ブログ 礒﨑 結衣さんが書いた記事

はなとわたあめ[ラグビー部リレー日記]

 written by 礒﨑 結衣投稿日時:2024/02/14(水) 19:29

最近イケメンパーマをかけてイケメン度がましましになった雪竹さんからバトンをいただきました、新3年スタッフの礒﨑結衣です。雪竹さんはいつもニコニコされていてとても話しやすいのですが、プレーになると力強くかっこいいのでギャップがすごいなぁと思っています。また、高校時代からファンがつくほどの美脚だったとうかがったのですが、筋トレをしてそれからさらに筋肉がついてもなお脚の形がとても綺麗で尊敬しています。今度ぜひ美脚の秘訣を教えてください。


2024年になり、もう1ヶ月半がすぎてしまいました。
毎年西暦がどんどん近未来的な数字になっていくので、慣れるのに時間がかかり、やっと慣れてきたと思ったらもう次の年、ということを繰り返しています。昨年も例に漏れず、年の瀬になって2023という数字をようやく受け入れられてきたと思っていたら、あっという間に2024年になってしまいました。

試験勉強やレポートに追われていた1月に比べ、2月前半はオフがあったこともありゆったり過ごすことの出来る時間がありました。そんな中、先日母と都民コンサートなるものに行く機会がありました。第2部は東京フィルハーモニー交響楽団のアンサンブルの演奏がメインだったのですが、第1部ではその演奏に合わせてストレッチをしたり、短歌が披露されたりといった異色のコラボレーション企画が用意されていました。

恥ずかしながら私は幼少期にピアノを少し習っていた程度で、高校生までは芸術はからっきし、屋台のわたあめのために毎年近所の梅まつりに行くような花より団子の人間でした。しかし大学生になり、以前よりも音楽を聴く機会が増え音楽に興味を抱くようになってきたので良い機会だと思い、初めてしっかりとしたコンサートに行ってみることにしました。結局、どの演奏者の方の演奏が素晴らしいだとか他の交響楽団と比較してどうだとかいったことは分からなかったのですが、かなり有名な曲ばかりを演奏してくださったので、綺麗だなぁ素敵だなぁと心を癒されることが出来ました。

前述の通り、第1部では生演奏とストレッチと短歌のコラボレーション企画があったのですが、中でも1番面白かったのは短歌とのコラボレーションでした。木下龍也さんという現代短歌のスペシャリストの方がいらして、音楽に合わせて事前に観客から集められた悩みに寄り添う短歌を披露されていたのですが、その短歌がなんとも秀逸で感動しました。

例えば、
29歳の今、転職します。
常識に囚われず、ありのままの自分で生きる人の背中を押していただけませんか。

「向かい風 さえも配下に引き入れて あなたの王は いつもあなただ」

頑張りたいのに頑張れない。適当でも生きられる。けどそれは嫌。
そんな自分にエネルギーを貰える短歌を。

「線だけで じゅうぶん薔薇と わかるけど きみが見ていた 色も知りたい」
などといった短歌が披露されました。

中でも私が1番心に残った短歌は、
「枝分かれ するどちらにも 春が来て その先端に 花は目覚める」
という短歌でした。
この短歌は、このまま東京で生きるか田舎へ帰るか、夢半ばで揺れている人に、どちらを選ぶも正解と思えるような短歌を、というお題に対して詠まれたものでした。太い木の幹から枝分かれしたどの枝にも春は必ず平等にやってきて、美しい花を咲かせるように、どちらの選択をしたとしても大丈夫、春は来るからね、と優しく心に寄り添ってくれるような短歌で、きっとこのお題を出した観客の方の心にしっかりと届いたのではないかと思います。

