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不要[ラグビー部リレー日記]

 written by 伊藤 佑樹投稿日時:2026/07/10(金) 18:55

3年の原田君からバトンを受け取りました,4年の伊藤佑樹です。残念ながら私はアメリカのSNSは見たことがありませんが,日本国内のJ-PARC MLFにはこの前行きました。

核破砕中性子源(Spallation Neutron Source)の話ではありませんでしたか。失礼いたしました。Social Networking Serviceのほうですと,色々見てしまうのは確かですが,発信は特に行っていないです。現状このリレー日記しかありません。

縁の下から支えているように見えるとするとその時点でそれは縁の下ではないわけです。以前原田君は中島みゆきさんの「麦の唄」を歌って陽気に部室からグラウンドに向かっていましたが,中島みゆきさんでいえば「地上の星」みたいなところではない存在ではあるのでしょう。原田君の最近の活躍その他言動もしっかり覚えられているでしょう。

 

さて,若干関連する話ではありますが,ある程度部活での4年間を総括するような話として,個人的な見解を書きたいと思います(例年だと4年生は12月にもう一回リレー日記を書く機会があるのですが,回ってきたとしてもあんまり関係のない話を書こうと思います; こう書いていたらバトンが回ってこないかもしれません)。勝手に書いているものですし,ほかの人のことは分かりようのないことである中一般論みたいに乱暴にも語ることになります(どんなリレー日記でも共通しますが)。

 

「部にとって必要な存在」というのは,部員全員がある程度目指すところかと思います。これこそ勝手な意見ではありますが,どちらかといえばスタッフのほうがプレイヤーよりもこれに縛られるところなのではないかと思いますし,1年生の頃からその活動に関しては中心的な形でかかわるのではないかと思っています。これは大きな落とし穴のように思われるところです。

なぜ部活をやるのか,という話をよく部長の青山先生がされ,成長というのをお話しになっていたと思います。この点を考慮すると,部活を続けるためには,成長することが必要ということになります。プレイヤーの場合には,4年間の練習を通して技術は磨かれるのではないかと勝手ながら思っています。スタッフの場合,2年生以降やることは基本的に変わらないですし,成長というのはだいぶ難しくなってくるところです。

「部にとって必要な存在」になろうとするということ自体は悪くはないのかもしれません。ところが,実際「部にとって必要な存在」になった瞬間,自分自身にとっては部は必要ではない存在になってしまうのです。もはや成長というのは期待できなくなった以上,部に居続ける意味はあまりないのです。必要のないたとえではありますが,なんとなくこれは恋愛にも共通するところがあるのではないかと思います。恋愛について言えば,カップルというのはお互いを必要として存在しているのではないかと思います。互いに必要でなくなったとき,彼らはカップルとしては終焉を迎えるのです。

ここまでの議論には,一つ抜けている視点があります。「必要とされている」ということ自体がやり続ける動機になるのではないかということです。果たして,このような思いになったときに部活を続けるのは良いことでしょうか。実際の生きがいに関していえばこれを中心にしている人もいるのだろうと思います。ただ,自分自身として何もコントロールできないところに行ってしまっているものですから,必要とされていることを動機にするのはきわめて脆いと思っています。何かしらか自分の中にも動機が必要なところと思います。

追加で言えば,居心地の良さ,居場所があるということも言われうることでしょう。中学生の頃は大学に行こうとすら中学3年の10月までは思っていなかった中,悩みつつ高校を選び,気がつけば東大に入っていました。正直なところ,中学卒業後の進路については,もう少しよい選択ができたような気がします。高校の居心地が良すぎた,というところです。22歳の時点で言う事ではないでしょうが,多分人生で一番楽な3年間となるような気がします。ちょうどよい自由さという高校自体の中学校や大学と比べた立ち位置もあるのでしょうが,それにしても何か滑らかな感じでした。私の出身高校は私にとっては良すぎました(男だから,というのはあると思います。この1つしか私から見たエピソードはありませんが,女子更衣室が施錠されていないときに服を誰かが盗んだととしたら,過失はあるにせよ,悪いのは明らかに盗んだ人であって鍵をかけ忘れた人ではないのです。現実に男性が恐ろしいのは残念ながらありますしその対策が残念ながら必要なのはわかりますが,だからと言って本来目指すところから目を背けるのは教育としていけないでしょう)。中学3年生の私にはおすすめしないでしょう。なんとなく居場所があるような東大ラグビー部ですが,ちょっと不安のようなものはあるところで,それが残っているのが良いことです。

