ブログ 佐川 正憲さんが書いた記事

存在証明[ラグビー部リレー日記]

 written by 佐川 正憲投稿日時:2021/08/09(月) 17:17

TWICEが大好きなじゅんきさんからバトンをもらいました。3年の佐川です。

先日東京オリンピックの閉会式が行われ、17日間にわたる全日程が終了しました。
オリンピックが始まる前までは、今年のオリンピックには全く興味がなく、ラグビーの7sだけ見れば十分かなと思っていましたが、いざ開催されると毎日各競技の結果をチェックし、日本人選手の活躍に胸を躍らせる日々を過ごしていました。

特に印象に残った競技は柔道です。日本人選手が金メダルを取った瞬間はもちろん、その後のインタビューで彼らが5年間もの間苦しい日々を過ごしていたと口々に言っていたシーンには感動を覚えました。中でも73kg級で優勝した大野選手のインタビューは特に感動しました。「リオデジャネイロオリンピックで優勝してから柔道が嫌いになったが、今回自分が何者なのかを証明するために闘うことができた」という言葉には、大野選手の覚悟や尋常でない忍耐力が見てとれました。同期の國枝も感服するほど、ストイックな選手です。

私は空手を10年やっていたということもあり、空手も見ていました。優勝候補と言われていた喜友名選手は決勝で圧倒的なスピードとキレ、力強さを見せつけ、1点以上の差をつけて優勝しました。また優勝しても一つも笑顔を見せず、畳で正座しひたすら感謝をしている姿には大変心を打たれました。決して驕らない、謙虚でひたむきな姿勢を、これほど空手道を極めた喜友名選手が見せてくれたことは大変意義深く、多くの人々に空手道の素晴らしい精神を知ってもらえたのではないかと思います。きっと國枝は喜友名選手もお気に入りリストに入れるでしょう。自分には喜友名選手ほどの素晴らしい精神を身につけることはできませんでしたが、空手をやっていて改めてよかったなと思いました。

他にも印象に残った競技は多々ありますが、オリンピックに出場している選手は共通して辛く苦しい選手生活を送ってきたという事実があります。私たちに置き換えて考えてみると、入れ替え戦出場という目標を達成するためにはそれ相応の辛く苦しい練習が必要だということです。今自分たちに足りないものを補う練習をひたすら行い、東大ラグビー部の存在意義を証明するために闘いたいと思います。

次は同期の鵜飼にバトンを渡します。今大会で日本の女子バスケは史上最高の銀メダルを獲得しました。バスケをやっていた鵜飼は相当興奮したのではないでしょうか。
 

将来を見据えて[ラグビー部リレー日記]

 written by 佐川 正憲投稿日時:2021/04/09(金) 21:05

学科の話になるとまるで少年のように目をキラキラ輝かせて楽しそうに語る平岡からバトンを受け取りました、佐川です。平岡は最近どんどん体の一部がなくなっていくので心配です。今年度の新歓パンフレットのメンバー紹介ページで、業者の手違いで私の顔写真が安富の顔写真に置き換わってしまうという悲惨な出来事がありました。さらに私の紹介欄が安富の紹介欄の真下にあったため、尚更滑稽に見えました。しかし私と安富は瓜二つでないどころか真逆の存在であることを知ってほしいです。

3年生になって一層社会基盤の色が濃くなった学科の授業ですが、今のところ前期教養の頃とは違った心持で授業に臨むことができていると実感します。1、2年生時に履修した総合科目は自分の興味と点数の取りやすさで選んだものだったため、ほとんどの総合科目はモチベーションを維持することが容易でした。しかし3年生になってからは学科の授業を一通り取る必要があり、その中には初週受けてみてつまらないと感じたものも正直ありました。もし私のモチベーションが今までと同じだったなら、そのつまらない授業は取らないという選択肢を選んでいたかもしれません。しかし今の私は少し違います。自分の将来像を想い描いた時、そのつまらない授業は必ず役に立つもの、あるいは欠くことのできないものであると気づき、本腰を入れてその授業に取り組もうとする意識が芽生えるようになりました。

