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二点差[ラグビー部リレー日記]

 written by 五島 隆真投稿日時:2021/09/25(土) 18:30

ブルーズの練習ジャージが似合っている小野からバトンを受け取りました、三年の五島です。入部当初からリハビリに励み、肩の手術も経て大変な思いをしながら努力を重ねてきた彼もいよいよDL卒業まで近づいてきているので、一緒にプレーできる日を楽しみにしています。こちらこそキック練付き合ってくれてありがとう。

ラグビーの試合での終了間際の二点差。これはとてもハラハラドキドキします。コンバージョンキック一本分の差であるこの点差は、たったペナルティキック一本で逆転するため、両者にとんでもない緊張感が生まれ、死闘となることは珍しくありません。今回のリレー日記では、僕の試合での二点差の思い出話をしたいと思います。

二年前の十一月に行われた、上智大学とのB戦は僕が最も印象に残っている試合の一つです。それまでの僕は試合に出るたびに怪我したくないなという消極的な気持ちでプレーをしており、ボールを持ったらタックルされるのが怖くて頭が真っ白になりボールを蹴ることもありました。また直前の九月には二度の脳震盪を経験したこともあり、ラグビーに対して恐怖心や嫌悪感さえ抱いていました。そんな中、ラグビーW杯が日本で開幕して大いに盛り上がり、僕はチームのために体を張ったラガーマンたちのプレーに心を奪われ、ラグビーの凄さを改めて感じました。二年前の上智B戦はそうしてラグビーに対する思いが再燃していた矢先での試合であり、それまでの試合とは違って覚悟を決めて無我夢中で臨みました。東大はしばらく七点差で負けていたのですが、後半38分に僕が初トライをして喜びのあまりボールを地面に向かって投げ捨てるという奇行をしてしまったのは今では笑い話です。その後のコンバージョンキックは外れ、残り二分で二点差ビハインドとなったのですが、東大は自陣からマイボールでアタックを継続してどんどんゲインしていき最後は劇的な逆転トライで勝利を収めました。自分の出た試合での初勝利でもあったため、僕はとても興奮して喜びを噛み締め、ラグビーをやっていてよかったとも思った最高の試合でした。
それから約二年が過ぎて今シーズンに入り、僕は三年生になりました。二週間前にいよいよ東大ラグビー部が所属する対抗戦Bが開幕し、東大の初戦の相手はまた上智大学でした。僕はメンバー外で観客席から試合を見ていました。しばらく東大がリードしていたのですが、後半36分に上智に逆転トライを許し、二点差ビハインドに。しかし東大は誰一人として諦めることなく勝利を信じてボールを繋いでいき、ボールは快速ウイングの國枝に渡りました。大歓声の中、相手をふりほどいて50mを走りきり、逆転トライに。そのままノーサイドで東大が劇的な逆転勝利を収めました。とても興奮しました。
それから一週間後のついこの間、B戦があり、相手はまた上智大学でした。僕は後半20分から出場したのですが、その時には16点差つけられていました。しかし、後半30分と35分に東大が連続トライをし(後者は僕のトライです)、コンバージョンキックも両方入って、なんとまたもや二点差ビハインドに。とんでもないくらいにデジャブであり、僕は東大の勝利を確信していました。二度あることは三度あるというくらいですから。しかし、東大はミスが続いて陣地を回復することはできず、自陣でのマイボールラインアウトでノータイムを迎えました。これがノットストレートの判定に。もうだめかと思われましたが、相手ボールスクラムでラストワンプレーがあり、最後まで何があるか分からないので気を引き締め直しました。上智は練習試合なのでボールを外に蹴り出さず、アタックを継続してきました。そしたらノックオンをしてくれたので、すかさず僕がターンオーバーしました。またも奇跡が起きるのではないかと希望をつなぎました。しかし、その後味方のノックオンのミスによりそのままノーサイドを迎えてしまいました。

二点差ビハインドからの大逆転は二度あったけれども、流石に三度目はありませんでした。(笑)悔しい敗戦でしたが、熱い試合ができてよかったです。

次は、二年以上という果てしなく長かったDL期間を経てついに復帰を果たした、努力人の魚住さんです。魚住さんが黙々と地獄のようなリハビリを続けてこられた様子はみんなを勇気づけたと思います。これからの試合で爆発するのを楽しみにしています。それから、改めて大学院入試の合格おめでとうございます!
 