まだ半年ほど期間が残っているのだと思いますが,私は完全には必要とされていない方面の仕事を残していますので,一応は続ける意味があるとは思っています。なにができるのかはわからないですが,何かしたいとは思います。
 

次は,4年筑波君にバトンを渡したいと思います。先日は練習から大変帰るのに苦労されていましたが,その後いかがでしょうか。彼は私の同期で化学系ということであり時々研究の話もします。ぜひいろいろまた話したいところです。

丸と円のちがいのように[ラグビー部リレー日記]

 written by 伊藤 佑樹投稿日時:2026/03/26(木) 18:34

新2年の川口一彰君からリレー日記のバトンを受け取りました,新4年の伊藤佑樹です。先日のごはんの件お誘いいただきありがとうございました。おかげさまで何とかやれています。そろそろお風呂のことはできるようになってほしいと思います。またお話ししましょう。
 
さて,もう2週間ほどたちますが,3月14日は円周率の日でした(ほかにもいろいろあるとは思いますが)。これに際しラグビーのボールについて考えたことでも記したいと思います。特に,よく楕円球などと言われることに異議を唱えたいと思います。
英語で競技規則を見ますと,ovalというのが書かれています。
楕円というのは平面で2点からの距離の和が等しい点の集合,楕円体は空間で2点からの距離の和が等しい点の集合です。これらはそれぞれellipse, ellipsoidといわれます。
ではovalというのは何かといえば,ざっくり言えばもうちょっと緩い言葉です。あるいは,いわゆるラグビーボールそれ自体のような形を指すことにも使われます。
少なくとも私の調べる限りでは,日本語においてはovalに対応する言葉というのはありません。
とはいえ,ラグビーボールはちゃんと膨らました時には4枚張りでもそれなりに楕円体に近い形になります。
ほかの球技で見られるような丸いボールも決して真の球ではないですし,そのような球は実際には存在しないわけですが,そもそもラグビーボールは楕円体を目指して作られているわけでは競技規則上はないとも解釈できます。
実はボールの比べられることの多いアメリカンフットボールNFLではspheroidとして楕円を軸方向に回転させた回転楕円体であることが指示されています。しかし,実際のボールを見ればラグビーの方が楕円体に近いでしょう。
楕円を意識しているのかどうかというのは関係のない言葉として受け止めることはできますが,ちょっともやもやとする訳です。
なんとなくこうして英語と日本語とを行き来していると1年生のころラグビー部内で翻訳を行っていた時期を思い出します。なかなか自分の仕事というのが定まらない中ようやく仕事ができたようにも思っていました。
ちょうどそのころから行っていたほかのことが運動会総務部での活動です。もともと入学時にもサークルオリエンテーションなど行ってみようかなと思いつつ結局入らなかったところですが,ラグビー部派遣の総務委員として1年生の10月ごろから活動しています。ラグビー部でも先輩とちょっと関係が悪くなっていた時期だったというところもあって,私にとってラグビー部以外のもう一つの軸となっていきました。ラグビー部の活動に役立てたいという下心はありつつ,総務部自体の活動が何のために行われているのかというのは実に難しい問題です。
総務部の活動を通して感じるに,一般財団法人東京大学運動会の法人の在り方というのは間違っているところも多いと思いますが,それぞれの運動部があって,その集まりとしてある運動会というのは大切な存在だと思います。総務委員会(総務部は旧称ですが慣用されています)というのは東京大学運動会において実質唯一収入の大半を担う学生の視点で活動できる組織ですから,そのような意味で総務委員であることの重みと誇りがあります。
 
