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18年の財産[ラグビー部リレー日記]

 written by 平岡 憲昇投稿日時:2022/11/30(水) 18:51

今年度からスタッフに転向し、自分と部の立場に真剣に向き合っている手島からバトンを受けました、平岡です。手島は怖さを身につけようとしているそうですが、個人的には今の3年で既に一番怖さがあると思っています。来年もしかしたらアシスタントコーチみたいな立場で関わるかもしれなくはないので、番長となった手島に目をつけられないよう、神奈川パート会で買収しておこうと思います。

「なんでラグビーを始めたか」
ラグビー界隈ではよく聞く言葉である。初心者から始める人の多い東大ラグビー部では特によく聞かれ、1年生の時はそれを打ち明ける人が多い。おそらく模範解答は「激しさに魅力を感じた」とか「ワールドカップで好きになった」とか。自分の場合はもう単純に「騙されたから」。家でプラレールばっかりしてる自分(3歳)を不安に思った父親から「足が速くなりたいか?」と聞かれた。そしたらラグビースクールのグランドに連れて行かれていた。無論ラグビーなんて当時自分は知らないし、知っていたらほぼ確実に入っていなかった。ただ、その割には大学になっても続けたスポーツだったから父親のチョイスは正しかったと思う。ちなみに母親はテニスをやらせたかったらしい。申し訳ないけど、本当にそうならなくて良かった。ごめん、テニスは絶対にない。なんなら一番間違ってる。

では次に、
「なんでラグビーを続けたか」
こっちもよく聞かれる質問である。これに対しては、
「それしか出来ないから」「中高でもやったから流れで」「他にやれることがないから」「ラグビーが好きだから」「他のスポーツとかサークルに入る勇気がなかったから」
大体こんな感じになる。まあ大体どれを言っても合っている。正直惰性といえば惰性だし、自分自体、人生でなんでそのチョイスしたかとか考えるタチじゃない。そもそも始まりのところから自分の意思で始めてないから、特に目標とか野心もなくその時その時で楽しんできてた。
でも、18年くらいやってきてそれで済ますのもな、とは思う。何かしら自分はラグビーの魅力に惹かれている、流石に、多分何かしらは。そう考えると自分の中でラグビーを続けた要因は「大学でも続けろよ」って言われたから。多分そうなる。
ただ、これを言った人は自分とは全然長い付き合いでもない。高2秋と高3春の大会の時だけ組んだ合同チームのコーチに言われた。それなのに思い返すと自分にはかなり刺さっている。これは高→大の時だが、小→中でもスクールのコーチには「中学でもやるよな、続けろよ」って言われた。ラグビーはぶっちゃけ辞めちゃう人が多い。だからだと思うが、別のチームでも別の形でもいいから続けてくれ、とみんなよく言っていた。辞めるなよって後ろ向きな言葉っぽいけど、自分にはよく響いた。多分、自分はラグビーのこの温かさが一番好きだったんだと思う。

ラグビーやり始めた時はラグビー自体は全然好きじゃなかった。でも、スクールに行くと別の小学校だったり隣の市の子だっり、年上のお兄さんだったり、いろんなタイプのおじさん・お父さんのコーチがいたり。ラグビーやってなかったら知り合うこともなかった人たちと知り合ってプレーして、自分に目をかけてくれて、いいプレーあったらみんなが喜んで。そんな環境はすごく好きだった。そして自分がスクールから距離が開き出しても、気にかけて期待してくれて。今年の立教戦にもスクール時代のコーチが1人見にきてくれていたらしい。ホントに暖かい環境に自分はいたし、その財産が今になっても続いている。
中高時代も最終的に同期は3人になったし、今思えばほぼサークルくらいな感じのユルユルな部だったけど、色んな人たちとまた会ってOBや父親たちも元気な人が多くて。ぶっちゃけ規律とか真剣さはあんまだったし、ボロクソに負けたりロクな練習できずに合同チームで大会出るハメになったり、苦い思い出の方が多分多いけど、でも最後に麻布開成で組めて最後の大会で1勝できた。何よりも6年間で自分もいろんな立場や境遇を経験して、その中でいろんな学年や背景、学校の人とラグビーを舞台に熱意を持って集まって。合同チーム以外でも都選抜で知り合った人と菅平や大学の練習試合とかで再会したり、中には一緒にストラグとか通ってたやつもいて。秩父宮で合同や選抜チームのコーチとバッタリ出会ったり。ラグビー界は世間が狭いから、いろんな人と知り合ってまた再会して。いろんな人との縁をラグビーのおかげで持てた、これが自分がラグビーが好きな理由でラグビーからもらった財産。

