ブログ 西山 鈴音さんが書いた記事

レガシー[ラグビー部リレー日記]

 written by 西山 鈴音投稿日時:2019/09/20(金) 08:30

杉井くんから光栄な紹介を預かりました3年スタッフの西山です。
杉井くんは合宿以後、スタッフと同じ練習開始30分前に集合し仕事を手伝ってくれているので、スタッフ一同感謝しかありません。いつもありがとう!早いプレー復帰を祈ります。

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2019年9月20日。ラグビーワールドカップ2019 日本大会の開催日。
ラグビー部員として、いちラグビーファンとして、この日が待ち遠しかった。この日にリレー日記を書けることを心から光栄に思う。

【レガシー legacy】
レガシー は「遺産」「先人の遺物」と訳される単語だが、スポーツ大会においてレガシーは「有形・無形問わず、大会をきっかけとし社会・地域・人々の心に残るもの」という意味合いで捉えられる。オリンピックをはじめとする主要なスポーツ大会においてレガシーの創出は使命とされている。
今回のラグビーワールドカップ2019 日本大会(以下RWC2019 日本大会)でも、ラグビー文化の普及促進のみならず、日本国内においては震災復興や地方創世への貢献、国外においては日本独自のラグビー文化”one for all, all for one””ノーサイド”の波及や国際的な取り組みによって世界の発展と平和に寄与することなどがレガシー創出のターゲットとなっている。実際にRWCのムーブメント最中にいる今、私自身、自分の住んでいる地域がラグビーで盛り上がってきていること、全くラグビーに関係のない人からRWCの話をされるようになるなどRWCの影響を感じることは多く、大会のターゲットとなるレガシーも良い形で残るのだろうと期待している。
このように、スポーツはもはや競技者とファンのためだけのものではなく、社会・地域・人々にも影響を与えるものに変化しつつある。

学生スポーツにおいてもレガシーは大事な概念であると思う。自分たちのチームの活動・プレーが、チーム外の人・環境またはチームの未来に影響を与えることは大いにありうる。
先日、対抗戦B交流会(シーズン前に所属校8校が交流する会)に参加させていただいた。その会の締めの言葉にて、東大ラグビー部の青山監督が「対抗戦Bは『善いラグビー』をしよう。強ければいい、勝てばいい、のみではなくグラウンド内外において『善いラグビー』をすることが対抗戦Bの使命だ」と仰った。
私はこの『善いラグビー』こそが対抗戦Bリーグ所属校としてのレガシーだと強く感じる。対抗戦Bにて『善いラグビー』が実行されモデルケースとなれば間違いなく他リーグにもそのレガシーが波及し、大学ラグビー全体で『善いラグビー』が実行されれば他スポーツにも『善い』レガシーは広がる。たかが学生スポーツかもしれないし、テレビで試合が放映されるようなリーグではないが、それでも対抗戦Bは大きな力を持っていると確信している。

2日後には対抗戦Bリーグ第2節がある。
勝敗にもこだわるし、勝ちたい気持ちは十二分にある。ただ先ずは、プレーヤー・スタッフ共々対抗戦Bの名に恥じない『善いラグビー』をしたい。
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駄文をお読みいただきありがとうございました。
ラグビーワールドカップの応援も勿論ですが、ぜひ対抗戦Bリーグの応援も重ねてお願いします!!日本のラグビーを盛り上げましょう!

次は、今年度全試合スタメンで出場し活躍する2年垣内くんにバトンを渡します。入部時から”推し”の垣内くんの紹介に緊張して平凡な紹介になってしまいました。

コンテクストを読み解く[ラグビー部リレー日記]

 written by 西山 鈴音投稿日時:2019/06/06(木) 23:00

後輩を愛し後輩に愛される副将 河合さんからバトンを受け取りました、3年にスタッフの西山です。河合さんのプレー復帰、心待ちにしています。
さて、紹介にもいただいた通り、私は今春より建築学科へ進学し日夜設計とにらめっこする生活を送っております。つい先日、怒涛の設計課題を提出し終えたばかりですので、少しばかり建築について書かせていただきます。(ちゃんとラグビーの話もします)


