ブログ 百瀬 海さんが書いた記事
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いざ仰げこの金字塔[ラグビー部リレー日記]
投稿日時:2026/06/04(木) 10:16
同期の立花からバトンを受け取りました。4年の百瀬です。僕はクラシックの中ではバッハが好きです。立花は生粋の男子校(駒東)出身者で、東大ラグビー部の女子スタッフ以外の女子とは喋ったことがないそうです。1年生の頃、彼からは「女性蔑視」的な思想を感じたので、本人に尋ねてみたところ『女性「別」視』らしいです。そんな立花も来年(部活引退後)、「彼女をつくる努力」をするそうです。彼がどのような努力をするのか、そしてどのような女の子を好きになるのか、非常に興味深いです。1年くらい前に好みを探ってみたらダークな感じの女の子が好きっぽかったです。彼の今後の動向は必見です。
去年度に引き続き今年度も新歓代表を務めさせていただきました。この場を借りて、多大なるご支援をいただいた東大ラグビー倶楽部、強化委員の皆様に感謝を申し上げます、ありがとうございました。おかげさまで、今年度は目標にしていた「プレイヤー20名以上、スタッフ5名以上の入部」を達成しました。まだ人数は確定しておりませんが、現時点では「プレイヤー24名、スタッフ5名」の新入生が入部届を書いてくれています。入ってくれた新入生、そして今年の新歓を頑張ってくれた部員のみんなにも感謝しています。ありがとう。特に副代表を引き受けてくれた三上と星には何度も助けられました。去年(なぜか)ほぼ1人で抱えていた仕事を、3人で分担できたのは非常に助かりました。僕の新歓代表としての仕事は終わりかけていますが、秋新歓、そして入ってくれた新入生が部活を続けやすい環境づくりに貢献できればと思っています。来年度も倶楽部の皆様には、引き続きご支援のほどよろしくおねがいします。僕も来年度以降、2年分の新歓代表としての経験を活かして新歓をサポートできればと思っています。
長くなりましたがここからが本文です。
去年のこの時期の僕を語る上で、欠かせなかったのは、「新歓」と「胃の不良」だったと思う。今年はその2つに「政治」が加わるのではないかと予想する。部の中で後輩や若手のOBと話していると、度々政治の話題になり、「将来は何になりたいのか」、「なぜこんなことをやっているのか」などさまざまなことをきかれる。今まで僕をいじる時のワードといえば「ガッツ」だったが、それももはや薄まっている気がする。(ガッツについての詳細はここでは省略する。)そこで今回のリレー日記は「政治」について書こうと思うが、ただ僕が「政治」について書いても普段の政治SNS投稿となんら変わらないので、少し違った切り口で書いてみようと思う。
僕が知ってる初対面で話してはいけない3大話題としてあげられるのは「宗教」、「野球」、そして「政治」だ。この3つに共通しているのは何か。僕の文章は結論が先にないから、読みずらいと言われるので結論から先に書くと
「価値観が露出しやすく、かつ対立が起きやすいこと」だと思う。
わかりやすくいうとアイデンティティに直結することであると言える。政治・宗教・野球(特に贔屓球団)は、単なる「好み」じゃなくて
・自分はどういう社会が良いと思うか(政治)
・何を信じて生きるか(宗教)
・どこに帰属しているか(野球・スポーツ)
みたいな、自己そのものに近い部分に触れる側面がある。
宗教はわかりやすい。わかりやすくキリスト教と仏教を取り上げるとその差は歴然だろう。キリスト教は唯一神を信じるが、仏教はそういう考え方ではない。信じるものが違うというのは、科学が発展した現代においても、やはり生活の大きなところを根本から変えるだろう。日本では「ご冥福をお祈りします」という言葉がよく使われるが、敬虔なクリスチャンの中にはこの言葉を使われるのが嫌な人もいるらしい。
言ってしまえば、この3つは「否定されると「意見」じゃなくて「自分」が否定された感覚になる」のだろう。
また、この3つに共通するのは「正解がない上に、信じている人は絶対的だと思っていること」だろう。
・政治 → 正解が一つじゃない
・宗教 → 本人にとっては絶対的な真理
・野球 → 感情で応援してる