大学でもいろんな人と知り合って、特に東大ラグビー部は一番濃い場だったし、一番ラグビーに向き合った4年だったし、一番多くの経験があった。1年生からリザーブに入れたこと、2年3年とA戦にほぼ出れなかったこと、B戦でもほぼ勝てなかったこと、Bチームではあるけどリーダー的な立場を経験したこと、4年になってBBCがバカきつくて、対抗戦にいきなりスタメンで出て、と思ったら外れて、また選ばれて、最後はとんでもないプレーかまして。プレーヤーとしては苦い経験も良い経験も、期待に応えたり応えなかったり。でも、みんなすごく熱意を持っていて、自分に色んな期待やサポートをしてくれて、そんな人たちとラグビーを通して4年間関われたこと、同じ目標に向き合っていたこと、そんな人たちに自分もいくらかは期待に応えられたこと。とても幸せでした。
とかいう癖にお前新歓ロクにしてないだろとか、去年1年生の名前全然覚えてなかっただろとか思い出した人、それはすみません。やっぱり人付き合い苦手な部分はどうしても否めません、それは許してください。でもラグビー通して18年、そして大学での4年、自分がラグビーに熱意を持った理由も一番大きな財産もこれだと思います。幸せな4年間をありがとう。

次はラグビー部最年長、東大ラグビー部で一番の文武両道をゆく佐川にバトンを渡します。最初はラグビー部でトップレベルの常人だと彼のことを思っていましたが、4年間多くコンビを組んできて悪い面とヤバい面が自分の中でどんどん強調されていきました。また、ヘッドコーチに就任した彼ですが今度ブラジルに研究出張に行くことになり、その間はブラジルからオンラインでコーチングするそうです。

自己責任[ラグビー部リレー日記]

 written by 平岡 憲昇投稿日時:2022/08/08(月) 21:33

1年の宮田からバトンを受け取りました、4年の平岡です。宮田は1年生ながら公式戦にスタメンで出て、粘り強いキャリーと激しいタックルで活躍しています。新歓の際には他部と迷っていましたが、ラグビー部に来てくれて良かったです。まだあまり話せていないので合宿で仲良くなりましょう。