今回の設計課題のテーマは「渋谷の街の流れの中にある美術館」、渋谷という場所に相応しい美術館を求められた。この中でキーワードとなったのが、”コンテクスト”すなわち”文脈”である。
その場、その時代に相応しい建築を設計するためには、コンテクストを読み解釈することが必要となる。コンテクストとは、対象の環境、歴史的文化的背景のことであり、読み取ったコンテクストを自分なりに解釈し、空間で生じるアクティビティや意味性を考えることを「コンテクストを読み解く」という(と私は理解している)。
場のコンテクストから思考の端を発し、自分の解釈を加えそれをカタチとしていくことで、設計されたカタチが単なるカタチではなく、その場にある意味性必然性を生むと思っている。

この「コンテクストを読み解く」行為は、価値生成を行う際、あらゆるシーンにおいて有効な手続きだと考える。


ここで私の所属している東大ラグビー部について考えてみる。

東大ラグビー部のコンテクストはなんだろうか。
単なるラグビー部ではない、東大ラグビー部としての存在意義はなんだろうか。

ある人はラグビー部である理由としてこんなことを思うかもしれない。
「強くなりたいから」
「勝ちたいから」
ラグビー部である者、競技スポーツをする者として、当然の感情である。
しかしながら、この感情のみで東大ラグビー部に所属しているのであれば、これは東大ラグビー部のコンテクストを無視していると言えるのではないかと思う。
我々は勝つためだけにラグビーをしているわけではない。

「東大ラグビー部は、大学ラグビーの象徴たる存在である」

これは、私なりに東大ラグビー部のコンテクストを読み解釈した今のところの結論である。
日本ラグビー黎明期である1921年に東大ラグビー部が創設されてから、数々のOB様方が大学ラグビーを広めるため、東大ラグビー部をよりよい組織にするため情熱を燃やされ、東大ラグビー部は大学ラグビー界で特定の地位を築いてきた。創部から98年経った今でも東大ラグビー部の注目度は高い。我々が強豪校に勝てば、ネットの2ch掲示板「対抗戦Bを語ろう」が湧く。これは東大が弱小校だから強豪校に勝つと話題になるのか。否、東大が強豪校に勝つから、話題になるのだ。
スポーツ推薦ではない、勉強を武器に大学に入学し、以前からラグビーをしていた者と大学に入ってからラグビーに出会った者とが同じ環境で練習をする。在学中は勉強しながらも日夜ラグビーに打ち込み、卒業後は殆どの者がラグビーから離れた生活を送る。
大学生という人生におけるほんの短い4年間で、全力でラグビーと向き合う。
刹那性の中に命を燃やすからこそ、大学ラグビーは美しく輝く。
東大ラグビー部ほど、大学ラグビーを体現するに相応しい組織はない。

大学ラグビーに求められるものは「プレー的強さ」だけではないと私は思う。ラグビーの規律、相手を敬う心、正直に競技と向き合う心、といった「美しい精神性」も求められている。大学ラグビーを象徴する組織として、我々東大ラグビー部は、ラグビーに向き合う精神性はどのチームにも誇れるようでならなければならない。
さあ現状はどうだろうか。

忘れもしない5月5日の早稲田戦。
スコア的な大敗もさることながら、私は東大陣のテントの汚さにも絶望していた。テントの中にはプレーヤーの荷物が散乱し、どこに誰のものがあるのかわからない。部の荷物すら探すのに一苦労した。挙げ句の果てに、プレーヤーの1人が部の公式のハーフパンツを地面に置いたまま忘れた(そもそも直接地面に置くことが考えられない)。
隣のテントに目をやる。そこには美しく整頓された部の荷物と、アカクロの替えジャージ。
「負けた」と思った。

日常を思い出す。毎日の朝練の前。
部室前の水道でドリンクを作っているとプレーヤーがやってくる。彼らに挨拶をする。返ってくる返事は60-70%程度だろうか。

精神性など目に見えないと思う人もいるかもしれない。それでも私は、精神性は必ず表層に現れてくると思っている。

いま東大ラグビー部は負け込んでいる。
正直、プレーヤー、スタッフ共に焦っている人は多いのではないか。その分、ミーティングや練習にも緊張感が走る。皆、「強さ」「勝ち」を渇望している。
皆、焦りすぎてはいないか。
焦りのあまり、大事なことを忘れてはないないか。
我々は、東大ラグビー部である。
ラグビー部ではない。