最近ラグビー部では「運動部はサークルとは違う」といった言説をよく聞きます。こうした発言をしている人は必ずしも運動部が何たるかを理解していないことが多いように思います。東京大学というのは何か学生の団体を公認することはしない大学です。例えば届出学生団体というのがありますが,これは公認というのとは異なりますし,本郷キャンパスにおいて各学部が管理する施設以外の施設を利用しやすくなるというのがその実際のところと私は認識しています。届出をしていない団体が多いというのは事実ですが,それはそうした団体が駒場キャンパスを中心に活動しているからであって,その団体がちゃんとしていないというわけではありません。駒場キャンパスでは東京大学教養学部学友会への加盟が実質この届出の代わりを果たしています。事実上公認されているのは学生自治会や学園祭実行委員会のような類の団体のみであります。
運動会運動部というのが特別であるという点については疑いはないところかと思いますが,運動部とは何なのか,その目的を一概に語ることは難しいです。大会に出場しない運動部もありますし,活動の仕方も運動部ごとによってバラバラです。そうすると,実際の部員の視点としてどの運動部でも共通しているのは,青山部長のよくおっしゃる成長ということになるのかもしれません。
私は,今のラグビー部にいて,実質的には運動部ではないように感じることが良くあります。それは,東京大学を代表しているという意識が全く見られないからです。スイカジャージを着て試合に出る23人がラグビー部を代表しているというところの意識は強く根付いていると思います。そのさらに後ろには,東京大学運動会ラグビー部がラグビーという競技において東京大学を代表しているという意識があってしかるべきだと思います。そのうえでは学業も最低限必要であるというのも付け加えておきます。
ラグビー部の伝統というのはほかの運動部とは良くも悪くも異なる点があります。他の運動部とは違い淡青はセカンドジャージで,応援歌「ただ一つ」を歌う機会も年に1回か2回。実は淡青の決まった時期はラグビー部創部より前ではあるもののわずか数年ではあり,部歌は「ただ一つ」よりも約20年も前にできています。それらは,東京大学運動会の加入団体としてのラグビー部の立場を弱めてしまっているというのもまたいえるのではないでしょうか。何となく現在のラグビー部関連の動きには少し不穏な感じがありますし,ここから先数年はよいもののそこから相手にされなくなってしまうのではないかと不安になります。具体的には書きませんが,他の運動部がやっていることには,運動部の精神的なつながりのようなものがあるからできているものもあるということに注意する必要があるでしょう。
 
東大ラグビー部というのはそれ独自として価値がありますが,それと同時に,東京大学ないし東京大学運動会の運動部であるということ,大学のラグビー部であるということのそれぞれでも価値があり,これらが重なったところとして東大ラグビー部とらえなおす必要もある,というのが私の言いたいことです。駒場開催の定期戦で両大学校歌斉唱を行う,今ある縦割り組織のスモブラを中心に上級生が単位取得状況の芳しくない下級生に学修のサポートをすることなど,ちょっとしたことを行うだけでも東京大学の代表としての価値は向上させられるのではないかと思います。大学のラグビー部としてのところはおそらく読まれている皆さんのほうが詳しいでしょうし,こちらのほうは高いレベルで重要視されているのだろうと感じます。これらの2つの焦点からellipseをうまく描けるように東京大学運動会ラグビー部を変化させていくべきだろうと,無理やり最初の話につなげて締めたいと思います。
何かこのリレー日記その他ご意見などあればぜひコメントをお寄せください。
 
次は新3年の小川雄大君にバトンを渡したいと思います。個人的には昨年の合宿で私の肉の焼き方が悪く体調不良になってしまったのではないかと心配でしたが大事には至らずよかったです。健気にお肉を受け取る姿がかわいかったです。十分日頃から気をつけたいと思います。
 

