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今、話したい誰かがいる[ラグビー部リレー日記]
投稿日時:2023/01/21(土) 01:26
おっくんからバトンを受け取りました新2年の石澤です。本当は奥山"先輩"と呼ぶべきでしょうが、彼の海のように広大な懐と兄のような優しさにより、我々は親しみを込めておっくんと呼ばさせていただいています。そんな彼はリーダーシップに溢れ、昨年のコルツ戦では精神面とプレー面の両方において非常に頼りになりました。尊敬というのは外面だけから伺えるものではないのです。
さて、最近の個人的ニュースといえば、1週間以上前になりますが、成人式を迎えたことでしょうか。中学から30キロ増えた肉体とフェードカット。バチバチにいかつくして臨んだ成人式大イキり選手権でしたが、当日は悔しくも本物のいかちい人たちに圧倒され、予選敗退しました。
とはいえ、前シーズンの個人目標であった「成人式で元中をビビらせる」はギリギリ達成できたように思います。再会の瞬間の彼らの驚きの反応が楽しくてたまりませんでした。とにもかくにも、旧友たちとの思い出話を盛大に楽しめた三日間は忘れられない記憶になるでしょう。
ところで、新シーズンが始まり1週間が経ちました。基礎づくりの春シーズンということで、覚悟はしていましたが、ボールを持つ時間よりも人と組み合う時間のほうが長い練習には、ラグビー部というよりは"スクラム"部の方が実情に合っていると感じさせられます。
始めた時から今まで一切スクラムに関わったことのない僕のような完全バックス人間にとってすれば、楕円球はもはや恋人です。
"春シーズンは遠距離になるけど、アフターでたくさん投げて、たくさん蹴り飛ばしてあげるからね"
遠距離になっても心の距離は離れないように、楕円球とのコミュニケーションも怠らないようにしたいと思います。
次は新四年生の前川さんにバトンを渡します。前川さんは毎週木曜日にご飯をご馳走していただける機会に恵まれてから、いろいろな話を聞いたり、話したりするようになりました。経験値とパススキルはいうまでもないうえに、アフターでパスやキックの練習を黙々とこなす姿がとても印象的で、今年度のチームを引っ張ってくれそうな頼りがいを常に感じます。粋でこれからも美味い飯とディープな話を期待してます。
バチバチ 2023[ラグビー部リレー日記]
投稿日時:2023/01/13(金) 07:00
皆さま、あけましておめでとうございます。
1月11日に2023年度シーズン・西久保組がスタート致しました。
新シーズン最初のリレー日記は新3年奥山が担当します。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて、新シーズンを迎えたにあたり、本チームの目標や目指すかたちは主将、副将がVoiceにて綴りますので、私のリレー日記では、個人的なことを書かせて頂こうと思います。
---------------------------------------
昨年は一昨年よりも良い景色に辿り着けた。
膝の怪我からやっとの思いで練習に復帰しても調子はあがらず、夏先までは全く戦力として評価されていなかったため正直つまらなさを感じることが多かったが、バックローへのコンバートを決めてからはB戦にも出していただけるようになり、試合毎に様々な感情を味わうことができた。概してどれも一昨年には決して感じることのなかった良い感情だった。
対抗戦が終わるとコルツチームのリーダーを任せていただいた。首脳陣のスケジュールマネジメントのおかげで試合経験に恵まれるとともに、個人的には2年間の中で最も濃い1ヶ月を過ごすことができた。
また、東大ラグビー部の理念のひとつである「人生を豊かにする」という言葉がどういう思いで作られたのか、その意味するところがほんの少しだけわかった気がした。
けれど昨シーズンまでスイカジャージを着ることはなかった。最終戦のエコパスタジアムでの京大戦では、登録人数が普段より多い関係で初めてリザーブに入れたのは嬉しかったけど、まだスイカを着て闘うに資する選手ではないことは自他共に認めるところだ。まだまだこんな努力では東大を代表する「戦士」には到底なり得ない。
あれは昨春シーズンのいつだったか、B.Bの合間に大西さんが選手を集めておっしゃった
「みんなの感じる限界は設定にすぎない」という言葉が忘れられない。
今年は自分の人生を大きく決める国家試験を受ける予定であり、今までの人生で最も大切な一年になる。選手としても今年こそはこの手で結果を掴み取りたい。双方が自分の理想通りにいくか、今の時点から不安は尽きないが、天命を待つのみという心境に至るまで努力をし続けるしかない。
自分がラグビー選手として、人としてどこまで強くなれるのか、成長しているのか、1年後の同じ時期に振り返るのが楽しみでならない。また、チームのみんなと今年どこまで良い景色を見に行くことができるのか、今とてもワクワクしている。
自分のためだけではなく、チームのために努力できる、努力しようと思えるのはとてもありがたいことだ。加えて自分には選手として以前に、人として当たり前に生活できている。その当たり前を作ってくれている沢山の人々の存在がある。今日も、明日も明後日もみんなと駒場で当たり前に練習やトレーニングできることを幸せと思わずに、これ以上どんな幸せを望もうか。
1月11日に2023年度シーズン・西久保組がスタート致しました。
新シーズン最初のリレー日記は新3年奥山が担当します。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて、新シーズンを迎えたにあたり、本チームの目標や目指すかたちは主将、副将がVoiceにて綴りますので、私のリレー日記では、個人的なことを書かせて頂こうと思います。
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昨年は一昨年よりも良い景色に辿り着けた。
膝の怪我からやっとの思いで練習に復帰しても調子はあがらず、夏先までは全く戦力として評価されていなかったため正直つまらなさを感じることが多かったが、バックローへのコンバートを決めてからはB戦にも出していただけるようになり、試合毎に様々な感情を味わうことができた。概してどれも一昨年には決して感じることのなかった良い感情だった。
対抗戦が終わるとコルツチームのリーダーを任せていただいた。首脳陣のスケジュールマネジメントのおかげで試合経験に恵まれるとともに、個人的には2年間の中で最も濃い1ヶ月を過ごすことができた。
また、東大ラグビー部の理念のひとつである「人生を豊かにする」という言葉がどういう思いで作られたのか、その意味するところがほんの少しだけわかった気がした。