私はこの短歌はこのように自身の選択という状況以外に、人と人の関係性において考えてみても心に染み入るように思いました。

和牛というお笑いコンビをご存知でしょうか。
M-1グランプリという漫才日本一を決める大会で3年連続準優勝という記録を達成した漫才師です。和牛は私の青春を彩ってくれたコンビでした。中学1年生の冬にたまたまテレビで見たM-1グランプリで和牛の漫才の面白さに魅了されて以来、ずっと応援していました。放課後にルミネtheよしもとに行ってグッズを買ったり、公演を観たり、和牛特集がされていると聞けば、普段は読まない雑誌まで買いました。さすがに結婚情報雑誌のゼクシィを買う時は和牛特集のリーフレットが入っているとはいえ抵抗がありましたが。
しかし先日、2人の間の価値観の相違から和牛は3月末で解散することが発表されました。
かつては本当に仲が良く、生涯漫才師を貫くというスタイルを2人で共有し、漫才において高みを目指していたコンビであったので、解散の速報を見た時は本当に驚きました。そしてちょうどそろそろ和牛の公演をまた観に行こうと思っていたタイミングであったこともありあまりにショックで、次の日が朝練だというのに中々寝付くことができませんでした。
ですが、2人は2人の意思で解散、つまり枝分かれすることを選んだわけです。たとえ枝分かれをしようとも、2人のどちらにも同じように春が来て、漫才であろうとテレビであろうと2人はそれぞれの道で各々らしい花を咲かせるのでしょう。そう思うと、私はそれは幸せなことだと思えるような気がしました。和牛を知るまでは特に興味を抱いていなかったお笑いに私を出会わせてくれた和牛の2人には感謝の気持ちでいっぱいですし、また2人に春が来たらそれぞれらしい花を咲かせて見せてもらえたら幸せに思います。

また、先日地区の成人式がありました。私は地区の中学校に進学しなかったため、小学校を卒業して以来8年振りに会う友人がほとんどで、旧友との再会に心が踊りました。久しぶりに会うと、あの頃は背の順で先頭にいた男子が見上げなければならないほど背が伸びていたり、びっくりするぐらい声が低くなっていたり、ピアスを開けていたり、女子はみんなスレンダーなお姉さんになっていたり、みんながそれぞれらしく成長し、立派な20歳、大人になっていることが感じられました。あの頃、違う道を選び枝分かれをした私たちですが、こうして久しぶりに顔を合わせてみると、枝分かれをしてからそれぞれらしく枝葉を自由にのばし、その枝の先端に花を咲かせていたということをしみじみと実感しました。

つまり、一度枝分かれをしようとも、またその枝どうしが交わる事ができるように、人と人がなにかの意味を持って別れたとして、花を咲かせてまた再会することもできるということです。なにかの意味を持って人と人が別れることを決断する、という枝分かれは悲観的に捉えるべきことでは無いと言えるのではないでしょうか。

ラグビー部にいると、出会いと別れを繰り返します。冬になると4年生が卒部し、春にはたくさんの新入生と出会い、また冬がやってくるというように。それだけでなく、春を過ぎてから入部してくれる人や部活から離れた道を行くと決断した人との出会いや別れもあります。

誰かが部活から離れることを決断したと聞くと、私は寂しく悲しい気持ちになります。それはその人が部活を離れることにより戦力ダウンするだとか人数がどうであるだとか仕事が回らないだとかそういった理由ではなく、一重に私がその人のことを好きだからだと思います。その人の性格や一緒にいる時の空気感、過ごす時間が好きで、これからも一緒に時を過ごしたい、一緒にラグビー部を盛り上げていきたいと思っていたからこそ、部活を離れると聞いたときとても悲しい気持ちになるのです。

しかし、先輩であろうと後輩であろうと、はたまた同期であろうと、好きな人の決断は心から応援したいとも同時に思うのです。なにかを決意し熱中する人の姿は美しく、それが私の好きな人であればなおのことかっこよく思えます。だからこそそのかっこいい背中を押し、純粋に応援したいとも心から思います。

この果てしない葛藤に対し、答えをくれるのがこの短歌のように思われました。枝分かれをしたところで、はじめは寂しかったとしても、永遠の別れでは無いのです。それぞれがそれぞれの道を尊重し進むことができれば、たとえ枝分かれをしたとしても、たとえ主戦場が異なっていたとしても、春はどちらにも平等に訪れるのです。ですから、時期が来た時にお互いがその道でそれぞれらしい花を咲かせることが出来ればそれはまた幸せなことでしょう。そしていつか会いたくなったらまたいつでも枝を交え、再会すれば良いのだと思います。

部活に限らずどのような状況においても、たとえ道を違えようとも、お互いが花を咲かせることの出来るよう願い続けること、そしてその力を糧に花を咲かせることが出来るのであれば、それはまた素敵なことなのだと思います。そう思わせてくれたこの美しい短歌を胸に、私なりに頑張っていこうと思います。また、わたあめを食べに梅まつりにでも行こうと思っているので、好きな人がいたらぜひ一緒に行きましょう。