老人と鹿[ラグビー部リレー日記]

 written by 五島 隆真投稿日時:2021/05/18(火) 20:17

スピード、ゴツさ、身体能力の高さから南アフリカのブライアンハバナを彷彿とさせるトライゲッター松元からバトンを受け取りました、三年の五島です。

強くなったと思われているようで嬉しい気持ちになりました。僕は常に謙虚な人間なので調子に乗ることは絶対にあり得ません。現状に満足せず、これからも努力を重ねてもっと強くなろうと思います。

あ、調子に乗ってしまいました。すみません。

 

先日facebookで流れてきたある動画を見て心が温まったので、そのお話をしたいと思います。ある一人の男とある一匹の子鹿のお話です。

 

ある男が沼地を歩いていると、そこにはある一匹の子鹿がいました。その鹿は体が泥沼にはまってしまって身動きがとれず、顔だけを出して苦しそうにもがいています。鹿はどんどん沼に沈んでいき、もう完全に沈んでしまうまで目前でした。男はそれを見て鹿のもとに行き、なんとか救出しようと試みますが、自分も沈んでしまうかもしれないので命懸けでした。男は自分が沈んでしまわないようになんとか体勢を保ちながら、周りの泥を少しずつどかしていき、なんとか鹿を掘り出すことができました。

この後は急いで沼地から脱出しなければなりません。その時は雨が降っており、ぬかるみは激しくなっていくのでした。男は鹿を肩に担ぎながら泥沼をかき分けていき、帰りを急ぎました。

ついに男は鹿を連れて安全地帯へ避難することができました。しかし鹿はすっかり疲れ果てており、残されていた体力はほとんどありませんでした。鹿はぐったりとしてしまい、男は立ち上がらせようと何回か試しますが、鹿にはその体力すら残っていないようでした。

男は鹿をしばらく見守ることにしました。すると、鹿は体力を次第に回復し、なんとか立ち上がることができるようになりました。そしてしばらくすると普通に歩けるようになり、すっかり元気になりました。

いよいよお別れのときがやってきました。男は鹿を森の前へ連れて行き、さあ行くんだと鹿に促しました。しかし鹿は男のもとを離れようとしませんでした。鹿は男のもとにいることに慣れてしまい、自然界に戻りたくなくなってしまったようです。そこで男はためらいながらも、少し強引に鹿を森の方へ押しやり、少し離れました。すると鹿は自分から少し森の方へ進んでいきました。男と別れなければいけないことを悟ったようです。そして立ち止まって男の方を振り返り、しばらく男を見続けていました。その顔はまるで男に感謝を示しているかのようでした。

 

たまたま見始めた四分くらいの短い動画ですが、気づいたら見入ってしまい、最後に鹿が男を振り返るシーンでうるっときました。人と動物の絆に心が温まった素敵な動画でした。

 

次は、一昨年僕が新入生の時に新歓イベントで「なかやまきんに君」ならぬ「ながやまきんに君」を披露して、場を大いに盛り上げていた永山さんにバトンを渡します。個人的にあのネタは好きなので、いつかもう一度進化したながやまきんに君を見てみたいです。

一年ぶりの試合[ラグビー部リレー日記]

 written by 五島 隆真投稿日時:2020/12/13(日) 17:16

イケメン俊足ウイングの廣瀬からバトンを受け取りました、二年の五島です。彼はラサール高校出身なので出身は鹿児島なんだろうなと勝手に思っていたのですが、最近になって東京出身だと知って驚きました。当然一人暮らししているんだろうなと思っていたのに実家に住んでるそうです。思い込みって危ないですね。

