ブログ 中村 優希さんが書いた記事

呟き[ラグビー部リレー日記]

 written by 中村 優希投稿日時:2021/10/01(金) 06:00

決算作業の際にいつも快く財務の仕事を手伝ってくださる魚住さんからバトンを受け取りました、3年スタッフの中村優希です。いつも色々とお願いしてしまいすみません、本当にありがとうございます。コロナが落ち着いたらまた下條さんのスモブラで一緒にご飯に連れて行って頂きたいですね!

 

 

さて3年生の秋となり、そろそろ本格的に大学卒業後の将来についてを考えなくてはならない時期ということで、今回は私が残りの大学生活の過ごし方を考えたり、就活を始めてみたりする中で感じたことを書かせて頂こうと思います。

 

 

リレー日記で毎回のように書いてしまう気がするのですが、大学生になってから時の流れが本当に早く感じます。
 

やることはあるのに最近はついつい無為な時間を過ごしてしまうことが多いので、できればあと一年半だけではなくてもっと長い間学生でいたい!と思ってしまいます。

もっとゆっくりと色々なことに挑戦し学びたいし、もっと自分のために時間を使いたい、そして社会に出る前にもっと成長して腰の据わった自分になりたいと思ってしまいます。

しかし決してこれまでの2年半を適当に過ごしてきたというわけではなく、その時はその時目の前にあることに必死だったのですが、その先が見えていなかったというか、あの時あれもやっておけば良かったという鈍い後悔が胸の内に燻っています。


 

というのも最近ある企業の1Dayオンラインインターンに参加していた際に、一人の高校同期と遭遇しました。

彼とは受験生の頃、一緒に受験勉強を頑張ろうと意気投合していた(と私は思っていた)のにも関わらず、

私が知らない間に彼だけ早々にAO入試で有名私立大学に合格してしまうという、置いてきぼりにされた少し寂しい記憶があります。
 

そんな彼ですが良い意味でとても自分に自信のある人で、行動力と発言力があります。

そのインターンでも彼は臆せずグループ発表の代表を務め、社員の方に積極的に質問するなどしており、私は素直にとても尊敬しました。

 

高校の頃の私は彼には負けないという気持ちで勉強に励み、結果として偏差値だけで比べると彼よりもレベルの高い大学に入学しました。

しかし就活という同じフィールドで再び顔を合わせた時に、彼に対して素直に胸を張ることができず、発言もせずに出来るだけ目立たないように振舞おうとする自分がいました。


 

 

私は話すよりも聞く方が好きという性格もあり、人前で発言するのが苦手です。

例えばインターンの選考で行われるグループディスカッションも本当に苦手です。

自分の意見がないわけではないのですが、思っていることを口に出すのにとても勇気を必要とします。

一対一の会話であればそれほど大きな障害はないのですが、

複数人での討議の際には、自分の意見を口に出す前にまずそれを聞いた相手がどう思うかを過剰に考えてしまい、その間に発言の機会を逃すということが往々にしてあります(発言した後になってから相手が自分の発言をどう捉えたかを考えすぎることもあります)。

実際にそうなるかどうかは分からないのに過剰にリスクマネジメントしてしまうということです。

私にとっては変な意見を言ってしまい人から良からぬ印象を持たれたり、誤解されたりするリスクを冒すくらいなら人の意見に同調した方が楽なのです。

 

 

しかしインターンやグループディスカッション然り、部活や普段の生活然りなのですが、

自分がどれだけ建設的な意見を持っていても、どれだけ相手のことを大切に思っていても、言葉にしないと伝わりません。

言葉にしてさえ伝わらないことがあるのに、言葉にせずとも相手に感じ取って欲しいというのはやっぱり難しいですよね。

せっかくの良いアイデアや温かい気持ちが相手に伝えられないなんてとても勿体無いなと思います。

「言わない」という選択をしたことによる後悔を無くすために、少しずつ自分を改めていこうと思います。

 


