ブログ 2020/4

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苦さ[ラグビー部リレー日記]

 written by 玉代勢 弦尚投稿日時:2020/04/30(木) 14:32

唯一無二の雰囲気を放つ矢野さんからバトンを受け取りました、2年の玉代勢です。矢野さん含め県千葉出身の人は周りに流されない性格の持ち主だと個人的に思ってます。高校の修学旅行ではいかにもパリピみたいな動画を撮っていましたが、僕自身パリピとは真逆の人生を歩んでいます。

家にいながらラグビーについて少しだけ考えてみました。僕はラグビーが好きですかと聞かれたら、はいとは言いません。いつもはだいたい嫌いだと言っています。ただ、本当に嫌いだったらラグビーをやっていないので、嫌いというのも正直違うと思ってます。実際ラグビーをしているとき楽しいなと思いますし、ラグビーがしたいなと思う時もあります。

じゃあなぜ好きと言えないのか。それは僕がラグビーへの関心が少ないからです。「好きの反対は無関心」という言葉を一度は聞いたことがあると思います。僕はこの言葉を思い出してしっくりきました。

例えば試合観戦。僕はラグビーの試合をすすんで見ようと思いません。プロの選手の名前を数えるほどしか知りません。ラグビーの選手がどこのチームでプレーしてるとかいう会話に参加できないことが何回もありました。もともとスポーツ観戦をあまりする方ではないのですが、ラグビーの話で盛り上がるのを見てると自分がいかに興味持ってないかを実感します。ただ、だからって今すぐたくさん見ようとも思わないです。自分が関心のないことをやっても長続きしないからです。それでも、僕がラグビーを始めて4年が経ったのですが、大学入ってからは特に時間が経つにつれラグビーへの関心は高まってます。高校の時はラグビーをプレーするのすら好きでなかったのですが、、当時に比べると圧倒的に関心度は上がっていますし、もうすぐラグビー観戦を進んで見るような日が来るのではないかと感じています。

もう一つ思ったことがあって、ラグビーが好き、また関心が高い人はほとんどプレーが上手いです。逆に、上手なプレーヤーはラグビーが好きで、関心が高い人が多いです。他人の好き嫌いや関心度は実際のところは知りませんが、少なくとも僕の周りの人はそう見えます。僕の同期で2人同じようにラグビーが嫌いと言っている人がいて、とても親近感が湧いていたのですが、彼らはラグビーへの関心が人一倍あり、ラグビー上手いです。気づいているかわかりませんが、彼らはラグビーが好きだと思います。僕もどうやったら関心が持てるようになるかなと思っていたのですが、強いプレーヤーになることも一つなのかなと思いました。関心を持つのが先か強くなるのが先かは部活がないのでまだわかりません。今はただ部活の再開が待ち遠しいです。


ここでラグビーの話は終わりにします。突然ですがこの後は僕が紹介したいものについて話します。

「あつまれ どうぶつの森」というゲームを知ってますか?ニンテンドースイッチのソフトで通称「あつ森」と呼ばれるこのゲームが今話題になっています。僕もプレイしながら何でこのゲームが人気なのか考えてみました。
このゲームでは無人島に移住してスローライフが楽しめます。釣りをしたり、動物たちと交流したり、DASH島のように島を開拓することができます。僕は自分の島の開拓や、通信で友達や親戚と互いの島を行き来して楽しんでます。ゲーム内には現実と同じ時間が流れていて、日ごとの時間帯や季節によって変わることがたくさんあるのでゆっくりと長く楽しめます。
ある時、このゲームの最終目的は何なのかと聞かれました。あつ森にはこれといったゴールはないのですが、ここにこのゲームの人気の秘密があると思いました。目的がなく、誰かと競う要素もないことが現実から逃れさせてくれて、癒しとなります。また、コロナウイルスのせいで外出も思うようにできない今、どこか旅行に行きたいなとか、誰かと遊びたいなという願いを叶えてくれます。外に出られなくてつまらないと思っている人にとてもオススメしたいです。ストレスがどうしてもたまってしまう状況で少しでもリラックスできればと思い、紹介させていただきました。


前回のリレー日記の内容がひどく、今回は頑張ろうと思っていたのですが、書きたいことを書いてたらまとまりのかけらもない文章になってしまいました。また苦い思い出になりそうです。