次はハーフ団期待の新星、新2年の友志にバトンを回します。お兄さん同様、チャーミングな笑顔とタメ口関西弁が可愛らしい友志ですが、なにをしてもありがとう!と言ってくれる姿がとても印象的で、素直で素敵なジェントルマンだなぁといつも思っています。昨年の合宿では、人手が足りない中進んで配膳を手伝ってくれ、その優しさに癒されていました。
今年は友志が試合でも大活躍している姿をたくさん見られるのをとっても楽しみにしています!

もふもふうさぎ、ときめきを添えて[ラグビー部リレー日記]

 written by 礒﨑 結衣投稿日時:2023/09/16(土) 18:45

抜群のルックスと人あたりの良さを兼ね備えたスーパープレイヤーのデイビスさんからバトンを受け取りました。2年スタッフの礒﨑結衣です。

デイビスさんはいつもニコニコ話してくださって、お話するのがとっても楽しい先輩です。新歓の頃も、スタッフ志望の新入生に選手とも話してみて欲しいなと思った時、ついついDLにいらっしゃったデイビスさんを頼ってしまいました。そんな、にこやかな笑顔が印象的な一方、プレーをされている時の真剣な眼差しは鋭く燃えていてとてもかっこいいです。ついにデイビスさんも本格復帰ということで、スター性に溢れた闘志みなぎるかっこいいプレー姿をまた見られるのがとても嬉しいです!



 

先日、中高時代の親友2人と久しぶりにゆっくり会う機会がありました。毎日一緒に過ごすことができていた高校時代とは違い、大学進学してからは思いのほかお互い忙しくなかなか会えていなかったのですが、夏休みということで予定を合わせて会うことが出来ました。
 

2人と久しぶりに会えるので、うきうきしながらオシャレをして、ご無沙汰だったメイクもバッチリしてるんるん気分で会いに行ったのですが、駅の改札で目が合った瞬間からなんとも言えない安心感に包まれ、思わず笑みが溢れてしまいました。ぶらぶらウィンドウショッピングをしていたら、アクセサリーショップの店頭で売られていたもふもふのうさぎのぬいぐるみのキーホルダーに思わず一目惚れをして衝動買いしてしまったり、久しぶりに高校生らしいことをしてみようとプリクラを撮り、最新技術と加工された目のあまりの大きさに驚愕したり、少し背伸びをした大人な雰囲気のカフェに行き大人気分を味わってみたり。カフェでは近況報告から中高時代の思い出話まで、声が掠れ喉が痛くなるまで語り尽くし、とても幸せでした。
 

話に満開の花が咲く中、私はじーんと、同じ中高生活を過ごし、長い時間を共にしてきた2人の世界がぐんっと広がっていることを感じました。高校時代、屋上庭園でお弁当を食べながら、大学生になったらこんな大学生活を送りたいだとか、こんな勉強をしたいだとか、そしておばあちゃんになっても仲良しでいようねだとか、色々な将来を思い描いては期待に胸を膨らませ笑いあっていた私たちでしたが、あの頃描いていた将来とは肩書きや所属する組織が少し違っていたとしても、それぞれがそれぞれの運命のもと、それぞれなりに世界を広げ、そしてその広がった世界を心ゆくまで楽しんでいるのだと感じ、そんな素敵な親友たちが今もそばに居てくれることがこそばゆいような、でもどこか誇らしいような、そんなくすぐったい気持ちになりました。
 

そんな彼女たちは私のことをとてもよく理解してくれていて、こういう時、結衣だったらこう思うでしょ、結衣はこう考えるでしょ?と言われることは、なんだか少し恥ずかしくなってしまうほど図星で、なんだか私よりも彼女たちの方が私のことを分かってくれているのではないかとさえ思えてしまうほどでした。そして、そんな”私博士”の彼女たちと思い出話をする中で私が実感した、というより思い出させてもらったのは、今まで私は新しいことや変化によって心がときめく瞬間をこよなく愛し、そのときめきを求めて生きてきたということでした。
 