古市公威が土木学会初代会長に就任した際の演説で、彼は「本会の会員は技師である。技手ではない。将校である。兵卒ではない。すなわち指揮者である。故に第一に指揮者であることの素養がなくてはならない。そして工学所属の各学科を比較しまた各学科の相互の関係を考えるに、指揮者を指揮する人すなわち、いわゆる将に将たる人を必要とする場合は、土木において最も多いのである。」と述べています。指揮者であるためには枠組みにとらわれてはいけないと思います。すなわち、社会基盤学を習得するのはもちろんのこと、他学部他学科の素養を身につける必要もありえます。例えば途上国にインフラを導入する際、社会基盤の知識だけでなく、言語、プログラミング、現地の法律などの素養を身につけなければいけません。在学中にそれら全てを習得するのは困難ですが、将来を見据えて今のうちから可能な限り様々な分野に触れておきたい、平岡の言葉を借りるなら「探索」したいと思います。

次は最近調子が良い前川にバトンを回します。個人的には元早稲田のSH齋藤直人に似ていると思っているので今年の活躍に期待です。
 

私の東大進学選択成功作戦2020[ラグビー部リレー日記]

 written by 佐川 正憲投稿日時:2020/09/01(火) 17:30

部活も就活も全力で取り組み、その上充実した楽しそうな大学生活も送れているともかさんからバトンを受け取りました。2年の佐川です。最近、私服がオシャレすぎて後ろ姿だけではともかさんだと認識できなかった時がありました。自分とは真逆の華やかな大学生活を送れているともかさんが一瞬羨ましかったりします。

先日、進学選択で私は工学部社会基盤学C学科に内定しました。この学科に入りたいがために東大に入学し、これまで勉強してきたかいがありました。今回はここに至るまでの経緯を少しだけ書き記そうと思います。

私は小さい頃からコンピューターやスマートフォンなどのガジェットが好きでした。小学生の頃は新作のiPhoneが出るたびに、それを所持している人を見かけると羨ましがってつい端末を見つめてしまうほどでした。そんな私がなぜ情報系や機械系の学科ではなく社会基盤学科を目指そうと思ったのか、その理由を全ては自分でもわかりません。ただ、中学生の頃インフラ関連の展示会に足を運んだことや、水質汚染に関するプレゼンを行ったことからわかるように、その頃から少なからずインフラに興味を抱いていました。大学で実際に社会基盤Cに関連する授業を受けましたが、そこで得た、発展途上地域にインフラをただ提供するだけでなく現地の人たちと共にインフラを整備するという発想は新鮮でした。自分の手でインフラを作ることで愛着感が生まれ、また修理も自分たちの手で行うことができるようになるのです。また海外の治安が悪い都市をデザインし直して人の多く集まる住みやすい街に作り替えるという事案は大変魅力的に映りました。この授業を通してこの学科に行きたいという気持ちがより強くなったことを実感したのです。しかしいくら入りたいという意思が強くても試験で高得点を取らなければ入ることはできません。

私の志望していた工学部社会基盤学C学科は例年底点が高く(例外はありますが)85点付近であったため、入学当初から基本平均点で85点を取ろうという目標を立て努力してきました。「1Aでは忙しくてなかなか勉強できずに点数が低く出てしまい、2Sでは挽回が不可能となるため1Sで高い点数を取らないと基本平均点を高く出せない」という話は散々聞いていただけあって、1Sの平均点が81点だと分かった時は少しショックでした。1AにはALESSや様々な行事がありましたが、試験前には睡眠時間を大幅に削ってでもできるだけ勉強時間を確保して1Sよりも高い点数をとることができました。2Sでは必修科目が少なくなるため総合科目での点数上げを狙いました。点数を上げるためには点数の取りやすい科目を履修しようという意識がどうしても働きますが、自分が興味を持てるものであるか否かは大切にしていました。私は理系の科目が好きであるため理系科目を多く履修し、いわゆる「追い出し」を目指しました。