 

理想を言えば、どんな時でも、どんな悩みやコンプレックスを抱えていても、それを跳ね返せるくらいの自信を持った自分でありたいです。自分に自信を持ち、人間関係を大切にして、部活・勉強・アルバイト・インターンなどなど学生生活を彩る全ての物事に熱意と積極性を持って取り組みたいです。

 

そのために、大学生活も半分を折り返して残り一年半、私は

①意見や思いを適切に発言し伝えること(他者からの評価に過度に執着しないこと)

②迷ったら行動に移し、出来るだけ最後まで諦めないこと

③朝型生活を習慣化すること

の3つを心がけていきたいと思います。

(③はこのリレー日記の内容とは関係ないですが私の体に染み付いてなかなか抜けない夜型サイクルから脱却したいという強い思いの現れです。)

 

 

そして一年半後には、笑顔で高校同期と再会できるような私になっていようと思います。

 

 

最後に、全く文脈から外れますが会報委員の編集長として会報について少し触れさせてください。

今号(会報第84号)より、東大ラグビー部の活動をより多くの方に知って頂き、支援して欲しいという思いから、OB・OGの皆様に加え部員の保護者宛にも会報を送付することとなりました(もう親御さんの元に届いているはずです)。

会報は、沢山の方々の協力の下、毎号会報委員がオフを返上して広告集めや編集・校正・発送などの作業を行い作成しているものなので、是非読んで頂けると嬉しいです(今号の目玉は京大戦特集です!)。

特集のリクエストや寄稿・広告掲載のご依頼はいつでも募集中です。

 

 

最後までお読み頂き有難うございました。

 

 

次は一年生スタッフのにちかちゃんに繋ぎます。

にちかちゃんは3年スタッフの若菜ちゃんと一緒に日々色々と高め合っているようで、そんな二人を見ていると微笑ましくていつも心が和みます。無理をしすぎないように頑張って欲しいというお母さんのような気持ちで応援しつつ、これからも温かく見守っていきたいと思います。

エネルギー[ラグビー部リレー日記]

 written by 中村 優希投稿日時:2021/06/05(土) 23:58

最近意外と接点の多い笹俣君からバトンを受け取りました、3年スタッフの中村優希です。彼は体格に恵まれているため見た目は少し厳ついですが優しい性格の持ち主で、しかも私は最近彼の雰囲気が丸くなったような気がしていて何だかとても話しかけやすいです。せっかく2回同じスモブラになったことですし、彼ともっと仲良くなりたいと思います。


 

まず始めに、一年生が入部してくれたばかりの大事な時期に頻繁に部活をお休みさせて頂くことになってしまい、本当に申し訳ありません。特に負担をかけてしまった同期スタッフのみんなには頭が上がりません、いつもとても感謝しています。今朝は本当にすみません、私も頑張ります。


 

私事ですが、私は昨年から本当に色々なことに悩んでいて、遂には悩みが尽きないことに悩み始めそうです。

リレー日記に何を書くかについてもかなり悩みました。というのも、先週までに違うテーマについて2500字程度の文章を2つ書いたのですがそのどちらも廃案にしてしまい、今焦っています笑。


 

大学生になってから時間が過ぎ去っていくのがとても早く、もう三年生になり上級生の仲間入りをしてしまったことが未だに信じられない思いです。

上級生の魅力は、「裁量(自由)」と「責任」だと思います。上級生になったことで確実に部活の仕事量は増加し責任も重くなりましたが、それに比例して仕事における裁量が広がり、やりがいを感じる場面が増えたように思います。1つ上の学年にスタッフの先輩方がいないということは、部にとっては大きな損失であり痛手ではありますが、一年早くスタッフとして最高学年になることができたため、2年、3年という長いスパンで今後のスタッフのあり方を見直し改善する取り組みができており、マイナス面だけではないのではないかと思っています。私達に与えられた残りの1年半の期間を大切にしつつ、努力していきたいと思います。