つまり、論理で解決しづらい=議論が「勝ち負け」になりやすいという構図になるのだ。
さらにいうとこの3つはすぐに対立構造が生まれる
・政治:右か左か
・宗教:信じるか信じないか
・野球:どのチームか
つまり話した瞬間に「陣営分け」が起きるのだ。
話す瞬間から対立が起きる話題なんてそりゃ初対面で話すべきではないだろう。
政治の話に戻るが、これらの理由から人が政治を語る時、本気になるし、だから熱くなる。そして突然キレ出すのだ。政治の話をしていると人はしばしば攻撃的になる。それは正義感からか、不安からなのか、はたまた承認欲求からなのか。
橋本龍太郎元首相の言葉を借りる。
「だから難しいんだよ」
とはいえ僕はみてもらえばわかるように、「扱いづらい話題」である政治に真正面から近づいている。むしろだからこそ向き合う価値があるのではないかと感じている。初対面で避けられる話題というのは、言い換えれば「人の深い部分に触れる話題」でもある。それを避け続けるということは、ある意味でお互いの表面的な部分でしか関係を築かない、ということにもなりかねない。(もちろん、いきなり踏み込むべきではないし、相手との距離感やタイミングは大事だと思う。)
しかし昨今若者の間だけなのかわからないが、少しでも政治の話をすると「思想が強い」と言われる風潮があるように感じる。僕に言わせれば「思想が強い」と思うということはそれなりに別の思想を持っているわけでむしろそっちの方が「思想が強い」か、「思想が浅い」だろうと思うのだが、まあそれは一旦置いておいて。
みんな「ノンポリ」だからだろうか。「ノンポリ」という言葉は東大紛争・日大紛争が始まった1968年の流行語として挙げられる。元は日本の学生運動に参加しなかった学生を指す用語であるが、現在では広く「無党派」という意味と同義で使われている気がする。実際若者の投票率は低い。いや若者に限った話ではなく、全体的に投票率は低い傾向があるように思える。なんで投票率が低いのか、逆に投票率が高い国はどういう国なのか、分析したいところだが、それをここでしても面白くないのでやめておく。
せっかくラグビー部のリレー日記という場を借りているので、少しは「ラグビー」と絡めたいと思う。
ラグビーをやっているとよくわかるが、あまりラグビーを知らない人が試合を見ると人気なのは、目立っているトライを決めるバックスだったり、派手なプレーだったりする。2019ワールドカップではWTBの福岡堅樹選手や松島幸太郎選手が人気だった。しかし実際には、その前段階でフォワードが地道に体を当て続け、ボールを前に運び、泥臭い仕事を積み重ねているからこそトライが生まれる。どちらが欠けても勝てないのに、どうしても一般人の目に見える結果の方ばかりが評価されがちだ。
政治も同じ側面があるのではないかと思う。
テレビやSNSで取り上げられるのは、わかりやすい政策や、強い言葉を使う政治家、あるいは対立の構図そのものだったりする。しかしその裏には、制度を整えたり、細かい調整をしたり、目立たない形で社会を支えている人たちがいる。
そして、そういう「見えない部分」は評価されにくい。ラグビーでも、フォワードの仕事の価値は実際にやってみないとわからないと言われる。スクラムなんてフロントローとして組んでみなきゃ本質はわからないのではないか、とも思う。政治も同じで、外から見ているだけではわからないことが多いからこそ、単純な善悪や勝ち負けで語られてしまうのかもしれない。
一つ留意して欲しいことがある。別に僕はラグビーと政治が似ているとは全く思っていない。あくまで無理やりくっつけてみたらこうなる、というだけだ。以前に東京新聞の取材を受けた時に「ラグビーと政治って似てますか」ときかれた。内心「似てるわけないだろ馬鹿野郎」と思ってしまった。そもそも「ラグビーという素晴らしいスポーツが、政治なんかと似ていてたまるか」と思う。(でもラグビーやってた政治家は多い気がする。)
ここまで書いていて、もう一つ思うことがある。政治の話が敬遠される理由は、「恋愛」にも少し似ているのではないか、ということだ。
恋愛でも、まだ距離が近くない段階でいきなり踏み込みすぎると、相手は引いてしまう。例えば、出会って間もないのに将来の話をしたり、価値観の深い部分にいきなり触れたりすると、「ちょっと重い」と思われることがある。