ただいま合宿中。[ラグビー部リレー日記]

 written by 伊藤 佑樹投稿日時:2025/08/17(日) 15:51

3年同期で前期課程のころは同じ理一ドイツ語だった佐藤琉海君からバトンをもらいました,伊藤佑樹です。化学科が忙しいといわれていますが,実は単位数で見るとシステム創成学科と比べ9.5単位も少ないので,忙しいという指摘は当たらないと思います。それはさておき彼からはエネルギー分野に取り組みたい,そのためにシステム創成学科に行くのだと強い動機を聞きました。商社に行きたがっていた高校のクラスメイトからも色々聞きましたが,やはりエネルギー分野などは人文学や社会科学を含めて学際的なシステム創成学科で学ぶことが見方としては非常に重要なのだろうと思います。私にとっては化学1つ学ぶだけでも大変なのにそこから「総合知のアプローチ」などやっていくのは私にはなかなか負えません。システムの創成は彼や中村君,定浪君(予定)に任せることにして,私は分子を適当にいじっておくこととします。理一ドイツ語といえば葦扱いされていた目黒君も理一ドイツ語です。今度理一ドイツ語会でもしましょう。

さて,かなり重い夏バテに苦しめられ,麵ものどを通らないような状況であるため,あまり長く書くようなことはできません。残念ながら読書は相変わらず進んでおらず,ほかにそれほど書くようなネタがあるわけでもないです。とりあえずのテーマとして合宿について諸々ちょっとした思い出を語りたいと思います。

現在ラグビー部では合宿を続けて行っており,8月6日から8月12日に山中湖で合宿を行った後,昨日8月16日から菅平で合宿を行っています。

合宿でなんだかんだ一番重要なのは天候ではないかと思っています。なんだかんだ標高の高いところに行くというのもあって,合宿での天気が通して安定していたことはあまりありません。やはり一番心配なのは雷です。今年の山中湖合宿では何とか期間中落雷はありませんでしたが,これまでの合宿では結構ひやひやするようなこともありました。特に普段いる駒場ラグビー場と違ってすぐに退避できるわけでもないので,早めの判断が重要であるところですが,どうしてもギリギリのところでやりすぎてしまうことが多くありました。1年生のころ気象予報士試験に落ちた私ですが,今年はこの判断について原井君を主としつつ私も担当しています。駒場では早めの認識がしっかり効いたので,これを合宿中も行いたいです。

雷でなくとも,雨が降るとなかなかつらいものがあります。山中湖の合宿中もなかなか強かったです。それほど長くは続かないですが,天然芝も相まってスタッフにとってもしんどいです。幸い菅平に来てからの2日間は晴れており,山々に囲まれた中の日差しがあり,心地よい風が吹いています。

菅平での私の楽しみは散歩です。昨年2年生としてはちょうど進学選択の時期で,上に書いてある結局進んだ理学部化学科にしようか,全然違う分野に身を置こうかとほぼ毎日,グラウンドからホテルの帰り道や,あるいは全然違う別荘地を一人歩きながら悩んだものです。レタス畑があり,木々がある中で,若干虫は怖いですが,いろいろめぐり,上り下りしたものです。山中湖も東京と比べれば涼しいですが,菅平は全く別の次元で,何時間でも歩き回れるものです。今年もさっそくきた初日から40分ほど歩き回りました。見知らぬグラウンドの番号を確認しながらホテルへと戻る道にはつねに緑があります。昨年は菅平高原のある上田市と隣接した須坂市との市境にも,長野市との市境にも歩いていきました(昨年1回部車に同乗したときにも誤って長野市のほうに下っていきそうになったことがありました)。今年はぜひ群馬県との県境まで歩きたいところですが,さすがにそこまでの時間はなさそうです。

……
すみません。実はまだ今年は菅平に私は行っておらず,上に書いたことはでっちあげです。私が菅平につくのはもう何日か後です。今は某所に籠っています。天気と散歩のつまらない話でした。菅平に行ったときには散歩できたらと思います。