とは言え部活の仕事をする中で悩みを抱えることも数知れず、かなり落ち込んでしまうこともあります。私の場合、落ち込むのは理想と現実の乖離によるもの、つまり「こうあらねばならない」という固定観念に縛られ、敷かれたレールから一歩でも外れると自分を責めてしまうためです。

ここで当たり前だけれどもとても大切なことは、人に相談することです。たまには愚痴を言うことがあっても良いと思います。私は負のエネルギーをかなり溜め込みがちなのでいつも反省していますが、自分の状況を客観視するためにも人と接する中で新たな価値観に触れることがが大切ですし、悩みは人に打ち明け共感してもらうことで和らぎます。但し人に相談するときにはその人にまで負のエネルギーを与えてしまわないよう、不満や不安をただ述べるだけではなく、今の状況をどう打開すべきかも一緒に考えると良いのではないかと思います。とにかく、自分だけで全てを解決しようとしないことが大切です。


 

悩みの解決と同じくらい大切なのは、不必要に負のエネルギーを溜めないことです。

私には、自分を不用意に落ち込ませない方法があります。音声メディアの活用です。

図らずも私生活が謎と言われて悲しくなることが時々あるので、今回は近頃私がはまっている音声メディアについて少し紹介します。

私は最近音声メディアが好きです。

音声メディアとは具体的に、stand.fmやvoicyやpodcastなど、誰もが配信できるネットラジオのようなものです。所謂ラジオと同じく無料で聞く事ができるのでとても便利ですし、何かをしながら聞くことができるというのが魅力です(私はご飯を食べながら聞いていることが多いです)。またラジオとは異なり、好きなチャンネルを登録したり、チャンネルを遡ってアーカイブされた録音を聞いたりすることができるのでとても親しみやすいと思います(例えるとyoutubeの音声のみ版のようなものと説明するとイメージしやすいでしょうか。)。

 

コロナ禍において、感染拡大前よりもSNS利用時間が増加したというデータをどこかで見た覚えがあります。

SNSや画像・映像メディアでは、加工され編集された、その人の日常の一番良い部分が発信されています。そこで発信されているのはその人の生活の中から切り取られた僅か一部分なのですが、情報の受け手からは裏側の事情や苦労が見えにくく、そこで発信されている情報が全てであると錯覚しがちになります。そのためSNSや画像・映像メディア上では自分よりも優れている人が多く目につき、また容赦の無い批判を受けたりするため、利用時間が長ければ長いほど自己肯定感が下がりやすくなる気がします。

 

私が音声メディアの一番大きな魅力であると感じるのは、音声メディア上では発信者は必要以上に「飾ることができない」という点です。音声配信を通して触れることのできるのは、日常離れした世界や派手な企画などではなく、その人が日々の思考や考え方、経験、生活そのものです。そのためか、発信者から直接語りかけてもらっているような暖かい気持ちになることができます。私は配信を聞いているうちに幾度か新しい価値観や考え方に出会い、勝手に少し世界観が広がったような気持ちになっています笑。

その他にも、ニュースや外国語のリスニングなど特定の用途専用のチャンネルも多数開設されており、個人のニーズにあった使い方ができます。

皆さんもお時間があれば、音声メディアを是非一度使ってみてください。そしておすすめのチャンネルや配信などがあれば是非、教えて欲しいです。

 

 

次は、今シーズンの新歓で大活躍し、すっかり上級生の貫禄を見せていた関戸君に繋ぎます。少し前の話になってしまいますが、春休み明けに彼の姿を初めて見たときに春休み前と見間違うくらい体が大きくなっているのに驚くとと共に彼の直向きな努力を感じ、とても微笑ましい気持ちになったのを覚えています。これからの活躍を期待しています!