そして、最近の私はときめきを求める努力を怠っていたと気が付きました。もちろん、彼女たちの世界が広がっているように、私も大学に入学して以来、ラグビー部に入部したり、面白い授業に出会ったりと彼女たちに負けないくらい世界は確実に広がっていて、そしてその世界をるんるん楽しみながら、おかげさまで幸せな日々を過ごしています。ですが、自らなにかに挑戦することで見えてくる世界があり、なにかに出会うことで得ることのできるなにものにも変えがたいときめきがあるのに、現状が幸せで楽しいがために、現状維持に勤しみすぎていたような気がします。もちろん今ある幸せや楽しさを噛み締めることも私にとって大切なことなのですが、それだけではどこか自分に甘えているような、何か勿体無いような気がし、自分自身の成長のためにも、中高時代の私のように自分の力でときめきに出会う努力をしたいと思いました。
 

そこでふと、最近の心が震えるようなときめきはなんであったか、と振り返ると、ここ最近の1番の衝撃的なときめきは4月末に医学部健康総合科学科のガイダンスを受けた時のものだと思いました。私は実は昔から理科と算数が大好きで、特に理科は生物から物理まで全て好きで、理系に進みたいと考えていました。ですが、理系の学部で興味を持ったのは医学部だけ、でもお医者さんになる勇気も覚悟もなく、文系学部であればどこも満遍なく興味があったので、理系ではなく文系で大学を受験することに決めました。ですが、東大に入学して、文系でここだ!と心震える学部学科になかなか出会うことが出来ず、漠然と文科三類だし文学部なのかな、と思っていた私にとって、ひょんなことから行ったこの学科のガイダンスは、まさに目からうろこの棚からぼたもちでした。私の昔からの興味関心にぴったり、かつ学科の雰囲気もアットホームでとても素敵で、私はここに入るために東大に入ったんだ、と運命を感じ、自分でもわかるほど目がきらめき、心はときめきで震えました。こんなことを言っておきながら、実際に進学してみたら、解剖学ってなに~!ゲノムってなに~!!などとひーひー言っているかもしれませんが、でも、あの時の心の異様なまでのときめきを到底忘れることは出来ず、期待と高揚感の波に乗り、まるで運命に導かれるかのようにこの学科に進学することを決めました。
 

20歳になる10月から、私は晴れて、医学部健康総合科学科、私にとって全く新しい世界に足を踏み入れます。
なんだか2度目の入学をするようで、そしてそのタイミングがちょうど20歳の区切りであるのにもなんだか運命を感じ、期待で胸がはち切れんばかりに膨らんでいます。否が応でも新しい世界、心ときめく環境に身を置くことができるというのはとても幸せで恵まれたことです。だからこそ、環境が与えてくれるときめきをめいいっぱい満喫し尽くすのはもちろん、自分から新しいものにたくさん挑戦して、抑えたくても抑えられないほど心がときめく瞬間にたくさん出会っていきたいです。
 

そして、親友たちが各々の世界を広げているように、私も色々な人との出会い、学びとの出会いを大切に、私なりに世界を広げ、その世界を心ゆくまで楽しみ尽くしていこうと思います。




 

次は兵庫が産んだふわふわ白雪姫、美月ちゃんにバトンを回します。
美月ちゃんは、初めて会った時から純白の天使のようで、なんてふんわりした可愛らしい女の子なんだと美月ちゃんの虜でした。おまけにおっとりキュートな関西弁。同性の私でも思わずきゅんとしてしまいます。
そしていつも周りに癒しと笑顔を振りまいてくれる美月ちゃんですが、お話してみるとしっかりとした考え方と実行力の持ち主で、そんなところもとても素敵な女の子です。そんな美月ちゃんと一緒に部活が出来たら幸せだなぁという一心で新歓をさせてもらったので、入部を決めてくれた時は心から嬉しかったですし、今も一緒にいろいろな活動ができてとても幸せです。これからも美月ちゃんと一緒に楽しいことをたくさんできるのがとても楽しみです!
改めて、入部してくれて本当にありがとう~!

For Beautiful Lips[ラグビー部リレー日記]

 written by 礒﨑 結衣投稿日時:2023/05/04(木) 18:26

同期プレイヤーの猿渡からバトンを受け取りました。2年スタッフの礒﨑結衣です。
いつも寡黙な猿渡がこんなことを思ってくれていただなんて、とても嬉しいです。身に余る言葉をありがとうございます。
猿渡は同期一大きいけれど同期一素直な少年の心を持った素敵な人です。ちなみに私はそんな猿渡のトークがいつも面白くて好きです。
猿渡が復帰したら、猿渡おかえりゲーム大会とかしたいです!まってます!!