しかし進学選択に参加する条件として苦手な文系寄りの科目も履修しなければならず、その中で点数が取りやすい科目をなかなか見つけられなかったため完全に自分の興味だけで履修を決めた科目もありました。それは「国際関係史」です。この科目では19世紀から現代までの東アジアにおける国際関係を様々な視点から考察することを目標としており、ある程度世界史の知識があるのを前提として進められました。私は高校生の時に1年だけ世界史Aを履修していましたが、そこから何年も経過していてほとんど知識は残っていなかったためかなり苦戦しました。最終課題も東大入試の2次試験のような大論述(800字)が2つと、生粋の理系人間である私には酷なものでした。しかし授業自体は非常に面白く、難しい最終課題も真剣に取り組むことで授業内容の理解が深まり東アジアの教養も深めることができたのは、今後の人生に生かすことのできる貴重な体験であったと思います。

2Sは自分が興味ある科目を選んで履修したため自然と高得点をとることができ、結果さらに平均点を伸ばすことができました。目標には一歩及びませんでしたが、限りなく近づくことができたと思います。

こうして振り返ると私の前期教養学部時代は学業の面で非常に充実したものになったと思います。欲を言えば文系寄りの科目をもう少し多く履修したかったのですが、今後の大学生活でそれを補っていくつもりです。さらに、私の進学先である社会基盤学C学科にはカッコ書きで「国際プロジェクトコース」という名前が付されています。想像に難くなく、英語が必要となるのです。今の自分の英語力では到底太刀打ちできないため、英語にも力を入れて勉強していこうと思います。

最後に、まだ進学先が内定していない同期が何人かいますが、進学選択が彼らの望む結果に終わることを願っています。

次は工学部航空宇宙工学科に在籍している3年生の魚住さんにバトンを渡します。2Sの始めの頃、魚住さんに勧められて履修を決めた2つの科目で2つとも優上を取り、内定を確実にしました。とても感謝しています。
 

すごいぞ!林さん[ラグビー部リレー日記]

 written by 佐川 正憲投稿日時:2020/05/18(月) 23:43

スモブラが同じ班の北野さんからバトンをもらいました。2年の佐川です。北野さんの特技はラップということでこの前の集まりでもキレッキレのラップを披露してくれました。実は4年の虎さんもラップが特技だそうなので今度北野さんと虎さんのフリースタイルバトルを見てみたいです。

さて、ラグビー部全体の活動が休止となってから長い時間が経過していますが、いまだに再開の目処が立たず、思い切りラグビーができない状況にストレスがたまる日々が続いています。パスやキックの練習すらもできない現状で、今私の心の支えになっているのはS&Cコーチの林さんの存在です。

林さんはこの自粛期間中に家でできる筋トレメニューを考えてくださり、トレーニング器具の紹介とそのレビューもされ、また部員の筋トレ動画にコメントをつけてくださるために、改めて林さんがこのラグビー部に気をかけてくださることのありがたみを感じています。私の場合、基本的に平日は毎日林さんを含むS&Cチームのみなさんが提供する筋トレメニューをこなし、日曜日にはチームで集まって林さんが主催するトレーニングセッションに励むといった1週間を過ごしています。もしラグビー部に所属してないで筋トレをやることになったとしたらここまで継続できていなかったことでしょう。もちろんラグビーがもっと上手くなりたい、強くなりたいというモチベーションもあり継続できているのかもしれませんが、林さんの影響力は計り知れません。平日のトレーニングには林さんのお手本を想像しながら取り組み、土曜日は翌日のセッションで一体どんなことを私たちに指導してくれるのかと考えワクワクし、日曜日はリアルタイムで指導を受け、林さんの動きを見て学ぶ。私は毎日林さんのことを考えていると言っても過言ではありません。

そんな林さんの尊敬できるところはとにかくストイックなところです。自分が強くなるためならなんでもする、それに伴う犠牲は仕方のないこものだと捉える、そんなストイックさは常人には真似できません。買い物袋や取手付きの荷物を持つときには必ずフックグリップ(筋トレでバーを持つときにしばしば見受けられる握り方)をし、下にあるものを取るときにはヒップヒンジ(姿勢良くケツを後ろに突き出す動作で、怪我を予防し力を上手く発揮できる)をしています。さらには松屋の「ゴロチキカレー」で鶏肉しか食べないなど、ストイックエピソードは探せばまだまだ見つかりそうです。そのストイックな取り組みの積み重ねからくる、見た目からは想像できないほどのパワーを時々見せてくださいます。柔軟性も非常に高く、まれにお手本が人間離れすぎていて気持ち悪く思えるほどです。