東大ラグビー部のコンテクストを今一度再確認し、我々が為すべきことを再構築してみてもよい時期なのかもしれない。
我々の行動は、我々が生み出す価値は、大学ラグビーを変える力を持っているのだから。



大変な長文になってしまいました。最後までお読みくださりありがとうございます。
上記はあくまで私個人の考えであり、部としての見解ではございませんので、ご留意ください。

また、文中で勝ちが全てではないと記しましたが、勿論東大ラグビー部には強くなって勝ってほしいとも思っています!!そのために私にできるサポート、全力でさせていただきます。


次は、3年生3人、1年生8人と大所帯になったスタッフ組織を1人でまとめ支えてくださる、4年スタッフのあやのさんにバトンを渡します。いつもありがとうございます!

同期[ラグビー部リレー日記]

 written by 西山 鈴音投稿日時:2018/10/14(日) 17:00

一部からヨガマスターと名高い藤平さんからバトンを受け取りました、2年スタッフの西山です。今秋から建築学科の勉強が始まり、”建畜”と呼ばれる所以を痛感しています。


2年生の対抗戦シーズンを迎えると、去年と違う点がたくさんある。中でも大きなものは、同期のプレーヤーの多くが対抗戦に出場していたり、より試合の運営に深く関わっていることである。

やはり、同期が対抗戦のメンバーに選ばれプレーをしているのはとても嬉しい。更に同期が得点を決めた時は、一瞬スタッフの仕事を忘れてしまうほど嬉しい。また、初めて対抗戦に出場する同期がいれば涙が出るほど嬉しい。私はこの嬉しさを感じたくて、同期の一番近くで応援したくて部活を続けているのではないか。
最近、自分はなぜこの部活に入ったのか問い直す度にこの答えに辿り着く。同期は今の私にとって部活を続ける理由なのだ。
2年後、この同期と同じ目標を見つめていたい。

2年生プレーヤー。
既に試合で活躍している君は、このままもっともっとチームを引っ張ってください!
メンバー入りを狙っていたり、怪我をしている君、対抗戦のフィールドで君の勇姿を見れるのを楽しみにしています!
今はこの部活にいない君、君とまた部活できる日が待ち遠しいです。
2年スタッフ。
この3人でなら、2年後に最高のチームを支えていけると思ってます。これからも頑張ろうね。


完全に同期の2年生に向けた内容になってしまい申し訳ございません。
2年生はラグビーに一生懸命な素敵なプレーヤー、スタッフ揃いなので、先輩方、後輩はじめ皆様、応援よろしくお願いします!対抗戦では是非2年生プレーヤーに注目してみてください!!

次は、大切な同期の1人、我らが2年生の誇れるSH、山本にバトンを回します。彼の対抗戦でのプレー姿も早く見たいものです。

最低ライン[ラグビー部リレー日記]

 written by 西山 鈴音投稿日時:2018/07/03(火) 18:00

最近飲食バイトを始め、その姿が妙に板についていると噂の2年の太田くんからバトンをもらいました、2年スタッフの西山鈴音です。2年生になり部への関わりが強くなっている今年度、2年スタッフの太田くん、また、ともか(木下)にはいつも支えられています。ありがとう。


チームが新しくなった2月を皮切りに、4年生を中心に様々な部の運営、練習体制などが刷新されている。実際に改善されているかはさておき、首脳陣だけでなく部員全員が東大ラグビー部をよりよくするにはどうしたらよいかを真剣に考えているという状況はとても心地よい。
私も、この変革を受け、よい部活とはどんなチームなのかを考えてきた。もっと正確に言えば、考えている。このリレー日記は、春シーズンを通して私が考えたことの忘備録としたいと思う。
あくまで一個人の意見であるので、部全体としての見解ではないことに留意していただきたい。

「最低ライン」
どんなによい運営体制、練習環境であっても、個々人の意識のレベルによってその実は変わってくる。
今年度の変革を実りあるものにするため、個人の意識づけは大きな課題である。
私は、個人の意識は「上への目的意識」と「最低ラインへの意識」の2つの指標で大雑把に測れると思う。

今年度のチームは、「上への目的意識」を高めることについて、成功していると感じる。この春シーズン、各練習ごと、各試合ごと、そして年間を通しての目標、目的、ビジョンがかなり明確だ。ほぼ全員が、各項目に対し共通した目的意識を持てているのではなかろうか。