昨年、僕はありがたいことに、たくさんの女性とデートをする機会があった。大抵の場合2、3回行ってくれるのだが、2回目を断られてしまったケースがいくつかある。思い返せば、そういう人には1回目のデートにも関わらず、僕が結婚感とか将来についてベラベラ喋ってしまったという共通点がある。
政治の話も同じで、まだ関係性ができていない段階で、自分の価値観を強く出しすぎると、「思想が強い」と受け取られてしまう。
本来問題なのは「政治の話をしていること」ではなく、「距離感の取り方」なのかもしれない。
逆に言えば、関係ができてからであれば、価値観の話はむしろ避けて通れない。「ただ楽しいだけ」で付き合っているのもいいが、将来や深い価値観などのビジョンの話抜きに付き合っていても、そこに大きな意味は見出せないだろう。恋愛では最終的には、お互いが何を大事にしているのかを知らなければ続かないし、そこが合わなければどこかで無理が出る。僕は恋人とは結婚するかどうかはわからないが、常に将来を見据えられるかを重要視している。
政治の話も同じで、うまくいけば相手の考え方や人生観を知るきっかけになるし、うまくいかなければただの対立で終わる。そう考えると、政治が難しいのは「危険な話題だから」ではなく、「タイミングと距離感を間違えやすい話題だから」なのかもしれない。
その上で僕なりにどちらにおいても大切にすべき価値観があると思う。それは「感情」と「論理」のバランスだ。恋愛においては言わずもがな感情は大切だ。政治もある種原動力になるのは個人の感情だったりする。恋愛も政治も言い合いになる時は大抵その「感情」が原因だ。しかしどちらも感情だけで動いてはいけないと思う。恋人と喧嘩した時もいつかは途中で論理的に、自分が悪くかったこと、相手が悪かったことを考え、話し合わなければならないと思う。それができないカップルはどちらかが辛い思いをしているか、終わりが近いかどちらかだと思う。政治もそうで原動力が感情でも、どこかで論理的に考えなければならない。正解がない以上いずれは「こっちにはこういう長所短所があるが、あっちもそうだ。」と論理的に考え、その上で自分はどうするかが大切だ。未来から来た人から見れば正解があるのかもしれないが、現代を生きる我々から見ると絶対的な正解はないのだから。
ただ、ここまで偉そうに政治だラグビーだ恋愛だと書いてきたが、結局最後に自分を一番正直にしてくれるのは「胃」なのかもしれない。前のリレー日記で書いたように、僕の胃の中には「悪魔」がいる。
政治について考えすぎても胃が重くなるし、ラグビーがうまくいかなくても胃が痛くなる。恋愛で悩んでも胃にくる。つまり僕の生活において、政治もラグビーも恋愛も、最終的にはだいたい胃に集約される。
そう考えると、去年の自分を語る上で欠かせなかった「新歓」と「胃の不良」に、今年「政治」が加わったというより、もしかすると政治も恋愛も全部、胃の不良の一部なのかもしれない。
結局、難しい話題に向き合うということは、それなりに自分の内臓にも負担をかけることなのだと思う。それでも、何も感じない(=ろくに考えていない)よりは、少し胃が痛くなるくらいの方が、自分は何かにちゃんと向き合っている気がする。
もちろん、できれば胃は痛くない方がいい。
政治にも、ラグビーにも、恋愛にも、そして自分の胃にも、感情と論理のバランスを取りながら「ガッツ」を持って向き合っていきたい。来年の今頃、僕を語る上で欠かせないものが「政治」なのか、「恋愛」なのか、あるいはやっぱり「胃の不良」なのかはわからない。
ただ少なくとも、どれか一つくらいは今より少しマシに扱えるようになっていたい。
次は、2年のそうしにバトンを渡します。彼とは同じ都立国立高校出身で、高校時代も一緒にプレーしていました。記憶が正しければ、僕の高校の引退試合(vs久我山、3-161で大敗)では、彼はフルバックだったと思います。(ちなみに僕はフッカーでした。)高校時代からの特徴的な笑い方は今も健在でよかったです。正直言うと高校時代からあまり関わりがなく、憶測で色々書くのも良くないのでこれくらいにしておきます。
メリーアン[ラグビー部リレー日記]
投稿日時:2025/09/07(日) 08:00