さて、昨日は一橋大学との練習試合がありました。実に一年ぶりの試合でした。去年は毎月のように試合があったことを思うと、本当に久しぶりすぎる試合でした。正直今年はコロナの影響もあって試合に出られないのではないかと思っていたので、今回試合に出ると知ったときはいよいよ来たか!という感じでした。
当日の朝は早いので、前日の夜は早く寝ました。翌朝の7時に目覚ましをセットし、23時に就寝。8時間寝られるからバッチリ!なはずでした。しかし途中で目が覚めてしまいました。もうそろそろ起きる時間かなと思ってスマホを見たらまだ夜の2時とかでした。気を取り直して二度寝につきます。でもなかなか眠れません。やっぱり途中でスマホのライトとかを見てしまうのは良くないんでしょうね。それと興奮も多少あったんだと思います。一時間くらいは全然眠れなかった気がします。それでも何とか寝て7時のアラームで2回目に目覚めました。でもやっぱり眠たくて寝足りない気がしたので、あと少しだけスヌーズで粘る、を繰り返します。結局起きたのは7時半ごろ。一時間くらいで家を出ないといけません。準備を何もしていなかったのでピンチでした。慌ただしく荷物を詰め込んで家を出て、何とか集合に間に合いました。でもこういう時ってだいたい何かしら忘れ物をしているんですよね。
試合会場についてからしばらくしてハッとしました。試合用ソックスを忘れてしまったのです。去年はソックスは自分のものでよかったのでうっかりしていました。結局借りられたので良かったですが。これともう一つ試合前にやらかしたことがありました。試合のアップの時までに自分の水筒をスタッフに渡さないといけないのを忘れてしまっていたのです。これも今年始まった制度でした。アップが始まってからそのことに気づき、焦りました。結局スタッフが必死に自分の荷物から探し出してくれたおかげで助かったのですが。やっぱり試合前にこんなにドタバタしていたらダメですね。結局プレーもイマイチでした。今回の試合はほろ苦い経験となりました。
でも幸い今シーズンはまだいくつか試合が残されています。残りの試合は今回みたいなヘマをしないでしっかり準備して臨み、しっかり活躍したいと思います。

次はギターを上手に演奏する器用なフッカーの三方です。彼はこんな僕とは対照的で何だか落ち着きがあって大人っぽいです。羨ましいですね。

one team[ラグビー部リレー日記]

 written by 五島 隆真投稿日時:2020/08/20(木) 18:24

  少年のようにピュアでかわいい津田さんからバトンを受け取りました、二年生の五島です。津田さんは唐突に背後から目隠しをしてきたり、更衣中にちょっかいを出してきたり、zoom会議で人の名前を勝手に変えたりしてくるような面白い先輩です。そのようないたずらをされても全然憎らしくないどころかむしろなんだか微笑ましく感じるので、津田さんは何か特別な魅力を持っているのだと思います。
 いよいよ部活が再開し、練習も本格的になってきました。部活再開に向けて尽力してくださった青山先生、先輩方ならびに関係者の皆様に心から感謝申し上げます。このような状況下でも部活ができることに対して感謝の気持ちを胸に、一回一回の練習を最大限にエンジョイして有意義なものにしていきたいと思います。
 さて、前回のリレー日記では、去年ラグビー部に入部してから今年の三月に至るまでのおよそ一年間を振り返ってみました。(気になった方はhttp://www.turfc.com/blog_detail/id=1512 をご覧ください。) 今回のリレー日記ではその続編という形で、今年の三月から今に至るまでを振り返りたいと思います。この五ヶ月間を振り返ってみると、まずいきなり部活が中止になり、まもなく緊急事態宣言が出されました。当たり前の日常が当たり前でなくなり、日常生活が大きく変化しました。四ヶ月以上の自宅待機は寂しさとの戦いでもありました。しかし七月に入るとだんだん光が見え始めます。活動再開の予兆が見えてきたのです。そして八月に入り、ついに待ちに待った部活再開の日がやってきました。この五ヶ月間で何が起きていたのか。そしてこの五ヶ月間を乗り越えて五島はどのように変わったのか。(「五」がうっとうしくてごめんなさい。でも仕方ないのです。)それは自分でも想像を絶するほどのドラマでした。