"For beautiful lips, speak only words of kindness,
for lovely eyes, look for the good in others,

and for poise, walk with the knowledge that you are never alone."

美しい唇が欲しいのなら、美しい言葉をつむぎなさい。
愛らしい瞳が欲しいのなら、他人の美点を探しなさい。
そして、素敵な振る舞いがしたいのなら、1人ではないという自覚を持って人生を歩みなさい。


これは、オードリーヘップバーンが晩年に語った言葉です。そして私の大好きな言葉です。
美しい唇、愛らしい瞳、 素敵な振る舞い。どれも女性なら憧れるようなものばかりです。そして、ついつい、可愛らしいメイクをしたり、姿勢を良くするように気をつけたりと外見にだけ気を使って、これらを獲得したと考えてしまいがちです。でも、外見の美しさは内面から生み出されるものなのだ、そういうことをオードリーヘップバーンはこの言葉を通じて伝えたのだと思います。

ですがそれ以上にこの言葉には深い意味があるように思います。
美しい唇が欲しいのなら、美しい言葉をつむぐ、ということと、愛らしい瞳が欲しいのなら、他人の美点を探す、ということは、野蛮ではなく綺麗な言葉をつむいでいる唇が自然と美しくなり、他者の素敵なところを見つけることのできる瞳が自然と愛らしくなる、つまり、自分の美しい行いが自然と自分を美しくするという意味であると思います。
しかし、最後の、素敵な振る舞いがしたいのなら、1人ではないという自覚を持って人生をあゆむ、という一文は少し違うように思います。今までの、「自分の美しい行いが自分を美しくする」理論にあてはめるなら、素敵な振る舞いをしたいなら、強くありなさいとか、自分に厳しくありなさいとか、自分の内面を律する、という文章になりそうなところです。しかし、この言葉では素敵な振る舞いを作るのは1人ではないという自覚、ということになっています。これはどういうことなのでしょうか。

私なりの解釈ではありますが、この一文は、孤高であること、自分の内面だけを見ることが美しさではないということを伝えているのだと思います。素敵な振る舞いをしたい、だったら自分自身の内面をもっと磨かなくては、と自分の中に中に視点を向けていては、素敵な振る舞いがしたかったのにも関わらず、結局はなんだか姿勢のまるまった自己中心的な女性になってしまいます。そうではなくて、自分は1人では無い、周りに他者がいるということを常に理解することが大切で、他者への思いやりを忘れないだけでなく、自分のキャパシティを理解した上で時には頼ることのできる余裕を持ち、協調性を持って人生をあゆむことで、素敵な振る舞いができる女性になるのだ、そういう意味なのだと思います。


私がこの言葉に出会ったのは高校2年の冬でした。高校のクラスの友人が朝の礼拝で(私の母校はプロテスタント系で、毎朝礼拝がありました)、美しい唇が欲しいのなら、の一文をさらっと紹介していたのがきっかけでした。その一文が印象的で、帰宅してから調べてみたところ、続きの言葉にも出会い、この言葉が私にとって大切な言葉になりました。

高校2年の冬というと、秋に文化祭が終わり、受験勉強を本格的に始めなければならないのに燃え尽きすぎて何も手につかない~となっていたころです。というのも、秋にあった文化祭というのは、中学に入学してからずっと文化祭実行委員会に所属していた私にとっての集大成だったからでした。

私の学年の文化祭実行委員、通称文実は、中学の頃の経験者で長続きする人があまりおらず、経験者不足の代でした。そのため、ひょんなことから私が委員長を務めることになりました。
文実は中学1年生から高校1年生までの各学年10人ずつ、最高学年の高校2年生だけ11人の計51人が、10人ずつの5部門と委員長に分かれて構成されていました。この構成からもわかる通り、委員長という立ち位置は孤高の存在で、私が知っている歴代の委員長も仕事が早い一匹狼タイプで背中を見せて後輩を引っ張るようなかっこいい先輩しかおらず、全くもってそういったタイプでは無い私が委員長を務めることに大きな不安を感じていました。

