であろうがB戦であろうが、悔いの残らない試合にするために、全力で暴れまわりたいと思う。そして必ず勝つ、とここに宣言したいと思う。



最後に、東大ラグビー部を応援・協力してくださった皆様に、この場を借りて御礼申し上げたいと思います。最後の一戦、また来年以降の東大ラグビー部を何卒よろしくお願い致します。



最後までお読みいただきありがとうございました。次は上田にバトンを回したいと思います。

 

鼻骨骨折整復術[ラグビー部リレー日記]

 written by 井上 啓太投稿日時:2016/07/14(木) 14:45



 先日、3,4年ほどやり続けたスマホアプリを全クリして虚無感に襲われているという同期の稲垣からバトンを受け取りました、4年の井上です。
 私はここ数年リレー日記で真面目な内容しか書いてこなかったので、今回は、4年間怪我が絶えない私が、今負っている怪我について書きたいと思います。痛みに弱い方は読まないことをお勧めします(笑)。

 
 6月25日に行われた定期戦vs明治大学に、私はスタメンとして出させていただいた。この試合の1プレー目で味方と顔面正面衝突をして鼻を強打したが、出血が止まらないだけで痛みがなかったので、試合はそのまま約80分間出続けた。しかし、試合後3,4日経っても腫れが引かず、鼻が曲がっている気もする。もしかしたら折れているのでは?と思い、鼻骨骨折経験者の後輩達に話を聞くと、彼らは口を揃えて、「その鼻は折れてますって(笑)鼻骨骨折だったら、手術がとにかく『えげつない』ですよ。」とのこと。痛みに弱く、怖がりである私は、その言葉だけで恐れ慄いていた。そしてその様子を見て楽しむ後輩達。
 その後輩達に強く促されるまま病院に行くと、診断は非情にも鼻骨骨折で、そのまま当日手術だと言い渡された。手術待ちの間、後輩に診断結果を報告すると、嬉々として、鼻骨骨折手術の体験談ブログや後輩自身の体験談を送りつけてくる。緊張のあまり、手術直前の私の脈拍は優に100を超えていた。
 
 そして手術の時間がやってきた。麻酔は局所麻酔で、鼻の外から2箇所に注射をし、鼻の内側には麻酔薬の染み込んだガーゼを鼻の奥に(喉の近くまで)3回も4回も突っ込まれる。これがまず痛い。無理やり海水を鼻から飲まされているような感覚。そして麻酔が効くまで5分ほど放置され、いよいよ治療開始。「痛いかもしれないけど、すぐ終わるからね~」と看護士さん。『痛い』という言葉に敏感になっている私は、緊張がピークに達した。フックのついた鉄製の棒のようなものを両鼻に差し込み、お医者さんが「いきますよ~」という。棒を入れられる感覚がやけにはっきりしている。麻酔がちゃんと効いているのか不安に思ったその瞬間、「メリッ…メリメリメリィ!!」という音が頭蓋骨に響き渡り、裂けるような痛みが走った。「あ…がっ…」と勝手に声が出るのと同時に、大量の涙がこぼれる。「あと3回ぐらいいきますね~」という言葉に心が折れそうになりながらも、3度の同じ苦痛をなんとか耐え抜いた。術後は、涙で目の周りがびしょ濡れだった。
 
 しかし、本当の地獄はここからだった。手術が終わり、家に向かっていると、眉間のあたりが異様に痛くなってきた。麻酔が切れてきたのだった。家に着く頃には頭全体が痛くなっていた。鼻を手術しただけなのに頭蓋骨全体に割れそうな痛みが響く。処方された痛み止めを飲んでも痛みは治まらない。インフルエンザや蜂窩織炎で40度超の高熱が出た時よりも遥かに辛かった。一晩中、文字通り頭を抱えながら耐え続けた。しかし、この苦しみも翌日には大分治まった。
 
 あたかも拷問を受けて死の淵を彷徨ってきたかのような表現をしてきたが、今では元気そのものであり、復帰に向けて尽力している最中である。自分が引退までは怪我なく過ごせることを、そして今後東大ラグビー部内で鼻骨骨折者が出ないことを祈って、このリレー日記を締めたいと思う。
 
 
 
 次は、医者の卵ながら、3度にわたる誤診で部員からの信頼を失いつつある同期の上田にバトンを回したいと思います。

 

"Challenge"[ラグビー部リレー日記]

 written by 井上 啓太投稿日時:2016/02/12(金) 11:05


同期の小沢からバトンを受け取りました、新4年の井上です。


今年の東大ラグビー部棚橋組のスローガンは"Challenge"である。今回このリレー日記で、この"Challenge"について書きたいと思う。


一口に"Challenge"と言っても、人や見方によっていろいろな意味合いを持つだろう。対抗戦Bグループで下位から上位を目指す"Challenge"、今まで以上に厳しい練習を乗り越える"Challenge"、自分の限界に挑み続ける"Challenge"…

そこで、今年自分が設定した"Challenge"は、「プレイヤーとしても人間としても一皮剥ける」というものである。具体的に言うと、物理的に体を大きくすることや、精神面を鍛えることももちろんだが、一番は「受動から能動への変化」に焦点を当てている。