次は都立高出身という共通点で親近感のある4年の鈴音さんにバトンを渡します。また都立会開いて欲しいです。

競プロとラグビー[ラグビー部リレー日記]

 written by 矢野 翔平投稿日時:2020/04/28(火) 18:17

朝早くから部室によくいるアキラからバトンを受け取りました。4年の矢野です。

今日は何を書こうかと色々と考えましたが、最近は変わりばえのしない毎日を送っているのでなかなかアイデアが浮かんできませんでした。

そんな毎日の中で唯一変わったことは、何か新たな刺激が欲しくなり新しい趣味を始めたことです。今回はその趣味とラグビーとのつながりについて書いていきたいと思います。

その趣味は競技プログラミング、与えられた問題に対していかに早く正確にその問題を解くコードを記述するかを競うものです。まだ始めたばかりのペーペーですが、論理的思考が求められ、徹底的に効率を突き詰めるところが競プロの面白いところだと思っています。


多少強引ですが、この論理的思考と効率を突き詰めるという二点は自分がラグビーをする上で最も大事にしていることでもあります。

まず、論理的に考えるという点。ラグビーは一見すると色々な人がごちゃ混ぜになってかなりカオスな状態で試合が続いているように見えます。しかし、物事に必ず因果関係があるように、トライを取られたら必ずそこには原因があり、それを克服すればその状況で点は取られなくなります(理論上は)。そうやって一つ一つのプレーに対してどうしてそうなるのか、どのようにすれば最終的にうまくいくかということを考え、それをプレーに生かすことが重要であると考えています。特に、東大ラグビー部はその考えるという部分を放棄したら後は何も残らないと自分は思っています。

次に、効率を突き詰めるという部分ですが、これについては1、2年前に似たようなことを書いた覚えがあるので詳しくは書きませんが、簡単に書いていきたいと思います。この効率を突き詰めるというのは、常にがむしゃらにやることは必ずしも正しくないということです。どんなにフィールドを動き回ってもプレーに全く関係ないところにいたら意味はないですし、逆に全く動かなくても全てのプレーご自分の周辺で起こるのであればそれは運動効率としては高くなります(そんなことは基本的にありませんが)。論理的に考えた結果次に起こすアクションで最も効果的なものを選ぶことが自分のラグビーで大切にしていることです。


読みづらい文章になってしまいましたが、この辺りで終わりたいと思います。
このような時勢の中でなかなか思うようにやりたいことができませんが、競プロという息抜きを交えながら、日々成長するために行動していきたいと思います。


次はパリピの2年たまよせにバトンを回します

串にささって、3つ並んで[ラグビー部リレー日記]

 written by 佐藤 彬投稿日時:2020/04/23(木) 11:10

 虎さんからバトンをもらいました2年の佐藤です。リレー日記の内容的にも、韻くらいは自分で考えてくれてもいいと思いますが、そんな虎さんにも、僕のような自分勝手な人にも優しく接してくれる一面があります。

 授業がオンライン化されて実家に帰省したのだが、最近は家で過ごす時間が増えて、スマホゲームにも飽きてきたな~と感じて、日本が誇るSから始まるゲーム機さえあればな~と思って家電量販店に行っても、生産が止まっているため在庫はなく、何をして過ごそうかと思い始めた頃、人生で初めて兄がいてよかったと思うできことがあった。


 僕には兄が二人いる。一番上の兄は京都に一人暮らしをしていたのだが、この4月から新社会人として働き始めるために、実家の近くに引越しをした。せっかくなので、その家に行ってみると、やはり医者は羽振りがいいのか、それとも東京と愛知では家賃相場が異なるのか、僕が東京で生活する部屋の3倍はあるのではないかというくらい大きな家だった。入居したばかりのその部屋はまだまだ生活感はなかったが、兄にしては珍しく部屋がきれいに片付いていた。ちょっと大きい冷蔵庫、高そうなドラム式洗濯機、前の家から使っているテレビ、小諸哲也が使いそうなキーボード3台、「トントントンツートトトントントトトン」と書かれた書き初め
(兄は何年か前から書き初めにはまっている。形にはこだわっているが各内容が適当すぎる。「7等身になる」とかもあった。)

 特にすることもないので、部屋をある程度拝見して帰宅しようとしたところ、巾着袋を渡してきた。何かと適当な兄なので、またゴミでも渡してきたのかと思い中身を確認してみるとなんと日本が誇るSから始まるゲーム機が入っているではないか。暇を持て余している弟を心配して貸してくれるというのだ。一緒に生活した十数年間一緒に生活してきた中で兄らしいことをされたことがなかったので、ほんとに驚いた。