そんな不安を取り除いてくれたのは、いつも同輩でした。こんな私で本当にいいのか、と文実委員長という看板に押しつぶされそうになる度に、委員長の形は人それぞれだよ、そんなゆいだから私たちは着いて行きたいと思うんだよ、もっと頼っていいよ、といつもいつも励ましてくれました。そんな彼女たちに支えられ、次第に私も1人で抱え込むのではなく、同輩に頼ったり、担当の先生に相談したりする中で視野を広げることが出来るようになりました。そして、視野を広げるということを学ぶと、自分に余裕が出て、今度は同輩をもっと気にかけたり、後輩を励ましたりということまで手が回るようになり、全ての歯車がかちっとはまり上手く運営が進むようになりました。そして結果として、コロナ禍ではあったものの、私たちのできる私たちなりの最高の文化祭を作ることが出来ました。この経験は私の大切な大切な宝物です。

このオードリーヘップバーンの言葉を知った高校2年の冬、この文実の経験とともにこの言葉は私の心にじんわりと染み込んできました。文実の時は私が自主的に1人ではないという自覚を持つことが出来ていた訳ではなく、心優しい同輩によって自覚させてもらったわけですが、1人ではないという自覚は孤高であろう、一人で完璧にみんなを引っ張ろうとするあまり視線の下がっていた私を確かに前向きにさせてくれました。そして、この実体験を通じて実感することのできたこの言葉は私が生涯心に留めておくだろう大好きな言葉になりました。

そして、先程は文実での経験を話しましたが、今もラグビー部の同期にはたくさん支えてもらっています。
私の小さな悩みを温かく受け止め聞いてくれたり、理路整然とした解決策を提案してくれたり、すごい熱量で悩みを吹き飛ばしてくれたり、達観したものの見方で悩みを悩みと感じさせないようにさせてくれたり、くだらないことで笑わせてくれたり、本当にたくさんの同期に色んな場面でさまざまな角度から助けてもらっており、本当に感謝しています。こんな素敵な同期に出会えてとても幸せです。そして、もっと私も助けてもらうばかりでなく、頼って貰えるように、もっと恩返しができるような存在になりたいです。



先日、私の中高の親友が20歳の誕生日を迎えました。彼女とは13歳で出会ってから、部活も委員会も一緒で、さまざまな苦楽を共にしてきたので、そんな彼女が20歳を迎えるという特別な瞬間を共に過ごせることがとても嬉しかったですし、なんだか感慨深かったです。そして、バースデープレートのケーキを取り分けて食べながら、私ももう5ヶ月で本当に20歳に、大人になるのだとやっと身に染みて実感しました。


20歳という特別な年を迎えるにあたり、もう一度このオードリーヘップバーンの言葉を心に留めたいと思います。
美しい言葉をつむぎ、他人の美点を探し、1人ではないという自覚を持って人生をあゆむ。孤高になるのではなく、思いやりを持ち、他者との関わりを大切にする。
そうすることによって、助けられるばかりでなく私も助けることの出来るような、美しい唇と愛らしい瞳を持った素敵な振る舞いのできる大人の女性になりたいと思います。



次は、お顔立ちの大人っぽさと言動の可愛らしさのギャップが印象的な3年生の倉橋さんにバトンを回します。
倉橋さんは試合でナイスキックや強いタックルを連発し男らしいかっこよさを炸裂させていらっしゃる一方、お話してみるととても物腰が柔らかく、穏やかで優しい素敵な先輩です。最近、倉橋さんの瞳はとってもきゅるっとされていることにも気づきました。

素敵な予感[ラグビー部リレー日記]

 written by 礒﨑 結衣投稿日時:2022/11/18(金) 18:26

にのさんこと二宮さんからバトンを受け取りました、1年スタッフの礒﨑結衣です。
にのさんは穏やかな雰囲気が魅力的な素敵な先輩です。
最近のにのさんのファッション、とても素敵です!
そしてもうすでに応援させていただいていますし、もちろんこれからもたくさん応援させてください。