けれど昨シーズンまでスイカジャージを着ることはなかった。最終戦のエコパスタジアムでの京大戦では、登録人数が普段より多い関係で初めてリザーブに入れたのは嬉しかったけど、まだスイカを着て闘うに資する選手ではないことは自他共に認めるところだ。まだまだこんな努力では東大を代表する「戦士」には到底なり得ない。
あれは昨春シーズンのいつだったか、B.Bの合間に大西さんが選手を集めておっしゃった
「みんなの感じる限界は設定にすぎない」という言葉が忘れられない。
今年は自分の人生を大きく決める国家試験を受ける予定であり、今までの人生で最も大切な一年になる。選手としても今年こそはこの手で結果を掴み取りたい。双方が自分の理想通りにいくか、今の時点から不安は尽きないが、天命を待つのみという心境に至るまで努力をし続けるしかない。
自分がラグビー選手として、人としてどこまで強くなれるのか、成長しているのか、1年後の同じ時期に振り返るのが楽しみでならない。また、チームのみんなと今年どこまで良い景色を見に行くことができるのか、今とてもワクワクしている。
自分のためだけではなく、チームのために努力できる、努力しようと思えるのはとてもありがたいことだ。加えて自分には選手として以前に、人として当たり前に生活できている。その当たり前を作ってくれている沢山の人々の存在がある。今日も、明日も明後日もみんなと駒場で当たり前に練習やトレーニングできることを幸せと思わずに、これ以上どんな幸せを望もうか。
どんな限界を感じても、そんなものは自分が勝手に決めた設定だと思って突き破ってやろう。
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最後までお読みいただきありがとうございました。
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最後までお読みいただきありがとうございました。
次は新2年生の石澤君です。基本に忠実なパススキル、キックスキルも素晴らしいですが、それ以上に力強いボールキャリー、1発で仕留める1on1のタックルでチームを引っ張る素晴らしい選手です。
また、練習後やバス移動の際には、同級生との談笑の輪の中心となって面白い話を披露しており、よく自分も笑かしてもらっています。
そんな彼の今シーズンの活躍からは目が離せません。
また、練習後やバス移動の際には、同級生との談笑の輪の中心となって面白い話を披露しており、よく自分も笑かしてもらっています。
そんな彼の今シーズンの活躍からは目が離せません。
Wonderwall[ラグビー部リレー日記]
投稿日時:2022/12/23(金) 16:10
副将の松元からバトンを受け取りました。主将の國枝です。
相手を青天させるタックル、吹き飛ばすキャリー。真のラガーマンである彼のことを本当に尊敬しています。チームのために時には嫌われ役を買って出てくれたし、最後までFWをまとめあげてくれました。そして何より、試合で誰よりも身体を張ってくれました。彼の不器用なみんなへの愛が僕は好きでした。
このチームがあるのも本当に松元のおかげです。
本当に1年間ありがとう。お疲れさま。
今年の自分はシーズンに入る前に、個人的なテーマを何個か設定した。
そのうちの一つが、
「自分が誰よりもプレイヤーとして成長すること」である。
これは、チームが勝つために、主将としてあるために、そして自分が自分であるためにも、シーズンに入る前に自分自身で掲げたテーマであった。
春のBBC期間の練習は誰よりもタフで強くなってやろうという気持ちで全ての練習に臨むことができた。
ただ、シーズンが進み、グランドの内外を問わず、チーム全体としての課題や問題が出てくる中で、だんだんと意識がそちらの方に流れていった。夏の合宿期は怪我でDLにいたこともあり、チームが一つになるためにどうしたらいいか、というある意味、公の部分だけに集中していた。
また、対抗戦期間は、(特に一橋戦以降は)チームが勝つために、B3として何が求められるのか、一発勝負のトーナメント(だと思って試合に臨んだ)において堅い試合運びをするためにどんなプレーをするべきなのかを考え、そのために練習を考え、絞り、実行した。プレイヤーとしての安定感を追求した。試合に臨む時は、このプレー(キック処理、ペナのタッチキック、ウイングとしてのDF、など)だけは絶対に俺に任せろということを強く意識して、覚悟を持って望んだ。武蔵、成蹊、明学戦では、自分に求められた最低限の責務は果たすことができたと思う。また、その練習、試合を経て、成長した部分は多くあり、自分はあの状況において、その時できるベストを尽くしたと思う。
ただ、学習院戦の自分のプレーは、今シーズンワーストだった。チャンスで2本もノッコンをした。自分が前半の東大のモメンタムを殺してしまった。雨を想定してゲームプランを練っていたこと、半年ぶりのフルバックだったこともあるが、自分がフルバックとしてボールを持って切りに行くという練習とイメージの準備、そして覚悟が甘かった。2回ノッコンをしてから、ボールをもらいにいく積極性を失った。最低のパフォーマンスだった。
学習院戦後の最初の練習(コルツ練習)での最後のトークで、大西さんがコルツの選手たちだけに向けて5分ほど話をした。
A戦に出たいという動機や、今の東大の選手の中の尺度で、自分の目指すべきプレイヤー像を決めるな。志を高く持て。オールブラックスでもワラビーズでも、トップレベルの選手のプレーを目標として、そこに絶対に到達できると信じて日々成長しろ。チャンスを貰ったら失敗を恐れずチャレンジしろ。1番目立つプレイヤーになれ。
簡単に言えばこのような内容であった。
その話を、輪の外の少し離れたところから聞いていた自分には刺さるものがあった。
対抗戦、責任感、安定感、堅さ、目の前の試合に勝つために自分は何が必要か。対抗戦期間中はそういう思考だった。その思考自体は、あの時あの状況、おいては間違っていなかったのだろうと思う。
ただ、大西さんの話を聞いて、いつのまにか自分の視座が低くなっていたことに気づいた。
その時に、改めて、自分が1番成長する、というテーマに立ち変えろうと決心した。ここに来てフルバックを自分がやることになったのも巡り合わせだと思った。残り1ヶ月、本当に誰よりも成長してやろうと決めた。
最後の1ヶ月は本当に楽しかった。対抗戦が終わり、肩の荷が少し降りたこともあるのかもしれないが、本当の意味でラグビーに没頭できた。前を見て勝負し続けることができた。最後の1ヶ月だというのに、4年間で1番成長できた1ヶ月だったと思う。周りの目にどう映ったかは分からないが、名古屋戦は個人としては今シーズン最も納得のいくパフォーマンスができた。
京大戦、残された最後の80分も、最後の最後まで自分らしい最高のプレーをしたい。後輩には、その背中を見てほしい。最後まで前を見て進み続ける自分を見てほしい。主将としても、1人の東大ラガーマンとしても。