先日から山中湖の東大の寮に泊まっての合宿が始まった。山中湖で合宿を終えたのちは、4日ほど間隔をおいて菅平でまた1週間ほど合宿をすることになる。合わせると2週間近くの合宿になるが、去年一昨年と合宿を行うことができず、駒場での校内練習であったことを考えると、非常に恵まれた機会を得られている。個人的には自分は幼稚園の頃からラグビーを始めて、小学1年生の頃から菅平には10回以上行っていたので、最終年にまた菅平に行くことができるのは良かったし、試合で活躍して行きたい。
さて、この合宿が始まる1週間前に東大の院試があった。自分が希望している研究科は他の研究科よりも試験が早く、7月に卒論の中間諮問を受けてからすぐに筆記試験の準備をすることになり、出願はそれ以前の6月の第1週までに書類や振込を行った。その際に部員の中では有名になっているが、自分にはトラブルがあり、今回は注意喚起と教訓を詳しく話したいと思います。
自分が引っかかったトラブルは英語試験のTOEFLのスコアについてのトラブルである。東大の多くの研究科では出願や書類選考の際にTOEFLのスコアレポートを送る必要があり、自分の研究科ではTOEFLスコアを6月の出願までに出し、1ヶ月後の7月の初めまでにスコアレポートを研究科に送らなければ英語試験は無効になってしまう形になっていた。当然その前に余裕を持って試験を受ける必要があり、自分は5月の半ばにTOEFLのオンライン形式の試験を受け、出願の1週間前にはスコアが出るようにしていた。しかし、スコアが一向に出ず、メールや電話でも問い合わせても何も好転しなかった。最終的に期限の8日前に再受験し、あわや留年というところであった。部員からは散々煽られたが、最終的にはなんとかうまく行った。ただ、1年を無為に失う可能性が大いにあった。
今回のことで自分が学んだことは3つあるので、院試や将来的に外部試験を受ける可能性のある後輩はザッと見てもらえたらと思います。
まず一つは期限には余裕を持つこと。自分はTOEFL試験の要項について確認が遅く、見た時には既にオンライン試験でないと間に合わない状況になっていた。特に3年生で英語試験が必要な人はよく期限を確認しましょう。TOEFLなどの試験は遅延の恐れがあることが明記されていて、入試ではそれは本人の責任になる。授業が始まる前の3年の1~3月の対面での受験を強く推奨します。2年生以下もよく覚えておきましょう。
二つ目は早めに対応をとること。自分は出願までにスコアが出なかった時、メールで7月の書類選考の期限までには間に合う見込みと連絡されいたのを受けてかなり楽観視していた。その最終期限の2,3週間前になって慌て出し、最後に受けた試験は8日前とかなりお粗末なものだった。これはTOEFLにメールすれば何かしら対応してスコアを出してくれるだろうと思っていたのが大きく、再受験するしかないと気づいたのは10日前であった。もし、スコアが出願までに間に合わなかった際には早めに再受験をしましょう。遅延はいつまで遅れるかは分かりません。ちなみに1回目に受けた試験は3ヶ月経った今も結果が出ていません。
三つ目は早めに周りに相談すること。自分は事態がうまくいかなかった時に周りに聞いても権限のある人はいないと自分で抱えていた。家族に相談される形で教授や研究科の事務などに大量にメールを送った。その際に教授にアドバイスをもらい、また、研究科にメールを送ったことで本来は規定されていない試験の切り替え(スコアが出ない1回目の試験でなく2回目の試験を受理する)が認められた。英語試験以外にも何かトラブルがあった際には信用のある人に相談しましょう。決してTOEFLのネガキャンではありませんが、外部試験のオペレーターに電話した際には、スコアが出るまで待てとだけ言われてメールを切られました。そういう意味ではオンラインよりは試験を公正に行ったことを保証し、それに責任を持ってもらえるテストセンターでの受験を強く推奨します。オンラインだとトラブルに対しての保障や責任が自分にしかないので自分のようなトラブルもあります。
かなり限定的な話になってしまいましたが、一番言いたいのは責任を持つことです。期限をよく見る、トラブルがあったら連絡する対応させる。仕方ないかで時間を浪費するのはよくないですし、テストのような規則やルールが決まっているものは自分で受験資格を満たす責任があります。そのために交渉することは交渉し、自分の見れる範囲で事態が進んでいるようにすることは外部試験では鉄則だと思います。また、自分が対応をとっていることを試験の責任者や事務に細かに連絡しましょう。東大の事務はそういうところはかなり拾ってくれているようです。それに依存してはダメですが、ダメな時には早めに細かに報告して申請しましょう。結局うまくいかない人はどこかしら自己責任なところはあるので、それは真摯に受け止めてそうならないように前々から対処しましょう。

次は4年の榎園にバトンを渡します。最近、他のチームの試合状況を調べることが多いですが、試合を初めとした活動報告や発信は東大が一番なんじゃないかと思っています。試合の配信や部内の雰囲気の発信などチームカラーなどがよく見える形になっていて、榎が築いてきてくれたこの状況にこの場で感謝を言いたいと思います。

トンチンカン[ラグビー部リレー日記]

 written by 平岡 憲昇投稿日時:2022/04/25(月) 00:25

部内きってのラグビーエリートの一人、西久保からバトンを受けました4年の平岡です。麻布と開成は毎週木曜日に麻布のグランドで合同練習をしていたのですが、他の開成生が合同練習を渋る中でも西久保は毎回麻布に来てくれており、持ち前のスキルとラグビー理解度の高さで練習に貢献してくれていました。また、麻布サイドも西久保の期待に応えるため毎回接待タッチフットを練習に組み込んでいました。怪我がちな彼ですが、今シーズンは怪我なくシーズンを完走してくれることを期待しています。