 第六話 忍び寄る新型コロナウイルス 晴天霹靂の部活中止
 2020年三月上旬。春が来ていた。ウィンドブレーカーを着る時間が減ってゆくのと同じ速さで、空気が暖かくなっていく。広々としたグラウンドに降り注ぐ柔らかな日差しが心地よい。今年のチームのスローガンは「update」。チームは今年こそは躍進するのだと意気込んでおり、希望や活気に満ちていた。リハビリと筋トレを着々とこなしてゆく日々。単調ではあるがとても充実していた。
 しかしその頃、新型コロナウイルスが世界的に流行しだしていた。部内でもその対策としてマスクの着用や毎朝の体温の測定が義務付けられるようになり、日に日にコロナへの警戒が強まっていった。そして三月十八日、ついに部活が中止となった。あまりに急で残酷な出来事であった。でも当時の僕には当時の状況の深刻さを理解する術はなかった。

 第七話 先の見えない部活再開 でもみんな未来を信じて
 一時的に部活中止となったが、また一、二週間もすれば再開するだろうという雰囲気が当初はあった。しかし事態は想像を遥かに超えるほど深刻であるということを強く認識させられる。国内のコロナ感染者はとどまるところを知らず増加していった。そしてまもなく全国で緊急事態宣言が出された。部活どころか外出すらほとんどできない状況になってしまった。状況はどんどん深刻になっていった。部活再開は全く先が見えないものとなってしまった。
 今までの日常が一気に奪われた。今まで当たり前のようにあった部活がなくなり、友達と会うことすらできないというショックは想像以上に大きかった。いつまでこのような状況が続くかも全く分からない。堕落し、目標を見失いそうになった。しかし、東大ラグビー部がそんな僕を救ってくれた。モットーは「家でできること、今しかできないことを全力でやろう」であった。毎週様々な目標を立て、できることを見つけ、新しいことにチャレンジしていく同期たち。みんなでこういうことしてみないかと呼びかけてくださる先輩方。そんな部員たちから大いに刺激を受けた。部活がない状況でも成長することはできる。僕は前を向いた。シャドーボールという目新しいボールを壁に当てて一人でパスの練習をした。ポリタンクやダンベルなどの器具を買って家での筋トレに励んだ。部員が作ってくれた資料や動画をもとにラグビーのルールや戦術の理解を深めた。
部員に直接会うことはできない。しかし毎週五回ほどオンラインで部員と交流したりトレーニングすることができた。それによって、いくぶん寂しさを紛らわすことができた。
 厳しい状況でも、いつか部活再開の日がくることを信じて。みんなで前を向き続けた。

 第八話 ようやく見えてきた部活再開 あと少しの辛抱
 五月下旬。緊急事態宣言が解除され、世間では外出自粛の風潮が弱まってきた。しかしまだコロナ感染のリスクは依然として高いことに変わりはなく、外出自粛が続いた。もどかしい日々が続いた。
七月。夏が来た。ようやく状況が動き出した。部活再開の兆しがようやく見えてきたのである。もう少しで部活が始まることを信じた。あと少しの辛抱だ、そう自分に言い聞かせた。

 第九話 待ちに待った部活再開と再会 喜びをかみしめて
 七月下旬。ビッグニュースが入ってきた。ようやく部活再開が確定したのである。ようやくみんなに会え、部活ができるのだという喜びが溢れた。
 八月四日、およそ五ヶ月ぶりの練習参加の日である。久しぶりの部員たち、久しぶりの部室、久しぶりのグラウンド。見慣れた光景が広がる。涙が出そうだった。