宮田さんからバトンを受け取りました。3年の百瀬です。合宿は辛くもあり楽しくもありました。
今回は僕の持病について書きたいと思います。僕は機能性ディスペプシアという病気を患っています。病名を言われてもわからない人が多いと思うので簡単にいうと、ストレス性胃炎、神経性胃炎みたいな感じです。ストレス性とか過敏性とかが病名につくと気持ちの問題だと思う方が多いですが、気持ちだけの問題ではないです。(気持ちも関係はありますが)僕が発病したきっかけは現役受験でした。現役受験の共通テストの朝、起きていつも通り朝ごはん(食パン)を食べようとしましたが、全く食べることができませんでした。何も食べないわけにもいかないと思い、冷凍うどんを1玉解凍して食べましたが半分しか食べることができませんでした。それ以前も緊張すると少し気持ち悪くなったり胃痛がしたり下痢になったりすることはあったので、その類だろうと思ってその時はあまり重く受け止めずテスト会場に行きました。だいたいこういうのはテストを一科目受け終えたら緊張がとけて、治るものなのですが昼ごはんを食べようと思っても、また食べれませんでした。共通テストが終われば治るもんか、と思っていましたが2日目が終わった後もあまりまともにご飯を食べることができませんでした。今思えばこれが僕にとっての地獄の始まりでした。共通テストから数日経ってもまともにご飯が食べれないので近所の消化器科にいき、薬(制酸剤、消化促進剤)をもらいましたが全く効きませんでした。結局一橋の受験が終わるまで不調が治ることはなく、受験前の体重が70kg近くあったのに一橋受験後は58kgまで落ちてしまいました。断っておきますが、受験期間中特別緊張していたわけでもないし、マインドはむしろリラックス状態にあったと記憶しています。受験が終わると、少しだけ調子が良くなり、1人前の飯がギリギリ食べ切れるくらいまでは治りましたが、浪人が決まった後くらいでまた不調になりました。あまりにも不調続きでおかしいと思ったので、予備校入校後胃カメラを飲みましたが、異常はなし、策は尽きました。(器質的な異常がないのがこの病気の特徴です、この病気の人はよく「きれいな胃ですね」と言われることが多いそうです。)どうしようもないので薬を何度も変えました。僕が記憶してるだけで6種類近くの薬を飲みましたが、しっかりと効いた薬はなかったです。この頃同窓で1浪で東大に入った石澤さんが東大ラグビー部に入ったことを知りました。一橋を受験した時は、受かったらラグビー部に入ろうと思っていましたが、この時は「もし東大に受かってもこの胃腸じゃラグビー部には入れないな」と思っていました。結局受験が終わるまで一日1000kcal生活を続けました。(朝はバナナスムージー、昼はおにぎり2個、夜は500kcalの何か)この食事だけで一日12時間勉強するのはめちゃくちゃきつかったし、模試の日とかは、帰りの電車に乗る時はフラフラでした。こんなに続いても、この時は受験が終われば、胃の不調も治るだろうと思ってました。受験が終わると、少しだけ良くなり一日かろうじて2000kcalくらいなら食べられるようになりました。ちなみに受験が終了した日に体重を測ると50kgになっていました。結局病は治りきることはなく入学を迎えることになります。受験というストレスがなくなっても不調が続いたことは自分にとっては絶望そのもので、もうストレスが要因では無くなっているんだ、と考えていました。浪人期思っていたこととは裏腹に、結局胃の調子に関係なくラグビーをやりたくなってしまい、ラグビー部には早々に入部することになりました。入学してからはもう一度治療法を探しました。教養学部の授業でちょうど精神からくる胃の不調を言っている教授がいたのでその人に相談して、紹介された通りの治療法(薬とか)を試すとなんと不調がどんどんなくなっていったのでびっくりしました。その治療はいまだに続けています。調子が良くなったのはちょうどラグビー部の合宿の2週間前くらいでした。結局ある程度までは良くなりましたが、完全には治り切りませんでした。揚げ物は食えないし、油が多いものを食える段階までは戻りませんでした。でも増量できるくらいには、胃の調子が良くなっていました。そこから2年近くはその状態が続きました。夏バテにはなりやすくなったし、風邪ひくと全く食えなくなってしまいましたが、そのあとは1週間も経てばだいたい元に戻りました。問題は今年の2月のノロウイルスによる胃腸炎でした。胃腸炎については省きますが、胃腸炎が治ったあとしばらく経ってもお腹の調子が治ることはありませんでした。体重は維持するので精一杯で、むしろ減るくらいでした。