しかしながら、相反して「最低ラインの意識」が不足していると感じる。
我々東大ラグビー部は、すべてにおいて部活を最優先することを強要する団体ではない(と少なくとも私は認識している)。各々、部活、学業、就活、資格獲得、その他活動にウェイトを置き、部活への関与度合いは個人の裁量に任せられている。しかし、これにより「部活に所属している上で最低限しなければならないこと」の基準が不明瞭になり、部員間で認識の差が生まれている。「部活に所属している上で最低限しなければならないこと」とは、例えば、「無断欠席、遅刻をしないこと」「部活時間で最高のパフォーマンスができるよう体調管理をする」などはこれに当てはまるのではないかと思う。
私の体感としては、部員の「上への目的意識」の高さに比べると、「最低ラインの意識」が低い。「最低ラインの意識」が伴わない「上への目的意識」は、やりたいと思っていることが何故かできない、同じように関わっているのに周囲との乖離を感じる、といったことに繋がる。これは当然ながら部員の不満を呼び(また、不満が「最低ラインの意識」が低いと見なされる特定の個人を対象としてしまうのもよくない)、チームとしての部の士気も下がる。
また、今年度の変革を受けて、部の各所で新しい取り組みが行われているが、この+αの取り組みによって、変革以前にやらねばならない最低ラインのことができなくなってしまっている人もちらほら見かける。勿論部の変革も大事だが、本来行うべき基本的なことと両立できないのなら本末転倒だ。

高みを目指して挑戦し続けるチームは、素敵だ。
しかし、チームが行なっている変革をよりよいものとするためにも、一度、部活に参加する者としての最低ラインを見直してみてほしい。
漏れなく全部員がなすべき最低ラインを守れる。こんなチームもなかなか存在しないのではなかろうか。


大変な長文にお付き合いいただきありがとうございました。あくまで個人の意見であり、現時点で考えていることの忘備録でありますので、多めにみてください。

誕生日順に進んできた春シーズンのリレー日記。私以降は各学年の「末っ子」が続きます。
次は、非常に優しい日常の雰囲気からは想像もできないほど、ではないですが、「フロント」感が増していく3年の角田さんにバトンを回します。

マネージャーについて[ラグビー部リレー日記]

 written by 西山 鈴音投稿日時:2017/10/14(土) 16:20

本名よりあだ名の方が馴染みの深い4年生の佐々木さんからバトンを受け取りました、1年マネージャーの西山鈴音です。

9月から対抗戦シーズンが始まり、ラグビーに関わってから日も浅いながら、マネージャーという立場について考えることが増えました。初めてのリレー日記、夏前まで入部理由を書こうかと思案しておりましたが、今回はマネージャーという立場について思うことを書かせていただきます。

マネージャーの仕事は、入部する前に想像していたよりもずっと難しいです。部員より早く朝練に集合し準備をし、ドリンク作りからメディカルサポートまで幅広く、プレイヤーがよりよい環境で競技できるようサポートをします。
特に、試合当日のサポートはとても難しいです。試合で直接的に結果に貢献することのできるプレイヤーと異なり、試合当日にマネージャーが出来ることは限られています。自分は今この瞬間劇的に状況を変えることができない、そんな歯痒さと自身の無力さを痛感します。
我々マネージャーが試合の結果に貢献することが出来るのは、試合当日ではなく、むしろ日々の練習時です。より手厚いメディカルサポート、練習環境の向上、など改善点はあげようと思えばあげられるが、通常の練習のサポートこそルーティーン化しているものも多く、変えにくいという難点があります。

私自身、ラグビーに関わってから日が浅いだけでなく、マネージャー経験も初めてで、まだまだ至らない点理解が足らない点がたくさんあります。これからもよりよいサポートの為、勉強し、常にマネージャーとはどのような存在であるのかを問い続けていきたいと思います。
1年後に、否、それより時間がかかるかもしれません。2年後、いや、我々1年生が最高学年となる3年後には、試合でプレイヤーが後悔しないプレーができるよう、サポートしていきたいです。そのためにも、これから更にマネージャーとして大きく成長していきたいと強く感じております。
もちろん、今後続く対抗戦、全力でサポートして参りますので、よろしくお願い致します。

次は、新歓期のBBQで炎を自在に操っていらした姿が印象的な濃野さんにバトンを渡したいと思います。

2019年9月

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