昨年のリレー日記で、センター転向に伴って「自分で考える」ことについて書いたのだが、昨シーズンを通して、やはり受動的な状況が多かった。誰かに指摘されてから考えたり、自分で考えて分からなかったところを放っておいたり。結局最後まで「自分で考える」ことを意識し続けることができなかった。
最高学年となった今、下級生を引っ張る立場となり、いつまでもおんぶに抱っこの状態ではいられない。
「自分から考えて、自分から行動を起こす。」
そしてそれを当たり前にする。
これを練習中だけでなく、プレーや日常生活にも反映させていく。
こうして「プレイヤーとしても人間としても『能動的になることで』一皮剥ける」ことを目指す。

これが当たり前の人にとってはなんとも情けない"Challenge"であるかもしれないが、自分にとっては人生を変え得る程の大きな変化だと考えている。
4年にもなってチームを直接変えていけるような"Challenge"ではないことにも、自分の未熟さを感じるが、まずは自分が変わり、下級生にもその変化を感じさせたい。そうしてチームにいい影響を与えられたら、と思う。

1年後、このリレー日記が綺麗事で終わらないように、この1年間精一杯走り抜けたいと思う。


次は中高から続く腐れ縁のきれない同期の梶村にお願いします。
 

B3からセンターへ[ラグビー部リレー日記]

 written by 井上 啓太投稿日時:2015/04/09(木) 11:49

 
同期のゆとり王こと近藤からバトンを受け取った3年の井上です。

 
去る3月の終わり、僕はチーム事情によりセンターに転向することになった。今回はこのことについて書きたいと思う。
一昨年、去年と僕はジュニアチームでプレーしていて、しかも怪我や病気も多く、この2年間は全く満足できるものではなかった。そして、2月の初めに今年度のチームが始動し、ジュニアメンバーもシニアメンバーとして練習に参加する。しかし、今年のチームスローガンが「想像を行動に」であるにも関わらず、僕は去年とあいも変わらず、おんぶに抱っこの状態だった。言われたことをただただ飲み込むだけで、自分で考えることができていなかった。その結果、多少の成長は見られたものの、この2年間何をしてきたのだろうという気持ちが生まれていた。

 
そんな状況の中、僕はセンター転向を言い渡された。正直言うと何が何だか分からなかった。今までB3として2年間ラグビーをやってきて、全く毛色の違うセンターというポジションをやることが全く想像できなかった。しかも、スキル・フィジカル・スタミナ・頭脳、すべての要素が必要なセンターは、未経験で始めた僕にとっては雲の上のような存在だった。
そんなセンターというポジションにいきなり放り込まれた僕は、まず最初に「考える」ことから始めた。B3としてやってきた2年間でできなかったことだ。どうしてミスが起こったのか、スタンドやB3が自分にどうしてほしいのか、プレー中にできるだけ「想像」を切らさないようにする。こうするだけで今まで以上にラグビーが難しくなり、かつ楽しくなった。センターに転向したことで、B3でやっていた時には気付けなかったことも多く見つけた。自分には何が足りないのか。何が強みなのか。
こうしてセンターという慣れないポジションに頑張って適応していくことで、どんどんラグビーが楽しくなってきている。
初めはセンターをあたかも嫌なもののように書いてしまったが、今ではセンターとして楽しんでプレーできているので、一番ネックな体格を大きくし、スキル、スタミナをもっと付けて頑張っていきたいと思う。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次は3月から僕とルームシェアを始めた同期の棚橋にバトンを渡したいと思います。

 

一年前[ラグビー部リレー日記]

 written by 井上 啓太投稿日時:2014/03/21(金) 10:59

入部当初からずっとお世話になっている平松さんからバトンを受け取りました、新2年の井上です。


気付けば私が入部してからもうすぐ1年が経とうとしています。
そこで今回は自分の一年前を振り返りたいと思います。



2013年3月、無事に東京大学に合格した私は、大学で何をするかあまり計画を立てておらず、高校で弓道部に所属していたため、「やっぱ弓道続けるのかな」程度にしか考えていませんでした。


そんな中迎えた4/1の諸手続きの日のテント勧誘。私はラグビー部のテント勧誘に捕まることなくテント列をくぐり抜けたのですが、全てのテントを抜けた先に待ち構えていたのは、ラグビー部の先輩と一緒にいた高校も同じで今も部の同期である梶村くんでした。「飯おごり連れてってもらえるらしいから行こうぜ!」と梶村くんに言われるがままのこのこと付いて行きました。

その日から体験練習に何度か顔を出していたら、ラグビー部の雰囲気に惹かれて、気付いたら入部を決心していました。
部の雰囲気の良さはもちろん、ラグビーの楽しさに気付けたのも、今こうして辛いながらもラグビーを続けラグビーを楽しんでいるのも、去年の先輩方の熱烈な勧誘のおかげでした。



あれから1年が経ち、今度は自分が新入生を勧誘する立場です。
私は新歓委員ではないですが、自分のように一人でも多くの人にラグビーの良さ・楽しさを知ってもらえるように、また、熱意のある新入生に入部してもらえるように勧誘を頑張っていきたいと思います。


最後までお読みいただきありがとうございました。

次は新歓委員で、いつも元気な田中翔太さんにお願いしたいと思います。


新二年  井上啓太
 
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