 第十話 一層気を引き締めて 今みんながOne teamになる時
 最初は10人ほどの少人数での練習であったが、まもなく30人ほどの練習になり、有難いことに今では50人ほど(ほぼ全員)での本格的な練習ができている。幸いなことに、今後対抗戦も開催される予定であり、僕たちはとても恵まれた環境にあるのだとつくづく思う。以前は部活があることに対して特別な感情は特になく、当たり前にあるものだと思っていたが、長いコロナによる自粛期間を経て、今では部活の有り難みをひしひしと感じる。
 ただ、いつまた部活が中止になっても全然おかしくないはない。今、コロナは第二波の真っただ中にあり、全く油断はできない。今、練習ではマスク着用が義務づけられており、また最低2mは人と離れること、必要以上の会話はしないことなど、様々な制限が設けられている。以前のように練習できるようになるにはまだ相当時間がかかるだろう。でも前を向いて自分たちのできることを着実にやっていくしかない。まずは自分が感染しないようにできることを頑張りたい。 続
 このまま対抗戦が無事に開催されることを祈って止みません。開催されることを信じてみんなでone teamになって頑張っていきましょう。
 最後に、このリレー日記を読んでくださった世界中の皆さまへ。
 苦しい状況が続きますが、全員でone teamになってこの状況を乗り越えましょう!

 次は優しい笑顔で部に癒しを与える同期のゆきちゃんにバトンを渡します。ゆきちゃんとは久しく会っていないので再開できる日を楽しみにしています。

Jokerとラグビー部[ラグビー部リレー日記]

 written by 五島 隆真投稿日時:2020/03/14(土) 20:26

 ソニービルウィリアムズ選手のようなオフロードパスを披露する、同い年の前原先輩からバトンを受け取りました、五島隆真です。前原さんの手術の成功、お祈りしております。
 新入生の皆さん、合格おめでとうございます。入学したらどんなサークル、部活に入ろうかなとわくわくしていることと思います。そこで、参考になるかどうかはわかりませんが、ラグビー部に異色の入部をした自分の話をしたいと思います。

 一話 僕を育んでくれた故郷Joker

 僕は二年前に合格した。それまではスポーツをほぼ全くやってこなかったので、大学では何かスポーツをしたいなと思っていた。何のスポーツをやるか色々迷ったが、大学からでも比較的始めやすそうで、高校の体育の授業で好きだったテニスをやりたいなと思った。そこで、学内のテニスサークルである、Jokerというところに入った。そこは、東大生誰でも入れるところで、全体で人数は30人ほどの、のほほんとしたテニスサークルであった。活動は週二くらいで、集まった5~10人くらいで楽しくテニスをする感じである。Jokerを陰キャの集団などと馬鹿にする人もいるが、はっきり言ってJokerは素晴らしいサークルである。Jokerは中高のときにいた将棋部に何か似た雰囲気があって居心地のよさを感じていた。しかし、サークルの緩い雰囲気に甘えて、朝寝坊して一時間遅れで行ったり、次第には眠いからと行くのも面倒になってあまり行かなくなったりしてだらけていってしまった。このままでは良くない、もっと充実した大学生活を送りたいと心のどこかで思っていた。
 そんな中、僕はラグビーというスポーツの魅力に少しずつ惹かれていった。大男が相手を何人もなぎ倒しながら突進していったり、一人で相手を何人もかわして走っていったり、バスケットボールのような華麗なパス捌きでボールをつないでいく様を見て、こんなエキサイティングなスポーツがこの世にあったのか!と驚愕した。生まれ変わったらダミアンマッケンジー選手になりたいとも思った。そこで、にやける真似をしていたらいつの間にか無意識でもにやけるようになってしまったのだろう。口角が上がっているのを馬鹿にしてくるゴタツくんには、微笑みの貴公子と呼んでいただきたい。
 そして、僕は全然考えていなかったラグビー部に入ることを考えるようになった。途中入部は難しいと思ったのでとりあえず翌年の春が来るまではJokerで仮面浪人することにした。Jokerではテニスの楽しさ、スポーツの楽しさ、スポーツをできる環境のありがたさを学ばせてもらった。Joker、本当にありがとう。