次は2年の三上君(昨日誕生日だったみたいです。普段あまり人の誕生日を祝うことはないですがおめでとうございます)が書きます。個人的には彼とは昨年一緒の班で,山中湖でSUPを昨年行ったのを思い出します。広い山中湖の上に三上君が立った姿は,グラウンドでの勇姿にも劣らず神々しいものさえありました(ただ彼はSUPに苦戦していました)。そんな三上君は無人島で自給自足サバイバルができるようになる学科に進みたいとしていました) 。残念ながら私の知る限り直接そのような学科はないですが,そのためのヒントを得るためには,結局のところ,毒を見極めることなどで分子的な視点が一番重要ではないかと思いますし(ちょっと例が下手すぎましたが),何より三上君自身化学が得意であると,先日素晴らしいリレー日記を執筆された猿渡さん(残念ながら結構重大な誤字がありました)をはじめとする化学系の学科の先輩の前で常々豪語していたと記憶しています。私は理学部化学科に在籍しているのですが,三上君こそまさにこの分子的な視点の探究を担っていく人財だと思います。なので三上君,化学科で待っています(進学選択直前できっと昨年の私みたいに悩んでいる時期にこんなことを書かれると彼も大変だと思います。大変申し訳ございませんでした)。
 

格子定数[ラグビー部リレー日記]

 written by 伊藤 佑樹投稿日時:2025/04/23(水) 18:50

2年の野村君からバトンを受け取りました,3年の伊藤佑樹です。
野村君の書いている通り,ホームページ関係などSEセクションとしてやっています。
中学生のころ学校のホームページを実質更新していた身としてはこのSEセクションの仕事は天職みたいなものですが,
それゆえ変な自信から空回りしてしまうところも多くあります。
ぜひ野村君にもSEセクションに興味があるならまじめな彼に一緒にやってほしいところです。

さて,申し訳ございませんが,『トム・ブラウンの学校生活』についてはいまだ読めていません。プロジェクト・グーテンベルクにあるのでそこで読もうとは思っていましたが,昔の英語についていけずまだ読み進めることができていません。またこうした過去の英語について読む機会があればと思います。

そのようなことなので,今回は野村君から提示された疑問に対して答えたいと思います。多分以下の回答というのは必ずしも良いものではなく,賛否両論あるのは間違えなくいえると思います。なかなか言葉にするのが難しいところもあり,いつも以上につたない文章になっていますが,読んでいただければ嬉しいです。

ところで,前回の野村君のリレー日記は読まれましたでしょうか。こちらですが,最後に私の同期スタッフの原井君にバトンを渡しているのですが,ここでも「いとしん」と「格」という2語が使われています。これは私には偶然とは思えないです。きっと伊藤慎君は野村君にとって標準水素電極みたいな存在なのでしょう。ふたりの間で怪しい取引がないか今後注視したいと思います。

「伊藤として格上」ということに関して,伊藤慎君と話した中では彼と私伊藤佑樹との間での格の違いは特にないだろうという結論に至りました。もしかしたらお互いに自分のほうが上だと思っているのかもしれませんが。伊藤というのは現在生きている人だけで100万人ぐらいいますが,その間に格というのを考えて100万人に順位をつけるというのは私は思想として危険なようにも感じますし,実際にできるものでもないと思います。名前の50音順だったら私のほうが後になる,といった具合でしか現実に考えることはできないでしょう。さかのぼっていったときに本当の発祥という意味での本家の伊藤さんだったら格上だとか考えることもできるかもしれませんが,とくに私たち2人はそういったものではなさそうです。

ただ,このような書き方をすると問題があるかもしれませんが,後輩の野村君から,後輩の伊藤慎君との格を比べられたということに関しては,私自身として問題意識を持たなくてはならないと感じています。決して先輩としての威厳がどうということではないですが,実際比べられてしまうのは,私自身部で格下に見えているところがあるのだろうと思います。いろいろ部での仕事に関してうまくできないことも多く,私のせいで停滞してしまったことも多くあります。

では,自身として格上であるべきなのか,と問われるとそれは違うように思います。多分格上だと思って物事を進めると私の場合どこかでそれが転落してしまう点があるのだろうと思っています。高校生の頃も部活でそのようなことがあり,今のラグビー部での立場ももしかしたらそのようなところがあるかもしれません。同期スタッフの中で最初に当番制の少し大変な仕事をしたのも私でしたから,なにかそのように思ってしまっていたところがあるのかもしれません。1年生のころそれなりに大きな失敗をし,そこからいまだ立ち直っていないようにも思います。
格というのは考えるべきではないと思うところですが,ある程度気にしてしまうところがあるのが難しいところです。