東大ラグビー部に入ってから会った人は僕に対して胃が弱い人という印象を抱く人が多いと思いますが、病気を患うまでは揚げ物と家系ラーメンが大好きなくらいでした。
まあ現状こんな感じで、正直来年プレーを続けられるかもわからないというのが実際のところです。でもラグビー部を辞めたくはないので何とかしたいと思います。
次は湊にバトンを渡したいと思います。湊は1年からスタメンで出続けているスーパープレーヤーです。無口な印象を受ける人が多いかもしれませんが今年の新歓の時はよく喋ってくれて助かりました。
シャア・アズナブル[ラグビー部リレー日記]
投稿日時:2025/02/26(水) 11:19
はらこー(原田)からバトンを受け取りました、新3年の百瀬です。はらこーはあきおさんに見出されて去年の終わり頃から3番の練習を始めたフロントロー仲間です。いまは基礎固め期間ですが、試合が始まったら一緒にスクラムを組みたいです。書いてくれていましたが、色々あって僕の完全復帰はオフ明けになりました。怪我でお世話になった方々、ありがとうございました。
僕と関わったことのある人は気づいているかもしれませんが、僕は赤色がとても好きです。(断っておきますが、赤色が好きなことと僕の政治思想は全く関係ありません。色として赤色が好きなだけど政治的な赤色が好きなわけではないです。特定の思想と結びつけるのはやめていただきたいと思います。)僕が使っているもので真っ赤なものには、靴、キャリーケース、マウスピース、自転車、運動用のTシャツ、ラグパン、ソックス、スパイク、そして極めつけはヘッドキャップがあります。赤が好きな故に、高校3年でラグビー部を引退してから髪を赤に染めたり、卒業式のネクタイを赤にしたりもしました。なぜこんなに僕が赤色を好きなのか、その理由は大きく分けて3つあります。
1つ目の理由は、母校である国立高校のラグビー部のユニフォームやチームカラーが赤色だったことです。正直これが赤色を好きな1番の原因だと思います。高校に入るまでは好きな色は緑色でした。国立高校のジャージは赤と黒で構成されており、試合用のソックスも赤黒でした。練習用のTシャツもチームで統一して赤色を使用し、ウインドブレーカーも赤色でした。高校時代から、ジャージといえば赤というイメージが強く、受験で現役生だった時は一橋大学を第一志望にしていたため、僕のラグビー人生は赤いジャージと共にあると思っていました。(結果的には一橋には落ちて浪人し、東大に入学することになりました。)ちなみに僕の地元にある小金井ラグビースクール(通ってたわけではありません)のユニフォームも赤色らしいです。
2つ目の理由は、赤色が目立つからです。僕はあまり自覚していませんでしたが、おそらく目立ちたがり屋なので、目立つ赤色を好きになるのは当然なのかもしれません。実際、真っ赤な靴を履いていると、渋谷などの人混みで友人と待ち合わせしていても、一瞬で僕のことがわかります。目立ちたいという欲求が潜在的にあるため、赤色は自然と僕の選択肢に入ってくるのだと思います。
3つ目の理由は、赤色から熱さ、強さ、情熱を感じられるからです。僕は情熱や熱さ自体がそもそも好きなので、その影響もあって赤色が好きなのだと思います。情熱的でエネルギッシュな性格は、自然と赤色に引き寄せられる要因となっています。赤色を見ると、心の中で燃え上がるような感覚があり、それが僕の行動や気持ちにプラスの影響を与えているのです。
ここまでで、なぜ僕が赤色を好きなのかについて説明しましたが、こんな僕でも赤色にするのをやめたものがいくつかあります。それについても紹介したいと思います。
1つ目は財布です。最近、財布を買い換えたのですが、その際に真っ赤な財布にするかどうか迷いました。しかし、調べてみると赤い財布は「お札が燃える」や「赤字」と繋がるとのことで、風水的にあまり良くないという情報を見つけたため、やめました。結局黒い財布を買ったのですが、使っていると赤い財布買わなくてよかった、とつくづく思います。