 ありがとうございます。
 毎週金曜日に拍手をします。
 大変な時期かと思いますが頑張ってください。

 せっかくなので二番目の兄の話も。
 二番目の兄は今大学生、名古屋で一人暮らしをしているのだが、これがまた大きい部屋に住んでいる。僕の一人暮らししている部屋の2倍はあるんじゃないかと思うほどだ。
 
 特にトイレが大きい。
 僕の部屋のトイレは便器と扉の距離が近すぎて便器に座るとドアが閉められない。岩下くんは僕の部屋に来るたびに文句を言うほどだ。それに比べて兄の部屋のトイレは
 「これ一軒家のトイレですか?」
 というくらい広い。やはり医者の卵は羽振りがいいのだなと思ったが、調べてみると、家賃は僕の家の方が高かった。恐るべし東京の物件。
 
 ただトイレよりも驚いたことがある。なんと玄関にラブライブのD V Dが飾ってあったのだ。実家で一緒に暮らしていた時はその片鱗も見せなかった兄だが、いつの間にかアニメオタクになっていたらしい。これは兄を知る人間にしかわからない驚きかもしれない。

 僕たち兄弟は幼稚園から高校まで全く同じルートを通ってきたし、習い事もほとんど同じことをやってきた。それでも一人は書き初めにハマり、一人はアニメにハマっている。いつの間にか違う道を進んでいるようだ。兄たちの目に僕はどのように映っているのだろう。部屋に遊びにきたら、何を思うのだろう。やっぱりラグビー部に入ったことに注目するのだろうか。
年々会う機会は減っていますが、これからも仲良くやっていければと思います。部活とは少し離れた内容になりましたが、せっかく実家で長く生活できるということで、家族について書いてみました。

 次は4年生の矢野さんです。矢野さんはリレー日記の更新が遅いという噂を聞いたので早くバトンを渡したいと思っていたのですが自分がとっても遅い更新となってしましました。ごめんなさい。試合で結果を残す矢野さんが好きです。

 

My Boom[ラグビー部リレー日記]

 written by 原 虎之介投稿日時:2020/04/18(土) 23:58

広島が生んだ敏腕マネージャー、ゆきちゃんからバトンを受け取りました、4年の原です。



僕はリレー日記を読むまでゆきちゃんの病気のことを知らなくて、驚いたとともにもう少し周りに目を向けようと思いました。マネージャー業しんどい時はいつでも手伝うんでこき使ってください!



 



東大ラグビー部での最後から2回目の日記であるが、4年生っぽいことを書くのはありきたりかなと思ったので自分の好きなことを書きます。



 



自宅での自粛要請が出て、トレーニングや授業を受けてると言っても暇な時間は前より増え、YouTubeを触ったり、テレビを見たり麻雀をする時間が圧倒的に増えた。(麻雀は前からやっていたが)



 



アメトークでラップ芸人というのを実家で撮っていたのでそれを見て僕はラップの虜になった。



 



 



ラップの中でもフリースタイルダンジョンという、即興でラップのバトルを繰り広げるラップに感動した。



 



YouTubeでR指定(僕の好きなラッパー)と調べて見てほしい。即興で相手と会話し、面白くdisり、頭の回転の速いことにびっくりするだろう。僕もあんなふうに言えるようになりたいなと思った。



 



コロナが治ったら、部員でラップ好きなやつがいるので、教えてもらいたいと思う。



 



 



以上、僕のリレー日記でした。ゆきちゃんの日記の後にこんな内容を書いてしまい、申し訳ありません。



 



Mr.マイペース、あきらにバトンを回したいと思います。



あきらは去年僕が怪我して試合に出れなかったときにも優しく接してくれました。



去年俺は怪我で傍観者、でも明るく喋りかけてくれたあきらにマジ感謝!エイッ

コンプレックス[ラグビー部リレー日記]

 written by 中村 優希投稿日時:2020/04/18(土) 21:35

時々悪戯っぽい発言で私を困らせる宝さんからバトンを受け取りました、2年スタッフの中村優希です。先輩である宝さんが見せる茶目っ気のある笑顔が個人的にはとても好きです。
私ももっと先輩方と懇意になりたいのですが、指摘して頂いた通り、努力しても私は常日頃から自分をオープンにするのが苦手なようで、なかなか変わらない性格に困っています笑。