対抗戦B全勝、入替戦出場を目標として設定し、駆け抜けた1年間。
結果は4勝3敗。去年より成長を見せたものの、結果は4勝3敗の3位。
一橋戦の屈辱的敗北。成蹊戦の最後の16分。完全に崩れた明学戦。今思い返しても、悔しいことばかりだ。自分の采配は正しかったのか、試合前週に緩んでいた選手に気づけたのではないか、シーズンを通してもっと全員のマインドフルネスを高める声がけができたのではないか。結果の責任は全て主将の自分にあるし、後悔は尽きない。
入替戦で全てを出し尽くし、勝利し、魂を震わせていた成蹊の15人を見て、その姿に感動し、そして、改めて心の底から悔しかった。入替戦のグラウンドに立ちたかったし、やっぱり、どうしても成蹊と明学に勝ちたかった。
勝利を本気で目指したここまでの仲間との日々、成長は確かに自分たちの財産となるだろう。でも、やはり、成蹊に勝っていたら、入替戦に出ていたら、絶対に人生は変わっていた。それは揺るがないし、取り返すこともできない。おそらく、一生の心残りになるのだろう。
後輩のみんなに夢を託す形になってしまって本当に申し訳ないが、みんななら絶対にできると確信している。自分を信じて、仲間を信じて、絶対に目標を達成してほしいと強く思う。
最後に、この場を借りてお世話になった方々に感謝を述べさせていただこうと思います。
大西さん。
進むべき道を迷ってしまった時、大西さんのあつさと真っ直ぐさに、僕自身が導かれていたと思います。未熟な僕たちをここまで心から信じてくださり、ご指導いただき、本当にありがとうございました。大西さんと歩ませていただいたこの1年間を一生大切にします。
青山先生、深津さんをはじめとした、監督、コーチ陣の方々。
主将としてどうあるべきか、チームをどう動かすべきか、様々な相談に乗っていただきました。部員の見えないところでも、本当に沢山のお力添えをいただきました。このご恩は、卒部後、OBとして微力ながら、返させていただこうと思います。
垣内さん。
心から尊敬しています。垣内さんなくしてこのチームはありませんでした。垣内さんとプレーできたことを一生、誇りに思います。
1年生。
個性の強いみんなが好きです。コルツ戦でのみんなの成長には本当に感動しました。来年は対抗戦で暴れまくってください。
猿渡、ラグビーやめんなよ。
2年生。
東大ラグビー部の歴史を変えるキーマンは2年生のみんなだと信じてます。本当に素敵な代だなっていつも思ってる。みんなとラグビーして、馬鹿話するのが本当に楽しかった。こんな俺と仲良くしてくれてありがとう。
3年生。
同期みたいなもんだと勝手に思ってました。西久保と安富が逞しくて、もう、なにも言うことがないな。最後の1年、最高の1年にして欲しい。3年間、本当にありがとう。
同期のみんな。
俺を信じてついてきてくれてありがとう。全てが終わったら、また語り合おう。
そして、これから先の人生もよろしく頼む。
両親。
2人の理解とサポートのおかげでここまでラグビー部に没頭することができました。素敵な仲間とかけがえのない時間を過ごすことができました。いつもは面と向かって言えないので、ここで言わせてください。
本当にありがとう。
他にも、ここに書ききれないくらいのたくさんの方にお世話になりました。本当に感謝しています。ありがとうございました。
最後の最後に、、、
最後の京大戦を前にして思うことは、やはりラグビーは最高のスポーツである、ということだ。ラグビーというスポーツの魅力については何度かリレー日記を通じて書いてきた。が、最後にもう一度だけいいたい。
ここまで魂が震えるスポーツはない。こんなに仲間と、心を、魂を通わせることのできるスポーツはない。
今シーズン、この仲間と最後の80分。
ラグビーに没頭して、仲間と魂を通わせて、死闘を制そう。
主将 國枝健
相手を青天させるタックル、吹き飛ばすキャリー。真のラガーマンである彼のことを本当に尊敬しています。チームのために時には嫌われ役を買って出てくれたし、最後までFWをまとめあげてくれました。そして何より、試合で誰よりも身体を張ってくれました。彼の不器用なみんなへの愛が僕は好きでした。
このチームがあるのも本当に松元のおかげです。
本当に1年間ありがとう。お疲れさま。
今年の自分はシーズンに入る前に、個人的なテーマを何個か設定した。
そのうちの一つが、
「自分が誰よりもプレイヤーとして成長すること」である。
これは、チームが勝つために、主将としてあるために、そして自分が自分であるためにも、シーズンに入る前に自分自身で掲げたテーマであった。
春のBBC期間の練習は誰よりもタフで強くなってやろうという気持ちで全ての練習に臨むことができた。
ただ、シーズンが進み、グランドの内外を問わず、チーム全体としての課題や問題が出てくる中で、だんだんと意識がそちらの方に流れていった。夏の合宿期は怪我でDLにいたこともあり、チームが一つになるためにどうしたらいいか、というある意味、公の部分だけに集中していた。
また、対抗戦期間は、(特に一橋戦以降は)チームが勝つために、B3として何が求められるのか、一発勝負のトーナメント(だと思って試合に臨んだ)において堅い試合運びをするためにどんなプレーをするべきなのかを考え、そのために練習を考え、絞り、実行した。プレイヤーとしての安定感を追求した。試合に臨む時は、このプレー(キック処理、ペナのタッチキック、ウイングとしてのDF、など)だけは絶対に俺に任せろということを強く意識して、覚悟を持って望んだ。武蔵、成蹊、明学戦では、自分に求められた最低限の責務は果たすことができたと思う。また、その練習、試合を経て、成長した部分は多くあり、自分はあの状況において、その時できるベストを尽くしたと思う。
ただ、学習院戦の自分のプレーは、今シーズンワーストだった。チャンスで2本もノッコンをした。自分が前半の東大のモメンタムを殺してしまった。雨を想定してゲームプランを練っていたこと、半年ぶりのフルバックだったこともあるが、自分がフルバックとしてボールを持って切りに行くという練習とイメージの準備、そして覚悟が甘かった。2回ノッコンをしてから、ボールをもらいにいく積極性を失った。最低のパフォーマンスだった。
学習院戦後の最初の練習(コルツ練習)での最後のトークで、大西さんがコルツの選手たちだけに向けて5分ほど話をした。
A戦に出たいという動機や、今の東大の選手の中の尺度で、自分の目指すべきプレイヤー像を決めるな。志を高く持て。オールブラックスでもワラビーズでも、トップレベルの選手のプレーを目標として、そこに絶対に到達できると信じて日々成長しろ。チャンスを貰ったら失敗を恐れずチャレンジしろ。1番目立つプレイヤーになれ。
簡単に言えばこのような内容であった。
その話を、輪の外の少し離れたところから聞いていた自分には刺さるものがあった。