内省[ラグビー部リレー日記]

 written by 中村 優希投稿日時:2020/08/22(土) 04:52

同期スタッフの一人から「可愛い」と時々密かに?絶賛されている五島からバトンを受け取りました、2年スタッフの中村優希です。彼は今年のアップTのイニシャルを「Gossisy」にしていたのですが、綴りミスなのではないかと思ったことがあります笑。何故このような綴りにしたのかいつか聞いてみたいです。

 

緊急事態宣言の解除から約3ヶ月経ち、以前と同じとは言えないですが社会が活気を取り戻しつつあるなと日々感じています。


自粛期間の約5ヶ月間は、私にとっては思いがけず実家で家族と過ごすことのできた貴重な時間でした。大学のオンライン授業を受けたり塾の勉強をしたり、緊急事態宣言解除後は自動車学校に通ったり、時々妹と喧嘩したり?とそれなりに忙しい日々でした。6歳年下の妹は私と性格が真逆で面白く、一緒に過ごす時間は本当に楽しかったです。

しかし時々ふっと空虚な気持ちになることがありました。

 

この空虚さは何か。私にとっての答えは後悔、です。

例えば去年を振り返ってみたとき、大学一年生としての一年は、授業や部活や余暇などで充実していました。しかしおろそかになっていたのは、自分を成長させるための積極的な努力と言う意味での「学び」です。定期試験のための勉強はそれなりに頑張りましたが、それ以外については、昨年はまだぼんやりとしていた自分の目標を可視化させる努力をせず、何かに参加してみたり積極的に知識を増やそうとする努力をせず、現状維持に甘んじていました。明確な目標を欠いたまま、心が何処か虚ろなまま、その虚ろさを楽しさで紛らわせてやり過ごしていました。去年一年は決して無駄な時間ではなかったけれども、何かもう少しできたはずと言う未練が拭えず、それが私が去年を思い返しているときに感じる空虚さの一因です。

 

一方で、自粛期間中私は幾度も、極度のやる気消失期に直面しました。目標が明確に定まらず、机に向かってもやる気が出ず集中できず、結局無為に過ごしてしまった日が何日も(何十日も?)あります。勉強時間の記録はつけていましたが笑、勉強ができた日とできなかった日の差が激しすぎて自分でも思わず苦笑してしまいそうになります。

 

反省点としては、自粛期間中に勉強以外の「学び」にもっと積極的に時間をとるべきであったと言うこと、が挙げられます。

特に緊急事態宣言の間は、外出できず自室で一人で勉強する日が続くと考えると目眩がして体の力が抜けてしまっていました。勉強できる時間があることに喜びを感じるべきなのに、逆に時間がありすぎると勉強できなくなってしまうのは困ったものです。だから無理に勉強だけをしようとするのではなく(勉強だけをする生活を理想とするのではなく)、時間の一部を積極的にいわゆる普通の勉強以外の「学び」に充てる、すなわち自分は何を目指したいのか、という自分の目標を可視化するための読書であったり調べものであったり、部活の仕事であったり、たまには友人と遊んだり、他にも自動車学校(社会勉強にはなると思います)などです。

 

私にとって自動車学校に通い始めることは一つの大きなチャレンジでした。両親に自動車学校に通うことを強く勧められたとき、私は当初塾や大学の授業もあるし、やる気消失期が生じてしまって勉強が滞っていたこともあり余裕がないのにこの生活の中にどうやって自動車学校に通う時間を入れ込めばいいのか、と拒否していました。しかし結局父親に説得されて自動車学校に通い始めると、勉強時間は通っていなかった頃とほぼ変わらず推移しました。時間は探せば見つかるのです。

 

受験生の頃からの私の考えは、努力=それ以外のことを全くしない、と言うものでした。志望校があり、それに向けた受験勉強をしているのであれば、それ以外のことにかける時間は限界まで減らすべきであると考えていました。余暇を削るのは勿論辛いですが、辛くなければ本当の努力をしていないのだと考えていました。今思い返すと一元的で極端な考え方であるとしみじみ感じますし、今の私には通用しない考え方です。