2つ目はリュックです。個人的に真っ赤なリュックを使いたいと思っていたのですが、なかなか良いものが見つかりませんでした。結局、妥協して暗めの赤色のリュックを買いましたが、そのリュックは弟にあげました。色の選択肢が限られる場合には、妥協も必要だと感じました。
3つ目はスマートフォンです。自分が欲しい機種に真っ赤なものがなく、流石に機種を優先して購入しました。機能性や性能を優先する必要がある場合には、色にこだわることが難しいこともあります。あと、自分が言うのもなんですが、スマホのようなよくみるものを赤色にしてしまうと疲れてしまうので、あまり実用的ではない気がします。
ここまでで僕と赤色について色々書かせていただきましたが、これからも何か物を買うときに色を選択できる場合には、赤を選び続けたいと思います。赤色は僕にとって特別な色であり、それが僕の個性やスタイルを表現する手段でもあるからです。東大の試合を見るときに真っ赤(薄い赤とかオレンジではなく)なヘッドキャップ、マウスピース、スパイクをしている選手がいたらおそらく僕ですのでよろしくお願いします。
最後に本年度は私が新歓委員長を務めさせていただきます。青山先生、ラグビー俱楽部の皆様、ご支援ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。
次はジェッドにバトンを渡します。ジェッドとは腓骨骨折仲間です。ジェッドの方が2ヶ月くらい早く骨折したので関係性としてはジェッドが腓骨骨折先輩です。復帰までは先輩として色々なことを教えてくれて、助かりました。ちなみに僕の腓骨骨折後輩には金ちゃん(辻金大)がいます。流石にチームで同じ怪我が多すぎるので、今年はこれ以上腓骨骨折後輩ができないことを祈っておきます。
あの微笑みを忘れないで[ラグビー部リレー日記]
投稿日時:2024/11/25(月) 09:00
三上からバトンを受け取りました。2年の百瀬です。次のバトルでは一聡さんに負けないようDL頑張ろうと思います。三上と一緒なら次は勝てる気がします。冗談はさておき、三上は体が僕の二回り、いや三回りくらい大きいです。夏前に「僕少食なんです」と言っていて意外だなと思っていましたが弁当食べた後に学食で大メニュー2つペロッと食べてたのを見ました。これでも120kg界隈では少食なんだと驚いたのを覚えています。
11月下旬になり、あと1ヶ月くらいでシーズンオフになるので自分の今シーズンの振り返りをしたいと思う。
まずは昨シーズン終わりから書き始めたい。昨シーズン終盤にはB戦が何度かあったが、自分はほとんど出ることができなかった。全て自分の実力不足が原因だった。ある日、ショットガンという練習をやったが、終わった後大西さんに一人呼び出され、「お前は本気を出していない。もっと執着心をもて」と言われた。実力は出し切っているつもりだった自分はただ不甲斐なく思った。結果的に自分のラグビーモチベーションは下がり切ってしまった。冬オフに入ると自分からラグビーを遠ざけるようになった。ウエイトはしないし、自主練もほとんどしなかった。毎日友達と飲んで遊んだ。体重は激減した。この生活が続いていればいいのに、と思っていたがシーズンが始まってしまった。そして(自分にとっては)地獄のBBCが始まった。ラグビーに対するモチベーションがないのに辛い練習をするのは苦痛でしかなかった。しかも自分はフロントローであるにも関わらずBBC激弱だった。ある日疲れ切って部室の2階で横になり目を閉じていると寿太郎さんが「モモカイBBCこれだけ弱いと試合出せないな」といっているのを聞いてしまった。本来であればここで悔しくなって「もっと頑張ろう」と思うべきだろうが、今年試合に出れる展望が全く見えていなかった自分には刺さってしまい、「なんでこんなに辛いことしてるんだろう、どうせ試合出れないなら辛いことしないでやめた方がマシだ」と思いただただ悲しくなった。この時僕が部活に残っていたのは「ラグビーがしたいから」ではなく「新歓をしてみたかったから」だった。1年の時に新歓してる先輩達をみてかっこいいと思っていた。新歓だけやったらやめようと思った。だから最後だと思ってBBCは弱いなりに全部本気でやった。