今回私は自分にとって大きな決断をすることにしました。
理由は主に3つあります。
1つ目は今この時期にリレー日記の順番が私に回ってきたということ、2つ目は少しでも部に迷惑をかけることがあるならばその理由をきちんと明確に説明すべきだということ、そして最後にこのリレー日記を自分自身を変える1つの契機にしたい、ということです。というわけで、かなり悩みましたが、前々から準備して書いていたリレー日記の下書きは置いておいて、これを書いています。

新型コロナウイルス感染者の増加により、日本全国に緊急事態宣言が出されることとなりました。そんな大変な状況の中でも、ラグビー部には新歓委員を中心に新歓活動に取り組んだり、家でも筋トレやストレッチをしたり、分析のために知識を増やしたりなど、部活が再開された時のために地道に努力を重ねる同期や先輩方がいます。そんな中で今思うように部活に貢献できていない自分をとても不甲斐なく感じています。私が3月中旬に病気で早めに帰省させていただいたことを覚えている方も多いと思います。このままでは私がこれからずっと、部活に対し引け目と申し訳なさを感じ続けてしまうのではないか、その思いもあり、今回は私が中学三年生の頃から現在に至るまで闘い続けている病気について書かせていただきたいと思います。

 

「この病気は一度発症すると生涯治ることはないんですよ。」

これは私が中学三年生の夏に入院していた時に看護師さんから言われた言葉です。この苦しみを一生味わい続けなくてはいけないのかと思うと恐怖で心が締め付けられました。もう二度と普通にご飯が食べられないのか、1日に三度も苦しい思いをし続けながら生活していかなくてはいけないのか。

私は中学三年生の6月ごろにほぼ今と同じ身長(150cmくらい)で体重は30kgを下回り、夏休み開始後から3ヶ月強ほど病院に強制的に入院させられ、行動制限・食事管理の下で体重を6kgくらい戻しました(体に管を入れられたりしてとても辛かったです)。自分でも拒食症状が始まった原因はよく分かりません。何か精神的な原因で、とにかく普通に三度の食事が食べられなくなりました。ただ、当時通っていた病院では病気の根幹である精神的な治療ではなく、体の治療、つまり体重を正常値に戻すことを最優先させられました。退院後に通院していた際も常に「体重が少ない」「体重を増やせ」と責められ続けました。病院の先生を信じるしかない親にも同じことで日々責められ、何度も全てをやめてしまいたくなりました。「食べろ」と言われてそれが可能なら、この病気で苦しむ人々はこの世に存在しないはずです。当時の私は食べること、動くこと、勉強すること、話すこと、日常生活の全てが辛く、心も体も限界でした。もし治療が遅れれば20人に1人がそのままゆっくりと死へ進む、それがこの病気です。

病気から回復し始めた契機は、私が通院をやめたことです。私が通院しなくなったことに対し両親はもちろん狂乱しました。しかし自分自身が病気と向き合い、自分で治すしかないと覚悟したその時から徐々に、苦しまなくてもすむ日々が増えていきました。高校生活は病気からの回復のための努力と受験勉強で過ぎていきました。

大学生活が始まり、私は初めて一人暮らしを始めました。一人暮らしというのは全てを自分の思い通りにできるという自由がある一方、全てを自分でしなくてはいけないという負担もあります。普段は何事もなく過ごせていても、完全に完治していたとは言えなかった私の症状が、これまでとは逆方向に悪化を始めたのは大学一年生(昨年)の夏休みの終わり頃からでした。

最初は自覚症状がなく、ただ食べ過ぎているだけだ、私がもっと我慢すればいいと自分に言い聞かせていました。しかし、そうやって一生懸命自分を制御しようともがくうちに症状は悪化の一途を辿り、冬休み明けごろからは勉強に集中できないことが増えたり、腹痛で数回部活を休んでしまうこともありました。症状が抑えられなくなると冷静な判断ができなくなります。症状が出た後の胸焼け、腹痛、軽い嘔吐、むくみ、膨満感、罪悪感、そして絶望。私は症状を制御できない恐怖と部活への申し訳なさと、病気を打ち明けるべきだろうかという葛藤で頭がいっぱいでした。症状は私が一人になった時に顕著となるので、一人で寮の自分の部屋にいることを避けようと、若菜ちゃんの家に長期間泊まらせてもらったりしました(若菜ちゃんには何も打ち明けないまま本当に迷惑をかけてしまいました、ごめんね、そして泊まらせてくれて本当にありがとう。)。