対抗戦、責任感、安定感、堅さ、目の前の試合に勝つために自分は何が必要か。対抗戦期間中はそういう思考だった。その思考自体は、あの時あの状況、おいては間違っていなかったのだろうと思う。
ただ、大西さんの話を聞いて、いつのまにか自分の視座が低くなっていたことに気づいた。
その時に、改めて、自分が1番成長する、というテーマに立ち変えろうと決心した。ここに来てフルバックを自分がやることになったのも巡り合わせだと思った。残り1ヶ月、本当に誰よりも成長してやろうと決めた。
最後の1ヶ月は本当に楽しかった。対抗戦が終わり、肩の荷が少し降りたこともあるのかもしれないが、本当の意味でラグビーに没頭できた。前を見て勝負し続けることができた。最後の1ヶ月だというのに、4年間で1番成長できた1ヶ月だったと思う。周りの目にどう映ったかは分からないが、名古屋戦は個人としては今シーズン最も納得のいくパフォーマンスができた。
京大戦、残された最後の80分も、最後の最後まで自分らしい最高のプレーをしたい。後輩には、その背中を見てほしい。最後まで前を見て進み続ける自分を見てほしい。主将としても、1人の東大ラガーマンとしても。
対抗戦B全勝、入替戦出場を目標として設定し、駆け抜けた1年間。
結果は4勝3敗。去年より成長を見せたものの、結果は4勝3敗の3位。
一橋戦の屈辱的敗北。成蹊戦の最後の16分。完全に崩れた明学戦。今思い返しても、悔しいことばかりだ。自分の采配は正しかったのか、試合前週に緩んでいた選手に気づけたのではないか、シーズンを通してもっと全員のマインドフルネスを高める声がけができたのではないか。結果の責任は全て主将の自分にあるし、後悔は尽きない。
入替戦で全てを出し尽くし、勝利し、魂を震わせていた成蹊の15人を見て、その姿に感動し、そして、改めて心の底から悔しかった。入替戦のグラウンドに立ちたかったし、やっぱり、どうしても成蹊と明学に勝ちたかった。
勝利を本気で目指したここまでの仲間との日々、成長は確かに自分たちの財産となるだろう。でも、やはり、成蹊に勝っていたら、入替戦に出ていたら、絶対に人生は変わっていた。それは揺るがないし、取り返すこともできない。おそらく、一生の心残りになるのだろう。
後輩のみんなに夢を託す形になってしまって本当に申し訳ないが、みんななら絶対にできると確信している。自分を信じて、仲間を信じて、絶対に目標を達成してほしいと強く思う。
最後に、この場を借りてお世話になった方々に感謝を述べさせていただこうと思います。
大西さん。
進むべき道を迷ってしまった時、大西さんのあつさと真っ直ぐさに、僕自身が導かれていたと思います。未熟な僕たちをここまで心から信じてくださり、ご指導いただき、本当にありがとうございました。大西さんと歩ませていただいたこの1年間を一生大切にします。
青山先生、深津さんをはじめとした、監督、コーチ陣の方々。
主将としてどうあるべきか、チームをどう動かすべきか、様々な相談に乗っていただきました。部員の見えないところでも、本当に沢山のお力添えをいただきました。このご恩は、卒部後、OBとして微力ながら、返させていただこうと思います。
垣内さん。
心から尊敬しています。垣内さんなくしてこのチームはありませんでした。垣内さんとプレーできたことを一生、誇りに思います。
1年生。
個性の強いみんなが好きです。コルツ戦でのみんなの成長には本当に感動しました。来年は対抗戦で暴れまくってください。
猿渡、ラグビーやめんなよ。
2年生。
東大ラグビー部の歴史を変えるキーマンは2年生のみんなだと信じてます。本当に素敵な代だなっていつも思ってる。みんなとラグビーして、馬鹿話するのが本当に楽しかった。こんな俺と仲良くしてくれてありがとう。
3年生。
同期みたいなもんだと勝手に思ってました。西久保と安富が逞しくて、もう、なにも言うことがないな。最後の1年、最高の1年にして欲しい。3年間、本当にありがとう。
同期のみんな。
俺を信じてついてきてくれてありがとう。全てが終わったら、また語り合おう。
そして、これから先の人生もよろしく頼む。
両親。
2人の理解とサポートのおかげでここまでラグビー部に没頭することができました。素敵な仲間とかけがえのない時間を過ごすことができました。いつもは面と向かって言えないので、ここで言わせてください。
本当にありがとう。
他にも、ここに書ききれないくらいのたくさんの方にお世話になりました。本当に感謝しています。ありがとうございました。
最後の最後に、、、
最後の京大戦を前にして思うことは、やはりラグビーは最高のスポーツである、ということだ。ラグビーというスポーツの魅力については何度かリレー日記を通じて書いてきた。が、最後にもう一度だけいいたい。
ここまで魂が震えるスポーツはない。こんなに仲間と、心を、魂を通わせることのできるスポーツはない。
今シーズン、この仲間と最後の80分。
ラグビーに没頭して、仲間と魂を通わせて、死闘を制そう。
主将 國枝健
誇り[ラグビー部リレー日記]
投稿日時:2022/12/22(木) 18:30
主務の廣瀬からバトンを受け取りました、副将の松元です。
廣瀬はこの一年間、私生活も全てラグビーに捧げて主務として大車輪の活躍をしてくれました。個人としても性格や考え方、人生観などが似ている部分が多く、なんていう紹介文さえもやはり被ってしまいました。口に出すのは恥ずかしいですが勝手に親友だと思っています。何もやることがなくてただ港で寝転がるような弾丸旅行、また行きましょう。
「勝利」とは一体何なのだろうか。今年になって考えるようになった。
振り返るとラグビーに関わってきた去年までの6年間、そんなことは全く考えてこなかった。弓道部に入ろうとして、たまたま出会った湘南高校ラグビー部。そして高校でやっていて楽しかったからという理由で入った東大ラグビー部。去年までの自分は試合中、常に頭の中にあるのは目の前の相手をタックルで倒すこと、そして少しでも多くゲインすること。どうやって勝とうだとか、チームがどうだとか全くそんなことは考えておらず、ひたすらに自分のプレーのみに集中していた。勝ったら嬉しいし、負けたら悔しい。ただそれだけだった。
そんな自分が最高学年になった。シーズンが始まる前に学年MTGでみんなにラグビーをやる理由について聞いた。
「勝ちたいから」、「ラグビーを好きになりたいから」、「日常だから」、「東大にいるから」。
いろんな意見があった。個人個人でラグビーをやる理由なんて違うものであるはずだし、そこに間違いなんてものは無い。ラグビーをやるバックグラウンドが多種多様なのは東大ラグビー部の特徴であろう。
そんな中で今年の目標は
「対抗戦全勝で入替戦出場」
に決まった。