いざ新歓が始まると「ラグビーモチベーションが低い自分」と、「必死に新入生にラグビー部の魅力を語る自分」のギャップに苦しんだ。怪我人が多く翌日に対抗戦7sを控え人数不足だったためか、新歓試合に自分が出れることが決まった。昨年の新歓試合前後での自分の言動から、新歓試合の前は本当に緊張したし、モチベーションは相変わらず上がらなかった。その頃から副将のあきおさんからプレーのアドバイスをよくもらうようになった。あきおさんは最後に必ず「お前ならできる」みたいなことを言ってくれて、これが唯一頑張れる理由になった。そして新歓試合では前半15分の交代直前にあきおさんから「お前がもっといい流れにしろ」と言われて自分の中のスイッチが入った。試合中はクソみたいなプレーばっかりだったが1トライを取ることができた。これが契機となってか、少しずつラグビーモチベーションが上がっていった。
春シーズンは怪我人が多く人数不足だったため、結果的に2試合を除き、A戦ではリザーブに入れてもらった。昨シーズン、スクールカラーのジャージでさえもほとんど着ることができなかった自分としては、人が足りず経験をつませるという名目であってもスイカを着て戦うことができたのはかなり嬉しく貴重な経験になった。試合経験を積むたびに自分の不甲斐ないプレーに悩まされたが、少しずつ自分が強くなっているのを感じた。今となってはこの頃ちょっとずつでも強くなれたのは(やってる時はなんのためになるのかわからなかった)冬から春にかけてのBBCのおかげだということを実感した。そして自分の中で春シーズン一番印象に残っているのは防衛大B戦だ。この試合ではかなり自分のプレーがよく、苦手なLOスローも成功率80%だった。そして試合中盤細谷さんが怪我したことで、ゲームキャプテンに指名された。途中からのためゲームキャプテンとして特段やったことはないが、ここで選んでもらえたことは本当に嬉しかった。春シーズンを通して(夏とかも)あきおさんにはアドバイスを都度もらい、前向きな声掛けをしてもらっていた。正直これがなければ自分はラグビー部をやめていたと思う。あきおさんには感謝してもしきれない。
夏休みに入ると何もうまくいかなくなった。(正確にいうと元々うまくいっていなかったことを改めて実感した。)ただこの時は春シーズン終わりから始めた1番(PR)としてスクラムを組めるようになることだけを考えて頑張った。8vs8で組む練習をしてもらったが安富さんからお前は逃げていると言われた。慶應大戦のメンバーに最初は入っていたが、試合前日に変更で外された。菅平では自分としては1番での試合経験を積む絶好のチャンスだと思い挑んだ。1試合目のBのADではトライを取れたし2試合目のB戦はゲームキャプテンで、苦手なタックルもうまくいき始めた。両試合も思ったよりはスクラムを組めたのが嬉しかったが最後のB戦は自分のスクラムもフィールドプレーもクソで相手に全く歯が立たなかった。その試合の翌日8/22にBチーム最後の練習をしたがその練習の最後に無駄なことをして自分の今シーズン初の大きな怪我をしてしまった。(これについてHCを恨んでいるとかは全くないので誤解なきように)腓骨を骨折してさらに足首の脱臼をしてしまった。
1年生の時から大きな怪我をしたら部活をやめようと思っていたし言っていたので、やめようか一瞬迷った。(これがいかにダサいことかは今はよくわかる)。だが入院お見舞いに同期プレイヤー達が来てくれた時に、武村が「辞めるのはダメ」、と言ってくれたり、いろんな先輩から「早く戻ってこい」と言われるうちに迷いがなくなった。特に安富さんは度々LINEで話しかけてくれてその度に「早く戻ってこい」と言ってくださったのはだいぶ効いた。最後に決定的だったのは療養中、親に送ってもらって見に来た学習院戦であきおさんがアキレス腱断裂から復帰して(Aの)試合に出ているのを見たことだ。立場も学年も怪我の大きさも違うがアキレス腱断裂でもめげずになんとか復帰して対抗戦に出ているあきおさんの姿には勇気づけられた。DL期間中に辛いことをやって前よりも強くなって復帰しようと決意した。来年は絶対に対抗戦のメンバーに入りたいと思う。
今シーズンも残すところ1ヶ月で短いが、自分が出来る限りのことをやって強くなりたいと思う。