自分は実はそれなりに音楽に対して理解はある。これは恐らく部のほとんどの人に知られていない。自分には小学生の時にバイオリンを始めた過去がある。受験が本格化した小6の春で一旦やめたが、中2~高1まではラグビー部と管弦楽部を兼部していて、管弦楽部をやめた後もバイオリンのレッスンは受けていた。高1の時は学校の後バイオリンのレッスンを受け、楽器を持ったまま塾に行くという、今思うと中々にカオスなことをしていた。結局、高2で左肩の手術を受けることになり、バイオリンはそれ以来あまり触らなくなってしまったが、かれこれバイオリンは8年近くやっていたことになる。全く上手くはなかったし、他人の演奏にはそこまで興味は強くなかったが、自分が練習したり弾いたりするのは中々好きだったのだと思う。そんなこんなで自分は音楽にはまあまあ理解というか興味はあるといえばある。
なぜいきなりこんな謎のアピールをしたかというとまず一つは自分の趣味の問題だ。
去年のリレー日記でそろそろ趣味を増やそうみたいな宣言をしたことがあった。そして1年経って何も増えていない。これはもう自分の癖というか性質なのだが、とにかく他人にあまり興味がないし自分の現状のテリトリーから冒険しようという欲がない。去年やったチャレンジはモンハン始めたくらいで、しかも3週間で諦めた。そういった中で趣味を見つけようとなった時にバイオリンがよく浮かぶ1年だった。もうやめてから5年近く経つが、最近バイオリン弾こうかなと思うことはちょくちょくある。時間がなかったり家族がいる時に弾きたくないとかでほとんどやっていないのは残念だけれども、時間ができたら弾ければ良いなとは思っている。少なくとも部屋の掃除をするたびに埃を被っているバイオリンケースを見ると勿体無いなと強く思う。
もう一つは最近カラオケ行ってないなとちょこちょこ思う。最近というかコロナ禍になってから1回しか行っていない。
1年の時には月1くらいでは下北沢のカラオケに行っていた。ダーツとかビリヤードとかもあったけれど、自分はカラオケが好きだった。例によって自分の歌える歌はごく限られた範囲だし、別に上手くはないけれど、自分がやる分には音楽は中々好きだった。正直これに関しては今は本郷行ったり試合が多かったりとかで完全に諦めているが、たまにはどっかで行きたいなとやはり思ってしまう。余裕ができたらまた行きたいなと思うことがちょこちょこある。


次は人一倍ラグビーへの熱意が強く色々なプレーをどんどんと吸収している辻にバトンを渡します。彼はラグビーに限らず色々なスポーツを見ているようですが、自分の興味あるスポーツについては観戦時にかなり深い知識を披露してくれます。また、いわゆるミーハーからも注目を集めるようなスター選手に関してはやや変わった思いがあるようですが、とりあえず河内とよく話し合って欲しいなと思います。

Take It Back!![ラグビー部リレー日記]

 written by 平岡 憲昇投稿日時:2021/09/08(水) 18:45

今年は不幸な事故に遭い続けている松元からバトンを受けました、平岡です。まつげんは今年お祓いまでして厄を落とそうとしてきたので、そろそろ不幸な出来事からは逃れて欲しいですが、かといってそんなに幸せにもなって欲しくないとも思ってしまいます。

大谷選手の活躍で注目を浴びることが増えたメージャーリーグ(MLB)ですが、僕は5年くらい前からMLBに興味を持ち、今はMLBの贔屓球団の結果やハイライトは必ず見るくらいにMLBに時間を割いています。そんなMLBですが10月からは一番の目玉であるプレーオフが開幕します。メジャーリーグに所属する30球団のうち3-9月のペナントレースで良い成績を収めた10球団がトーナメント形式で争い、2つのリーグの覇者が戦うワールドシリーズの勝者がその年のMLBの覇者となります。MLBには30球団もあるのでワールドシリーズに辿り着くまでですら非常に大変で、創設40年にして未だにワールドシリーズに出場したことのない球団もあり、MLBを代表する超名門球団のニューヨーク・ヤンキースですらここ10年出場していません。去年のワールドシリーズ勝者のロサンゼルス・ドジャース(超名門)も去年が32年ぶりの優勝でした。
ここまで厳しい戦いなので、プレーオフの盛り上がりも非常に激しく、映像でもファンの熱気が伝わってきます。自分はプレーオフの盛り上がりを見てMLBが好きになりました。プレーオフはホームとアウェーを入れ替えながら戦うのですが、球場はホームチームのファンで埋まり、球場全体がチームカラーに染まります。ホームのチームには拍手やタオル等で歓声を送り、アウェーのチームには容赦無くブーイングを浴びせます。特にMLBはフィールドとスタンドがとても近いので、映像にもファンの姿がよく写り、球場や街全体でホームチームを応援しているのがすごく伝わってきます。また、選手も非常に気合が入っており、勝った歓喜の瞬間も負けてうだなれる瞬間も心に響くものがあります。自分は下のシーンが特に好きで、野球が好きな人は是非見てみてください。
https://www.youtube.com/watch?v=t5tgZcAm87ohttps://www.youtube.com/watch?v=PMy7HSVoBlM&t=18s
自分は青木宣親選手の移籍をきっかけに、ヒューストン・アストロズという球団を4年前から応援しています。アストロズはこの5年の成績はMLB最高といえ、過去4年全てでリーグ優勝決定シリーズに進出し、うちリーグ優勝2回、ワールドシリーズ制覇1回を記録し(物議を醸していますが)、今年もア・リーグ西地区首位を快走しています。アストロズは今年で多くの主力選手の保有権を失う予定で、一斉に退団となるのではないかと言われています。そのため、今年の夏に有望株を放出してでも今年限りの戦力を補強し、今年のプレーオフに全力を注ぐ姿勢を球団が見せました。MLBにありがちな黄金期→再建期という流れにもしかしたら来年以降はなるかもしれないですが、今年のプレーオフにアストロズとヒューストンのスタジアムが盛り上がるのを楽しみにしています。ネタバレはマジでやめてください。