 

今の私の考え方は、努力=「顔晴る(がんばる)」です。

 

「顔晴る」と言う言葉は、私が大いに感銘を受けた言葉の一つです。この言葉を教えてくれた方に私は、努力は辛いだけのものではない、自分が笑顔になれること、笑顔になれるようなことをすることこそが努力であるのだ、と教えてもらいました。高すぎる理想のための辛いだけの努力は、自分を追い詰め精神的余裕を失う契機になってしまいます。人と比較するのではなく、何が一番自分のためになるのかどんな自分でありたいのかに焦点を当てよう、と改めて思いました。心から笑顔になることは案外難しいものです。無為な一日を過ごすのは楽ではありますが、それで自分が本当に笑顔になるのかと考えると疑問を抱かずにはいられませんし、向上心なくただ楽しい時間を過ごすだけでは、何かが欠けているという思いが頭の何処かに残り心から笑顔になることはできません。時々SNSで毎日のようにお洒落なお店にご飯に行ったりテーマパークに行ったり郊外に遊びに行ったりしている高校同期を見かけますが、それが彼らにとっては楽しいのかもしれないとは思いつつ、いつしか全く羨ましいとは感じなくなりました笑。人には人の生き方があり、仮に自分がそのような生活をしてみたところで振り返って空虚な気持ちになることは目に見えているからです。互いに高め合える集団の中で自分自身明確な目標を持ち、余暇を大切にしつつも日々色々な物事に取り組み真面目に顔晴ることが今の私にとっての一番の充実、です。努力する価値のある目標を持てること、そしてその目標に向かって努力できる環境にあることはとても幸せなことなのだと思います。

 

ともすれば偏った思考に陥りがちであった私の考え方は、この言葉一つで大きく変わりました。以前より少しポジティブになり、完璧主義ではなくなったおかげで以前より物事に関して少しルーズになり笑、自分の精神的強さが失われてしまったのかと悩むこともありますが、これも自分の成長の過程であると信じています。


他にも自粛期間中には様々な気づきや発見があり、私にとってはとても貴重な期間でした。それらを活かし、改めて頑張っていこう(顔晴っていこう)という決意をここに述べさせて頂きます。

 

そして最後に、自粛期間が明けて忙しい生活が再開しようとしていますが、素直になって自分の言動を振り返り、自分の心と向き合う内省の時間をこれからも大切にしていきたいと思います。

 

 

次はプレーヤーとしてだけではなく、新歓委員としての活動や更にyoutubeでも目覚ましい活躍を見せていた同期の國枝君にバトンを渡します。彼も出演するyoutubeの文武両道王の動画は、私が個人的にとても面白いと思う動画の一つです。

コンプレックス[ラグビー部リレー日記]

 written by 中村 優希投稿日時:2020/04/18(土) 21:35

時々悪戯っぽい発言で私を困らせる宝さんからバトンを受け取りました、2年スタッフの中村優希です。先輩である宝さんが見せる茶目っ気のある笑顔が個人的にはとても好きです。
私ももっと先輩方と懇意になりたいのですが、指摘して頂いた通り、努力しても私は常日頃から自分をオープンにするのが苦手なようで、なかなか変わらない性格に困っています笑。

今回私は自分にとって大きな決断をすることにしました。
理由は主に3つあります。
1つ目は今この時期にリレー日記の順番が私に回ってきたということ、2つ目は少しでも部に迷惑をかけることがあるならばその理由をきちんと明確に説明すべきだということ、そして最後にこのリレー日記を自分自身を変える1つの契機にしたい、ということです。というわけで、かなり悩みましたが、前々から準備して書いていたリレー日記の下書きは置いておいて、これを書いています。