つまり4年生、ひいては自分達首脳陣は「多種多様なバックグラウンドを持つ部員と共に1つの目標、勝利に向かう」ことが責務であり、成し遂げなければいけないことである。簡単なことではない。自分は國枝みたいにチーム全体を見てマネジメントすることはできないから、勝利に向かうためにグラウンドで一番体を張ることを、覚悟を決めた。
目標を「対抗戦全勝で入替戦出場」、手段を「フィジカルで圧倒すること」としてシーズンは始まった。シーズン当初はBBC、CCを重ねて着実にフィジカルの強化を感じていくことができた。体重を増やし、その大きくなった体をどのように使うか、かなりきつい練習であったことは確かだが、練習を通してみんなのレベルアップを感じることができ、気持ちはかなり前向きだった。4月末に行った京王線沿い某強豪大学との練習試合ではDFにかなりの課題を抱えたものの、ゴール前ではトライを取り切ることができたシーンもあり、自分達のやっていることに間違いはないことを実感できた。
しかし、怪我をした。グラウンドで一番体を張ることが自分の責務だと考えていた自分は途端に自分のやるべきことを見失った。焦りしかなかった。明治戦や早稲田戦での大敗を見て、部員に対して厳しく接した。言わなくていいことも言った。その後のチームの連勝があっても、勝手に焦って、これじゃダメだと素直に勝ちなんて喜べず、チームのいいところになんて全く目を向けられず、悪かったところしかみんなに伝えることができなかった。
怪我から復帰してからもそれは変わらなかった。山梨学院戦や慶應戦、立教戦を通して不安が増えていった。去年の学習院戦がよぎって、チームが一瞬の綻びから一気に悪い方へ転がる気がして、自信なんて持てなかった。
そして迎えた対抗戦。
いつの間にか、勝ったことに喜べなくなっていた。やるべきこと、やらなければいけないこと、できなかったこと、そんなことに押しつぶされて、あれよあれよという間に対抗戦は終わってしまった。
勝ちを欲していたはずなのに、勝ったことから一番遠いところにいたのは他でもない自分だった。
今思うと多分勝利には二つあったのだと思う。自分に勝利することと、相手に勝利すること。自分は今年、自分に負け続けてしまった。やるべきことに、進むべき道に悩み、迷った。迷った末に相手に勝利することに喜びを感じれなくなった。でも迷う必要なんてなかった。自分が迷ったら、部員たちだって迷う。自分がするべきことは、自分達がしていることが正解だと信じて、進むことだった。
もしシーズン前の自分に声をかけられるのであれば、去年甲斐も書いていたが、「もっと肩の力を抜けよ。」と言ってやりたい。「勝ったら喜べ。大切なのは切り替えることだ、自分を信じろ。」と。正解かどうかなんてわからないけど、それが自分の出した一つの結論だと。
1年生から4年生まで対抗戦全試合に出場させていただいたけど、自分がプレーヤーとして成長できたかどうかなんて結局わからなかった。でもわからないならわからないなりに、今自分の持ちうる全てを、自分を信じて、みんなを信じて、明後日の試合にぶつけることで自分の大学ラグビーの幕を閉じたい。
この4年間お世話になった方々に感謝の思いを。
両親、コーチ陣の皆様、OB・OGの皆様、トレーナーの皆様、先輩方、後輩たち、本当にたくさんの方の力を借りて4年間、ラグビーをすることができました。本当にありがとうございました。皆様にかけていただいた言葉、皆様の姿、全てを自分の糧にして、一人の息子として、東大ラグビー部の卒業生として、そして仲間として胸を張って生きられるようにこの先の人生を歩んでいきたいと思います。ありがとうございました。
この場をお借りして同期に少しだけ。
同期へ。
人間的にも副将としても未熟でたくさん迷惑をかけました。みんなの目を気にして、みんなに嫌われたくなくて、みんなから離れようとしたこともありました。
本音を話すのは苦手です。
自分の底が見えるような気がするから。
本音を話すのは苦手です。
涙が出て来てしまうから。
でもここで書かなかったら一生自分の口からは言わない気がするので。
杉井と三方と國枝が後輩を巻き込んで馬鹿騒ぎしているのを見ているのが好きでした。
玉代勢と内藤が全く内容の無い話をしているのを聞いているのが好きでした。
財木とごたつと光と一緒に遊ぶのが好きでした。
鵜飼と平岡が野球の話をしているのを聞くのが好きでした。
原くんとしゅうぞうとゲームをするのが好きでした。
ゆきちゃんの周りに流れてるゆったりとした空気感が好きでした。
ささが彼女にデレデレになっているのを見るのが好きでした。
佐川と河内がしょーもないことで平岡をいじっているのを見るのが好きでした。
あしゃが後輩の前でカッコつけているのを見るのが好きでした。
五島が意味わからないタイミングで話に入ってくるのが好きでした。
かわはるにテーピングを巻いてもらうあの時間が好きでした。
えのきと若菜がなじりあっているのを聞くのが好きでした。
岩下が山梨学院から唯一学んできた叫び声が好きでした。
あきらの絶妙に心に刺さる毒舌が好きでした。
廣瀬とのんびり温泉に行くのが好きでした。
試合に勝ってみんなと一緒に喜ぶのが好きでした。
成蹊明学に勝って、入替戦に出て、みんなが、國枝がどんな顔をしているのかが見たかった。
本当に4年間ありがとう。
副将として後輩に残せるようなリレー日記をと思ったけど無理でした。リレー日記で書くことじゃない駄文だったかもしれません、すみません。
でもこれでいいと思っています。自分の身の丈に合った自分の言葉です。
最後にかつてリレー日記に書いた言葉をもう一度。
「人間にとって最大の贅沢とは、人間関係における贅沢のことである。」
この4年間、ラグビー部での日々は決して楽しいことばかりではなかったけれど、いざ終わりになるとこんなにも失うことが悲しくなるほど、大切で愛おしいものでした。結果的には入替戦に出られず目標は達成できなかったけれど、まだまだ自分でもこの結果に納得はいってないし受け止めるにはちょっと時間がかかりそうだけれど、いつか自分でもこの4年間を、この1年間を誇れるようにまずは明後日の京大戦から。
もがいて、全力で、今までで一番を。
京大戦、勝って笑おう。
國枝組
副将 松元暢広
次は我らが主将、國枝にバトンを回します。今年のチームは國枝がいたからこそ、こんなにも下級生もついて来てくれる良いチームになりました。副将として全く力になれなかった気しかしなくて申し訳ない気持ちでいっぱいです。私生活でも部活動でもチームの規範となり部員一人一人に目を向ける良いキャプテンであり続けました。ありがとう。激アツだったよ、キャプテン。
廣瀬はこの一年間、私生活も全てラグビーに捧げて主務として大車輪の活躍をしてくれました。個人としても性格や考え方、人生観などが似ている部分が多く、なんていう紹介文さえもやはり被ってしまいました。口に出すのは恥ずかしいですが勝手に親友だと思っています。何もやることがなくてただ港で寝転がるような弾丸旅行、また行きましょう。
「勝利」とは一体何なのだろうか。今年になって考えるようになった。