 二話 さよならJoker 涙のラグビー部入部

 去年の春、僕は二回目のテント列に参加した。Jokerとしてではない。新入生としてである。ラグビー部入部試験を目の前にして、入試以上に緊張した。自分はスポーツ経験がほぼない、しかも二年生というとんでもない化け物である。こんな者を受け入れてくれるのだろうかと思うと自然と足が立ちすくんだ。しかし、失うものはない。もし入れなくてもJokerに戻ればいい。新入生はほとんどもういなくなり、新歓の勢いも終わりかけていた時間帯だった。僕は勇気を出してラグビー部のブースに踏み込んだ。
僕「あのー、入部を考えているんですけど...」
先輩「おー、まじ!? 自分から来てくれる人初めてだわ!おいでおいで!」
僕「実は僕、新入生ではなくて二年生なんですけど大丈夫ですか?」
先輩「?? え、まじ?すごいじゃん!そんな熱いやつ俺たちは大歓迎だよ!ちょっと話聞いてってよ」
(うる覚えなので一部自作)
 嬉しかった。正直、こんな自分が相手にされるとは思っていなかった。誰でも温かく迎え入れるという、そんなラグビー部がJokerと偶然重なった。テント列を終えて僕は80%くらい入部することを決めた。その後も色んな新歓イベントに誘っていただいた。ラグビー部の楽しくて仲よさそうな雰囲気に惹かれていった。そしてついに僕はラグビー部に一浪して入部したのである。(ちなみに入試も一浪しています。)

 三話 二度の脳震盪 退部の危機

 聞いた話ではラグビー部に(入試ではなくて)浪人して入部する人は前例がないようだった。だから最初から僕は相当変わった人だと思われてしまった。僕が本当は二年生であるということを説明するのは大変で、しばしば同期の一年生を混乱させてしまった。七月くらいまで知らなかったという河内くんには申し訳なく思っている。
 周りの人は五島がラグビー部に入るというのは冗談で言っているだけだと思っていたらしい。「一ヶ月も続けば上等」などと言われたりもした。ただ、最初の方は未経験者ということで色んな人から個別にパスの放り方やタックルの入り方など基本的なことを丁寧にゆっくり教えていただき、ついていけるなと思っていた。しかし新入生として甘えられるのは五月くらいまでであった。六月くらいから練習時間も増え、コンタクト練習も出てきて、試合にまで出させられるようになった。雨であろうと関係なく練習は行われる。やっぱり部活はサークルとは訳が違う。運動部の厳しさを思い知っていった。
 そんな中、9月4日、僕は人生で始めて脳震盪というものを経験した。目が覚めたら自分がどうしてベンチに座っているのかが分からず、何月なのかも分からず、こんなシュールな体験をしたことはなかったので思わず笑ってしまった。タッチの強度の試合形式の練習なのにこうなってしまった自分が情けなかった。幸い、記憶はすぐに戻ったので軽症であり、2週間後に復帰した。しかしまた災難が襲いかかった。復帰直後の19日、二度目の脳震盪をしてしまった。直後に意識はあったがなんか頭がちょっと痛いという状態が数時間続いた。家に帰って父に報告したら、やっぱりラグビーやめたらどうだと言われた。こんな短期間で、しかも練習で二回も怪我をしてしまうのはラグビー向いてないのではないか、危なすぎる。今まで続けられてきただけでも良くやったと思うよと。
 父の言うことはもっともかもしれない。僕は退部の可能性も考えるようになった。