唐突ですが、私の心の中には、私のお気に入りの部屋があります。
雰囲気としては、神秘的で、それでいて少し温かみのある、不思議な古書店のような感じです。
その部屋は壁が全面木製の本棚になっていて、部屋の中央にはレンガ造りの綺麗な花壇があり、この花壇の上には綺麗なガラス製のろうとが浮いています。
今まで過ごしてきた毎日は、1日1冊の本になって、この本棚に大切にしまわれています。
そして、夜寝ている間にその日の本が出来、本棚にしまう前にろうとの上に本をかざすと、本が光り、本からエキスが抽出され、そのろうとにポタっと垂れるのです。
そのエキスが花壇に毎日垂れ続けると、花の種となり、だんだん花の蕾が膨らみ、本当に思いもよらない時に思いもよらなかったような花がぱっと花開きます。

今まで過ごしてきた過去があって今の自分があり、明日になったら今日は既に過去になって、今日という本が心の本棚に追加され、その本が明日以降の未来の私によって引っ張りだされていつか道標になるのかもしれない、いつかの私の前で心の花壇の蕾がぱぁっと花開くかもしれない、そんなふうに考えると、過去と未来のあまりの広大さにロマンを感じ、なんだかまるで空を飛んでいるかのような開放感に身を包まれ、とても楽しい気分になります。特に私の心がどうしようもなく踊ってしまうところは、どんな過去がいつのどんな未来の自分を助けるかが分からない、というところです。


ラグビー部に入部してからまだ半年ですが、その間にも、とても幸せなことに、この蕾が花開く瞬間に立ち会うことが出来ました。

入部したての頃、スタッフの先輩に仕事について教えていただいていたときのことです。
その時は、水の仕事を振られた時にはどんなことをすればいいのか、どのような視点で練習を見れば良いのかを細かく教えていただいている中で、先輩が、
「こういう時に、もし余裕があればDLの選手の水ことも気にしてあげられるといいんだけどね。」
と、最後にぽろっとおっしゃいました。
その時は、この一言を特別重要に捉えることはできず、私は一般的な水の仕事を覚えるので精一杯でした。

しかし、6月下旬のある日、この一言は思いもかけず、私を大きく導いてくれました。

この頃私は、大体の仕事を覚えられるようになってきた中、まだセクションに加入しておらず、仕事が少ない私だからできることはないか、という視点で練習に参加するようになっていました。
そして、ある練習で水の仕事を振られていた時、この言葉がぱっと私の中に蘇ってきました。
文字通りはっとし、勢いそのままそのまま本部からサブグラウンドをぱっと振り返ってみると、トレーニングに励むDLの先輩方の隣には水筒があります。
先輩に振っていただいた仕事ばかりしていた当時の私にとって、自分から見つけた仕事をするのには少し勇気が要りましたし、必要ないと思われたらどうしようと頭がぐるぐると回転していたのですが、この言葉に操られるかのように一歩足を踏み出してみると、DLの先輩方はみんなありがとうと言って水筒を渡してくれて、補充し終わった水筒を渡す時もまた、ありがとうと声をかけてくださいました。

このありがとうの言葉を頂いた時、思わず涙が出そうになるほど嬉しかったのを、まるで昨日のことのように鮮明に覚えています。
そしてあの時の気持ちを私は忘れることはないでしょう。

というのも、入部してからずっと、DLの先輩方の力になりたい、と思い続けてきたからです。

ラグビー部の練習は、朝は早く、夜は遅く、夏は暑く、そして冬は寒いです。
この練習にはグラウンドでの練習には参加しないDLの先輩方も同じように参加します。
自分の都合のいい時間に綺麗で空調の整ったトレーニングルームでしてもいいのではないか、と思わず思ってしまうようなトレーニングに、暑い日も寒い日も、朝早い日も夜遅い日も、練習に全て参加してサブグラウンドで黙々と励む。
しかも、他の選手達がラグビーをしている目の前で。
そんなDLの先輩方の気持ちに思いを馳せる度、私はいつもいつも胸がいっぱいになりました。
そして、DLの先輩方のリレー日記を読めば、自分がチームに貢献出来ていない事への申し訳なさ、情けなさが綴られていたり。
遠征の時、いつも率先して荷物運びをしてくださるDLの先輩に、いつもありがとうございますと感謝を伝えれば、今の自分にはこれくらいしかできることないから、と返されたり。

そんなことが起きる度、
そんな事ないです、いつもかっこいいです、尊敬しています!怪我したり手術したりで痛い思いを沢山して、それからは黙々とリハビリに励んで、本当にかっこいいです、、!
そんな気持ちで胸が張り裂けそうになり、思わず口から想いが溢れ出そうになります。
でもなんだか言葉をそのまま直接伝えるのははばかられるので、私はなんとかして、物理的にDLの先輩方の力になりたい、心の底からかっこいいと思っていて、応援しているというこの気持ちを私の行動からお伝えしたいと常々思っていました。