振り返るとラグビーに関わってきた去年までの6年間、そんなことは全く考えてこなかった。弓道部に入ろうとして、たまたま出会った湘南高校ラグビー部。そして高校でやっていて楽しかったからという理由で入った東大ラグビー部。去年までの自分は試合中、常に頭の中にあるのは目の前の相手をタックルで倒すこと、そして少しでも多くゲインすること。どうやって勝とうだとか、チームがどうだとか全くそんなことは考えておらず、ひたすらに自分のプレーのみに集中していた。勝ったら嬉しいし、負けたら悔しい。ただそれだけだった。
そんな自分が最高学年になった。シーズンが始まる前に学年MTGでみんなにラグビーをやる理由について聞いた。
「勝ちたいから」、「ラグビーを好きになりたいから」、「日常だから」、「東大にいるから」。
いろんな意見があった。個人個人でラグビーをやる理由なんて違うものであるはずだし、そこに間違いなんてものは無い。ラグビーをやるバックグラウンドが多種多様なのは東大ラグビー部の特徴であろう。
そんな中で今年の目標は
「対抗戦全勝で入替戦出場」
に決まった。
つまり4年生、ひいては自分達首脳陣は「多種多様なバックグラウンドを持つ部員と共に1つの目標、勝利に向かう」ことが責務であり、成し遂げなければいけないことである。簡単なことではない。自分は國枝みたいにチーム全体を見てマネジメントすることはできないから、勝利に向かうためにグラウンドで一番体を張ることを、覚悟を決めた。
目標を「対抗戦全勝で入替戦出場」、手段を「フィジカルで圧倒すること」としてシーズンは始まった。シーズン当初はBBC、CCを重ねて着実にフィジカルの強化を感じていくことができた。体重を増やし、その大きくなった体をどのように使うか、かなりきつい練習であったことは確かだが、練習を通してみんなのレベルアップを感じることができ、気持ちはかなり前向きだった。4月末に行った京王線沿い某強豪大学との練習試合ではDFにかなりの課題を抱えたものの、ゴール前ではトライを取り切ることができたシーンもあり、自分達のやっていることに間違いはないことを実感できた。
しかし、怪我をした。グラウンドで一番体を張ることが自分の責務だと考えていた自分は途端に自分のやるべきことを見失った。焦りしかなかった。明治戦や早稲田戦での大敗を見て、部員に対して厳しく接した。言わなくていいことも言った。その後のチームの連勝があっても、勝手に焦って、これじゃダメだと素直に勝ちなんて喜べず、チームのいいところになんて全く目を向けられず、悪かったところしかみんなに伝えることができなかった。
怪我から復帰してからもそれは変わらなかった。山梨学院戦や慶應戦、立教戦を通して不安が増えていった。去年の学習院戦がよぎって、チームが一瞬の綻びから一気に悪い方へ転がる気がして、自信なんて持てなかった。
そして迎えた対抗戦。
いつの間にか、勝ったことに喜べなくなっていた。やるべきこと、やらなければいけないこと、できなかったこと、そんなことに押しつぶされて、あれよあれよという間に対抗戦は終わってしまった。
勝ちを欲していたはずなのに、勝ったことから一番遠いところにいたのは他でもない自分だった。
今思うと多分勝利には二つあったのだと思う。自分に勝利することと、相手に勝利すること。自分は今年、自分に負け続けてしまった。やるべきことに、進むべき道に悩み、迷った。迷った末に相手に勝利することに喜びを感じれなくなった。でも迷う必要なんてなかった。自分が迷ったら、部員たちだって迷う。自分がするべきことは、自分達がしていることが正解だと信じて、進むことだった。
もしシーズン前の自分に声をかけられるのであれば、去年甲斐も書いていたが、「もっと肩の力を抜けよ。」と言ってやりたい。「勝ったら喜べ。大切なのは切り替えることだ、自分を信じろ。」と。正解かどうかなんてわからないけど、それが自分の出した一つの結論だと。
1年生から4年生まで対抗戦全試合に出場させていただいたけど、自分がプレーヤーとして成長できたかどうかなんて結局わからなかった。でもわからないならわからないなりに、今自分の持ちうる全てを、自分を信じて、みんなを信じて、明後日の試合にぶつけることで自分の大学ラグビーの幕を閉じたい。
この4年間お世話になった方々に感謝の思いを。
両親、コーチ陣の皆様、OB・OGの皆様、トレーナーの皆様、先輩方、後輩たち、本当にたくさんの方の力を借りて4年間、ラグビーをすることができました。本当にありがとうございました。皆様にかけていただいた言葉、皆様の姿、全てを自分の糧にして、一人の息子として、東大ラグビー部の卒業生として、そして仲間として胸を張って生きられるようにこの先の人生を歩んでいきたいと思います。ありがとうございました。
この場をお借りして同期に少しだけ。
同期へ。
人間的にも副将としても未熟でたくさん迷惑をかけました。みんなの目を気にして、みんなに嫌われたくなくて、みんなから離れようとしたこともありました。
本音を話すのは苦手です。
自分の底が見えるような気がするから。
本音を話すのは苦手です。
涙が出て来てしまうから。
でもここで書かなかったら一生自分の口からは言わない気がするので。
杉井と三方と國枝が後輩を巻き込んで馬鹿騒ぎしているのを見ているのが好きでした。
玉代勢と内藤が全く内容の無い話をしているのを聞いているのが好きでした。
財木とごたつと光と一緒に遊ぶのが好きでした。
鵜飼と平岡が野球の話をしているのを聞くのが好きでした。
原くんとしゅうぞうとゲームをするのが好きでした。
ゆきちゃんの周りに流れてるゆったりとした空気感が好きでした。
ささが彼女にデレデレになっているのを見るのが好きでした。
佐川と河内がしょーもないことで平岡をいじっているのを見るのが好きでした。
あしゃが後輩の前でカッコつけているのを見るのが好きでした。
五島が意味わからないタイミングで話に入ってくるのが好きでした。
かわはるにテーピングを巻いてもらうあの時間が好きでした。
えのきと若菜がなじりあっているのを聞くのが好きでした。
岩下が山梨学院から唯一学んできた叫び声が好きでした。
あきらの絶妙に心に刺さる毒舌が好きでした。
廣瀬とのんびり温泉に行くのが好きでした。
試合に勝ってみんなと一緒に喜ぶのが好きでした。
成蹊明学に勝って、入替戦に出て、みんなが、國枝がどんな顔をしているのかが見たかった。
本当に4年間ありがとう。
副将として後輩に残せるようなリレー日記をと思ったけど無理でした。リレー日記で書くことじゃない駄文だったかもしれません、すみません。
でもこれでいいと思っています。自分の身の丈に合った自分の言葉です。
最後にかつてリレー日記に書いた言葉をもう一度。
「人間にとって最大の贅沢とは、人間関係における贅沢のことである。」