新型コロナウイルス感染者の増加により、日本全国に緊急事態宣言が出されることとなりました。そんな大変な状況の中でも、ラグビー部には新歓委員を中心に新歓活動に取り組んだり、家でも筋トレやストレッチをしたり、分析のために知識を増やしたりなど、部活が再開された時のために地道に努力を重ねる同期や先輩方がいます。そんな中で今思うように部活に貢献できていない自分をとても不甲斐なく感じています。私が3月中旬に病気で早めに帰省させていただいたことを覚えている方も多いと思います。このままでは私がこれからずっと、部活に対し引け目と申し訳なさを感じ続けてしまうのではないか、その思いもあり、今回は私が中学三年生の頃から現在に至るまで闘い続けている病気について書かせていただきたいと思います。

 

「この病気は一度発症すると生涯治ることはないんですよ。」

これは私が中学三年生の夏に入院していた時に看護師さんから言われた言葉です。この苦しみを一生味わい続けなくてはいけないのかと思うと恐怖で心が締め付けられました。もう二度と普通にご飯が食べられないのか、1日に三度も苦しい思いをし続けながら生活していかなくてはいけないのか。

私は中学三年生の6月ごろにほぼ今と同じ身長(150cmくらい)で体重は30kgを下回り、夏休み開始後から3ヶ月強ほど病院に強制的に入院させられ、行動制限・食事管理の下で体重を6kgくらい戻しました(体に管を入れられたりしてとても辛かったです)。自分でも拒食症状が始まった原因はよく分かりません。何か精神的な原因で、とにかく普通に三度の食事が食べられなくなりました。ただ、当時通っていた病院では病気の根幹である精神的な治療ではなく、体の治療、つまり体重を正常値に戻すことを最優先させられました。退院後に通院していた際も常に「体重が少ない」「体重を増やせ」と責められ続けました。病院の先生を信じるしかない親にも同じことで日々責められ、何度も全てをやめてしまいたくなりました。「食べろ」と言われてそれが可能なら、この病気で苦しむ人々はこの世に存在しないはずです。当時の私は食べること、動くこと、勉強すること、話すこと、日常生活の全てが辛く、心も体も限界でした。もし治療が遅れれば20人に1人がそのままゆっくりと死へ進む、それがこの病気です。

病気から回復し始めた契機は、私が通院をやめたことです。私が通院しなくなったことに対し両親はもちろん狂乱しました。しかし自分自身が病気と向き合い、自分で治すしかないと覚悟したその時から徐々に、苦しまなくてもすむ日々が増えていきました。高校生活は病気からの回復のための努力と受験勉強で過ぎていきました。

大学生活が始まり、私は初めて一人暮らしを始めました。一人暮らしというのは全てを自分の思い通りにできるという自由がある一方、全てを自分でしなくてはいけないという負担もあります。普段は何事もなく過ごせていても、完全に完治していたとは言えなかった私の症状が、これまでとは逆方向に悪化を始めたのは大学一年生(昨年)の夏休みの終わり頃からでした。

最初は自覚症状がなく、ただ食べ過ぎているだけだ、私がもっと我慢すればいいと自分に言い聞かせていました。しかし、そうやって一生懸命自分を制御しようともがくうちに症状は悪化の一途を辿り、冬休み明けごろからは勉強に集中できないことが増えたり、腹痛で数回部活を休んでしまうこともありました。症状が抑えられなくなると冷静な判断ができなくなります。症状が出た後の胸焼け、腹痛、軽い嘔吐、むくみ、膨満感、罪悪感、そして絶望。私は症状を制御できない恐怖と部活への申し訳なさと、病気を打ち明けるべきだろうかという葛藤で頭がいっぱいでした。症状は私が一人になった時に顕著となるので、一人で寮の自分の部屋にいることを避けようと、若菜ちゃんの家に長期間泊まらせてもらったりしました(若菜ちゃんには何も打ち明けないまま本当に迷惑をかけてしまいました、ごめんね、そして泊まらせてくれて本当にありがとう。)。