だからこそ、この水補充の時に言っていただけたありがとうは、初めて私がDLの先輩方の力になれた証のような気がして、とてもとても嬉しかったのです。
それ以来、私が水や本部の仕事を任された時には、DLの先輩方の水を気にすることが日課になりました。
また、これは、私だからできることはないのか、と探していた私が、私なりに初めて見つけることのできた、私だからできること、でもありました。

そして、どうしてこの行動をとることができたのか、と遡って考えると、入部したての頃に先輩がおっしゃったあの一言があったからでした。
あの一言は間違いなく私の心の本の中に綴られていて、2ヶ月後の私の道標となってくれました。
出会った当時は特別気にすることの出来なかったあの一言が、私の心の中で知らず知らずのうちに蕾となり、あの瞬間に花開いてくれたのでしょう。

そう考えると、ラグビー部で過ごしてきた時間はまだわずか半年間ではありますが、幸せなことに、花壇の中で蕾となっているであろう、させていただいてきた貴重な経験、先輩にいただいた言葉、同期にもらった何気ない一言などがすでにたくさんあるということに気づきます。
これらは間違いなく私の心の本に綴られていて、これからのいつかの私を助けてくれるのではないかと思います。
たった半年間でこれだけの素敵な経験をさせていただけているのですから、これからまだ3年間と少し残されているラグビー部生活の中で、私の心の花壇の蕾となるような経験が本当にたくさんできるのでしょう。そう考えるだけで私の胸はまるでスキップをするかのように軽やかに踊り出します。

そして、本当に幸せなことに、私は、今までの19年間の人生の中で、心の花壇できっと蕾となっているであろう素敵な経験をたくさんさせていただいてきたと思います。
特に中高6年間の間には、多くの人との素敵な出会いがあり、素敵な言葉もたくさんいただき、かけがえのない宝物のような経験もたくさんさせていただきました。
だからこそ、ラグビー部でこれから過ごす中で、昨日までの日々の中で知らず知らずのうちに花壇にできていた蕾たち、今か今かと咲き誇るのを待ち構えている蕾たちがぱぁっと花開く瞬間にもたくさん立ち会うことができるのだろう、そう思うと、どうしようもなく胸が高鳴り、これからのラグビー部生活が楽しみで仕方がなくて、思わず頬が緩みます。


先日、中学受験の際にお世話になった塾の恩師に数年ぶりにお会いする機会がありました。
そこで、大学ではラグビー部に入ったことをお伝えすると、6年間女子校ライフを満喫してきたあなたが、なにがどうなったら男だらけかつ運動部の中でもThe男!!という感じのラグビー部を選ぶのか?と大変驚かれました。
この恩師に限らず、恐らく、私を前から知ってくださっている方々は、多様性に溢れた大学という場で、私が無数の選択肢の中からラグビー部に入るという選択をしたことを意外に思われたかと思います。

しかし私は、意外だからこそ、私にとって新しい経験だからこそ、これからの私を支えてくれるような今までにない美しさをもった蕾がたくさんできるような、思いもよらない瞬間に蓄えてきた蕾がたくさん花開くような、そんな気がしてなりません。

そして、ラグビー部を引退する頃には、私の心の花壇は今よりたくさんの花と蕾で溢れかえっていて、その花壇のように私自身も豊かで素敵な女性になることができているような、そんな予感がします。


そんな素敵な予感に心を躍らせながら、笑顔を大切に、もっともっとラグビー部に貢献できるよう、精一杯頑張っていきたいと思います。





次は、スモブラでもご一緒している2年生プレイヤーの塩谷さんにバトンを回します。
塩谷さんは爽やかな笑顔が印象的な心優しい素敵な先輩です。
話は変わりますが、ラグビー部には野球好きの人が多く、その中でも特に巨人ファンが多いように思います。
DeNAファンの私としては、もう少しDeNAファンが多くてもいいのではないかと思ってしまいます。
そこで塩谷さん、DeNAファンになってくださる気はありませんか?
ご検討よろしくお願いします。

2024年4月

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