次は初心者ながら体を張ったタックルと経験者顔負けのパスセンスを見せ、グラウンド外でも櫓の建設等で指揮を取る活躍している1年の一木にバトンを渡します。一木はラグビー歴こそ浅いものの恋愛経験は豊富なので、ラグビー歴18年、恋愛未経験の僕とは正反対の人間のようです。

深化と探索[ラグビー部リレー日記]

 written by 平岡 憲昇投稿日時:2021/04/08(木) 10:45

僕の母校とは対照的に中々校則が厳しめな学校出身の鵜飼からバトンを受けました、平岡です。僕の母校の自由エピソードを教えろと言われましたが、正式な校則自体が存在しない学校だったので何でもアリでした。僕の中での一番の自由エピソードは高3の最終授業後に出前をとって教室でピザパーティをした話が浮かびます。

4月に入り、3年の講義が始まった。僕は機械情報工学科といういかにも理系なところに進学したので講義も数学、物理、プログラミングといった、理系要素が非常に色濃くなっている。その中で、設計工学という講義で少し興味を引く話があったので紹介したいと思う。設計工学はその名の通り以下に優れた設計を実現するかという学問である。この設計というのは技術的なアプローチだけでなく、ユーザー側からはあまり挙げられていなかったことに気づく問題設定のアプローチや、全く新しい方法を用いて課題を解決する発想に関するアプローチなど様々な手法が求められている。ここで設計を行う際に大きく二つのベクトルがある。それが「深化」と「探索」である。深化とは一つ一つ積み上げて結論を導くような考え方で、探索とは今までと違うある意味飛躍的に結論を求める考え方である。このこと自体にどちらが良い、悪いということはないのだが、場面場面では結果的にどちらの考え方が正解だったのかということがある。講義中の例で挙げると、ウォークマンという製品は音楽を移動中にも手軽に聞くことができる、という当時はあまり挙げられていなかったニーズを見出してヒットした商品である。ここで面白いのはウォークマンが素晴らしいのは技術の点ではなく問題設定の点だったということだ。ウォークマンに必要な技術自体は既に存在していたのだが、音楽を外で聞くという発想が存在していなかった。仮に家に置くような音響装置をより高音質にしよう、という発想だけで考えていたらウォークマンは生まれておらず、今まで考えられていなかった点に目を向けるという「探索」的な思考が身を結んだ例である。ただし、このような成功例が多くはないのも事実であり、独創的すぎてヒットしなかった、むしろより高性能を求めるような「深化」的思考をするべきだったという事例も当然多い。

自分が今後どのようなキャリアを進んでいくかは分からないし、こんな理系的すぎる進路を取るのかは分からないがこの「深化」と「探索」というのは私生活に目を向けてもどちらも欠けてはいけない要素だと思う。深化ばかりで探索を全くしないのはあまりにもマンネリ化してつまらない生活であるし、逆に探索ばかりして深化をしなければ表面だけ取り繕って何がやりたいか見えてないようなことになりそうだ。ただ、今自分は大学という探索に打ってつけの環境にいながら深化だけをしているように感じる。社会に出てから新しい趣味を見つけたり新しい環境に入ったりというのは可能なのかもしれないが、今とは違って様々な制約があるだろうし時間も多くないだろう。やはり探索をするなら今だと思う。今の時点では何もアイデアはないのだが院生まで残り2年の中で何か1つ新しい価値を自分の中に作り出せればそれは自分の大きな財産となってくれるのではないか。

次は安富と瓜二つな佐川にバトンを渡します。
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