それでも遂に東京で一人で頑張るのは無理だと限界を感じたのが3月中旬です。何度誓っても過食症状を抑えられず、毎晩親に電話しながら泣いてしまったり、眠れなかったりしました。打ち明けるかどうかとても悩んだ結果、ともかさんに事情をお話しして実家で療養させてもらうことに決めました。部員の皆さん、特にスタッフの先輩方や同期には何も話せないまま迷惑をかけてしまい申し訳なく思っています。

この病気は私の最大のコンプレックスです。自分の中の奥深くに隠して、消し去りたいコンプレックスです。病気を知った人に軽蔑されてしまうのではないか、冷笑されるのではないか、打ち明けても理解してもらえないのではないか。症状がそのまま体重や体型の変化となって現れるので人前に出るのにも恐怖を感じます。他人からの評価が気になって何もできなくなってしまいます。正直今もとても怖いです。中三の時は私は病気のことを母以外、家族にさえも打ち明けるのを拒否していました。

しかし、去年も中三の時もそうでしたが、この病気を自分だけで解決しようとすればするほど苦しくなって視野は狭まり、努力は空回りし、泥沼にはまり込みます。病気を隠したいのに、隠そうとすればするほど症状が悪化してしまうとは皮肉です。この病気を含めて私自身のことを周りにもっとオープンにすること、オープンにできる自信を持つことが病気の根本的な克服のためには大切なのではないかと思いました(私自身のためにも、部活や家族や周りの人々に迷惑をかけないためにも早く克服しなくてはいけないので)。そういった意味で、この内容のリレー日記を書くことは私にとっては大きな決断でした。

 

ここからが本題です。私などが偉そうなことは言えませんが、誰しもが誰にも言えないコンプレックスを抱えていると思います。私の場合は薬で治る病気ではないという点で厄介ですが、それでも正しい方向に努力すれば必ず克服できるコンプレックスだと思い前向きに捉えることができるようになってきています。この病気を経験したからこそ理解できる現代社会の生きづらさもあります。この病気の発症には社会的要因も大きく関与していると言われています。理想論ですが、この生きづらさを、国というスケールから取り組むことで少しでも解消できたらと思い国家公務員を目指していたりします笑。
英語本来のコンプレックスには、「複合の、合成の、複雑な」などの意味がありますが、劣等感が原因で起こる、自分をより良く見せようとしたり、失敗して傷つくのを恐れたりする心のわだかまりのことが「劣等コンプレックス」と表現されたことから、コンプレックス=劣等感というイメージが定着したのだそうです。コンプレックスという単語には本来マイナスの意味はありません。
言いたいことはつまり、心のわだかまりとしてのコンプレックスは、自分の思考方法1つで自分の武器や夢への道に変わり得るかもしれないということです。コンプレックスに悩まされ苦しんだ経験が、将来必ず実を結ぶのだと信じています。だからもし悩んでいる人がいれば、目を背けずにとことんそのコンプレックスと向き合ってあげて下さい。

 

以上がコロナウイルスの影響で自宅に籠る日々を送る中で、私が自分と向き合いつつ考えていたことです。部活ができないのはとても残念ですが、私はこの活動自粛期間を利用して病気克服に向けて前に進めるよう自身をupdateしていきます。勿論部活の仕事も勉強も今できることを頑張ります。
随分と重い内容且つ長文で、自分語りのようになってしまい反省しています。勘違いしないで欲しいのですが、感情に起伏があるのと同様症状にも起伏があります。四六時中苦しんでいるわけでも外食ができないということでもありません。ご飯には誘っていただきたいですし笑、スタッフ同期でもまたご飯にいきたいです。誰かと楽しく食事する機会は、寧ろ病気に対して前向きになるために不可欠なステップだと感じています。
この病気は経験者でなくては理解しづらい側面が大きいのは確かです。しかし私の過去を摂食障害(拒食症+過食症)という側面から凝縮して描いたこの拙い文章に、少しでも理解を示していただけるととても嬉しいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
 