情けないリレー日になってしまったがあと少しで始まる最後のリレー日記への繋ぎ程度と思ってもらえれば嬉しい。
次は福元さんにバトンを渡します。福元さんはコミュ力が非常に高く、会話をすると楽しくなります。また、大学に入る前は囲碁で相当な実績があったそうです。囲碁といえばこの間読んだ中国の古文書に「橘中の楽」という言葉がありました。意味は「囲碁をする楽しみのこと」らしいです。福元さんも橘中の楽を求めているのでしょうか。
BMI17[ラグビー部リレー日記]
投稿日時:2024/05/08(水) 18:59
金ちゃんからバトンをもらいました。2年の百瀬です。金ちゃんは呼称の通り後輩からも親しみやすい性格でありながら、僕のような後輩に対しても非常に優しくしてくれる良い先輩です。僕はHOなため金ちゃんの直属の後輩なので、金ちゃんからは様々なことを教えていただいています。僕も金ちゃんのような先輩になれるように頑張りたいですが、金ちゃんの変態的な部分だけは見習わないようにしたいと思います。
このリレー日記は山中湖合宿から帰ってきて書いたため、山中湖合宿について書こうと思ったのですが、合宿において自分については特に何もなく、他人のことを書こうにもそれは様々な観点から難しいと思ったのでやめておきます。僕は高校時代ラグビー部に所属していましたが、中学時代は水泳部に所属していました。今回は中学時代の水泳部の話を書こうと思います。
僕の中学には屋外に25m、(確か)5レーンのプールがありました。屋外プールだったのでそこそこ気温がないとプールが使えず、5月から10月頃までしかプールで泳げませんでした。そのため11月から4月頃までは平日は主に陸トレと言われるトレーニングをしていました。ただ、陸トレ期間でも別に大会や記録会がないわけではなく、3週に1回程度は記録会等がありました。陸トレは日によって内容は異なりますが、大体校舎周り(体感200~300m程度)を10周程度走り、筋トレ(腕立て、背筋、腹筋)をやり、さらにバランスボールやゴムでのトレーニングを行いました。正直このトレーニングが泳ぐ際に役立っていたのかはわかりませんが、全く運動ができない僕にとっては基礎的な筋トレは必要であったと思います。もちろんラグビー部でやるようなしっかりとした筋トレではないし、今と違って食生活など全く気を使っていなかったのでBMIは17くらいで、泳ぐのには困りませんでした。(今思えばもっと筋肉つけたほうが早く泳げたような気がする。)陸トレ期間でも唯一土曜の午前は市民プールに行って泳ぐ練習をしました。土曜はそれのみならず、その公園で5km程度走りました。陸トレ期間は正直全然楽しくなく、やはり水泳部に入ったのだからずっと泳ぎたいと思っていました。陸トレ期間が終わると、やっとプール開きです。プール開きではまずプールを掃除するところから始まります。掃除が終わるとプールに水を入れ塩素を入れます。そうするとプールで泳げるようになります。プール開き以降はひたすらに泳ぐのですが、様々なメニューがあります。基本的なメニューはまず準備体操してアップで100~300m程度泳ぎ、その後ビート板や、ブイを使って4泳法の各ポイント(キックや水をかく動作)を練習し、最後は普通に泳ぎます。平日は時間の関係であまり泳げませんでしたが、休日や夏休みは合計で3~5km程度泳ぎました。休日や夏休みの練習ではメニューが終わった後は、ボールやフィンを使って遊びました。正直プール練は自分の中では結構きつくて、この期間で一番楽しかったのは最後の遊びでした。もう書くことがないので水泳部のことについてはこれくらいにしておきます。
ここ何年かしっかりと泳ぐことをしていませんが、ラグビーをやめたら健康のためにおそらくまた水泳を始めるので誰か一緒に泳ぎに行きましょう。
次はフロントローの先輩である本多さんにバトンを渡します。本多さんはウエイトがめちゃくちゃ強く、スクラムでも圧倒的な力を発揮するフロントの鑑です。過去のリレー日記を見返すと、本多さんは「僕が今の体型になったのはプーさんに囲まれて育ったから」と書かれています。僕もプーさんに囲まれれば本多さんのように大きくなれるのでしょうか...
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