この4年間、ラグビー部での日々は決して楽しいことばかりではなかったけれど、いざ終わりになるとこんなにも失うことが悲しくなるほど、大切で愛おしいものでした。結果的には入替戦に出られず目標は達成できなかったけれど、まだまだ自分でもこの結果に納得はいってないし受け止めるにはちょっと時間がかかりそうだけれど、いつか自分でもこの4年間を、この1年間を誇れるようにまずは明後日の京大戦から。
もがいて、全力で、今までで一番を。
京大戦、勝って笑おう。
國枝組
副将 松元暢広
次は我らが主将、國枝にバトンを回します。今年のチームは國枝がいたからこそ、こんなにも下級生もついて来てくれる良いチームになりました。副将として全く力になれなかった気しかしなくて申し訳ない気持ちでいっぱいです。私生活でも部活動でもチームの規範となり部員一人一人に目を向ける良いキャプテンであり続けました。ありがとう。激アツだったよ、キャプテン。
彩り[ラグビー部リレー日記]
投稿日時:2022/12/21(水) 17:21
あしゃからバトンを受け取りました、主務の廣瀬です。
彼女とは数えきれないほどLINEも電話もミーティングもして、本当に助けてもらいました。彼女がいなければ今年のチームは間違いなく機能しなかったと断言できます。三年生までも口先では感謝を伝えていたけれど、あしゃ始めスタッフの偉大さが本当に身にしみる一年でした。皆本当にありがとう。部員全員の努力の結果なので謝ることはしませんが、入替戦の場に皆で立ちたかった気持ちは今も変わりません。
あと三日で、僕のラグビー人生が終わる。ほぼほぼやり切った。
静岡への準備はもう少し残っているが、次こそ新幹線が止まらないことを祈るだけだ。
下級生の頃のことは既に書いてしまったが、ありきたりに振り返らせていただく。
僕がラグビーを始めたきっかけは父である。
小学生の頃には、家族のアルバムを見たり会報が家に届いていたこともあり、なんとなく父が東大ラグビー部だったことを知っていた。 自分から興味本位で頼んだのだが、中学生の時に父に連れられ初めて試合を見たのも東大ラグビー部だった。相手は防衛大学校で、子供からすると異常な体つきだった。ガリ勉軍団なんてどうせ負けると思ったのに、激しいタックルを繰り返す東大が勝利した。ミーハーな僕はこの試合を見て、父はこんなことをしていたのか、文武両道ってかっこいいと思い「東大に入ってラグビーをする」ことが人生の目標になり、高校・大学受験も限界まで背伸びをして頑張れた。
高校では迷わず入部した。卒業するまではスイカジャージがこの世で一番格好良く見えた。東大ラグビー部グッズのクリアファイルを使い、スイカを着たキューピーちゃんのストラップを鞄につけ、父の卒部記念レプリカジャージを寮の部屋にかざり、試合にもお守りとして欠かさず持っていった。ただ理想と現実は隔たりがあるもので、全く活躍できなかった。練習・試合をすればするほど惨めになり、理科職員室の前で退部宣言の練習をする度に顧問の先生に怒られることの方を恐れて言い出せず、三年間が終わった。もちろんいい仲間はできたし、かけがえのない経験ではあったがラグビー自体はトラウマになった。
浪人中は記憶がないが、スイカへの憧れも薄れていった。東大に合格してラグビー部の新歓に行ったが高校時代の苦い記憶を思い出し「このスポーツで進学校が勝つのは無理。」と思い、より勝てる可能性があるカレッジスポーツでボートと迷った挙句ラクロスを選んだ。夢を追っても同じように失敗してしまうことを、心のどこかで恐れていたのかもしれない。
紆余曲折を経て再び僕の夢を与えたくれたのもまた、東大ラグビー部の試合だった。杉浦さんの魂のタックルを見て、再び「スイカジャージを着たい。」と強く思った。
そこからは必死に食らいついてきた。試合に出られなくても、怪我で何もできない時も、出ても満足のいかないプレーばかりで嫌になった時も。
今年は幸運にもスイカを着る機会に多く恵まれた。前十明けのジャージ授与式では涙が出るかなと思っていたが、緊張してそれどころではなかった。対抗戦もあっという間だった。DLの時に忘れまいと誓っていたにも関わらず、出られない人のためにとかジャージを背負う誇りとか考える間もなかった。各試合での気持ちは既に多くの同期が述べた通りだ。
去年秩父宮で悲しい思いをした分、今年こそエコパでスイカを着るのを楽しみにしていたけれど、結局最後も怪我をしてしまい、明学戦がラストスイカになってしまった。
ただあまり後悔もない。
前十以降、いつ引退試合になってもおかしくないと思っていたから、必ずスパイクは完璧に磨いたしプレーのイメージもしっかりしたし僕なりに覚悟も決めて戦った。反省点だらけではあったが、毎回その日までの僕のベストパフォーマンスを出せたと思っている。
一年を通じたチームの戦績についても各々思うところはあるだろうが、僕としてはこう伝えたい。
「4年生はこの結果を誇りに思おう。必死になって取り組んできた証しなのだから。」
歴代の4年生のリレー日記を読んできた中で、強く印象に残っている望月さんの一文である。(直接お会いしたことがないのに引用失礼します。)
石川さんの代は4勝という目標を達成し僕らとは違う状況かもしれないが、簡潔ながらも前向きに自分たちの努力を振り返っていて非常に好きな表現だ。
プレイヤーもスタッフも、國枝組の一人一人が身も心も限界までやってきたと思う。常に先を見据えていたとはいえ、その時のベストを尽くしてきたと思う。
その結果が今年の戦績なのだから、胸を張ろう。
とはいえ、個人的には学習院、名古屋と不完全燃焼感がある。
大西さんのもとで間違いなく日々成長していると思うが、國枝組の力はこんなものではないと思う。
最後こそ、全員で熱い試合をしよう。
今年は主務という肩書きをもらったものの、とても良いマネジメントができたとは言えず多方面に多大な迷惑をかけてしまった。自分は謝るために主務になったのかと思うこともあった。僕でない方がうまく行ったこともたくさんあっただろうが、その度に僕を信頼し推してくれた人たちの存在が心の支えになった。偉大な主務だった太田さんのような強さがなく、しょっちゅう皆に弱音や愚痴を吐いてきたが、このチームのために仕事をすることを任されたことは本当に幸せだった。皆ありがとう。
この四年間ほぼ全てをラグビーに捧げてきた。
正直身も心も堪えたが、色々な人の支えがあり東大ラグビー部における自分の目標と信念を最後まで貫くことができた。
生まれ変わっても國枝組のいちプレーヤーとして、主務として過ごしたいと思える、そんな素敵な日々だった。
最後になりますが、
コーチ陣の皆様、OB・OGの皆様、保護者の皆様、田崎先生、工藤さん、飯塚さん、先輩方、後輩たち、同期、そして家族。
今まで本当にありがとうございました。
皆さんには感謝することが多すぎてここには書ききれなかったので、必ず別の機会に直接お礼を伝えさせていただきたいと思います。
最高のチームでした。最高の四年間でした。
ありがとう東大ラグビー部。