それでも遂に東京で一人で頑張るのは無理だと限界を感じたのが3月中旬です。何度誓っても過食症状を抑えられず、毎晩親に電話しながら泣いてしまったり、眠れなかったりしました。打ち明けるかどうかとても悩んだ結果、ともかさんに事情をお話しして実家で療養させてもらうことに決めました。部員の皆さん、特にスタッフの先輩方や同期には何も話せないまま迷惑をかけてしまい申し訳なく思っています。

この病気は私の最大のコンプレックスです。自分の中の奥深くに隠して、消し去りたいコンプレックスです。病気を知った人に軽蔑されてしまうのではないか、冷笑されるのではないか、打ち明けても理解してもらえないのではないか。症状がそのまま体重や体型の変化となって現れるので人前に出るのにも恐怖を感じます。他人からの評価が気になって何もできなくなってしまいます。正直今もとても怖いです。中三の時は私は病気のことを母以外、家族にさえも打ち明けるのを拒否していました。

しかし、去年も中三の時もそうでしたが、この病気を自分だけで解決しようとすればするほど苦しくなって視野は狭まり、努力は空回りし、泥沼にはまり込みます。病気を隠したいのに、隠そうとすればするほど症状が悪化してしまうとは皮肉です。この病気を含めて私自身のことを周りにもっとオープンにすること、オープンにできる自信を持つことが病気の根本的な克服のためには大切なのではないかと思いました(私自身のためにも、部活や家族や周りの人々に迷惑をかけないためにも早く克服しなくてはいけないので)。そういった意味で、この内容のリレー日記を書くことは私にとっては大きな決断でした。

 

ここからが本題です。私などが偉そうなことは言えませんが、誰しもが誰にも言えないコンプレックスを抱えていると思います。私の場合は薬で治る病気ではないという点で厄介ですが、それでも正しい方向に努力すれば必ず克服できるコンプレックスだと思い前向きに捉えることができるようになってきています。この病気を経験したからこそ理解できる現代社会の生きづらさもあります。この病気の発症には社会的要因も大きく関与していると言われています。理想論ですが、この生きづらさを、国というスケールから取り組むことで少しでも解消できたらと思い国家公務員を目指していたりします笑。
英語本来のコンプレックスには、「複合の、合成の、複雑な」などの意味がありますが、劣等感が原因で起こる、自分をより良く見せようとしたり、失敗して傷つくのを恐れたりする心のわだかまりのことが「劣等コンプレックス」と表現されたことから、コンプレックス=劣等感というイメージが定着したのだそうです。コンプレックスという単語には本来マイナスの意味はありません。
言いたいことはつまり、心のわだかまりとしてのコンプレックスは、自分の思考方法1つで自分の武器や夢への道に変わり得るかもしれないということです。コンプレックスに悩まされ苦しんだ経験が、将来必ず実を結ぶのだと信じています。だからもし悩んでいる人がいれば、目を背けずにとことんそのコンプレックスと向き合ってあげて下さい。

 

以上がコロナウイルスの影響で自宅に籠る日々を送る中で、私が自分と向き合いつつ考えていたことです。部活ができないのはとても残念ですが、私はこの活動自粛期間を利用して病気克服に向けて前に進めるよう自身をupdateしていきます。勿論部活の仕事も勉強も今できることを頑張ります。
随分と重い内容且つ長文で、自分語りのようになってしまい反省しています。勘違いしないで欲しいのですが、感情に起伏があるのと同様症状にも起伏があります。四六時中苦しんでいるわけでも外食ができないということでもありません。ご飯には誘っていただきたいですし笑、スタッフ同期でもまたご飯にいきたいです。誰かと楽しく食事する機会は、寧ろ病気に対して前向きになるために不可欠なステップだと感じています。
この病気は経験者でなくては理解しづらい側面が大きいのは確かです。しかし私の過去を摂食障害(拒食症+過食症)という側面から凝縮して描いたこの拙い文章に、少しでも理解を示していただけるととても嬉しいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
 

次はフルコン復帰を果たしたとらさんにバトンを渡します。復帰してくださるのはとても嬉しいのですが、練習前におしゃべりしながら部室の階段上で氷を袋に詰める作業を手伝ってくださる姿がもう見られないのは寂しいです、、。

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