次はフルコン復帰を果たしたとらさんにバトンを渡します。復帰してくださるのはとても嬉しいのですが、練習前におしゃべりしながら部室の階段上で氷を袋に詰める作業を手伝ってくださる姿がもう見られないのは寂しいです、、。

半年を振り返って[ラグビー部リレー日記]

 written by 中村 優希投稿日時:2019/09/29(日) 14:52

話の途中に挟まれる擬声語が面白くて分かりやすいなと私が最近気付いてしまった石健さんからバトンを受け取った1年スタッフの中村優希です。身に余る紹介文をありがとうございます。広島に住んでいたと聞き、さらに親近感が湧きました。

 

夏休みが終わり遂にAセメスターが始まりました。私は毎日5限があるという悲しい時間割です。それはさておき、私を含めた1年生にとっては、4月に大学生活が始まり早くも半年が経とうとしています。駒場での生活の4分の1が過ぎていってしまったのだと考え感慨深い気持ちに浸るこの頃です。ここで少し私の半年を振り返ってみようと思います。

 

半年前の4月、受験勉強を乗り越えてようやく手につかんだ大学生活の中、私は日々忙殺されていました。上京して一人暮らしを始めたことによる忙しさに加え、新歓やクラス内で新しい人間関係を構築することに追われていました。私は広島の私立中高一貫校出身ですが、高校には小学校から12年間一緒の幼馴染みも多く、井の中の蛙であった私にとって高校を卒業し大学という誰も知り合いのいない世界に飛び込むことへの不安は大変なものでした。私の高校は東大合格者が極めて少なく、頼れる先輩も皆無でした。だからこそ、というのも理由の一つかもしれません。中学や高校では部活に所属しながらも部活動より勉強を優先した私にとっては、部活の先輩や後輩という存在は一種の憧れでした。運動会に所属して勉強以外に何か本気で取り組めるものを見つけ、それを通して仲間の輪を広げたい、そしてできれば何か人の役に立ちたい、という思いで私はラグビー部に入部を決めました。今思うと、このような個人的な理由で入部を決めた私を受け入れてくださった先輩方や同期に感謝の気持ちで一杯です。遅くなりましたが、ここで感謝の気持ちを述べさせて頂きます。

 

大学は、金銭的利害関係を超越した親密な間柄としての友人を作ることができる最後の機会である、と私は父から言われてきました。そして、大学では生涯続く友人を作ることができる、と。東京大学に進学することができ、そして東京大学ラグビー部に入部することができとことに感謝しつつ、将来「頑張ってもそれが公正に報われない社会」でも互いに支え合うことができる繋がりを育めたら、と思っています。東京大学ラグビー部の一員として、先輩や同期、そして来年からは後輩など、部員の仲間を大切にすることを第一義としていきたいと思います。

 

半年ほど経って大分学生生活にも慣れ、部活でもできる仕事が少しずつ増えてきました。夏合宿もとても楽しかったです。これに喜びを抱く一方で、やはり自分の短所も目に付きます。分からない点、至らない点が多く落ち込むこともありますが、頼りになるスタッフ同期や先輩方の視座に学びながら自分も成長できるように努力していきたいと思います。何か改善点があれば積極的に教えていただけると嬉しいです。ラグビーのルールについても、勉強していきたいと思っているので暇なときに教えてほしいです。これからも続く対抗戦シーズンでは、個人として貢献できることは小さいですが、先日も指摘された、テント内外の荷物の整理など自分にもできることに取り組んでいこうと思います。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

次は、私とスモブラ班が同じである山健さんにバトンを渡します。スモブラで少し仲良くなれてきたことが嬉しいです。試合復帰、楽しみにしています。

2021年10月

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2021/10/16(土) 17:51
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2021/10/11(月) 16:19
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2021/10/06(水) 18:14
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2021/10/05(火) 23:40
宗教について
2021/10/02(土) 15:40
きっかけ
2021/10/01(金) 06:00
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