 四話 日本中が沸いたラグビーワールドカップ ラグビーへの思い再燃

 二度目の脳震盪が起きた翌日、ずっと楽しみにしていたラグビーワールドカップが開幕した。ラグビー部を続けるかどうか結論を出すのは一旦置いといて、とりあえずワールドカップを楽しむことにした。脳震盪を二回連続でしてしまったことにより、安静にしなければならない状態が長く続いたので、家で試合をずっと見るようになった。面白い試合は何回か録画を見なおしたりした。
 9月28日、日本対アイルランド。アイルランドは22日にスコットランドを圧倒して勝っており、世界ランク1位とも言われていた。何とか善戦して欲しいなという思いだった。あいにく前半は外出していて結果を見られず、学年ラインで聞いてみたら54対3で日本が負けているとのこと。嘘をついたゴタツくんは許しません。でも急いで帰って見てみたら日本が3点差を追っていて、いける!と思った。福岡堅樹選手の逆転トライを見たときはじっとしていられなかった。勝利の瞬間と大男たちの嬉し涙。心が震えた。ラグビーはこんなにも感動するのか。答えは自ずと決まりかけていた。ラグビー続けたい。もうちょっと頑張ってみようと思った。
 10月13日、日本対スコットランド。初の決勝トーナメント進出に向けた最後の一戦であった。祈るような思いだった。稲垣選手のトライは本当に鳥肌が立った。勝利とグループ首位通過の決定の瞬間は一生忘れることはないだろう。こんな日本中が熱い時にラグビーしててほんと良かったと思った。ラグビーを続けたいという意志がより強固になった。結局、僕はラグビー部を続けることにした。
 ラグビー日本代表、勇気をたくさんくれて本当にありがとう。

 五話 Victory Road この道ずっと行けば最後は笑える日が来るのさ

ワールドカップで最も印象に残ったのはチェスリンコルビ選手であった。身長は僕と同じくらいで南アの周りの選手たちと比べるとすごく小柄なのにスピードを武器に大活躍しているのがかっこいいと思った。特に決勝での優勝を決定づけるトライは勇気と感動を大いにもらった。入部当初はジョナロムー選手のような大型暴走ウイングになりたいと思っていて、それもすごく魅力的なのだが、体のサイズをそこまで大きくするのは難しいので、コルビ選手のような小動物的俊敏ウイングになりたいと最近になって思っている。
ただ言うのは簡単だが、自分の理想と現実は大きくかけ離れている。ありえないほど練習でノックオンをするし、ありえないほど体力はないし、ありえないほど体は弱い。今までほとんどスポーツをやってこなかったので怪我もあまりしたことがなかったが、去年の10月から12月は膝の怪我や捻挫にも悩まされた。最近では、軽い疲労骨折が判明し、一ヶ月ほど練習には参加できなくなった。思っていた以上に壁の連続である。確かに僕はラグビーに、というかスポーツにもともとあまり向いていないのかもしれない。しかし、壁を超えていくごとに少しずつ確実に強くなっていけると思う。リハビリとトレーニングをやり切ってしっかり復帰するのが今の目標である。決して楽な道ではないかもしれない。しかしこの道をずっと行けばいつかは輝ける日が来る。そう信じて日々頑張っていきたいと思う。 続

どうでしたでしょうか。これを読んで自分もラグビーを思いっきりやりたいと思った新入生はぜひラグビー部の入部を考えてみてください。テニスをまったりとやりたいと思った新入生はぜひJokerの入会を考えてみてください。何か打ち込めるものを見つけて楽しい大学生活を送れることを願っております。

次は、ボーデンバレット選手のような甘いルックスで後輩から大人気の同い年の倉上先輩にバトンを回します。
 
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2022/01/20(木) 19:36
心配ないさ!
2022/01/13(木) 18:45
「俺が最強だ!」

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