林さんは偉大な方ですが、決して気難しい方というわけではありません。部員1人1人に真剣に向き合ってくださり、怪我をした場合にはその後のリハビリや回復の状態を気にかけてくださります。部員と何気ない日常会話もかわされ、ときにはお茶目な一面も見せてくださる、気さくな方です。そんな林さんを私は早くから好きになり、積極的にコミュニケーションを図るようになりました。気軽にトレーニングや体について質問でき、自分の知識がUpdateできます。部員にはもっと林さんに絡んでほしいなと密かに思ったりもしています。


林さんに対する思いを書き綴っただけの文章で拙い部分が多々あったと思いますがお許しください。このリレー日記を書いているとますます林さんに会いたいという気持ちが大きくなりました。しかし練習再開時に私の肉体が進化していないと林さんに合わせる顔がありません。この状況があとどれほど続くのか全く予想できませんが、自粛期間中にできるだけパワーアップしてみせたいと思います。もう二度とパンピーなんて言わせません!

次は3年の永山さんにバトンを回します。体格が同じくらいということでいつも吉田さんとペアを組んで練習していますが、正直かわいそうだなと思う瞬間があります。
 

2浪[ラグビー部リレー日記]

 written by 佐川 正憲投稿日時:2019/10/13(日) 10:46

見た目よりも体重がかなりある齋藤さんからバトンを受け取りました、佐川です。私と同様に脂質制限をしているそうなので、一緒に頑張りたいと思います。

私は2年間の浪人生活を経て東大に入学することができました。今回はそのことについて書きたいと思います。受験生時代のことは『私の東大合格作戦2020』(エール出版社)に詳しく載っているので、そちらを参照してください。

入学当初、私は2浪して東大に入ったことに大変コンプレックスを感じていました。東大には1浪して合格する人が多いと聞いていましたが、さすがに2浪して入る人は少ないと知っていたからです。そのため、諸手続きの日に、クラスの名簿を作りたいからといって上クラの先輩に名前に加えて年齢を書かされた時は、非常に屈辱的で恥ずかしかったのを覚えています。クラスではその後何人かには個人的に2浪の事実を打ち明けましたが、全員が知ることになったのは五月祭の時でした。

一方部活では、諸手続きの日に2浪であることを先輩に伝えてしまったのですぐに広まりました。ほどなくして同期に2浪をいじられるようになり、あまりコンプレックスを抱かなくてすみました。このことに関しては非常に感謝しています。今では2浪したことは自分のアイデンティティになっていますし、誇りに思っています。

精神面ではこのように1ヶ月程度で克服できたのですが、身体面では今でもかなり苦労しています。入部したての頃、ステップを切るたびに足がつりそうになり、少ししか動いていなくてもすぐに息が上がり、手を地面については肩を痛めるといった感じでした。2年以上動いていなかったため体力の戻りはかなり遅く、6月の試合も体力面で問題を抱えたまま挑みました。そこでは筋力が足りなかったからか、腰椎を骨折する怪我もしてしまいました。受験で蓄えた脂肪の燃焼もなかなか進みません。最高値だった1年前と比べて体脂肪率は6ポイント下がりはしましたが、度重なる怪我の影響で現在は22.5%と、もはやパンピー(一般人)のレベルにおちてしまいました。

「度重なる」と書きましたが、腰椎の骨折の後、私は7月下旬に右肩を脱臼してしまいました。その手術のため今シーズンはもうプレーすることができません。しかし、この大きな空白の時間はきっと自分にとってプラスになると考えています。ラグビーができないことの悔しさや、試合で活躍している同期を羨ましく思う気持ちももちろんありますが、その時間をプラスに捉えられるのは、おそらく欲しくても手が届かなかった2年間があったからだと思います。

2浪は案外悪いことばかりではありません。確かに、年下の先輩がいてややこしくなったり、婚期が遅れたり(これは個人の問題かもしれない)することはあると思いますが、自分の思考方法が改善するのであれば、それは今後の人生において大きなアドバンテージになるでしょう。今、そして未来の受験生には、妥協せず何度も果敢に挑戦し続ける気概を持ってほしいものです。

次は絶対的なスタッフ長のあやのさんにバトンを渡します。
 

2021年12月

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ラグビー生活の振り返り
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