具体性のない文章になりましたが,格という枠組みから私は抜け出さなければならないと思っていますし,現実難しいところはありますが,そのように行動したいと思います。

次は4年副将・領木彦人さんにバトンを渡します。最近私も坊主に近いような髪型にしましたが,長すぎると彦人さんから言われました。先輩を見習って次はもっと短くしたいと思います。

予告と異なりすみません[ラグビー部リレー日記]

 written by 伊藤 佑樹投稿日時:2024/08/03(土) 18:45

 4年の木村デイビス泰志さんからバトンを受け取りました、2年の伊藤佑樹ですです。昨年の合宿ではできることがあまりなく、ずっと部屋にいましたので、かなりいろいろとその中でコミュニケーションを取ることがあり、デイビスさんのことをよく知る機会となりました。今年の夏合宿はこうした状況にはならないとよいですが、貴重な経験ではありました。
 さて、前回のリレー日記では『トム・ブラウンの学校生活』について書くと予告していました。その時は夏休み中にゆっくり読もうかなと思っていましたが、思いの外バトンが早く回ってきてしまい、残念ながらまだ最初の部分しか読むことができていません。夏休みであれば、もちろん部活は合宿や対抗戦など忙しくはなりますが、それでも授業がない分時間をかけて読むことができると思っていたところでした。少し古い英語の調子で書かれていることもあり(日本語訳もありますが)、読むのにはもう少し時間がかかりそうです。また別の機会があれば『トム・ブラウンの学校生活』について書くことにして、今回は外国の作品というところでちょっと外国語の学習について感じることについて書こうと思います。
 この間までの学期では、これまであまり学ぶことがなかった外国語について、いくつかの言語の授業を受けました。これらの科目では、文法を中心に学ぶことになりました。私自身として、あまり文法について学ぶ機会がなかったもので、しっかりと学んだのは今回が初めてだと思います。英語については前回書いた通り少しアメリカにいたのである程度はできるところがあり、あまり文法を中心に学ぶような姿勢ではなかったです。また大学に入って1年次より学んできたドイツ語の方も、どちらかというと会話のようなところを中心として学んできたので、文法を意識することはもちろんありましたが、文法を中心とするようなことはありませんでした。高校生の頃を思い出すと、英語の授業で文法事項というのは一通り扱っていましたが、それを知ることについてはあまり意味を感じていませんでした。文法というのは、それ自体が言語を成り立たせているものというよりは、その言語が先にあって、そこから帰納的に見つけられるものとして英語には臨んできて、ある程度文に触れることによって納得のいく考えを得る必要があるのではないかと思っていました。ところが、特にラテン語のような場合にこの方法は難しく、いろいろ読んでいくよりもその文法に即して見ていくということのほうが基本になるのだろうと思います。外国語学習の目的としては、コミュニケーションをとりたいということや、文献を読めるようになりたいというところはあると思いますが、その文法を知るということだけでもいろいろな言語の違いというのが見えて面白かったところです。
 そうなった時にこれまで何でそういったことを学んでこなかったのか、ということになりますし、色々私自身の学習態度として反省するところがあります。特に外国語についてはどうしても実用性というところを求めてしまうところが大きく、私にとって少なくとも英語に関しては文法を学ぶことにはメリットを感じなかったところでした。今後も外国語については色々と学んでみたいと思いますが、まず夏休みは一旦『トム・ブラウンの学校生活』を読みたいと思います。
 次は4年辻翔太さんにバトンを渡します。辻さんはタッチジャッジをするのがお好きなようで、機会があるたびに立候補しています。私も以前にタッチジャッジをする機会がありましたが、その時は動きがあまりにもひどく反省すべき点が多かったです。もっと他に聞くべき人がいるようにも思いますが、辻さんにもタッチジャッジについて聞きたいと思います。
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