次は松元にバトンを渡します。彼とは性格や考えが似ていて、同期の中でも多くの時間を一緒に過ごしました。副将として人一倍危機感を持ち、部員に厳しく接してくれました。人目を気にしすぎる彼も、この一年で本当に強くなったと尊敬しています。ただ、グラウンドから家まで歩いて15分のくせに僕と財木とゴタツとしゃべるためだけにわざわざ電車で帰るのは意味不明すぎるのでやめてください。
彼女とは数えきれないほどLINEも電話もミーティングもして、本当に助けてもらいました。彼女がいなければ今年のチームは間違いなく機能しなかったと断言できます。三年生までも口先では感謝を伝えていたけれど、あしゃ始めスタッフの偉大さが本当に身にしみる一年でした。皆本当にありがとう。部員全員の努力の結果なので謝ることはしませんが、入替戦の場に皆で立ちたかった気持ちは今も変わりません。
あと三日で、僕のラグビー人生が終わる。ほぼほぼやり切った。
静岡への準備はもう少し残っているが、次こそ新幹線が止まらないことを祈るだけだ。
下級生の頃のことは既に書いてしまったが、ありきたりに振り返らせていただく。
僕がラグビーを始めたきっかけは父である。
小学生の頃には、家族のアルバムを見たり会報が家に届いていたこともあり、なんとなく父が東大ラグビー部だったことを知っていた。 自分から興味本位で頼んだのだが、中学生の時に父に連れられ初めて試合を見たのも東大ラグビー部だった。相手は防衛大学校で、子供からすると異常な体つきだった。ガリ勉軍団なんてどうせ負けると思ったのに、激しいタックルを繰り返す東大が勝利した。ミーハーな僕はこの試合を見て、父はこんなことをしていたのか、文武両道ってかっこいいと思い「東大に入ってラグビーをする」ことが人生の目標になり、高校・大学受験も限界まで背伸びをして頑張れた。
高校では迷わず入部した。卒業するまではスイカジャージがこの世で一番格好良く見えた。東大ラグビー部グッズのクリアファイルを使い、スイカを着たキューピーちゃんのストラップを鞄につけ、父の卒部記念レプリカジャージを寮の部屋にかざり、試合にもお守りとして欠かさず持っていった。ただ理想と現実は隔たりがあるもので、全く活躍できなかった。練習・試合をすればするほど惨めになり、理科職員室の前で退部宣言の練習をする度に顧問の先生に怒られることの方を恐れて言い出せず、三年間が終わった。もちろんいい仲間はできたし、かけがえのない経験ではあったがラグビー自体はトラウマになった。
浪人中は記憶がないが、スイカへの憧れも薄れていった。東大に合格してラグビー部の新歓に行ったが高校時代の苦い記憶を思い出し「このスポーツで進学校が勝つのは無理。」と思い、より勝てる可能性があるカレッジスポーツでボートと迷った挙句ラクロスを選んだ。夢を追っても同じように失敗してしまうことを、心のどこかで恐れていたのかもしれない。
紆余曲折を経て再び僕の夢を与えたくれたのもまた、東大ラグビー部の試合だった。杉浦さんの魂のタックルを見て、再び「スイカジャージを着たい。」と強く思った。
そこからは必死に食らいついてきた。試合に出られなくても、怪我で何もできない時も、出ても満足のいかないプレーばかりで嫌になった時も。
今年は幸運にもスイカを着る機会に多く恵まれた。前十明けのジャージ授与式では涙が出るかなと思っていたが、緊張してそれどころではなかった。対抗戦もあっという間だった。DLの時に忘れまいと誓っていたにも関わらず、出られない人のためにとかジャージを背負う誇りとか考える間もなかった。各試合での気持ちは既に多くの同期が述べた通りだ。
去年秩父宮で悲しい思いをした分、今年こそエコパでスイカを着るのを楽しみにしていたけれど、結局最後も怪我をしてしまい、明学戦がラストスイカになってしまった。
ただあまり後悔もない。
前十以降、いつ引退試合になってもおかしくないと思っていたから、必ずスパイクは完璧に磨いたしプレーのイメージもしっかりしたし僕なりに覚悟も決めて戦った。反省点だらけではあったが、毎回その日までの僕のベストパフォーマンスを出せたと思っている。
一年を通じたチームの戦績についても各々思うところはあるだろうが、僕としてはこう伝えたい。
「4年生はこの結果を誇りに思おう。必死になって取り組んできた証しなのだから。」
歴代の4年生のリレー日記を読んできた中で、強く印象に残っている望月さんの一文である。(直接お会いしたことがないのに引用失礼します。)
石川さんの代は4勝という目標を達成し僕らとは違う状況かもしれないが、簡潔ながらも前向きに自分たちの努力を振り返っていて非常に好きな表現だ。
プレイヤーもスタッフも、國枝組の一人一人が身も心も限界までやってきたと思う。常に先を見据えていたとはいえ、その時のベストを尽くしてきたと思う。
その結果が今年の戦績なのだから、胸を張ろう。
とはいえ、個人的には学習院、名古屋と不完全燃焼感がある。
大西さんのもとで間違いなく日々成長していると思うが、國枝組の力はこんなものではないと思う。
最後こそ、全員で熱い試合をしよう。
今年は主務という肩書きをもらったものの、とても良いマネジメントができたとは言えず多方面に多大な迷惑をかけてしまった。自分は謝るために主務になったのかと思うこともあった。僕でない方がうまく行ったこともたくさんあっただろうが、その度に僕を信頼し推してくれた人たちの存在が心の支えになった。偉大な主務だった太田さんのような強さがなく、しょっちゅう皆に弱音や愚痴を吐いてきたが、このチームのために仕事をすることを任されたことは本当に幸せだった。皆ありがとう。
この四年間ほぼ全てをラグビーに捧げてきた。
正直身も心も堪えたが、色々な人の支えがあり東大ラグビー部における自分の目標と信念を最後まで貫くことができた。
生まれ変わっても國枝組のいちプレーヤーとして、主務として過ごしたいと思える、そんな素敵な日々だった。
最後になりますが、
コーチ陣の皆様、OB・OGの皆様、保護者の皆様、田崎先生、工藤さん、飯塚さん、先輩方、後輩たち、同期、そして家族。
今まで本当にありがとうございました。
皆さんには感謝することが多すぎてここには書ききれなかったので、必ず別の機会に直接お礼を伝えさせていただきたいと思います。
最高のチームでした。最高の四年間でした。
ありがとう東大ラグビー部。
次は松元にバトンを渡します。彼とは性格や考えが似ていて、同期の中でも多くの時間を一緒に過ごしました。副将として人一倍危機感を持ち、部員に厳しく接してくれました。人目を気にしすぎる彼も、この一年で本当に強くなったと尊敬しています。ただ、グラウンドから家まで歩いて15分のくせに僕と財木とゴタツとしゃべるためだけにわざわざ電車で帰るのは意味不明すぎるのでやめてください。
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